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98「白金の剣-3」





この短剣を作ったのはいつで、誰に宛てた物だったか。


はっきりとした覚えは無いので、恐らくは

初見の人から受けた依頼か、露店販売用の数打ち品だろう。


柄の部分にある装飾に見覚えはあるので、

俺がMD時代に作ったものと同一と言って間違いはなさそうだった。


もっとも、電子データに過ぎないはずのMDでの物とイコールではないだろうが……。


「ねえ、ファクト」


「ん?」


俺の沈黙を何か別のことと考えたのか、

キャニーが普段と違う様子で声をかけてきたので顔を上げると、

そこには今にも泣き出しそうな顔をしたキャニーがいた。


「やっぱり、元の時代に帰りたい?」


短剣の記憶を探る姿が、キャニーには昔を思っているように見えたようだった。

視界に入ったミリーの顔も、キャニーのように不安そうな顔をしている。


「……いや、そんなことは無いさ」


部屋の窓から差し込む夕日が家具やベッドを照らす中、

目の前の2人が現実であるという実感とともに、

俺は力強くそう言い切った。


「ほん……とって急に何?」


なおも問いかけてきそうだったキャニーの頭に手を置き、

まるで子供をあやすかのように撫ぜると、彼女はくすぐったそうにしながらも

嫌がる様子は無かった。


成人女性らしいとは残念ながら言いがたいキャニーがそうすると

まさに少女という様子であった。


正確な年齢はわからないが、キャニーも未成年というわけではないはずだ。


それなのに年齢らしくないのは元々の性格か、

あるいは過ごしてきた組織での生活の故か。


ミリーのことも考えると、どちらかというと後者のような気がしないでもない。


「大丈夫さ。俺はこの時代に来れてよかったと思ってるよ。

 貴重な体験も出来ているし、それに……どこにいたって俺は俺さ」


恐らくはそういうシチュエーションになったら言ってみたい台詞に

常時ランクインしていそうな言葉で締めつつ、

俺はキャニーと視線を絡める。


(というかここで上目は反則なんじゃないかなあ……と俺は思うんだ)


意識してか、キャニーは俯きからの上目使いで、本当?と

言わんばかりにこちらを見てきていたのであった。


長いような短いような、感覚のおかしい時間が過ぎる。


「んー、コホンッ」


「「はっ!?」」


そんな空気を破ったのは呆れたようなミリーの咳だった。


近づいた姿勢から慌てて離れ、椅子に座りなおす。


まるで思春期の恋愛だな、と苦笑しながら、

テーブルに置いたままだった短剣をしまいこむ。


「勿論ミリーとも出会えてよかったと思ってるぞ?」


「そうやって気にしてくれるところは良いと思うよ」


何が面白いのか、俺のそんな言葉にミリーはクスクスと笑いながら、

窓から差し込み彼女の顔を照らす翳り始めた夕日に目を細める。


「きっとさ……戦争なんだよね」


「どこがどこと、というのはまだはっきりとしないが、

 近いことは起こるだろうな」


「やだな……戦争は」


ぽつりと、そうミリーはつぶやく。


元からそう大きくも無いミリーの姿がさらに小さくなったような気がした。


自分を守るように、逃げるように。


が、唐突に顔をあげたかと思うと、明るい雰囲気をまとって立ち上がるミリー。


「よしっ、ご飯にしよう! ねっ、お姉ちゃんも!」


「え? そうね。行きましょうか!」


「ああ。そうしよう」


立ち上がり、俺を左右から挟みこむようにする姉妹に俺は

笑顔で頷き、夜が訪れる街へとくりだしたのだった。










「そういえばさ、あの短剣使うの?」


「ん? いや、あれは実際あまり威力は高くないんだ。

 補助として持っておく分にはいいんだけどな」


俺たち3人がやってきたのは前にも来た事がある酒場だ。


名前は気にしていなかったので覚えていない。


酒場の壁のボードには多くの依頼が貼り付けられ、

依頼を見るもの、相談するもの、

気にせず酒を飲むもの、様々だ。


明らかにそうとわかる冒険者風の男女が多いところを見ると、

ガイストール近辺が稼ぎどころになっているのは間違いないようだった。


ここは周囲の酒場よりも少し値段が高いためか、

そんな冒険者たちも程度を超えた騒ぎを起こすような様子は無い。


だが、それでも冒険者たちの喧騒は、こうして会話していても

隣のテーブルの物がぎりぎり聞こえるかどうかといった具合である。


ゆえに、俺も余り気にせず、腰のベルトに固定された短剣を

外套越しに軽く叩きながらキャニーの問いかけに答えた。


この短剣、鞘そのものも結構豪華なので、

むき出しで装備し続けるのは少し人目を引きすぎる。


そこは、ゲームでのアイテムらしいといえばらしい見た目ではあるのだが。


「軽く見てきたけど、やっぱり討伐が多いみたいだよ」


注文ついでにか、ボードの様子を見てきたらしいミリーがそういって

手に持ったグラスをテーブルに置く。


「そうか、他の街や戦力の移動がモンスターに邪魔されかねないとなると、

 何をするにも厄介だな……」


エルフの里での言葉や、状況的には西から、という可能性は低い。


MDでの設定、そして状況から恐らくは東。


オーソドックスな西洋ファンタジーの

設定を用いているMDの中、異色とも、

ある意味では王道といえる東方の地。


強靭な戦士の刃はスキルもなしで大岩を両断し、

魔法使いとも思えぬ術は鬼を呼ぶという。


MDにおいても、実装されていたのは

俺が覚えている限りでは大陸の東端、

地球で言えば中国大陸のような位置までだ。


一番の不安要素は、俺が設定や、お約束という意味では

東方のルミナスのことを知っていても、

実際にその土地の相手と戦ったことはほとんど無く、

武具供給の上でも有用な提案がしにくいということだった。


恐らくは1つ1つの質を高めた、汎用性のある形で攻めることになるだろう。


「ファクト、ちょっと怖い顔してる」


「おっと、今は食事の時間だったな」


キャニーの指摘に肩をすくめ、

ミリーから差し出されるエールの入ったジョッキを手にする。


次は何を注文しようか、と飲みながら思っていたところで、

ふと背中に視線を感じる。


殺気だとかそういうものではないが、じっと見られている。


「ん?」


「あっ! やっぱりそうだ!」


ジョッキを手にしたまま振り返ると、

そこにいるのはどこかで見たことのある少女。


どこだったか……。


「やっぱりって、ファクトくんを探してたの?」


「え? うんっ! これこれ!」


考え込む俺を余所に、ミリーが少女にそう問いかけると、

少女は肩に下げていた袋から細い何かを取り出す。


良く見ると半ばほどから折れているレイピアとも呼べそうな

細さの剣。


「お? 確かそれは……ああ、前に

 武器の依頼をキロンのところで受けた子じゃないか」


そうだ。見た目は違うが、しゃべりや声の感じがMD時代の友人、

リムにどこか似ている子だ。


確かアンヌだったか?


「そうそう! 実はさ……」


先ほどまでの元気のよさはどこへ行ったのか、

シュンと落ち込んだ様子で少女、アンヌが語るところによると、

調子に乗って森の中で依頼をこなしていたときに、

勢いあまって木に思いっきり刺さってしまい、

そこにモンスターが丁度ぶつかってきたときに折れたのだとか。


「街に依頼は増える一方だしさ。代わりの武器はすぐに買ったんだよ。

 でも普通のじゃなんか違うんだよね。

 キロンさんのところで作ってもらった奴も何か最後のところで

 しっくりこなかったんだよねー」


つまり、俺の作った奴が一番手になじんだといいたいらしい。


「それはありがたいが、俺がこの街にいないって知らなかったのか?」


「ううっ、そうなんだよね。ただ依頼でどこかに行ってるんじゃなく、

 旅に出てるって工房に聞いたのってつい最近なんだよね……」


俺が問いかけると、アンヌは落ち込んだ様子で椅子に座り込んだ。


そしてその口からは実情が赤裸々に語られ始めた。


「最近さー、どうも騒がしいからってみんな我先にって装備を更新してるんだよね。

 そいでもって増えたっぽいモンスターたちを倒しては帰ってくる。

 だからなんだけど、やっぱり一部の商品が高くなっててさー。

 これ、前の3倍なんだよ!? 信じられる!?」


どんっとテーブルに置かれ、料理の載ったままの皿を揺らすのは瓶に入った液体。


そっと触れた先で躍る文字はポーションを示している。


「そうか。モンスターからの素材でできるものは安くなっても、

 そうじゃない薬草類や武具のための素材は高くなってるわけか」


俺はそんな簡単なことに気が付かなかった自分を殴りたい気分ではあったが、

キャニーたちの手前、自制する。


「自分みたいな駆け出しだと……こなすことはできても、やっぱりきついんだよね。

 だからこそファクトさん……の作ってくれた剣は便利だったんだけど」


丈夫だったし……とこちらを見る瞳には何か欲望が見え隠れしている。


「いいじゃない。どうせキロンさんのところでお世話になるんでしょう?」


「うんうん。きっとファクトくんが直接モンスターを倒すより、

 結果的にはそのほうが街のためになるよ」


俺が何かを言う前に、姉妹はそういって俺の背中を押してくれる。


そう、俺がキロンたちに何かしら技術の供給を行えば、

一時的には職人たちの収入は減ってしまうかもしれない。


今までより高品質のものが、手間を減らした上で作れるかもしれないからだ。


だがそれはしばらくしたら最初とは逆に街を支える地力を高める結果になるだろう。


「え?……ということは?」


「ああ、明日工房に顔を出してくれ。新しく作るよ」


戸惑うアンヌにそういうと、見る見る表情が明るくなり、

ついには椅子から立ち上がるとその場で飛び上がったのだった。


何事かと、近くのテーブルの冒険者がこちらを見るが

騒ぎが続かないところを見てか、すぐにその顔も自分たちの会話へと戻っていった。


「よかったー! これでお母さんに楽をさせてあげられるかも!」


やるぞーと叫びそうな勢いで、そういいきるアンヌの姿に

俺は世界が変わっても生きるって大変だな、などと

妙な感想を抱いていたのだった。








翌日。


俺は教壇のような場所に立っていた。


なぜなら……。


「何か人数が多くないか?」


「半分ぐらいは職人というより、ファクトの実力が見たいって感じっぽいぞ」


横に立つキロンに半ば責める様につぶやくも、

キロンも集まった人数に驚きを隠せないようだった。


いつの間に話が広がったのか、

アンヌと約束した翌日、キロンのいる工房に顔を出した俺は、

なぜか早速とばかりに案内された部屋に集まっている大勢の人間を前に、

講座のようなものを開くことになっていたのだった。


視線を向ければ、アンヌも、あれ?という様子で周囲を見渡している。


どうやら以前の戦いで俺が何かをしたこと、

あるいは実際に何をしたかをなんとなくでも

知っている人間がほとんどのようだった。


(ま、これはこれで……)


人数が多いなら多いで、やれることはあるのだ。


俺はそう考え、アンヌの剣を作るために用意してもらった素材、

ジガン鉱石……ではなく、見た目はただの鉄鉱石を2つ掴み、口を開く。


「さて、この2つの鉱石のうち、1つは何を作ってもダメな奴だ。違いがわかるか?」


スピキュールではカットの術を、

ここでは素材のそもそもの質の違いの見極めから始めることにした。


俺は知らないことだったが、後にガイストールを中心に

鉱石鑑定職人なる区分が産まれた始まりの時間が、幕を開けるのだった。


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