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第十八話

 スマートフォンの画面に浮かぶ、神様からの誘い。

 岩倉結城の指は、数分間、その上を彷徨っていた。一条櫻との合作。その言葉の甘美な響きは、彼の作家としての本能を、強く、深く揺さぶる。

 だが——。

 ふと顔を上げた先、自分の席で、再びペンを握り、真剣な眼差しでディスプレイに向かう春下静香の横顔が見えた。その隣では、みのりが静香の描いたラフ画を覗き込み、何やら楽しそうに身振り手振りを交えている。零はヘッドフォン越しに、満足そうに頷いている。美緒は、その全てを、静かに見守っている。

 ここが、今の俺の、戦場だ。


 結城は、意を決して、返信を打ち込んだ。

『一条先生、お話をいただき、ありがとうございます。大変光栄です。ですが、この夏は、どうしても仲間と作り上げなければならない物語があります。ですので、長編の合作は、残念ながらお受けできません』

 一呼吸置いて、彼はこう付け加えた。

『ただ、もし、数千字程度の短編という形でもよろしければ。先生の物語の一部に、ほんの少しでも関われるなら、これ以上の喜びはありません』


 すぐに、返信が来た。

『無理なお願いを申し訳ありませんでした。ですが、短編、本当ですか!? ぜひ、ぜひお願いします! 冬夜先生と物語を創れるなんて、夢のようです!』

 その文面からは、天才作家の姿ではなく、一人のファンの、純粋な喜びが溢れていた。

 結城は、そっとスマートフォンを伏せた。背負うものが、また一つ増えた。だが、その重さは、不思議と心地よかった。


 そこからの日々は、まさに戦争だった。

 スランプを抜けた静香は、人が変わったように描き続けた。結城が紡いだキャラクターの設定を、彼女自身の解釈で膨らませ、魂を吹き込んでいく。Live2Dという悪魔のような作業量も、楽しんでいるようにさえ見えた。

「この子、主人公のこと、絶対からかってる時の顔、こっちの方が『らしく』ないかな?」

「分かります。じゃあ、その表情の時のセリフ、少し変えますね」

 結城と静香の間で、そんな会話が交わされるようになった。物語が、キャラクターが、二人の間で、そしてチームの中で、生き物のように成長していく。

 みのりのアニメーションが加わり、零の音楽が乗り、そして美緒が、それら全てを魔法のように一つの形に組み上げていく。

 開発開始から一ヶ月。部室のプロジェクターに、初めてゲームのデモシーンが映し出された時、五人は、息を飲んだ。


 静香が描いた主人公が、滑らかに動く。

 みのりが描いた召喚魔法陣が、画面いっぱいに輝く。

 零が作った荘厳なBGMが、場の空気を支配する。

 そして、結城が書いたセリフが、テキストボックスに表示される。

「——応えろ、我が声に。境界を越え、今、ここに来たれ」


「……すごい」

 誰かが、ぽつりと呟いた。

 自分たちが創り出した奇跡の断片に、誰もが感動していた。だが、同時に、全員が、ある致命的な違和感に気づいていた。


「……静か、すぎるな」

 最初に口にしたのは、音の専門家である零だった。

「BGMは入ってる。けど、魔法のSE(効果音)も、キャラクターのボイスも、何もない。これじゃあ、世界に、命が吹き込まれてない」

 その言葉に、熱狂していた空気が、急速に冷えていく。

 美緒が、無慈悲な事実を告げた。

「フリー素材のSEを拾ってくることはできるけど、クオリティは保証できない。何より、声。声優を雇う予算なんて、私たちにはないわ」


 しん、と部室が静まり返る。

 そうだ。効果音も、声優もいない。

 自分たちが、どれだけ素晴らしい絵を描き、音楽を作り、物語を書いても、それを届けるための「声」が、どこにもなかったのだ。

 彼らが創り上げたのは、あまりにも美しく、そして、あまりにも寂しい、声なき世界だった。

 夏コミまで、あと一ヶ月。

 五人の前に、絶望的なほど静かで、巨大な壁が、再び立ちはだかった。

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