拾った石を投げるだけ
夜のコンビニは、いつ来ても同じ顔をしている。
白すぎる蛍光灯と、誰の感情も反射しない床。
彼は缶コーヒーを手に取り、棚の前で立ち止まっていた。
昼間、職場で聞いた会話が頭から離れなかった。
誰かが、どこかで読んだような言葉を、さも自分の体験から絞り出したかのように語っていた。
語尾の癖まで、ネット記事と同じだった。
それを聞いていた周囲も、どこかで見覚えのある相槌を打つ。
誰も悪気はない。
ただ、借りてきた言葉が、借り物だと気づいていないだけだ。
彼は思う。
この世界では、意見はもう「持つもの」じゃなくて「拾うもの」になったのだと。
落ちている言葉を拾い、磨かず、温度も測らず、そのまま口に放り込む。
それで会話は成立するし、孤立もしない。
それでも、と彼は考える。
なぜみんな、バレないと思うのだろう。
ネットが世界を覆い尽くした今、同じ言葉を見た人間は何万人もいる。
同じ表現、同じ比喩、同じ結論。
それを自分だけの考えだと言い切るには、この世界はもう狭すぎる。
レジの前で、前に並ぶ若者が友人に話している。
昨日バズっていた意見を、少しだけ言い換えて、胸を張って。
その顔は、操られていることにすら気づかない人形みたいだった。
自我のない傀儡。
彼は心の中でそう呼ぶ。
糸は見えないけれど、確かに引かれている。
怒るべき話題で怒り、笑うべき場所で笑う。
考えた「フリ」だけが上手くなって、本当に考ることは、どこかに置き忘れてきた。
会計を済ませ、外に出る。
夜風が、思ったより冷たい。
その冷たさが、唯一、自分の感覚だと感じられて、少し安心する。
彼は自分に問いかける。
自分の言葉は、本当に自分のものだろうか。
どこかで拾って、どこかで真似て、どこかで嘘をついてはいないだろうか。
完璧なオリジナルなんて、きっと存在しない。
それでも、自分の中で一度噛み砕いた言葉だけは、まだ信じてもいい気がした。
傀儡になるのは簡単だ。
糸を切るのは、痛みが伴う。
だからこそ彼は、今日も少しだけ考える。
誰かの意見ではなく、自分の違和感を。




