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96「白金の剣-1」



その時、男は絶望に追いかけられていた。


「もう少しで街が見えてくる。がんばってくれ!」


自分の言葉が通じないとわかっていても、

男は必死に走ってくれている馬達に、

更なる速度上昇を期待する。


街まではそこまで遠くもなく、かといって

逃げ切れそうなほど近くもなく。


整えられた街道の平坦な道を走っているとはいえ、

この速度ではどうしても馬車は揺れ、きしんで音を立てる。


下手に速度を上げすぎれば馬車は傷んでしまうだろう。


かといって速度を下げれば後ろの奴らが追いついてくる。


馬車を引く4頭の馬が耐えてくれることを祈りながら、

男は背後を振り返る。


視線の先には複数の影。


そろそろ相手の顔もなんとか判別できそうな距離で、

馬車を追いかけるのは鈍く陽光を反射する何かを持った集団。


その集団は犬のような頭部をしていた。


コボルトであった。


馬車を追いかけて結構な時間がたっているのか、

息が上がっているコボルトもいるが、ほとんどは元気な様子だ。


4頭もの馬であれば馬車もそれなりの速度で走れるはずであるが、

積荷を理由としてその速度はコボルトと拮抗していた。


「積荷を減らすか? いや、それはまずい!」


あせった様子で男が一人つぶやく。


そう、馬車の荷台には捨てるわけには行かない荷物が積まれているのだ。


一度逃げ切った後に拾いに戻ってくる、

という手はコボルトには使えない。


そう、ゴブリンのように光物や宝石類が大好きなコボルトがいる場所では……。


(何故だ、何故こんなところにあんなコボルトの集団が!?)


男の常識ではありえない事態に、興奮は収まることを知らずに

思考を真っ白にしていく。


男と馬車の通っているこの街道はつい先日、

冒険者の協力を得て、モンスターの掃討が行われた場所であったからだ。


通常、掃討から1ヶ月程度はまったくといって良いほどモンスターを見なくなる。


勿論、街道をそれて森に入ったりしたのであれば襲われることも多い。


しかし、人間の脅威を理解しているのか、

まさにほとぼりが冷めるまで、といった様子で

街道近くにはモンスターは来ないのだ。


それから徐々にモンスターは姿を見せるようになり、

また多くなってきたところで、というのがパターンなのであった。


そのことから言えば、掃討から一週間も経過していないこの日、

街道を急いで走っている馬車にコボルトが集団で襲い掛かる。


その状況はまさに異常であった。


稀に少数のモンスターに襲われることはあっても、

しばらく馬車で走り続ければ追い続けてくることは少ない。


それが男の知っている常識だった。


「いつもならこんな長く追ってこないのに! なんだってんだ!」


悪態をつき、申し訳ないと思いながらも

互いに生き残るためにと馬に鞭を打つ。


徐々に、徐々にコボルトとの距離が詰められていく途中、

男は頭上の陽光が一瞬だが急に途絶えたことに気が付く。


正確には、何かが真上を横切ったように日差しがさえぎられたのだ。


「? げええ!?」


まゆをひそめ、上を見上げた男の口から思わず悲鳴が飛び出る。


街の教会よりも高い位置を飛ぶ相手、

大きく広がった翼、毛の生えた体躯。


それがグリフォンであると、

たまたま西方出身の男は下からの姿で見抜いた。


……いざ襲われたときのその恐ろしさも。


後ろにはコボルト、頭上にはグリフォン。


そして前方の街へはまだしばらくはかかる。


ここまでか……。


頭上から舞い降りてくるグリフォンを呆然と見ながら、

男はそう考える。


だが、男の予想を覆すように、

馬車のそばをグリフォンは過ぎ去り、後方のコボルトにつっこんだのだった。


響く異形の悲鳴。


慌てた様子で男が振り返れば、恐らくは

グリフォンの風の魔法と思われるものの余波が土煙を上げる。


馬車を追いかけていた、10匹ほどのコボルトの集団はあちこちに倒れ、

そのほとんどが息絶えているのが男にもわかった。


かろうじて直撃は回避できたらしい1匹が立ち上がり、

なおも馬車に足を進めたところで、その背中に何かがきらめき、コボルトは倒れる。


目を凝らした男が見つめる先で、

倒れ伏したコボルトの背中に刺さるのは2本のナイフだった。


いつしか馬車の足は止まり、男はそれをなんとかしようとすることもなく、

舞い上がる土煙と、その中にいるはずのグリフォンのことを考える。


馬車を動かし、この場から立ち去るのが正しいとわかっていても、

男は動くことが出来なかった。


そして街道を吹く風が土煙を押しのけ、その中の存在をあらわにする。


まず最初に男の視界に入ったのはグリフォンの頭部だった。


それも2頭。


思わずびくりと動く自分の体に気を使うことも出来ず、

男は視線をずらすことが出来ない。


そして足が見え、胴体が見え……人が見えた。


「……あれ?」


その時、男はグリフォンに人が乗っている、その状況に

疑問を覚える前にその人物の姿に思わず声を出していた。


「大丈夫か? っと、確か……キロンのところの……」


耳に届いた声、そして姿。


男はそれらが示す目の前の現実に脱力し、思わず馬車の上で倒れこんだのであった。







「おいっ!? ……怪我はないようだな」


倒れこんだ男の姿に、俺は思わずジャルダンから飛び降りると

まっすぐに馬車に向かい駆け上がる。


慌てて男の様子を確認するが、単に気絶してだけのようだった。


その顔、そして独特の手のひらのタコ具合からも、

キロンのところにいた職人の1人で間違いはないはずだ。


名前はとっさに出てこないが、商人あがりとかで

よく買い付けに出ていた記憶がある。


「ファクト~、馬と積荷のほうは大丈夫そうよ。

 とりあえずグリフォンたちには帰ってもらおうか?」


「うわっ、お馬さん……グリフォンが怖いのか、固まっちゃってるよ」


コボルトの様子を確認していてくれたらしい姉妹の声に馬を見ると、

確かに微動だにせず、固まっている。


実際の生物としての違いはもとより、

そもそものグリフォンの設定は確か……。


「ジャルダン……ああ、そうだ。またな」


言葉もなく、なんとなく通じ合う召喚した者、された者同士の

つながりでジャルダンはこちらの考えを悟ったのか、

少し下がったところで送還を待つ姿をとってくれた。


俺はそのままテイミングカードを手に送還の手順を取る。


といってもカードに魔力を込め、帰るように、と意識するだけだ。


呼ぶときと違って地味なものである。


静かに音もなく、ジャルダンたちのそばに不可視の力の渦が現れ、

2頭はそこに体をいれ、森へと帰っていった。


後に残るのはグリフォンの威圧感から開放されたからか、

暴れる様子もなく小さくいななく馬4頭、馬車、

そして俺たちと職人であった。


「随分重そうだが積荷は……んん?」


荷台にかけられた覆いを取ってみると、そこにあるのはジガン鉱石。


かなりの量である……一体何人分の武具が作れるだろうか。


「あれ?……気のせいかしら。ねえ、あれ何か変じゃない?」


「え? うーん、何か嫌な感じ」


同じように荷台の鉱石を見ていたキャニーとミリーだったが、

キャニーは何かを感じたようだった。


「ジガン鉱石……だが確かになんだこれ」


大きさや見た目はその他のものと違いがない、

だが良く見ると致命的に何かが違うとわかるとあるジガン鉱石。


理由ははっきりとしていた。


なぜか精霊がまったく出てこないのだ。


それどころか、何か禍々しさすら感じる。


「う……」


「お、気が付いたか」


馬車の上であったが、楽な姿勢を取らせていた職人が目を覚まし、

ぼんやりと俺たちのほうを見る。


焦点の合っていなかった瞳がゆっくりと動いたかと思うと、

それは見開かれた。


「ファクトさん! やっぱりファクトさんだ!」


「災難だったみたいだな。怪我はなさそうで何よりだ」


俺の肩をつかんでくる職人に、俺は懐から

一般にも流通しているようなランクのポーションを取り出し、差し出す。


「あ、これはどうも……。あれ? ジガン鉱石がどうかしました?」


「ん? いや……な。これ、どこかの街で買い付けたのか?

 それとも坑夫とかから直接か?」


俺は内心警戒しながら、怪しいジガン鉱石を職人に見せる。


職人は俺の手の中の鉱石を見るが、特に驚いた様子はない。


どうやらわざとではないようだ。


「その鉱石だったかはわからないですけど、確か1箇所、

 露店で買い付けましたよ。少しですけど相場より安かったんですよね」


「露店? 坑夫っぽい感じの相手からか?」


どこかで聞いたような話に、俺は内心の動揺を隠しながら先を促す。


「うーん、別に他にも露店がある中にあった、

 普通の店達でしたよ?

 あ、でも1人この辺じゃ見ない感じの店がありましたね。

 店員が着ているのが布の衣服だったんですけど、胸元で互い違いになっているんですよ。

 なんていうんでしょうね、あれ。まあ、そんな感じだったんですよ」


(……ふむ。前も同じような話があったな。とりあえず……)


「これ、もらってもいいか?」


「1つぐらいなら良いと思いますよ。あのままだと半分以上捨てるか、

 そのまま襲われるかってところでしたから。お礼には少ないですけど」


なんでもないように装い、俺は職人の許可をもらって

そのジガン鉱石を自分のものとすることにした。


職人が1人で馬車を使っていたことから、

恐らくは街道の掃討後であることは予想でき、

そんな街道でコボルトの集団が襲い掛かることは珍しいことは

俺にもわかっていた。


コボルトがこの馬車を襲った理由、それがどこかにある。


馬はただの馬、職人の身につけているものも特に問題はない。


そんな中、この鉱石だけは異彩を放っているのだ。


恐らくはこいつは……何かの罠だ。


だが職人にここでそれを言うことでもないと思う。


「そろそろ行かない? またコボルトが来たら危ないし」


「お馬さんは大丈夫みたいだよー」


姉妹の声に、職人が慌てて手綱を手に取り直したのを見、

俺はすばやく鉱石をアイテムボックスへと収納する。


と、そうすることで周囲にうっすらと何かが漂っていたことに俺は気が付いた。


なんとなくではあったが、その何かが消え去るのを俺は感じたのだ。


真実かどうかはわからない。


だが、馬車を襲ったコボルト達。


その目的、言い換えればコボルトたちをそこまでひきつける何かであろう、

怪しい鉱石をひとまずなんとかすることに俺は成功したのだった。





「あ、ガイストールが見えてきましたよ! よかった、日暮れまでには戻れそうです」


視線の先に見えてきた町並みは、以前と変わらないように見える。


ただなんとなくだが、煙突から伸びる煙が前より多いような気がしたのだった。

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