『不当解雇された元騎士、証言台に立つ。弁護側の軍部顧問、三方向から同時に詰められる』 ~銀貨三枚が繋いだ三人が、腐った軍部を一日で片付けた話~ ep-14
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本作は【異世界定食】〜とんかつ屋「揚太郎」に集う、ワケありな人々〜シリーズ読み切りです。
証言台に立つのが怖いとは思っていなかった。
十七年間、剣で戦ってきた。言葉の戦場など、剣のない戦場に過ぎない。
だが今朝、王都の審問廷に向かう馬車の中で、カトリーヌは一つのことを思い出していた。
あの雨の夜の路地裏。
泥水が顔に跳ね返る石畳。
暖簾の奥から漂ってきた、信じられない匂い。
そしてカウンターの奥の男が言った言葉。
「あんたのその冷え切ったツラを、脂で焼き切っちまっていいか」
あの夜から、三ヶ月が過ぎた。
今日、決着をつける。
◇
審問廷の傍聴席には、見知った顔が並んでいた。
シルヴィアが最前列に書類を広げていた。
ルーカスがその隣で、万年筆を握っていた。
エルザが後列で腕を組んでいた。
三人と目が合った。
シルヴィアが軽く頷いた。
ルーカスが小さく手を挙げた。
エルザが「早く終わらせろ」という顔をした。
カトリーヌは少し笑った。
◇
軍部側の代理人、顧問弁護士のリヒャルト・フォーゲルが口を開いた。
五十代、白髪、自信満々の顔だ。二十年間、軍部の不都合な案件を揉み消してきた男として知られている。
「カトリーヌ・フォン・シュタインベルク元騎士。貴女が部下を救うために行った独断行動は、軍部規律第七条に明確に違反します。よって今回の解雇は正当であり、賠償の義務は軍部にはない」
カトリーヌは答えた。
「規律第七条は戦闘中の独断行動を禁じるものです。私が部下を救ったのは戦闘終了後の撤退中であり、第七条の適用範囲外です」
フォーゲルが少し目を細めた。
「撤退中も戦闘行動の一部と解釈できます」
「その解釈は軍部内部規定の注釈第三項に反します。注釈第三項には撤退完了後の個別判断は指揮官の裁量範囲内と明記されています」
フォーゲルが書類をめくった。
「その注釈は現在改定中であり……」
「改定は来月施行予定です。本件は三ヶ月前の事案であり、改定前の規定が適用されます」
傍聴席でシルヴィアが、書類に何かを書き込んだ。
フォーゲルが姿勢を正した。
「では別の観点から。貴女の独断行動により、軍部の作戦計画に支障が生じました。その損害賠償を……」
「支障が生じた作戦計画の詳細を開示してください」
「それは機密事項です」
「機密を根拠に損害賠償を請求するのは手続き上の瑕疵です。損害の実態を示せない請求は無効です」
フォーゲルの額に、うっすらと汗が浮いた。
傍聴席からルーカスが立ち上がった。
「審問長、追加資料の提出を請求します」
審問長が「許可する」と言った。
ルーカスが書類を提出した。
「こちらは過去十年間における軍部規律第七条の適用事例一覧です。カトリーヌ元騎士と同様の状況で処分を受けた事例は存在しません。一方、同様の状況で表彰を受けた事例が十四件あります」
フォーゲルの顔が、みるみる青くなった。
「そ、そのような資料は……」
「王都公文書館で取得しました。公開情報です」
傍聴席の後列からエルザが立ち上がった。
「審問長、もう一点」
「何か」
「軍部がカトリーヌ元騎士に支払った退職金、銀貨三枚の根拠を示してください。十七年間の勤務に対して銀貨三枚は、軍人退職給付規定第二条の最低保証額を下回っています」
フォーゲルが書類をめくる手が、止まった。
「そ、それは……」
「魔術師協会所属の私が調べたところ、第二条の最低保証額は勤続十年以上の場合、金貨二十枚です。差額の金貨十九枚と銀貨七枚の支払いを請求します」
フォーゲルの顔が、真っ白になった。
「き、金貨十九枚は……」
シルヴィアが立ち上がった。
「審問長、さらに追加です」
「……どうぞ」
「退職給付規定第五条に基づき、規定額を下回る退職金を支払った場合、差額に対して年利三割の延滞金が発生します。三ヶ月が経過していますので、延滞金は金貨一枚と銀貨四枚です。合計、金貨二十枚と銀貨十一枚の支払いを請求します」
フォーゲルが椅子にへたり込んだ。
「……こんな計算が、なぜ」
「私の本業です」とシルヴィアが言った。
「私の本業も近いものです」とルーカスが言った。
「私は魔術師ですが数字は得意です」とエルザが言った。
フォーゲルは三人を順番に見た。
それから審問長を見た。
審問長は「続けてください」という顔をしていた。
フォーゲルは書類を、静かに閉じた。
「……軍部として、協議の余地があると考えます」
「協議の期限は本日中です」とシルヴィアが言った。
「定時までに結論を出してください」とルーカスが言った。
「延びると延滞金が増えます」とエルザが言った。
◇
昼過ぎ。
軍部は全面的に非を認めた。
金貨二十枚と銀貨十一枚の支払いが確定した。
カトリーヌの名誉回復が正式に記録された。
審問廷の外で、四人が並んだ。
カトリーヌが三人を順番に見た。
「……なぜここまでしてくれた」
シルヴィアが眼鏡を押し上げた。
「不当な支出の是正は私の本業です」
ルーカスが言った。
「書類仕事は得意なので」
エルザが腕を組んだ。
「路地裏で飯を食う仲間が不当に扱われているのは、業務上看過できません」
カトリーヌはしばらく黙った。
「……路地裏で飯を食う仲間、か」
「他に何と呼びますか」とシルヴィアが言った。
カトリーヌは少し笑った。
「……そうだな」
◇
その夜。
四人は路地裏に並んで座っていた。
揚太郎が四枚、黙って揚げていた。
アル爺が蒸籠で今日の野菜を蒸していた。
リーネが味噌を溶きながら「今日何かあったんですか、なんか雰囲気が違います」と言った。
「軍部を片付けた」とカトリーヌが言った。
「すごい!」とリーネが言った。
「書類仕事だ」とシルヴィアが言った。
「普通のことをしただけだ」とルーカスが言った。
「延滞金が効いた」とエルザが言った。
皿が四枚、カウンターに並んだ。
四人が箸を取った。
ザクゥゥゥッ。
四人同時に、衣が弾けた。
誰も何も言わなかった。
ただ食べた。
揚太郎が振り向かずに言った。
「今日も悪くなかったな」
「……ああ」
誰に言ったのかは、わからなかった。
だが四人全員が、そう思っていた。
銀貨三枚を、四枚分、カウンターに置いた。
ジュワァァァ……バチバチバチッ。
今日も、銀貨三枚の革命が続いている。
(完)
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