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95「緑の理(ことわり)-3」




そこは一言で言えば劇場だった。


椅子もなく、一昔前の映画館とはまったく違うが、

俺がこの世界に来る前に体験していたような、

スクリーンだとぎりぎりわかるレベルの映像に、

匂いすら感じられそうな臨場感。


ただし、サイレント。


音はないようだった。


俺はどこかに上下の感覚もなく浮かびながら、目の前の映像に見入っていた。


(というより意識飛ばしすぎだろ、俺。まあ、ゲームでもそういう切り替えは、

 数多くあったから別にいいんだが……)


そんなことを思いながら、映像からは目が放せない。


何かに固定されていないという状況は不安はあるが、

どこかに落ちていくような様子もないのでひとまずは良い。


それよりも目の前の映像である。


簡単に言えば、戦いの歴史であった。


大きなトロールと大剣を振るい、戦う戦士、

恐ろしい姿の悪霊へ光り輝く魔法を放つ魔法使い。


あるいはモンスターの爪に攻撃を受けるシーフ。


職業は見た目から勝手に判断しているが、

様々な場所、時間の戦いがシーンごとに次々に映し出される。


だがそれは単なる戦いの記録ではなかった。


武器に、防具に、ズームが入り、そのたびに俺の頭の中に

その性能、レシピ等が刻み込まれていくのがわかる。


その多くは、基本的には俺がMDで既に知っているものであったが、

細かいところで違ったりした。


映像が進むたび、俺は新しい知識と、その背景、込められていた思いや

何を成すための物だったかを覚えていった。


まるで攻略情報を延々と流し込まれているような感覚の中、

俺はどこか感動を覚えていた。


この世界が、少なくとも1000年は時を過ごし、存在していたことに。


勿論、俺がそう感じただけであるし、

もしかしたら俺がこの世界で目覚めた瞬間にこの世界が生まれたのかもしれない。


あるいは、もっと前からあったかもしれない。


だが、どちらでもよかった。


ガウディのような鍛冶職人が武器を作り、

ジェームズのように冒険者がそれを振るう。


古木から杖が作られ、コーラルのような魔法使いが魔法を放つ。


1つ1つのシーンが、そのとき彼らが生きて、

どんな戦いだったのかを断片的ではあるが教えてくれる。


増えていくレシピは、いつかに彼らが生きていた証が増えるのと同じであった。


そして……。


「翁……」


声がなければまさに老人、そんな姿に懐かしさを覚え、

空間につぶやいた俺の声が溶けていく。


いつかMDでも見せ合った、高ランクの武器、防具、装身具が映像の中で

次々と作られていく。


その姿はMDで見たときよりも力強く、思いを吐き出しているようでもあった。


そして、ライトニング・ザンパーがその姿を現す。


映像の中の翁が視線を動かし、偶然にも映像を見る俺と視線が交錯する。


そこにあったのは疲れと、期待。


翁の願いのこもったその両手剣を構え、振るうのは英雄。


その一振りが世界を切り裂くように衝撃を発し、

そのまま俺の視界も千切れた。






「っと……戻ってきたか」


ふらついた足にとっさに力をいれ、転倒を防ぐ。


まだ戻ってこない思考のまま、

周囲に視線をやれば変哲のないログハウスの風景。


どうやらあの空間から戻ってきたようだった。


経過時間が1日なのか、もっとなのかはわからないが、

ここにいたのではそれもわからない。


クリアになってきた頭を軽く振り、ログハウスを出るべく扉に手をかけた。


「ん……気のせいか」


ふと、呼ばれた気がしたが振り返っても静かなまま。


本も別に光が漏れているということはない。


俺はそのまま部屋を出た。






「滝が……無い?」


自分以外が誰もいないように見える場所を俺は歩く。


様々な作成をしていた場所に戻ってきたところで、

俺は目立つ場所にあったはずの滝が無いことに気が付いた。


じゃり、と足元の鉱石たちや名も無い小石が音を立て、

周囲の静けさを感じさせる。


ふと、目を閉じて耳を澄ますと、どこからか滝の音はする。


どうやら場所が変化しているだけのようだった。


(さて、どうやって帰るか)


周囲を見渡してみるが、長は見当たらない。


長のことだから、唐突に出てきそうな気もするが、

自分で戻れるならそれに越したことは無い。


そう、俺がここにきた理由、目的は達成したといって良いからだ。


ここがMDの中のままだったなら、今頃システムログは

【XXXの作成レシピを入手しました】

だとか、そういった物で埋め尽くされているに違いない。


足元の適当な鉱石1つでも、ログハウスに入る前とは劇的に違う。


ただのロングソードではない。


ただのプレートメイルではない。


ゲームではない、この世界で作り出されたこの世界のアイテム。


何がどうなってそうなるのか。


正しく理解できた俺ならば、今は誰かに教えることも出来るだろうし、

書物として残すことも出来るだろう。


そう思いながらふと、顔を上げると正面に少し離れた場所に長が立っていた。


相変わらず気配を感じさせない唐突な出現だが、

その顔に浮かぶ、何があったか知っているという表情は俺も無言にさせた。


そのまま歩み寄り、導かれるままに突然現れた扉を長とともに進む。





「お帰り、といったところか。一週間以上も持つとは、さすがだ」


「は? 一週間? そんなにたっていたのか」


部屋に戻るなり、そういって長はなにやらお茶の用意を始めた。


俺はそんな長の言葉に驚きを返しながらも、どこか納得していた。


確かにあれだけの情報量だ。


あれで実は10分もたっていないとかは逆に怖い。


「あの中には我々も入ることは出来る。ただ、どれだけ過ごせるかは

 何らかの資質次第、そういうことにしている」


お茶の用意を終え、ソファに座り込んだ長は

含みのある言葉でそう語った。


ちなみに、出されたお茶は変哲も無い紅茶に見え、

味も美味しいがストレートの紅茶だった。


「そういうことに、か。アレも遺物……とは少し違うか」


小さくつぶやきながら、俺は恐らく里を飛び回って、

新しいエルフの現状を記録しているであろうユーミを思う。


ユーミは元がヘルプのマスコットNPCであった。


その意味ではまさにあのころから精霊はいたのだ。


余りにも身近すぎてそうだと思うことは無かったわけだが。


あらゆることを記録したとき、ユーミは世界に戻っていくのだろうか。


「お主がいない間に、あの2人は順調に鍛えられているぞ。

 魔法剣士ならぬ、魔法盗賊、といった感じのようだが」


俺が2人のことを考えていると思ったのか、

長はそういってカップをテーブルの上に置いて立ち上がった。


「……どうにも、外はやはり騒がしい。

 ファクトよ、一度戻ったほうが良いかも知れんな」


振り返らないまま、そういった長はあっさりと部屋を出て行く。


「騒がしい?」


気になる発言をした長を追いかけるように、

俺も長の部屋を出る。





里の様子は特別変わったことはないようだった。


少なくとも、自分が見える範囲では、だが。


「あっ! ファクト~! もうっ、心配したんだからねっ!」


「ふふふ……これで逃げても捕まえられるよ!」


長の部屋から出てきた俺をキャニーとミリーがすばやく見つけ、

駆け寄ってくる。


その動きは確かに前より洗練されたものであり、

長やサフィーダ達が見せたそれに近い。


それ以外にも、何か感じることから魔法的な何かも

身に着けているのではないか、そう感じさせた。


(ミリーは何を捕まえるんだ?)


「悪いな。ところで長、さっき外が騒がしいとか言ってなかったか?」


疑問を胸に、長にとりあえず先ほどの件を聞いてみる。


改めて周囲を見ても、特に何か襲撃があったような様子は無く、

お祭りがあるというわけでもなさそうだ。


広間でジャルダンと妹グリフォンが子供のエルフたちとじゃれあってる以外、

特に騒がしいということも無い。


「予感、だな。神託といってもいい。もっとも、

 エルフの神を自分で見たことは無いが……。

 黒い光が、大きくなってきている。近いうちに外は争いが起きるだろう」


「争い……戦争ってこと?」


長の言葉に、キャニーは慌てて詰め寄る。


「それはわからん。だが、ファクトの目的からすれば、

 そのまま無関係というわけではないだろう?

 一度、外に戻ったほうが良いかもしれないということだな」


「なるほどな。フィルたちにも報告しないといけないし……戻るか」


フィルの依頼である遺跡調査は余りというかほとんど進んでいないが、

作り出す物で勘弁してもらうこととしよう。


その後は俺達は一度外に出ることになったのだが、

いつのまにか仲良くなったのか、キャニーとミリーは

エルフの子供たちに囲まれ、引き止められていた。


「これも思い出……か」


「ファクトよ」


その姿にほのぼのとした気分になっていると、

長が真剣な声で呼びかけてきた。


「ん? 何か餞別でもくれるのか?」


「いや、物ではないが、な」


冗談っぽく、俺がそういうと長も笑いながら、

懐から何かを取り出した。


それはビー玉ほどの透明な、緑色の何か。


「素材? にしては何か暖かいな」


手にしたそれは、見た目に反して暖かい。


「かまずに飲んでみろ」


一瞬、このサイズのものを飲み込むことに抵抗を覚えるが、

最終的には促されるまま、俺はそれを口にした。


ごくりと、飲み干すと喉をとおり、胃に落ちるのがわかる。


途端、全身が覚醒するような感覚。


(なんだこれ……くっ!)


ふらつき、そばにあった木の柵に寄りかかったところで、

体中をめぐる何かの流れは抑えきれず、手のひらから外に吹き出た。


「……え?」


柵に寄りかかったまま、俺はその手の中の柵を凝視する。


ただの木の柵だったものが、強度が大きく変化したのだ。


そう、魔力のこもった魔石ならぬ魔木とでも言うべき、

長い樹齢を経た木が持つようなステータスに変わったのがわかったからだ。


これは……。


「作る術は他の人間に教えることは出来るだろうが、

 これは教えることは出来ない。完全に素質の問題だからな」


長の言葉が、俺が今やったことが魔力を与えるエルフの技であることを証明した。


飲み込んだビー玉で得た、というには簡単すぎる。


「聞いただろうが、外ではここでやるほどの効果は無い。

 今のも、急な習得に体が反発し、異常な結果となっただけだ。

 ただ、続ければ続けただけ外でも効果を発揮するだろう」


その効果とは、素材の素質を最大限に引き出すというもののようだった。


もっとも、以前習得した人間の魔法使い兼作成者の体験談らしいが。


エルフは外で作るということが基本的にない以上、

どういった効果が限界なのかはわからないらしい。


「十分だ。ありがとう。願わくば、また平穏な再会を」


「うむ。無事でまた鍛えようではないか」


がははと豪快に笑う長に、俺も笑顔で答えて握手する。


その手は暖かく、生きていると俺に感じさせた。






「で、どうやって帰るの? 普通に歩いていけば良いのかしら?」


「あ、グリフォンさんで飛んでいく……のもちょっと無理かな?」


続けての姉妹の疑問に、俺もその問題に突き当たった。


確かに空も件の結界があるはずなのだ。


「心配ありません、ええ」


「そうですな。長がいますし」


そんな疑問にあっさりと答えるエルフ二人。


……長がいれば?


嫌な予感に振り返れば、そこにはなぜか魔法陣ではなく、

上半身をむき出しにして準備運動をしている長がいた。


「ちょ!? なんで転送魔法とかじゃないんだ!」


「馬鹿を言うな。あんなもの、里と周囲だけに決まっていよう」


俺のつっこみにも長はめげず、近寄ってくるとグリフォンに乗るように指示してきた。


「……乗った……ぞ?」


ジャルダンに乗ったところでそう声をかけると、

長はなぜかしゃがみこむ。


その姿に疑問を覚え、口に出そうかというところで不意の浮遊感。


ジャルダンが舞い上がったのか?と思いきやそんな様子は無い。


「え、持ち上がってる」


「うわわっ」


姉妹の声に慌てて良く見ると、

長は手を触れることなく、俺とジャルダン、そして姉妹と妹グリフォンを、

恐らくは魔法で持ち上げていた。


気が付けば俺達はシャボン玉のような何かで覆われている。


「また会おう! 人間よ!」


「ちょっとまてええええーーー!?」


俺の抗議もむなしく、強力な何かの力で

俺達は上空に、恐らくは投げられていた。


(無駄に馬鹿魔力なんだからっ!)


困惑に心の口調まで変わりながら、

急な上昇に伴うGに必死に抵抗する。


10秒もしないうちに、何かを突き抜けた感覚。


「! ジャルダン、飛べ!」


外に出たことを感じた俺は叫び、グリフォン達も

動物の感覚でそれを理解したのか、力強く自分の力で舞い上がった。


見渡せば、覚えのある景色。


「とりあえずは出てきたか……。よし、一気にガイストールまで行くぞ!」


後ろに姉妹がついてくるのを見ながら、俺は空を飛んでいた。






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