86-寄り道「契約」
かなり自己満足の解説?回です。
読んでいなくても以後の本編にほぼ支障はありません。
グリフォンとの契約の朝。
俺とキャニー、ミリーの三人はヒポグリフの森の中、
ゲームでも俺が見覚えのある場所に来ていた。
そこはなぜか風が良く通り、収まることの無い不思議な場所。
周囲は一見普通の森。
そんな中の、家が一軒と庭とが収まりそうな空き地。
なぜか木も生えておらず、芝生よりは長い草が緑の地面を作り出し、
所々、名前も知らない小さな花が咲いている。
周りにはまるで植樹したかのように同じ種類の木が
等間隔で立ち並んでおり、その間を風が通るのだ。
それでいて強風というわけでもなく、
さわやかな風が、という程度だ。
「じゃあ、始めるか」
『キュルルル……』
俺はナイフを手に持ち、グリンヴェル達から聞いた契約の方法を確かめながらつぶやく。
──契約
ゲームではテイミングが正式な名称なのだが、
世界観と、テイミングの対象からプレイヤーには契約、と呼ばれることもある。
MDにおいてのテイミング対象は、小動物全般、
そしてモンスターたちである。
犬や猫、鶏なんかも可能だ。
馬は移動手段として初級者から上級者までポピュラーなものだ。
中にはいわゆる名馬と呼ばれるものもあり、移動速度が随分と違う。
そして、本番ともいえるのが契約とプレイヤー間で呼ばれるモンスター相手のテイミングだ。
これはさらに2種類に分かれる。
1つは効力が一時的なもので、ある意味魅惑ステータスにかかったかのように、
こちらの味方をさせるもの。
ソロや少人数での攻略、あるいはダンジョンでの囮等に使われていた。
こちらはステータスや条件さえクリアしたならば、
多くのモンスターをテイミングできる。
対してもう1つは、テイミング相手の死亡時の選択、
あるいはテイミング破棄を行わない限りは継続される物。
こちらのテイミング対象はあまり多くない。
ヒポグリフ、グリフォンの他、一部のリザードマン、
ゴーレムタイプ、変わったところでは自発的にスピリットになった元魔法使い、等である。
半ば恒久ともいえる契約に共通しているのは、
設定上で一定以上の知能か、主従となる下地があること、
つまりは話が通じない相手は無理、ということなのだ。
さらにはテイミング時のエフェクトに特徴がある。
小動物等の物は仕草自体が変わり、懐いたといえる姿をとるが、
契約と呼ばれる種類となるといわゆる魔法陣が現れる。
それは相手との関係が良好であるほどまぶしく、
何かしらの理由があると禍々しい。
確か、延々と敵の盾にして再契約、といったことを
繰り返していくとダークな感じになったはずである。
ともあれ、ゲームではシンプルだった契約のシーンも、
随分と様相を変えているようだった。
「っ!」
俺はナイフを自らの手に軽く当て、傷を作る。
同じように差し出されたジャルダンの右足の一部をナイフで切る。
痛みにか、一瞬息が漏れるのがわかったが声にはならない。
ジャルダンなりに契約に気を使っているのだろう。
そして両者の血を王から預かったテイミングカードにしみこませる。
すると、淡く輝いたカードが空中に浮かび、両者の間で停止する。
そのままジャルダンと距離をとる。
姉妹と、ジャルダンの妹らしいグリフォンは隅でこちらを見守っている。
互いの距離はおおよそ10メートル。
そして何故だか口に出来る、契約に伴う文言が俺とジャルダンから違う言葉、
なのに同じ意味を持ってあたりに響いていく。
MDだとクエストによって、テイミングはこのあたりからいきなり始まり、
カードも白紙のものがなぜかアイテムとして出てくるのだ。
程なく、カードからあふれていた光が地面に滴り、
それはすばやく広がって魔法陣を作り出す。
いつぞや使った結界アイテムのようなドーム状の魔法陣が
俺とジャルダンを覆い、視界がぶれる。
俺の体から伸びた半透明の影が、
同じようにジャルダンから伸びた影とカードの付近で接触し、
音も無く、合わさった影はカードに吸い込まれた。
と、カードがはじかれるようにして俺に向かって飛び、
俺はそれを指と指でつまむようにして受け止めた。
そして、叫ぶ。
「我は呼ぶ、我は願う! 出でよ。連なる者よ!」
契約最初の呼び出し。
その叫びが力を持って俺の横の空間に透明な渦を作り出す。
同じようなものがジャルダンのそばに産まれるのも見えたと思うと、
ジャルダンはその渦の中におもむろに体を入れた。
ほとんどラグも無く、ジャルダンの大きな顔が俺のそばの渦から出たかと思うと、
後に続く体も問題なく現れた。
これで契約は完了である。
俺は嬉しくなり、ジャルダンの首元に手をやって確かめるように撫ぜる。
ジャルダンも恐らくは初めての契約が成功したのがわかったのだろう。
声をあげて顔をこすり付けてくる。
なお、テイミングに何らかの理由で失敗すると、
今の渦の中に入ることも無く通り過ぎ、当然自分のほうからも出てこない。
「後は必要なときに呼び出すか、あるいは森に帰ってもらうことも出来るわけだな」
確かめるように口に出した俺の言葉をジャルダンが頷いて肯定する。
テイミングカードを使い、必要な文言を口にすると、
その相手の普段いる場所から自分への転送用の謎の渦が生まれ、
契約相手は自分の場所へと駆けつけることが出来る。
逆に、渦を通って契約相手をとりあえず返すことも出来るのだ。
ちなみに俺はその渦を通ることが出来ない。
「よっと!」
俺はジャルダンの背中、今後お世話になるであろう場所に飛び乗ると、
位置について具合を確かめる。
問題はなさそうだ。
手持ちのアイテムから鞍を取り出してもいいのだが、
この状態はこの状態で面白い。
俺とジャルダンは空き地の隅へと移動し、続けて姉妹とグリフォンが中央に移動する。
なお、テイミングそのものは1対1で行われるため、
キャニーが本来の契約者となる。
キャニーのテイミングには、テイミングカードは無い。
ベースとなる白紙のカードがあるわけでもない。
聞いた話によれば契約後にどこからか産まれるもので、
俺とジャルダンのような、再契約に等しいやり方のほうが実は普通ではないのだ。
実はこのカード、カードに見えるけど魔法の産物なのかもしれない。
(……精霊が圧縮されているとか、そんなわけはないか。)
キャニーと妹グリフォンが互いの血を地面に垂らし、
いくつかの場所に同じように垂らしていく。
互いの血により陣を作り、俺とジャルダンと同じような結果を生み出すらしい。
そういえば、妹グリフォンの名前はなんだったか?
「なあ、妹の名前わかってるか?」
『キュル?』
俺の問いかけにジャルダンは大きな首をひねった。
と、そのとき思考の塊らしい何かが頭に入り込んでくる。
明確な言葉にはなっていないが、なんとなくだが好きにしたら?と
いわれたような気がした。
(今のはジャルダンが魔法を使ったのか?)
俺の考えを肯定するように、ジャルダンはばさばさと翼で音を立てる。
どうやらテイミングと魔法とでラインのようなものが出来ているようだった。
となると、キャニーやミリーがそのうち適当な名前をつけることだろう。
何分かの後、俺のときと同じような光が産まれ、そして光が収まる。
キャニーの手元には1枚のカードが産まれ、
テイミングをしていないミリーへもグリフォンは
嬉しそうな声をあげて顔を擦り付けている。
結局のところ、テイミングとは召喚と送還、
そういった仲の良さというものを越えた一定量の強制力が効力なのであり、
言うことを聞くだの聞かないのだのは別の問題なのだろう。
ゲームでは多少問題があろうと、システム的な範囲であれば、
テイミングは基本的に失敗しない。
端的に言えば、相手が怒り狂っていても条件さえ満たせばいいのだ。
これはプログラム上の、この場合はモンスター側の思考の問題でもあった。
街中にいるような人間のNPCに多少細かな演技をさせるのとは違い、
テイミング対象となれば戦いもするし、ログインしている間は
延々とつれまわすことだってある。
そんなものを相手にし、すべてのテイミング相手が個別の
経験と蓄積で仕草等を変えるとなれば、いくらなんでもサーバ側のスペックが足りない。
単純にプレイヤーが増えるようなものだからだ。
ゆえに、MDでは世話をしたならば、多少は懐くような仕草が増えるが、
ほとんどの相手は共通のルーチンで動いていた。
好感度のようなステータスを条件にソレが変化するだけだ。
だがここはゲームではない。
少なくとも、グリフォンたち1頭1頭には個別の思考があり、
好みだってあるように見える。
ゲームだったならば十分に成功するテイミングであっても、
この世界であれば失敗することがあるのだと感じる。
極論から言えば、今回テイミングを行わなくても
2頭は一緒に旅をしていることだって十分にありえるし、
事前のやり取りが無ければ、テイミングが成功したかも怪しい。
それを考えれば、マイン王がテイミングに成功していたというのは
驚くべきことであり、モンスターとは戦うもの、という
基本的な考えがあるこの世界では一般的ではないのだ。
では何故、そんな世界にテイミングカードがあり、
テイミングの概念が生き続けているのか?
俺はそこに、スキルや魔法、アイテムたちを思い浮かべていた。
普通の文化、文明と違い、恐らくはある日唐突にそこに存在した何かたち。
細かいことはともかく、そこにそれがあるもの、として
人々は生活してきた。
時には疑問に思った人間もいただろうが、答えが無いのだから調べようも無い。
ゆえに伝わるが、発展しにくい。
人々はわずかな伝承や口伝を頼りに、引き継いでいっているのだ。
魔法やアイテムのような、ある程度法則や手段が研究できる、
あるいは魔法の力ある言葉のようにはっきりした何かがあるわけでもない部類は、
じわじわと衰退していく。
テイミングも恐らくは、そういった物だ。
「終わったわよ」
「おう、じゃあ……行くか」
姉妹仲良く、グリフォンの背で揺れる2人を見て、
俺は微笑みながらそう口にした。
「エルフ……か、どこにあるのかなあ?」
「さあな。まずは行ってみないと始まらないさ」
ミリーに答え、ジャルダンへと意識を向ける。
間髪いれず、ジャルダンは勢い良く鳴くと翼を広げ、
空へと舞い上がった。
現実には味わえないだろう浮遊感を全身で味わいながら、
空へと上って行く。
俺は魔法で制御された、風の無い背中の上で
地図と、虚空に浮かぶゲーム的マップを器用に見比べる。
文字化けはしているが、機能し始めたマップ。
もっとも行った場所しかはっきりしていないのだが、無いよりはいい。
北西へ。
西方諸国に程近い謎の空白地帯へと、飛ぶのだった。