表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/292

97「白金の剣-2」

金主体の合金のほうではありません。




「おお! ファクト、元気だったか」


「キロンも変わりないようだな。 いや、少しやせたか?」


露店で込み合う表通りのすぐ裏手、馬車が行き交う道を進み、

馴染みの姿のままの工房にたどり着いた俺たちをキロンが出迎えてくれた。


事情を簡単にだが話し、職人を助けたことを伝えると、

キロンは喜んだ様子でとりあえず、と部屋に通してくれる。


後ろから見る限りでは特に前と変化はなく、

引き締まった肉体はそのままといえばそのままだが、

以前よりまた細身になった気がする。


「どうだろうな。最近忙しいから余分な肉が減ったかも知れんな」


笑いながら自らのお腹を撫で回す姿は現役のアスリートのような空気さえある。


通された部屋は応接室のような場所で、

恐らくは立場のある人との商談などに使われるのだろう。


勧められ、俺と姉妹はソファに座る。


と、静かに部屋に入ってきた女性、彼女も職人の1人だろうが

補佐のようなこともしているのか、堂に入った形でお茶を置いていった。


「ふーん、みんなごつい男集団ってわけじゃないのね」


「ほら、装飾品なんかを扱う人もいるんじゃないかな」


「確かにそのとおりだが、男でも器用な奴は器用さ。

 ファクトみたいにな。ま、力仕事が多いのは間違いない」


キャニーとミリーのある意味身も蓋もない言葉に、

キロンは気を悪くすることなく、笑いながら答える。


「それはそれとして、あれだけ集めているっていうことは、

 何かきな臭い話でも出てるのか?」


馬車の荷台に積まれていたジガン鉱石の量を思い浮かべながら、

俺はぼかしつつ探りを入れてみることにした。


人間相手の戦争か、モンスターの襲撃か、あるいは他の理由か。


「そうだな……まずはモンスターだな。前のような規模ではないが、

 出てくる数が、多いな。酒場に行ってみろ。冒険者向けの討伐依頼がだいぶ増えている。

 街道沿いは……なんとか対処できているつもりだったが、

 今日のようなことがあるとなると油断は出来ないだろうな」


素材が安定して供給されない、作ったものが無事に届かない、

というのは非常に問題であるし、キロンもそれを心配しているようだった。


「露店でモンスター由来の毛皮なんかが多いように見えたのはそれが理由か」


食べ物のような物より、冒険に必要な道具や、

明らかにそうとわかるモンスターの毛皮を売っている店が

盛況そうだったのもそういうことのようだ。


俺は窓から差し込む陽光に目を細めながら、お茶を口に含む。


喉を通る熱さが思考を切り替えるように刺激し、俺は考えをまとめていく。


「話からすると、モンスター以外にもありそうだな?」


「まだ一般には単なる噂程度だがな。少し、東が騒がしいようだ。

 こっちにも武具の注文や買い付けが増えている。

 ……上は、いざとなったらやる気みたいだな」


上……ジェレミア王家側はやる気ということか。

 

(そうなると今のフィルの立ち位置がわからないな)


「フィル……王子に出来れば早めに連絡が取りたいんだが、

 今、彼はどこかに遠征中だろうか?」


「手紙は滞りなく渡ってるはずだ。指定の場所に置いた手紙は

 いつの間にか回収されてるようだからな。

 直接の方法はわからないが、特に遠征をしているとは聞かないぞ?」


そう、一応各地での探索の結果は手紙として

封をした上で各所の商人にキロンのところまで届けるようにお願いしていたのだ。


表向きはキロンのような職人同士の連絡の形を取っている。


実は見る人が見たならば、その内容は結構な爆弾になるのだが、

今のところそういった気配はない。


「……そうか。こりゃ直接ジェレミアの王都にでもいくしかないかな」


「そうなるとグリちゃんだと目立つから馬車かな?」


「やっぱり名前グリちゃんでいくの? あっちがいいならいいけどさ」


俺のつぶやきにミリーがぎりぎりの発言を繰り出してくる。


幸いにもキロンは特に慌てる様子もなく、

スルーしているか何か別のものだと考えているのか。


ともあれ、まだ俺が知り合いなのはフィルだけだ。


出来れば何かしらの伝は用意したいところだが……。


と、部屋に沈黙が満ちたところでノックされるのがわかった。


浮かれた様子でもなく、緊張した様子でもない。


「自分が開けて来るね」


ミリーがすばやく立ち上がると、扉に手をかける。


開いた扉から入ってきた相手は予想外の人物だった。


「邪魔をする。元気そうで何よりだ、ファクト殿。

 門番からの報告があったときには驚きだったぞ」


「おお、ミストじゃないか。クロードも久しぶりだな」


足音も少なく、自然体で入ってきたのは初対面では誤解を受けるだろう顔をした

この街のマテリアル教の幹部の1人、ミストだった。


なんだかんだで言動が一番はっきりしている人だ。


後ろにいたのは同じく幹部だと言っていた金髪の青年、名前はクロード。


クリスと同じく本名は無駄に長いらしく、クリスの親戚らしかった。


映画の俳優が抜け出てきたような整った金髪に

さわやかさを感じる顔、物腰からもクリスとは違う意味で信仰者が似合わない。


「ええ、久しぶりです。ああ、クリスおじさんはこちらにはいませんよ。

 王家のほうに行ってますので」


「王家に? 何か式典でもあるのか?」


ガイストールが伝統のある街とはいえ、

クリスの立場を考えればそうそう王家、王都に出向く用事もないだろう。


そうなれば全員参加の式典ぐらいだと判断したのだが……。


「ちょっとした……いや、ちょっとでもないか?

 理由があるのだが、今クリスは王都で1軍を率いている。

 教会の奇跡を身に帯びる軍勢を、といったところだな」


ミストが元々掘りの深い顔をさらに深くし、

言葉を選んでいることがわかる形で口を開いた。


「少しばかり自分が聞いていい話かどうか悩むところだが、

 2人はそのために来たってわけじゃないんだろう?」


じっと黙っていたキロンが口を開き、

必要なら出るぞ?といってくれる。


「ああ、すまない。クリスからお願いと伝言があるのだった。

 ファクトが戻り次第引き止めて置くように、と。

 そして、ファクトには王子とすぐ戻るからそこにいてよ、以上だ」


「後、これの正体がわかるようならそのときに教えてよ、とも」


淡々としたミストからの言葉の内容を

俺が考えるまもなく、クロードから差し出されたのは細身の短剣。


一見してそれとわかる高価そうな装飾に、曇りのない刃。


金と白、銀を混ぜたような独特の色。


まさかという思いとともに短剣を手に取る。


「では我々はこれで。また迎えに来る」


「ああ、わかった。クリスが来るのを楽しみにしてるよ。

 キロン、良い宿の空きはないか?

 俺も旅の後だし、少し休みたいところだ」


「あ、ああ……それなら3軒先に来客用の部屋がいつもとってある。

 自分の名前を出せば大丈夫だろう」


俺が手渡された短剣が、ただの短剣ではないことを

この距離からでも見抜いたのか、やや動揺した様子の

キロンから案内を受け、俺は姉妹とミスト、クロードとともに部屋を出る。





「それにしても……北に行ったと思えば南口から来るとは。

 注意したほうが良い。些細なことでも拾おうとする影がいるようだ」


「堂々と何かをしには来ませんがね。商人がちゃんとした商人か、

 不自然な積荷の増減は無いか、といったことを見てそうな影がいるようです」


独り言のように先頭を行く2人がつぶやいた内容は、

戦争の火種が火をつけ始めていることを俺に教えてくれた。


キロンの教えてくれた宿の前で立ち止まった2人に、

俺は無言で仕草で感謝を伝え、別れる。







「ふー……ずっと空というのも疲れるな」


「どちらかというとさっきの空間のほうが大変なんだけど」


「ほんとだよ~」


豪華、とは言えないが十分な品質のベッド、

無料で使えるランプ。


時間はかかるがお湯も桶にたっぷりと用意してくれるらしい。


どちらかというとサービスに重点を置いた宿のようだった。


「ま……ベッドがなぜか大きいの1つなのは気を使ったつもりか」


「う……言わないでよ」


「ふかふかだから良し!……だよ?」


今は部屋にあるテーブルを囲む椅子に座りながらの会話であるが、

3人の視線の先ではダブルベッドよりさらに大きなベッド。


言ってしまえばアレなホテルの物より少し大きい。


まあ確かに、宿をキロンが提供して泊り込みになるような来客となれば

そういった次元の相手ということなのだろう。


冒険者が自分の武具を、という場合にはこうはいかない。


俺は苦笑しながら懐から先ほど受け取った短剣を手に取り、テーブルに置く。


その性能は今のままではただの短剣だ。


素材は白金、そうレアでもないがありふれているわけでもない。


恐らくは装飾品、鉱石を溶かすための炎にすら何かした魔法のような

力が宿っているこの世界でなければ単純な炎では加工が容易ではない金属だ。


何より、他の鉱石と同じように白金鉱石が産出され、

いわゆる延べ棒に加工することが出来る量があること自体が、

そもそも地球の感覚で言えばおかしいのだが、それはいい。


ファンタジー万歳、これでいいのだ。


強度は別として錆に強く、MDでは儀礼用のアイテムなんかに白金素材のものが

ちらほら見られた記憶がある。


性能としての一番の特徴は魔力との親和性だ。


オリハルコンだとかのレア金属を除けばトップクラスといっていい。


魔力や魔法に対し、影響を受けやすいのだ。


炎の魔法を同じ手で発動させれば炎を帯びた武器になるし、

氷の魔法を帯びさせた状態で盾にくっついていれば、

炎の魔法でもある程度防ぐだろう。


もっとも、そのまま受け続ければその炎の魔法に影響を受けるわけだが。


だが武具として直接使うにはもろい。


先ほどの例も、可能であるというだけで実用性という点では微妙だ。


ではどう使うのか?


この短剣を作った人間同様、当時のプレイヤーはその答えを知っていた。


それはMDにおける白金のもう1つの特徴……。


「セット、マギテック・ダガー」


キーワードとともに、俺は魔力をイメージどおりに注ぎ込む。


「え? 太くなった?」


「おー」


姉妹の驚きの視線の先で、俺が手に持った短剣はその長さ、

太さをショートソードクラスにまで拡張されたように見え、

さらにはSFのように緑色の蛍光色、簡単に言えば魔力の刃を身に帯びたのだ。


そう、白金のMDでの特徴は主に2つ。


1つは魔力との親和性、そしてもう1つがこれだ。


所有者の魔力を糧に自身を変化させるのだ。


もっとも、長さも変わったように見えるだけで、

魔力がその形を取っているに過ぎない。


仮に今のこれを半ばでおられたとしても魔力が散るだけで、

短剣自体は影響を受けない。


言い方を変えれば魔力を使っての触媒になるというべきか。


いずれにせよ、何故俺が迷うことなくキーワードを口に出来たのか?


それは至極単純な理由であった。


「ファクト、それ、すごそうだけど何?」


「ミリーたちの前でそうしたってことは聞いてもいいんだよね?」


姉妹からの立て続けの疑問に俺は頷き、短剣の姿を戻す。


そしておもむろに口を開いた。


「こいつは古代の武器さ。何故わかるかって? そりゃあ作ったのが俺だからさ」


そう、短剣の性能を示すウィンドウの片隅。


あの武器に翁の名前があったように、

そこには名前があった。



ファクト、と。



 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ご覧いただきありがとうございます。その1アクセス、あるいは評価やブックマーク1つ1つが糧になります。
○他にも同時に連載中です。よかったらどうぞ
続編:マテリアルドライブ2~僕の切り札はご先祖様~:http://ncode.syosetu.com/n3658cy/
完結済み:兄馬鹿勇者は妹魔王と静かに暮らしたい~シスコンは治す薬がありません~:http://ncode.syosetu.com/n8526dn/
ムーンリヴァイヴ~元英雄は過去と未来を取り戻す~:http://ncode.syosetu.com/n8787ea/
宝石娘(幼)達と行く異世界チートライフ!~聖剣を少女に挿し込むのが最終手段です~:http://ncode.syosetu.com/n1254dp/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ