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第二十話

「——というわけで、プロを探します」

 地獄の自家製アフレコ大会の翌日、岩倉結城は、改めて部員たちの前で宣言した。

「と言っても、どうやって?」

 零が、スマホで近隣の音響スタジオのレンタル料を調べながら、呆れたように言う。「一時間数万円。私たちに払えるわけないだろ」

「だから、学内で探すんだよ!」

 口を挟んだのは、すっかり元気を取り戻した静香だった。「大学には、声劇サークルとか、演劇部とか、あるでしょ! そこに、未来のスターがいるかもしれないじゃん!」

 それは、昨日の絶望的な状況から考えれば、あまりにも楽観的な意見だった。だが、今の彼らに、他に道がないのも事実だった。


 こうして、結城、静香、零の三人による、学内スカウトキャラバンが始まった。みのりは「人見知りするから」と部室に残り、美緒は「時間の無駄」と一蹴して、黙々とプログラミングを続けている。

 最初に訪れたのは、静香が期待していた声劇サークルの部室だった。

 ドアの隙間から漏れ聞こえてくるのは、いかにもアニメ的な、甲高い女性の声と、やたらと芝居がかった男性の声。

「待ってくれ、アスカ! 俺は、君を守るためなら、この世界とだって戦える!」

「バカね、シンジ君! 私が守ってほしいなんて、言ったことないじゃない!」

「……帰るか」

 零が、入室からわずか三十秒で踵を返した。

「うーん……上手なんだけど、なんか、違うんだよね」

 静香も、困ったように首を捻る。結城も同感だった。彼らの声は、既存のアニメキャラクターの「モノマネ」に過ぎない。自分たちが創り出そうとしている、まだ誰も知らないキャラクターに、命を吹き込む力は感じられなかった。


 次に訪れたのは、大講堂で活動している、大学でも名門の演劇部だった。

 舞台の上では、シェイクスピアの戯曲らしきものの稽古が行われている。舞台俳優ならではの、腹から声を出す、朗々としたセリフが講堂に響き渡る。

「悪くはない。けど、これも違う」

 零が、客席の隅で腕を組む。「舞台用の発声だ。ノベルゲームの、画面越しの繊細な感情表現とは、根本的に畑が違う」

 結城も静香も、頷くしかなかった。万策尽きたか。そう思った、その時だった。


 舞台の端で、メイド役として立っていた、一人の小柄な女子学生が、ぽつりと、一言だけセリフを呟いた。

 それは、主役の俳優たちの声量に比べれば、あまりにもか細い、ささやきのような声だった。


「……待ってる」


 たった、四文字。

 だが、その声が耳に届いた瞬間、結城は、心臓を鷲掴みにされたかのような衝撃を受けた。

 ただ待っている、という言葉の中に、不安と、期待と、健気さと、そして、揺るぎない覚悟が、完璧に込められていた。それは、声ではない。感情の、塊だった。

 結城の脳裏に、自分が書いたヒロインの姿が、鮮明に浮かび上がる。そうだ、彼女は、こんな声をしている。


 隣を見ると、静香も、零も、同じように目を丸くして、舞台の上の彼女を凝視していた。

「……今の、声」

「……マジか」

 三人の心が、完全に一致した。

 稽古が終わり、役者たちが舞台から去っていく。結城たちは、慌ててパンフレットを手に取った。

 メイド役の欄に書かれていた名前は、小鳥遊たかなし しおり。文学部一年。


「……どうする」

 講堂を出た後、結城が尋ねると、静香が興奮した様子で言った。

「決まってるよ! スカウトするの! あの子しかいない!」

「落ち着け。仮に受けてくれたとして、彼女一人に何役もやらせるわけにはいかない」

 冷静な零の指摘に、静香が、うっ、と押し黙る。

 結城は、決意を固めた。

「……ヒロイン役だけでも、いい」

 彼の言葉に、二人が顔を上げる。

「他のキャラクターは、最悪、ボイスなしでもいい。フリーのSEで、どうにかごまかす。でも、この物語の心臓である、ヒロインだけは、彼女の声じゃなきゃダメだ。俺たちのゲームは、彼女の声がなければ、完成しない」


 三人の意見は、再び一致した。

 彼らは、まだ顔も知らない、たった一言しか聞いていない少女に、自分たちの作品の、すべての命運を託すことを決めた。

 問題は、どうやって、この無名の同人サークルに、天使を降臨させるか、だった。

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