会えない手紙
「ま、今回だけだし」
美香は宛名書きを始めるも、久しぶり書いた文字列。
気のせいか手まで疲れてきた。
東京都から始まり住所よりも長い建物名と社名、部署、そして担当:石川様と書き終えた美香。
いつもなら宛名シールでパっと出すというのに。
社内に1台しかない複合機は長い時間、技師さんの「ふぅふぅ」という鼻息と共に修理中。
修理を待つ手もあるけれど、どうせ一通だしと手書きにすることにしたのだ。
宛名書きした封筒に書類を入れ切手を貼り、封をした。
念の為、封の上に〆も。
机の端に置いておいた封筒に、通りがかった同僚が目を止めた。
「美香さんって、習字とか習ってたんですか?」
「ん、なんで?」
「字、すっごく綺麗だから」
「えー」と謙遜風にしつつも美香は彼女に「ありがとう」と伝え歯を見せた。
彼女の指摘通り美香は、小学生の頃に祖母から書道を教わっていた。
祖母の趣味が、書道だったからだ。
当時、美香は両親との3人暮し。
近所には、祖母と叔父夫妻が住んでいた。
その時には小学生だった美香は知らなかった。
祖母と叔父夫妻の折り合いが悪かったことを。
いつも何故か連れられ行かれる祖母の家。
何もない地味で退屈な場所。
ある日も父に無理に連れられ祖母の家へ。
「美香ちゃんいらっしゃい」
美香達を出迎えた祖母は、柔らかな声を出した。
「今取り込んでいるから、少し待っていてくれる?」
普段おっとりとした祖母は、いつもよりも背筋を伸ばし凛とした姿で半紙に向かう。
太い筆でくねくねとした細い文字を紙に沢山書く祖母。
美香は祖母が魔法使いに見えた。
「おばあちゃんの魔法、美香も覚える!!」
祖母と父が目を丸くさせ、一緒に笑い出したことを今でも鮮明に覚えている。
その日から祖母は、美香の大好きで尊敬する先生となった。
中学に上がる頃、父の転勤で先生と離れ離れに暮らすことになる。
そして、そのすぐ後に「おばあちゃん、施設に入ったんだって」と、母から聞かされた。
その後、両親に連れられて時々会いに行くも、就職と同時に家を出た美香は日々忙しかった。
祖母に教わった字を褒められたからだろうか。
それとも胸の奥にあった、大好きな祖母を慕う気持ちが急に溢れ出てきたのだろうか。
ふと「手紙を書けばいいんだ」と思いつき頬が緩む。
そうだ、祖母に似合う落ち着いた柔らかな雰囲気のレターセットを買って帰ろう。
美香の心に提案が浮かんだ頃に、複合機を直してくれていた技師さんから「終わりました」と言うホッとしたような声が聞こえた。




