91「緑の世界-5」
パート4のファクト側となります。
シナリオそのものは進んでいません。
─エルフの里にて
「ファクト殿、コレの違いがわかりますかな?」
目の前の光景に硬直していた俺の前に、
横合いから差し出される2つの塊。
それは見た目は同じ色合い、大きさの黒光りする石。
恐らくはジガン鉱石。
つやのある黒い表面がうっすらと室内の光を反射し、
なにやら厳かな空気すら感じさせる。
「ジガン鉱石……だよな? うん……」
サフィーダの右手にある1つを手に取り、虚空の情報を確認するが、
そこに表示されている情報は何の変哲もないジガン鉱石であることを示している。
疑問を顔に浮かべているであろう状況のまま、
今度はもう1つのほうを手に取り、情報を見る。
「!? これは……こんな品質がありえるのか? いや、これは品質というより……」
思わず出た声が正解だったのか、サフィーダはもとより、
エメーナや名も知らないエルフも満足そうに頷いている。
表示された情報、名前はジガン鉱石のままだ。
だが、その付随する各種能力がまったく違う。
最初のものが武器生成スキルを覚えたてのときに使うような、
初心者用だとしたら、もう1つはボスドロップに相当するほどだ。
ゲームでもし、プレイヤーの露店などで見かけたならば、
かなりの金額が値段として付くことだろう。
だが……。
「これはすごいな。だけど、外ではこんな話、ほとんど聞いた事がないぞ?」
わずかな時間とはいえ、これまでにも各所で色々と調べ物をした中で、
エルフに関する記述や話は少なかった。
また、そのほとんどがエルフそのものと里の話で、
作るものといったことに関しては数少ない。
こんな品質の素材が出回っていれば、もっと伝説の何か的な
扱いを受けていたとしてもおかしくないはずだ。
だが、エルフの手による武具、という話は聞いた事があっても、
素材としての話はほとんど聞かない。
「それがこの話をファクトさんにする理由でもあります。
これはどこかで掘られたものではありません。
先ほど見た、彼らの行っていた技の結果、精霊が強く結びついたものです。
ただ、外に出るとその時のほとんどの効力が失われるんです」
「効力が? それは素材として普通に戻るということか?」
俺はエメーナの言葉に、手の中のジガン鉱石を見比べながらそう問いかける。
「そのとおりです。あくまでもこれはこの場所でのみの技。
この力を活かすには、この場で何かを作り上げねばならぬのです。
ゆえに、世にはほとんど出回りません」
サフィーダが何かをかみ締めるように、そうつぶやいてうつむく。
「この里へはなかなか入ることが出来ない。恐らくは本当の偶然か、
今回のように何らかの事情や、仕組みを見抜いたり……。
いずれにしても外には持ち出せない、となれば……」
方法としてはエルフが作ったものが外に出るか、
何か作ることの出来る存在がここで作ったうえで持ち出すかだ。
「そうですな。ここから一定量の素材を供給する、
というようなことは困難であるということです……ですが」
「ですが?」
顔を上げ、こちらを見て言うサフィーダに俺は鸚鵡返しに問いかけてしまう。
それほどまでにこの違いというのは大きいのだ。
恐らくは俺以外の一般的な鍛冶職人が扱っても、
その出来上がるものはこれまでの比ではない。
俺の視線の先で、サフィーダが笑みを浮かべる。
整えられたオールバック風味の白髪、執事を思い起こされるような、
体にフィットした服装。
いつのまにそんな服装に変わっていたのか、
気が付かないほどの変化だった。
「技は技でしかありません。現に、これまでの1000年、10人もいませんが、
人間が同様の技を習得できた記録がございます」
それは挑戦。
それは問いかけ。
それは……願い。
困難なことへの挑戦の誘い、それでも挑むか?という問いかけ。
だが、俺はその中にサフィーダの、エルフからの願いを感じた。
「……俺はその技で何をしたらいい?」
「世界に撒いていただきたい。エルフという存在の話と、技を」
真面目な顔をしたサフィーダの語る内容はこうだった。
エルフの里が荒らされるといったことは当然、良くない。
だが、このまま閉じこもっていてばかりでも世界が閉じたままになってしまう。
エルフの数は決して多いと言えず、生きることへの、諸々の活力というものが、
どうしてもじわじわと減っているのだという。
未来への活力が減ったならば、待つのは滅亡。
かなうならば、交流も行ってみたい。
世界の一員として、エルフという存在が声を上げたいのだと。
俺はサフィーダの話を聞きながら、一人別のことも考えていた。
どんなゲームでも、そういった設定でもない限りは、
様々な種族、陣営といったものは広がりもせず、旅に出ることもない。
MDで言えばエルフは隠れ里に住む種族であり、クエストなどを除けば、
里の外で住むだとか、旅に出る、ということはない。
それはゲームとしての当然の設定だし、当たり前のこと。
だが、今はゲームではないのだ。
人間の街は広がり、人は行き来する。
子供は産まれ、親は老い、死ぬ。
そうして世界は続く。
エルフとて例外ではないはずなのだ。
サフィーダから伝えられる願い。
それは、エルフたちの世界へのある種の反抗なのだった。
「いいのか? 俺がちゃんと使うとも限らない。私利私欲にまみれて、
好き放題に使うかもしれないぞ?」
俺はエルフの秘密であろうことをこうも簡単に教えてくれることに疑問を覚え、
大げさにそう問いかけてみた。
「いえ、ここにいる時点でそれは、まずないと私たちは考えています。
少なくとも、精霊を無駄に扱わない、結界にはじかれない段階で
それははっきりしているんですよ」
エメーナは俺の発言の意図を察したのか、そういって周囲に漂う精霊を指差した。
「精霊を何かに使うならともかく、消滅させるようなことをしそうなら、
そもそも里に入れない、と?」
ちらりと宙に浮く精霊たちを見ながら言った俺の言葉に二人はうなずく。
(なるほど。ここに来た時点でいうなれば、クエストの前提条件はOKってことか)
ふと、視線を向けると周囲を漂っていた精霊がいつの間にか流れを作り、
俺を誘導するように一方に向かって動き始めていた。
小さな、手のひらほどの大きさの精霊は見た目は人間の子供のようでもあり、
エルフのように耳の違う姿であったりと微妙に違う。
だが一様に部屋の一角を指差しながら漂っている。
導かれるように俺が歩き出すと、サフィーダとエメーナは無言でついてきた。
あっという間にたどり着いた部屋の壁。
床を見ると、座った後だとわかる模様と、しみの様な物。
実際には座りやすいようになっているだけなのだと思うが、
その時の俺には別のものに感じていた。
「もしかして、ここは……」
俺は半ば確信を持って、サフィーダへと振り返り、問いかける。
「ええ。そこはファクト殿と恐らくは同胞の、古老の庵様の修行された場所です」
(やはり……翁、君はここで何を見、何を考えた?)
俺は無言のまま、そこに座り、なんとなく目を閉じる。
瞬間、周囲に漂っていた精霊のいくらかが俺の中に入り込んでくるのが、
その感触でわかった。
そのときである。
言葉に出来ない、何かが脳裏を一瞬にして通り過ぎ、
何かを俺の頭に焼き付けた。
『何か仕掛けてあるわね。鍵はファクト、貴方の魔力みたいよ』
相変わらずの唐突な出現の後、ユーミはそういって床の文様の1部を指差した。
「おお……祖のお方でしたか。もう、すべてが世界に還ったと思っていましたが」
ユーミを見たサフィーダがそういい、頭を下げる。
それはまるで臣下の礼のようだった。
『私も精霊の尺で言えば長くは無いわね。ま、すぐに次が産まれてくるわ』
ユーミはそういった対応をされることを良しとしていないのか、
そっけなくそう答えると手のひらをひらひらとさせる。
「次が? あの争いで世界の精霊が減じて長いときが過ぎました。
ようやく世界は再生することが出来ているということでしょうか?」
『ええ、貴方達のように、ずっと過ごしてくれた存在のおかげでね』
エメーナのすがるような声色が、この世界の過去の戦争が
どれだけ危機的なものだったかをあらわしている。
「そのためにもここでまた世界が荒らされるのだけは回避しないといけないわけだな」
先ほどの脳裏をよぎった何か以外、不思議なことが起こることは無かった。
明確に何か、というわけではないのだが、
あれからどうもむずむずする。
「……なんだ、これ。エルフ狩り? 危ない……のか?」
不意に浮かんだ単語。
それは余りいい意味ではない言葉だった。
文字通りだとしたら、何らかの悪意ある存在がエルフを狩るということだろう。
そして恐らくそれは、殺戮という意味ではない。
「……この里へたどり着く森は、世界の各地で接しています。
時に極寒の山の中。時に海中神殿の奥深く。そして、人里近くというのも
数は少ないながらありえます。そこに奴らはいたのです。ここ300年はおとなしいものですが」
「エルフ狩り、それはエルフを何者かが連れ去る事件です。昔は少人数で、
精霊の少ない場所で過ごしていた家族等が被害にあいました」
サフィーダ、エメーナの言葉からもエルフの里に暗い影を落とす事件に間違いはないようだった。
そういった被害を受け、エルフたちは警戒をするようになった。
常に大人を含んだ集団で動くか、精霊の力が豊富な場所で過ごすか。
精霊が豊富にいる場所では、エルフの魔法は当然、力を増す。
そうでなくても、精霊は強い意識に敏感なので、
エルフ狩りのような相手が近づけばすぐにわかるのだという。
森につながるといういくつもの場所。
それはMDというゲーム時代の設定の名残であり、
人里の近くというのもその1つだろう。
ゲームであれば何らかの理由から、行き来を楽にするためのアップデートだ。
もしかしたらクエストを突破した先の街、といったものかもしれない。
だが、エルフにとってはそれが仇となったわけだ。
「エルフって、何人ぐらいいるんだ?」
「長や私たちの知らない集落がまだあるとは思いますが、
この里ではおおよそ500人。減ってはいませんが、余り増えてもいません」
500……そういった知識は余りないが、種族としては
致命的な状況に思える。
と、ここれ新しい疑問が出てきた。
エルフって人間みたいに……男女でそういったことをして、
赤ん坊として産まれてくる……だけじゃないのか?
というのも、赤ん坊を抱いたエルフだとか、
妊婦のエルフが見当たらなかったからだ。
もしかしたらファンタジーらしく、どこからか産まれてくるのかもしれない。
「なるほどな……そういえば、キャニーたちが取ってくるらしい薬草は、
ここから遠いところにあるのか?」
もし近いようであれば自分も見てみたいと思い、そう聞いてみる。
「そう……ですね、歩くと半時はかかりますかね。
今どこかしら? 探査用というか、それ専用の魔法はかけておきましたか……ら?」
笑顔で答えていたエメーナの表情が固まる。
彼女の手のひらの上にいた精霊が明滅したかと思うと、消えたのだ。
「これは! ファクト殿、貴方方の動きは悪いものも引き寄せたようです」
言うが早いか、サフィーダは外へと歩き出す。
「……なるほどな。お約束ってわけだ」
サフィーダに並びながら里の出口へ向けて駆け出す中、
俺はそういって自嘲気味に口をゆがませる。
これまで平穏だった場所に投じられた一石。
それは様々な波紋を生み出した、そういうことだ。
この世界に神がいるとするならば、そいつはいたずら好きに違いない。
「早く行こう。どこだかはわかるのか?」
「ええ、ですがそれなりの時間が……」
強い俺の声に、エメーナは申し訳なさそうに言う。
歩いて半時、MDでの意味合いで30分程度ということは、
走ってもすぐというわけにはいかない。
「ファクトよ! こちらだ!」
叫び声にそちらを向けば、里の出入り口で長がなにやら杖を手に、手招きしていた。
長直々の呼び出しだ。きっと何か意味があるのだろう。
そう考えて呼ばれるままに駆け寄ると、足元に既に魔法陣が光っているのがわかった。
「長よ、まさか?」
サフィーダが驚いた様子で問いただすが、
長は杖を掲げることでそれを制する。
「そのまさか、だ。飛ばすぞ。子供たちの魔力はつかんでいる。
誤差など、ほとんど無い。準備はいいか?」
一体何をしようというのか、長は俺の答えを待たずにその体から
魔力を無遠慮に放出し始めた。
それは足元の魔法陣に吸い込まれ、魔法陣はその大きさを拡大していく。
そして俺とサフィーダ、エメーナの3人を包んだとき、光の柱が産まれる。
「ささやき、願い、紡ぐ! テレス・シリンダー!」
全身を包む光、味わう浮遊感。
MDでも何度と無く味わったその感覚。
補助魔法の1つ、記録した地点へと
範囲内を転送する高位魔法。
先ほどまでの話と、この結果を見れば答えは1つ!
光が収まった先で、俺の視界に飛び込んできたのは
草花の生い茂る広間に開く、黒々とした穴。
相対する人影。
片方が見覚えのある人、ミリーであることに気が付いた俺は
叫ぶことなく駆け出した。
手には意識せず抜き放ったパラライザー。
ミリーへと一歩踏み出した黒い影と、
その背後に感じた気配へと俺は精度を無視して速度重視で力を解き放った。
「ブレイドパニッシャー!!」
影に襲い掛かる不可視の刃。
それが十分に力を発揮しながらも、全員を打ち倒せていないことに
俺は内心驚きながらもミリーと人影の間に立つようにして滑り込んだのだった。
それが俺と、東方にあるという人間の闇との接触だったことに
その時の俺は気が付いていなかった。