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84「空を求めて-4」


「っだっーー!?」


情けない叫び声を上げ、俺はステータスによる恩恵を最大限に発揮し、

巨大狼の突進とその開かれた口からなんとか横合いに飛び、逃れていた。


ただ回避したのでは間に合わず、剣先を地面に突き刺す反動を使い、

体だけでもと勢いを足しこむ。


わずかに横を、暴風のように狼が通り過ぎ、地面をえぐるようにして

その暴風の主がブレーキをかける。


巨大狼は強敵だった。


正しくは、何かで直接攻撃を受け止めることはまずいことが、

戦う前からわかりきっている相手だった。


地球のどこぞの採掘現場で使われているという、

車と呼ぶには大きすぎる積載用車両が突撃してくるようなものだ。


その体躯はただの狼と呼ぶには少しひょろ長く、

見方を変えればまるで電車の車両が動いているようにも見える。


この感覚は、そう……。


ゲームにおいて、アイテムを惜しげもなく使えば

しばらくは持ちそうだが、倒せるかどうか先が見えないようなものだ。


『グルゥウウウウっ!』


俺を逃したことが不快なのか、口からよだれを垂れ流すままの顔がゆがむ。


よだれが妙に紫がかっているのも気になるが、

今はそれどころではない。


周囲を囲むグリフォンたちがいくつもの詠唱を重ね、

風の魔法が狼の足を、体を、その影響下にしていく。


どれも、俺がゲームでは使ったことのないものだ。


似たようなものは確かにあるのだが、微妙に違う。


「動きが鈍い今なら!」


俺は好機と見てアイテムボックスからSTR増強用のポーションを1本飲み、

スカーレットホーンを正面に構え、叫ぶ。


赤き暴虐の角(スカーレットホーン)


所有するスキルが初級から中級序盤までで、

それ以上の攻撃スキル、魔法スキルを持たない俺にとっては

一人で可能な中では上から数えたほうが早い一手。


赤い奔流が俺の剣先から産まれ、俺と狼とを線でつなぐ。


搾り取られるような魔力の喪失感を無理やり封じ込めるようにして、

俺は結果を見ずに、そのまま駆け出した。


どう考えてもこの相手が一発で終わりとは思えないからだ。


そんな俺の横を、何頭ものグリフォンが駆け抜け、先に攻撃を仕掛ける。


その中に、姉妹がそれぞれ、グリフォンの背に乗っているのがわかった。


恐らくは巨体相手に、地面そのままでは行動しにくいと判断したのだろう。


『ギャっ!?』


シンプルで、それでいて確実な爪の一撃が

いくつも狼の体躯に傷を生み、傷口から何かを漏れ出させている。


血ではない何か。


ふと、下を見ると狼の血らしきものがいくつも染みを作っている。


そんな中の1つ、不幸にもその場から逃げられなかったのだろう、

カブトムシにも似た、手のひらほどの甲虫がべっとりと血につつまれ、

そして……溶けた。


瞬間、脳裏にひらめく狼の正体というべきか、能力というべきもの。


「キャニー! ミリー! 近づきすぎるな!」


二人の攻撃手段は、アイスコフィンによるものを除けば

至近距離の一撃しかない。


下手をしたら飛び乗ろうとすることだってあるかもしれない。


幸か不幸か、丁度そういうところだったらしく、

二人はグリフォンの背の上で体を起こしていたところだった。


え?と戦闘中にもかかわらず、

俺の妙な台詞のせいか、数瞬の硬直。


巨大狼は見ていない方向であったにもかかわらず、

なぜかその隙を逃さず、顔を大きく曲げて2人の乗るグリフォンへと

その大きな口を開き、噛み砕こうとした。


(この距離じゃっ!)


俺は声をかけたことを後悔しつつ、間に合わないだろう手を伸ばした。


と、もう無理かと思われた横合いから、緑色の何かに包まれた、

ヒポグリフの一頭が狼の横腹に突撃する。


恐らくは自分を風で覆う突撃用の魔法。


巨大狼はその体をへこませるというよりも、

引きちぎられるようにしてそこだけが失われた状態で吹き飛んでいく。


やはり、実体化したといっても、いわゆる肉体的なそれではないのだ。


『~~~!!』


だが、攻撃を加えた側のはずのヒポグリフが

声にならない悲鳴を上げ、その場で動きを止める。


突き出した右足、その先が紫色の何かに包まれている。


甲虫のように即座に全身が、ということはないようだが、

駆け寄ったときには侵食が始まっていた。


「……すまんっ!」


俺はこの世界で四肢欠損が回復できるかがわからないまま、

そのままよりはいいだろうと判断し、スカーレットホーンで足先を

巨大狼だった何かとともに両断する。


侵食するものがなくなったからか、塊はその動きを止め、

地面に溶けていった。


ヒポグリフは自らをかばうようにして後退して行く。


その先が光に包まれているところを見ると、

独特の回復魔法があるのかもしれない。


『ファクトよ。今のが奴の正体か?』


「みたいだな。元々は大きくないんだろう。ユーミの言うようなものとかを

 吸収、侵食し、ああなったんだ。下手をしたら狼の姿ですらなかったかもしれない」


ヒポグリフの様子を見にか、一度前線から下がってきたグリンヴェルに

俺は巨大狼をにらみながら答える。


巨大狼がただの1つの肉体ではないことを知ったグリフォン、ヒポグリフ、

そしてキャニーたちはその攻撃を主に中距離などの

方法に変え、接近戦は狼の攻撃をさばく時のみとなっている。


『そうなると普段であれば致命傷になるものも、無意味ということか?』


「だろうな。だが……手はある」


俺は答えながらとあるものをアイテムボックスから取り出す。


見た目はただの灰色の石のような見た目の根っこ。


基本的に使わないので、俺も数個しかもっていない。


これはとあるイベントアイテムを作るのに必要な素材の1つなのだ。


「ユーミの話からすると、どこかに核となる何かがあるはずだ。

 取り込まれた精霊とは別に、な」


続けて取り出すのは小瓶に入ったどろりとした液体。


『そうね。あの子は私がなんとかしてみるわ。

 ただ、あいつの核の場所はちょっとわからないわね』


『……だそうだが?』


「なあに、なんとかなるさ。もっとも、俺に出来るのは足止めと、

 その後のとどめのつなぎだけどな。ちょこっと時間をくれ」


続けて取り出すのは何かもじゃっとした毛。

見た目はただの伸びた髭だが、少し違う。


グリンヴェルは俺が取り出している品達の異常性に気がついたようで、

やってみよう、と一言つぶやいて俺の前に立った。


次に出すのはまるでベーコンのようになった乾いた感じの肉。


これもただの肉ではない。


今から作成しようとしているのは鎖だ。


狼と呼ぶには少々異形で、ひょろ長い胴体を持つ相手に有効な鎖。


MDにおいて、自分の眷属を引きつれ、

疾風のように駆け抜け、いざとなれば眷属を吸収し自己回復する魔狼。


少々?アレンジが入っているようだが間違いない。


アイツはフェンリルだ。


確かゲームでは、もっと枯れ果てたどこだったかの土地にいた記憶があるが、

身を隠す場所のない場所での遭遇は、まず受け止めるタンクがいなければ

討伐は話にならなかったはずである。


通常に遭遇することもできるフェンリルではあるが、

クエストとしての遭遇が一般的だ。


そして、そのクエストでの必要アイテムが今から作る鎖だ。


クエスト以外では、投げて使うと狼系統のモンスターは一時動きを阻害される。


フィールドで通常遭遇した場合、非常に有効である。


が、そもそも必要アイテムがクエスト中でなければ入手できなかったり、

フェンリル自体、ドロップはそう特別なものではないので

ゲームでの人気はいまいちであった。


俺が材料の在庫をあまり持っていないのもその性である。


元の由来に従い、足音、息、という瓶の蓋をあけたらどうなるのか

気になる素材をさらに取り出し、専用の乳鉢に放り込む。


そう、なぜか出来上がるのは鎖でもこれは乳鉢で作るのだ。


しかも、これには対応するスキルはないから覚えてる手順で

直に作るしかない。


クエストで教わったリズムどおりに魔力を注ぎ、

乳鉢である意味乱暴にすりつぶしていく。


顔を上げれば、狼との戦いが繰り広げられているはずだが、

今はこちらが俺の戦場である。


長いような短いような時間の後、乳鉢の中身が光に包まれる。


「……出来た!」


独特のオーラを発する、俺を二巻きもしたら終わりになりそうな長さの鎖。


─グレイプニル


だがこれは……。


「ファクトーーっ!」


キャニーの悲鳴に横を向けば、巨大狼がこれの気配を感じたのか、

グリフォン達の包囲を破って俺に顔を向けたところだった。


これは、避けれないっ!


何とか生き残ろうと、右手で剣を構えるが、難しい。


一撃を覚悟したところで浮遊感。


恐る恐る目をあけると、俺は空中にいた。


『勝手に死なぬように、と言っただろう?』


爪に俺をひっかけ、そういってくれたのはグリンヴェル。


高度を取り、俺を爪先から背中へと放り投げるようにして移動させ、

その大きな顔を背中に向けてくる。


『それで? その鎖が普通ではないのはわかるが、

 そんな大きさのものでどうするのだ?』


「ああ、それは大丈夫だ。これは相手によって……ん?」


グリンヴェルに答えながら、何かの気配に下を向くと、

そこにはまっすぐ飛んでくる狼がいた。


正確には、地面を蹴って飛び上がってきた、のだと思う。


こちらをにらむその瞳は白目のみ。


そこに明確な個としての意思は見られない。


ただあるのは、憎悪。


『なんだと!?』


「このまま! こいつで……決まりだ!」


あせるグリンヴェルを尻目に、俺は手の中の鎖を投げつける。


そう、投げつけるだけでいいのだ。


そして、俺の狙い通りにドワーフの技巧が注ぎ込まれたという鎖は、

その長さと大きさを変え、巨大狼に絡みつく。


緑色の光に包まれた鎖が、収縮し、妙な姿勢のままで狼は落下していった。


『動きを止めても止めとはなるまい。皆で闇雲に攻撃するのか?』


「いや? 廻る精霊の恵み! 制限開放・武器生成!(マテリアルドライブ)


俺は一線級ではない。


まともに戦えばこの狼等、下手をしたら10秒も持たない。


力も、確かにこの世界の一般的な兵士よりは上だろうが、

素質ある上級者には及ばないだろう。


だが、ゲームでは、ゲームである以上どうしようもない事実、

ゲームとしてのデータ上のバランス、それがここにはない。


まともが無理なら、まともじゃなければいいのだ。


俺の思いを表すように、グリンヴェルと俺の周囲に

次々と現れる赤い武器達。


剣であり、槍であり、それらすべてが赤い。


『おお……これは……伝承の彼らの!』


数えるのも億劫な、100本はあろうかという火属性の武器が下に刃を向け、

生み出された姿のまま、自然落下し始める。


「風を!」


『応とも!』


俺の意思を汲んだグリンヴェルの魔法が吹き荒れ、

ただ落ちるままだった武器たちが風に包まれ、

真下の巨大狼に突き刺さるべく落下する。


グリンヴェルが魔法に合わせて急降下を始め、

俺の視界の巨大狼も大きくなってくる。


上空から落ちてきた狼に驚き、

間合いを取っていたグリフォン達の見守る中、

無数の炎が狼を包み、無数の刃がその体を刻む。


『ギャアアアァァァァァッッ!!』


生き物とは思えない叫びが周囲に響き、やがて沈黙する。


と、見える2つの光。


1つは、青とも緑ともつかない光の玉。


1つは紫の禍々しい物。


その2つの光の下では、肉塊となったはずの何かが、

うごめき、形を取ろうとしていた。


『皆よ! あれだ! 集中!』


グリンヴェルの叫びに従い、グリフォンとヒポグリフの魔法が

紫の玉を貫き、崩壊させる。


数瞬の沈黙、そして崩壊。


まるでサンドアートが急に崩壊するように、

狼だったものは崩れ去り、地面の染みもなくなっていった。


「終わった……の?」


「……おそらく?」


いまだに緊張が抜けない姉妹の声を聞きながら、俺はグリンヴェルの背に乗ったまま、

現場に残った光る玉に近づく。


『力は少し減ってるけど、大丈夫そうね。

 しばらく眠っているといいわ』


ユーミがふわりと舞い上がったかと思うと、

心配そうに光の玉、恐らくは風の精霊を伺うと、そう言う。


精霊側は俺やグリンヴェル、他のグリフォンやヒポグリフの周囲を

しばらく飛び回ったかと思うと、最後は遺跡に向けて飛び、静かに消えていった。


『精霊は安心して眠ってくれるといいのだが……』


遺跡本体には影響はなかったが、

地面はえぐれ、森はなぎ倒され、

決して綺麗とはいえない惨状となってしまっている周囲を、

どこか悲しそうに見ながらグリンヴェルがささやく。


「……大丈夫だろう。ほら……」


グリンヴェルが俺に振り返ったとき、返答代わりに

その場にいる存在を癒すかのように、周囲をさわやかな風が包む。


『……一度里へ来て貰いたい。礼もしなくてはな』


「ああ、わかったよ」


恐らくはそれとテイミング以外の話もしたいからだろう、

俺を背に乗せたままそういうグリンヴェルに答え、

俺は切り札使用後の虚脱感に包まれたまま、勝利の今を、味わうのだった。


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