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短編他

会えない手紙

作者: 如月ふたば
掲載日:2026/05/19

「ま、今回だけだし」

 美香は宛名書きを始めるも、久しぶり書いた文字列。

 気のせいか手まで疲れてきた。


 東京都から始まり住所よりも長い建物名と社名、部署、そして担当:石川様と書き終えた美香。

 いつもなら宛名シールでパっと出すというのに。


 社内に1台しかない複合機は長い時間、技師さんの「ふぅふぅ」という鼻息と共に修理中。


 修理を待つ手もあるけれど、どうせ一通だしと手書きにすることにしたのだ。

 宛名書きした封筒に書類を入れ切手を貼り、封をした。

 念の為、封の上に〆も。


 机の端に置いておいた封筒に、通りがかった同僚が目を止めた。


「美香さんって、習字とか習ってたんですか?」

「ん、なんで?」

「字、すっごく綺麗だから」

「えー」と謙遜風にしつつも美香は彼女に「ありがとう」と伝え歯を見せた。


 彼女の指摘通り美香は、小学生の頃に祖母から書道を教わっていた。

 祖母の趣味が、書道だったからだ。


 当時、美香は両親との3人暮し。

 近所には、祖母と叔父夫妻が住んでいた。


 その時には小学生だった美香は知らなかった。

 祖母と叔父夫妻の折り合いが悪かったことを。

 いつも何故か連れられ行かれる祖母の家。

 何もない地味で退屈な場所。


 ある日も父に無理に連れられ祖母の家へ。


「美香ちゃんいらっしゃい」

 美香達を出迎えた祖母は、柔らかな声を出した。

「今取り込んでいるから、少し待っていてくれる?」


 普段おっとりとした祖母は、いつもよりも背筋を伸ばし凛とした姿で半紙に向かう。


 太い筆でくねくねとした細い文字を紙に沢山書く祖母。

 美香は祖母が魔法使いに見えた。


「おばあちゃんの魔法、美香も覚える!!」

 祖母と父が目を丸くさせ、一緒に笑い出したことを今でも鮮明に覚えている。


 その日から祖母は、美香の大好きで尊敬する先生となった。


 中学に上がる頃、父の転勤で先生と離れ離れに暮らすことになる。

 そして、そのすぐ後に「おばあちゃん、施設に入ったんだって」と、母から聞かされた。


 その後、両親に連れられて時々会いに行くも、就職と同時に家を出た美香は日々忙しかった。


 祖母に教わった字を褒められたからだろうか。

 それとも胸の奥にあった、大好きな祖母を慕う気持ちが急に溢れ出てきたのだろうか。


 ふと「手紙を書けばいいんだ」と思いつき頬が緩む。

 そうだ、祖母に似合う落ち着いた柔らかな雰囲気のレターセットを買って帰ろう。


 美香の心に提案が浮かんだ頃に、複合機を直してくれていた技師さんから「終わりました」と言うホッとしたような声が聞こえた。

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― 新着の感想 ―
よかったです。 お祖母さんがまだ存命の設定がいいですね。手紙を書けますから。 お祖母さんがテーマの小説は、いい意味でシンドいです(私の祖母は他界しました。めちゃくちゃ好きでした)。  ありがとう…
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