92「緑の世界-6」
次回は内政?回……だといいな。
「さて……お帰り願おうか!」
半ば意味はないだろうと感じながらも、俺は威嚇のために
パラライザーを手にしたまま大きく広げ、隠すことなく殺気をぶつけた。
互いが持つ刃は互いの命を奪えるものであるという感覚が、
俺の意識を加速させていく。
人類は戦争をやめることは出来ていなかったが、
それでも自分の生きていた場所では殺気なんてものとは無縁の生活。
殺し殺され、なんてものは架空の世界の中だけ、
そう信じて疑わなかった生活。
そんな俺が、殺気というものを放出していることに
この世界に降り立ったばかりの俺が見れば驚くことだろう。
だがそれも俺が生きているという証明なのだと思う。
生きるために戦い、生きるために危険を跳ね除ける。
キャニーを治療してくれているサフィーダ、
泣いたままの子供のエルフたちをあやしているエメーナ。
俺とそんな彼女らの間に立ち、後ろへの攻撃を防ごうとしているミリー。
目の前にある大切に思うことの出来る物の為にも、
ここではない世界のルールに縛られている場合ではないのだ。
10秒もなかっただろう時間。
背後にサフィーダの詠唱を聞きながらの姿勢で、
俺は目に入った男の動きに反応してパラライザーを体の中心に戻す。
ほぼ同時に響く金属音。
(いきなりか。今のは……確か)
剣の腹を横にし、広くした状態のところに男の投げた何かがぶつかったのだ。
それを防げたのは偶然ともいえるが、MDでの経験のおかげだった。
男の取ったモーションが、MDにおけるとある物と酷似していたのだ。
そのモーションとは、投擲用の物。
「くっ! やはり、くないか」
パラライザーにはじかれ、近くの木の幹に突き刺さったそれを見た俺は、
知識の中にある、武器として使うのではなく投擲に使うアイテムの名を口にした。
簡単なものならあちこちにある小石、極めればあらゆる武器を。
投げ、当て、威力とする投擲。
勿論、スキルを取っていなくても投げるだけならステータスと、
ゲーム内の経験にしたがって可能だった。
だが、特定のモーションはスキルを取り、習熟しなければ
取ろうと思っても何故か取れないのだった。
男がしたのはそんな、スキルがなければ行えないモーション。
どんな黒幕がいて、どんな環境で訓練を受けたのかはわからないが、
くないを投げた男が何かしらの投擲スキルを得ていることは間違いがないようだった。
そんな相手が行う行動であれば、
恐らくは急所を狙ってくるいう予想が見事に当たったということだ。
俺があっさりとくないであることを見抜いたことに動揺でもしたのか、
男たちの気配に揺らぎがあるのがわかった。
先頭の一人、そして森から出てきた様子の数名。
いずれも同じような服装をしている。
ニンジャである。
忍者ではなく、ニンジャ。
MDでは見たことがないが、日本やその周辺に相当する地域が、
その文化もその地域のものが入り混じっている辺りから、
いるのではないかと予想されていた物だ。
手にした獲物はナイフともダガーとも違う独特の形状。
名前を思い出せないままに、先頭の男が見覚えのない動きでいつの前にか目の前にいた。
「あぶなっ!?」
その一撃を防げたのは、今度こそ偶然だった。
あるいは自身のステータスの恩恵かもしれない。
とっさに振り上げた剣が、いつの間にか上段から振り下ろされていた
相手の武器とぶつかり、大きな音を立てた。
俺の頭を頂点から叩き割ろうとした相手の刃と、
パラライザーとがぎりぎりと嫌な音を立てる。
その武器、刀のような短いそれを持つ手には妙な輝きの小手。
俺は武器よりもその小手に感じるものがあった。
思えば、いくらなんでもブレイドパニッシャーを受けて倒れないというのが不思議だった。
細切れになるはず、というつもりもないが、
少なくとももう少し怪我ぐらいしていて欲しいものだ。
だが目の前の男や、後ろの男達が大きなダメージを受けた様子はない。
目に付くのは光を反射するという光り方ではなく自らが発光する小手。
恐らくは何らかのマジックアイテムであろうと当たりを付けつつも、
状況を打開するために間合いを取る必要があった。
「ルミナスのどこかは知らないが、俺にも無関係ってわけじゃなさそうだな!」
男たちの襲撃は偶然というわけではないだろうという予想の元、
俺はそう意思表示をするべく叫び、力を込めて男の武器をはじく。
内心は相手の技量にひやひやしながら、
続けて襲い掛かってくる別の男の攻撃も徐々に後退しながらなんとか防ぐ。
だが先頭の男以外の攻撃は、比較するとひどく平凡だった。
まるで街中で盗賊くずれに襲われているようなものだ。
それでも長剣であるパラライザーで、半分ほどの長さしかない相手の攻撃を
何度も防ぐというのはなかなかに困難だった。
間合いが違うせいか、するりと入り込んできそうになるのだ。
その度に、半ば無理やり気味に剣の角度をかえ、受け止める。
「ファストブレイクっ!」
時にスキルを交え、切りつける。
その攻撃はちゃんと相手の防御を破り、確実に相手の体に食い込んでいるはずだ。
「……硬いな、いや、軽減されているのか?」
「気をつけて! アイスコフィンをはじいたの!」
無傷ではないようだったが、明らかにダメージ量がおかしい相手を見、
俺が思わずそう口にしたとき、背中にかかるミリーの声。
(アイスコフィンを!? ということは魔力攻撃無力化?
いや、あれはレアすぎる。それにこの粘土を叩いているような感覚……)
何より、一番おかしいのは先頭の男以外の動きだ。
まともに動いているのはその男一人。
後の男たちは後ろから時折の攻撃か、
ミリーの手により、あっさりとはじかれるような精度の低い投擲ばかり。
まるでこちらからの攻撃を待っているような、
動けない理由があるかのような……。
いや、それよりもだ。
「その小手、見たことがあります」
脳裏に浮かんだ疑問に答えるように場に響く声、エメーナだ。
「里から強奪された物をここで見ることが出来るとは。長生きはするものですかな」
サフィーダもキャニーの治療が終わったのか、音も立てずに
俺の横に立って言った。
「里から? ということはやはりマジックアイテム……。
そういうことか……」
そもそもの大前提として、ここはエルフの里であり、森なのだ。
であるならば、長老たちの言葉からすると、悪意ある存在が
過ごすことが出来ている時点で何か、あるのだ。
そう、MDでも高いレベルのはずの俺ですら影響を受けた結界の
効力を防ぐ何かが。
恐らくは魔力を糧に、なんらかの防御効果か、
無効化を行うもの。
ゲームでは良くある、代償を元にメリットを得るタイプのものだ。
だが、ゲームバランス上、デメリットは少なくメリットが多いものなどは
よほどのレアアイテムでなければ存在しない。
ゲームではそのすべてがボスドロップのユニーク品だった。
俺の知る限り、作成できるものの中には……そんな能力のものは存在しない。
目の前の男たちの小手が、どういった効力を持つかはわからないが、
少なくとももっと動けるはずの存在が、
この程度の能力に落ちてしまうほどの代償がある。
そう、子供や少人数のエルフを奇襲でさらうぐらいの行動しか出来ないような代償が。
「誰がいつ作り、なぜ貴方達が持っているかは問題ではありません。
そう、何度も使えるものではありませんから」
口調を変え、そう言い放って詠唱を始めるエメーナ。
「一度防ぐならば、二度三度も重ねるまで」
同じく、冷たく言い放ち詠唱を重ねるサフィーダ。
男達が黙ってみているわけも無く、いっせいに駆け寄ってくるが、遅い。
俺はパラライザーから、適当な鈍器に武器を持ち替え、叫ぶ。
「ブレイドパニッシャー!!」
二度目の不可視の力が、切り裂く形ではなく、
押し戻す形で男たちに迫り、吹き飛ばす。
そして、詠唱が終わる。
聞き覚えの無い詠唱は、恐らくはエルフ独特のもの。
渦巻く魔力、陽光とは違う光が辺りを照らした。
2人の共同詠唱なのか、単純に2つ分の発動なのか、
エルフ2人の背後に生み出される属性のない、
魔力だけの槍の穂先。
見ようによってはミサイルのようにも見える。
音もなく、それらはどこかのアニメでみたかのような動きで男たちに迫った。
男達は何度か手にした武器ではじき、時には回避するものの、
最初はかき消していたのがだんだんと形が残るようになっていく。
一人、また一人と男が倒れ、残るのはやはり先頭にいた男。
サフィーダとエメーナの魔法を防ぎきったものの、
ぼろぼろになってもまだ立つその姿には明確な意思があった。
「ここにきた理由はなんだ?」
「……答えれるようであればここにはいない。
わかるだろう? 最も偉大なる遺物を持つものよ」
返ってくるとは思っていなかった俺の問いかけへの返答。
「それはどういう、くっ!」
なおも問いかけようとしたとき、男は胸元から何かを取り出すと
地面へと叩きつける。
一瞬にして周囲を満たす白い煙。
だがそれはただの煙ではなかった。
視界の片隅に見ることの出来ていたマップがノイズ交じりにゆがみ、
ただの煙ではなく、魔力的な何かを帯びていることを感じさせた。
その証拠に、横に立つサフィーダ達もめまいでも起こしたかのように、
頭を抱えて表情をゆがめている。
煙に乗じての攻撃を警戒し、武器を構えたままの俺の視線の先で、
だんだんと煙が晴れ、そこには何もなかった。
後に残るのはえぐれた地面と森、
そして元の静けさを取り戻そうと照らし続ける陽光だった。
男は逃げたのだ。
「戻りましょう」
「ふむ……このままというのもまずいですな」
ため息交じりのエメーナの声に、サフィーダはどこか
確かめるかのように辺りを見渡すと、指先を妙な風に動かした。
「え? 森が……」
ミリーの驚愕の声の示すとおり、視線の先で森がまるで動画を早送りするかのように、
その様子を変えていく。
その姿に驚いている間に周囲の光景は大きく様変わりし、
まったく別の森の姿が現れたのだった。
これは、ドワーフのときと同じ?
「本当は外からの入り口が減るので決まった儀式の時以外は使いたくない手です。
ですが、そのままではまたあいつらが来るかもしれません」
エメーナはそういい、子供たちを誘導しながら歩き出す。
「ということはもうあいつらは入って来れないってことか?」
背中に気絶したキャニーを背負いながら俺は聞いてみる。
視界に入ったエルフの子供たちは、いつのまにか冷静さを取り戻したのか、
泣きはらした目元は涙の跡があるものの、それ以外は平静そのものだ。
「そうなりますな。もっとも、完全になかったことには出来ないので、
探せばどこかに別の入り口が出来ているとは思いますが……」
横合いからのサフィーダの相槌。
(なるほど、世間でエルフの里がどこだ、とかはっきり出てこないのはそのせいか)
話を聞く限りでは、時々入り口が変わっているのだろう。
「あれ? ファクト?」
「お? 目が覚めたか? 無事で何よりだ」
里の建物が見えてきたころ、背中のキャニーが目を覚ます。
どこかほうけた様子の声を聞きながら、俺はそういってしゃがんだ。
目が覚めたのにおんぶしっぱなしというのも気にするだろうと考えたからだ。
「……そう、私、負けたのね」
「そんなことないよ! お姉ちゃんががんばったからファクト君が間に合ったんだよ!」
移動しているという状況、そして無事なエルフの子供たちを見て、
経過はともかく結果を感じたのか、キャニーは落ち込んだ様子でそういい、
ミリーはすぐさまそれを否定する。
「でも……」
なおもつぶやこうとするキャニーの頭に、
まるで子供を撫でるかのように横合いから手が伸び、乗せられる。
「落ち込む必要はないぞ。人の子よ」
それはいつのまに近づいてきたのか、まったくわからなかった長の物だった。
俺はもとより、キャニーやミリー、何より
エメーナやエルフの子供たちですら、
いきなり現れた長の姿に戸惑っている。
つまり、誰も気が付かなかったのだ。
キャニーも驚いたままに、長に撫でられるがままだ。
「エルフって、実は超凄腕の戦士……とかって意味じゃないのか?」
「いえ、こういうことが出来るのは長ぐらいなんで、本当に」
「まあ、否定はしませんな」
底知れぬ長の実力に冷や汗をかきながら、
俺は一時の平穏を味わうのだった。