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90「緑の世界-4」

12/11/18:一部訂正。


森の中に響く歓声。


人間の子供とそう変わらない背丈の、

エルフの中では子供とされる小さな集団が森を駆ける。


遠く、どこまでも続きそうな森の中、

駆け抜ける子供たち、尽きることの無い独特の声。


それは動くものが他に無い森で幻想的な光景を生み出していた。


そんな光景を打ち破る2つの影。


「ちょっと、そんなに引っ張らないでよ」


「わわっ」


両手をそれぞれ子供のエルフに引かれ、

半ば無理やりに走らされているキャニーとミリーであった。


2人の顔は緊張に彩られている。


それは無理も無いことで、ここはエルフの里の周りに広がる森なのだ。


一歩間違えれば良くわからない場所に出るかもしれないのである。


「だいじょーぶだよ! ボク達が一緒なら森は味方だから!」


心配そうな2人の表情に気が付いた様子で、

キャニーの右手を引っ張っていたエルフの男の子は、

走りながら顔を少し向け、特徴のある赤い瞳を輝かせてそう2人に言った。


その理由を2人が問おうかというとき、視界が開ける。


「……うわぁ……」


「ここは……? 何か空気が……」


呆然とその場所を見詰める姉妹をよそに、

小さなエルフたちは思い思いに木々に囲まれた空間、

足元には色とりどりの花が咲く広間に散らばっていく。


10人ほどの子供達は時に花を摘み、

時に生い茂る緑の草を手に取る。


最初は見知らぬ空間に警戒していた姉妹だが、

いつしかその緊張も解け、足元に注意しながら広間の中へと進んだ。


「ここといい、ヒポグリフの森のときといい、なんで都合よく広間があるのかしら」


浮かんだままに疑問を口にするキャニーだったが、それに答えるものはいない。


ファクトがこの場にいたならば、それはゲーム的なお約束であると

心の内で考えたかもしれないが、彼もいない。


そんなキャニーが足元の濃い緑の草を踏んだとき、

鼻をつく特徴のある匂いがあたりに広がった。


「この匂い……傷薬用の薬草? でも、こんな濃い匂いなんて……」


「見て、お姉ちゃん。これ……ミュニエールじゃない?」


記憶にある匂い、しかしながらありえない濃密さにキャニーが顔をしかめたとき、

ミリーは自らの足元にある草の1つを手に、そう姉へと問う。


「まさか。そんなエリクシールの材料が無造作に……なんてこと」


力のある治療魔法の使い手が、あわせて使えば四肢の欠損すら

癒すという最上級治療薬エリクシール。


ゲームの世界であるMDにおいては、希少ではあるが、

ドロップにも含まれる回復用アイテムであった。


塗って良し、何かに溶かして飲んで良しの回復量は9.5割。

その上で1分間ステータス5%上昇のおまけがつく。


この世界でも効力は一緒ではあるが、それを実感できた存在は少ない。


そもそもの実在する数自体が少ないことに加え、

使うだけの状況に陥り、かつ使えるだけの余裕が無くてはならないためである。


「ここはね、箱庭なんだよ」


「箱庭?……出られないって事?」


いつの間にか、キャニーとミリーに近づいていた子供のエルフ、

先ほどまで手を引っ張っていた赤い瞳の少年がそうぽつりとつぶやく。


どこからか降り注ぐ陽光と吹きぬける風が3人の間から言葉をしばらく奪う。


「……ううん、出れるよ。ボク達はね。でもそれは意味が無いんだ」


「……そっか、君もエルフさんなんだもんね」


急に雰囲気の変わった少年に驚いた様子のミリーだったが、

そういって聞く姿勢をとる。


「うん。話を戻すと、ここ以外にもこういう薬草の生える場所が何箇所かあるんだ。

 他にも色々と。エルフはその場所を守り、育て、そしてそこで手に入るものを使って、

 様々に精霊と交流し、そして死んでいくんだ」


手元の薬草を見る少年の瞳は疲れるでもなく、何かに輝くでもなく、達観したものだった。


「難しいことはわかんないんだけど、精霊の通り道であり、

 広間は吹き溜まりになってるんだって」


「精霊の影響が他の……外の大地より強いから外では貴重なはずの薬草も、

 こんな無造作に生えている……そういうこと?」


「そうさ。だからここだけでしか見られない、ここだけの空間」


他の場所ではダメで、この土地だけで実現できる奇跡的な光景。


キャニーたちでは単語すら出てこないが、

実験室のフラスコのような、整えられた環境でしか実現できない光景。


そんな中に住むエルフたち。


ゲームの世界の設定を引き継いでいるエルフたちの姿は、

特定の場所でしか暮らせない、まさに箱庭の住人だった。


「……」


言葉無く、たたずむキャニー。


何か声を、と彼女が考えたところで体が、

経験がその意識を押さえつけてシャドウダガーをその手にとらせ、振るわせた。


キャニーは自分の行動と、その結果とに一瞬意識を奪われる。


だが、それも一瞬のこと。


「みんな! 集まって!」


妹であるミリーも同様の行動を行い、

2人のシャドウダガーにはじかれ、地面に突き刺さった何か。


鋭く、投擲に向いていると一目でわかる金属質の何か。


ファクトがここにいたならば、それが

地球で言うところのくないに近いことがわかったことだろう。


だがキャニーとミリーにはそれはわからない。


はっきりしているのは、エルフたちではなく自分たち2人を狙ったということ。


「出てきなさいよ。それとも、女子供相手にもいつもどおりってわけ?」


キャニーは確信していた。


投げられた武器に覚えは無いが、馴染みのある殺気が混ざっていたからだ。


「……出てきた?」


攻撃を誘えれば良しと考えていたキャニーの考えは

予想外の効果を産む。


ミリーのつぶやきどおり、森の木々の隙間から人影が歩み出てきたのだった。


「エルフ狩りだ! ほんとにいたんだ!」


姉妹の背後で、抱き合いながら叫ぶエルフの少女。


全員の視線の先、陽光に照らされた人影の姿は、男。


口元はマスクのように布で覆ってはいるが、

服装は冒険者然としたどこの街にでもいそうな物。


だが……。


「あら、生きてたのね。まあ、私が言うのもなんだけどね」


「……」


キャニーのからかうような問いかけに、男は無言で答える。


手にしたダガーを構える姿は、キャニー、そしてミリーと酷似している。


「ミリー、みんなをお願いね」


「……了解」


抑えきれない感情が妹からにじみ出ているのを肌で感じながら、

キャニーは目の前の男と、様子見をしているであろう森の中の別の気配に気を配っていた。


(数は3。いえ、わざと読ませていると仮定したならもっとか)


視線の先でゆらりと武器を動かす男。


見覚えのあるその顔は自身と同じ組織の中で、明日をも知れぬ訓練を

日夜その身に刻まれていたある意味では彼女の同僚。


たまたま視界に入ることはあっても、同じ組にはならなかっただけの顔見知り。


だがその瞳に感情は無く、キャニーとミリーを見ても

変化の無い瞳には再会を喜ぶ感情もない。


抑えているというわけではなく、単純にそうと意識できない瞳。


彼には目の前の相手が誰なのかは関係が無いようだった。


そう、目標としてのエルフ以外は。


「そう、もうだめなのね」


目の前の男がまさに使い捨てにされていることに気が付くキャニー。


ミリーが使われていたような道具のほか、即効性のあるものとして、

薬品を用いた手法があることを彼女は組織で学んでいた。


戻ることの出来ない、副作用があるというその手法。


それを施された男がもう手遅れであることをキャニーは察すると、

せめて自分の手で眠らせるのが何かの勤めだろうと考えた。


音も無く迫る男に向け、一気に急所を断とうとシャドウダガーを向けるキャニー。


抵抗するかのように無造作に投げつけられたいくつもの小袋。


威力があるようにはみえなかったが、それでもキャニーは回避し、

袋が何の変化も生まずに地面に落下する。


ここまで、彼女が疑うことは無かった。

男は自分たちを直接自分の手で殺すつもりだろうということを。


自身の鼻を何かの匂いが刺激するまでは。


「! おねえちゃん!」


爆音。


キャニーと男のそばで、男の投げた袋が爆発した。


思わずという形で慌てて姉へと駆け寄るミリー。


火の魔法のような何か、ミリーにとっては魔法に見えたそれが

なんなのかはわからないまま、姉と男が吹き飛ばされ、

姉は動くが男は動かない。


それだけがミリーにはわかった。


「あつつっ、生きてるっ」


駆け寄った妹の手の中で、キャニーはそううめき、

自分の経験と、ファクトの講義に感謝する。


(これが魔法じゃない技術というもの!)


温泉、そして火山と2度硫黄に遭遇することが出来たファクトは、

その利用方法に誰かがいたることを、あるいは既に

どこかで切り札として利用方法が確立されていることにたどり着いていた。


ある日、ファクトはキャニーへとそれを使った物がどういったものか、

簡単にではあるが説明していたのだった。


つまりは、詠唱のいらない火属性魔法を使えるようになる、と。


けん制にしかならなかったはずの袋から漂う匂いに、

とっさに袋から離れる方向へと飛ぶことで直撃を回避したのだった。


男は回避するつもりは無かったのか、手にしたダガーはそのままに、

離れたところで吹き飛ばされていた。


動き出す様子は無い。


ミリーが目をやれば綺麗だったはずの広間に生まれるえぐれた深い穴。


見とれる暇も無く、新たな気配が森の中から現れ、

姉と、子供たちをかばうように姿勢を変えた彼女を刃が襲う。


響く刃のかみ合う音。


どこからか現れた影は、ダガーとも違う片刃の刃物をミリーに振り下ろしていた。


「どうだったかな? 魔法と、技術の融合は」


「強引な誘いは嫌がられる……よっ!」


とっさに防ぎ、押し返すことは出来たがミリーは自分の不利を悟っていた。


戦力差はもとより、意識の切り替えがうまくいかない。


まとめていくら、のごろつき程度なら

切り替えが出来ずともあしらう実力がミリーにもあった。


だが、目の前の男はそうもいかない強さを持っていることを、

一度刃を受けただけだったがミリーは感じ取っていた。


(お姉ちゃんは生きてる。エルフさん達も無事。今は……だけど)


幸いにも致命傷は受けていないが、相当のダメージを

キャニーが負っていることもミリーは見て取っていた。


ここは子供でもエルフの魔力と魔法に期待したいところだが、

恐怖にか、震えている彼らにそれを望むのは酷である事もミリーは悟る。


と、ミリーの視線の先、森の奥から新たな影。


それは彼女たちへの援軍や迎えではなく、絶望の増加であった。


「目的はエルフだけだ。立ち去れば見逃そう」


「馬鹿じゃないの? そういって本当に逃がしてくれる人がどんだけいるの?」


強がりか、恐怖が麻痺したのか、自身もわからぬままに

ミリーはそう言ってすばやくアイスコフィンを抜き放つと

魔法の氷を放つ。


「愚かな……」


対する男は嘆息するようにつぶやくと、無造作に振るった右手で

その氷の槍をなぎ払った。


「!?」


ミリーの思考が驚愕に染まる。


無理も無いことである。


程度はともあれ、あのドラゴンにすら効いた攻撃がはじかれたのだ。


男は自らの右手の具合を確かめるように見、

問題はないとばかりに視線をミリーに戻し、1歩進む。


「ここまでか? では」


さらばだ、そういった言葉を続けるつもりだったであろう男はその発言を行うことは無かった。


「ブレイドパニッシャー!!」


気配を消していたであろう男たちとは別に、

真の意味で唐突に、横合いから現れた影が叫ぶと

男たちに向かって不可視の刃が襲いかかったためであった。




「ファクトくん!」


「すまん! 遅くなった!」


俺は油断無く剣を構え、背中越しにそう叫ぶ。


ちらりと視線だけ向けると、ミリーの腕の中で

キャニーがなにやら怪我をしていることだけはわかった。


ぎりっと、自分でも驚くほどに奥歯をかみ締めていることに

内心驚きながらも対処は後からの2人に任せることにした。


「おや? ひどい怪我だ」


後から続いて現れたサフィーダが、

キャニーの傷の具合を見るや何かの詠唱を始めた。


聞き覚えがあるようでないが、恐らくはエルフだけが使えるような

回復魔法なのだろう。


エメーナは現れるや否や、子供達へと駆け寄っている。


「さて……お帰り願おうか!」


俺は大きく手を広げ、そう叫ぶと男たちへと隠すことなく殺気をぶつけたのだった。

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