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第十三話

 奇跡の方程式が完成してからの、同人創作サークルの熱量は、異常としか言いようがなかった。

 かつて『冬夜』として、たった一人で物語を紡いできた岩倉結城は、チームで創作をすることの爆発力を、今、まざまざと見せつけられていた。


「——主人公は、契約した悪魔の力を限定的にしか引き出せない。その代わり、彼が持つ本来の異能は『他の契約者の悪魔の力をコピーする』というものだ。ただし、コピーするには、相手の心を『理解』する必要がある。だから、彼は敵であるヒロインと、戦いながらも対話し、彼女を理解しようと試みるんだ」

 結城が紡ぎ出すシナリオは、くじ引きで生まれた無茶苦茶な設定を、深みのある人間ドラマへと昇華させていた。そのプロットを聞いた三人の目の色は、明らかに変わった。


「それなら、主人公の初期装備は簡素なデザインがいい! 悪魔の力というより、彼自身の覚悟を象徴するような……。逆にヒロインは、敵組織のエースらしく、華やかで、どこか人を寄せ付けないオーラを纏わせよう!」

 春下静香のペンタブレットが、火を噴くような勢いでキャラクターを生み出していく。


「BGMは、日常シーンはジャズピアノを主体に。だが、戦闘シーンに入った瞬間、ヘヴィなギターリフが鳴り響く。悪魔の力を解放した時のテーマは、荘厳なパイプオルガンとブレイクコアを混ぜたような、冒涜的なサウンドにしてやる」

 神崎零がヘッドフォン越しに紡ぐ旋律は、物語に確かな魂を宿した。


「……ロボットの動きは、物理法則を無視したケレン味が欲しい。ヒロインの操る純白の機体は、バレリーナのように舞い、主人公がコピーした力で召喚する黒い機体は、獣のように荒々しく暴れ回る。その対比を、アニメーションで見せる」

 月見里みのりが描くコンテは、すでにそれだけで一つの映像作品だった。


 シナリオ、イラスト、音楽、アニメーション。

 四つの才能が、互いを高め合い、刺激し合い、凄まじい速度でゲームの世界を構築していく。

 夏コミまで、残り二ヶ月。この勢いならば、傑作が生まれる。誰もが、そう確信していた。

 ——その、致命的な欠陥に、気づくまでは。


t事件が起きたのは、プロローグ部分の素材が、ほぼ出揃った日のことだった。

「……で、これらの素材を、どうやってゲームにするんだ?」

 ポツリと、神崎零が呟いた。

 その一言に、今まで熱に浮かされていた全員の動きが、ピタリと止まった。

「え……?」

「だから、聞いてるんだ。シナリオも、絵も、音楽も、アニメもある。だが、これを表示させて、クリックしたら次の文章に進んで、選択肢を選んだら分岐して、という『ゲームの器』は、誰が作るんだ?」


 部室が、水を打ったように静まり返る。

 そうだ。彼らは、最も基本的な、そして最も重要なピースを忘れていた。

 このチームには、プログラムを組める人間が、一人もいないのだ。


「……市販のゲームエンジンを、使えば……」

「そんな金、どこにある。それに、みのりのアニメーションを組み込んだり、零の特殊な音楽演出を入れたりするなら、相当なカスタマイズが必要になる。素人が手を出して、どうにかなるレベルじゃない」

 零の冷静な指摘が、ぐさりと突き刺さる。

 盤上には、キングもクイーンも、全ての駒が揃っている。だが、その駒を動かすための、盤そのものが存在しなかった。


「う、そ……」

 静香の顔から、血の気が引いていく。

「せっかく、ここまで……岩倉君も、やる気になってくれたのに……!」

 その目に、じわりと涙が浮かぶ。

 絶望。その二文字が、部室の空気を支配した。

 どうしようもない壁を前に、全員がうなだれた、その時だった。


「……あ」

 俯いていた静香が、何かに気づいたように、勢いよく顔を上げた。

「……一人、いる。いるよ、神様みたいな人が……!」

「なんだ、静香。急に……」

「私の、友達! 高校の時の同級生で、今は大学で情報工学を学んでる、本物の天才プログラマーがいるの!」


 それは、まさに蜘蛛の糸だった。

 結城たちは、一斉に静香に詰め寄った。

「本当か、静香先輩!」

「うん! でも……あの子、ちょっと変わってるから、引き受けてくれるか……」

「そんなこと、言ってる場合じゃない!」

 静香は、意を決すると、ポケットからスマホを取り出した。そして、震える指で、ある名前をタップする。


山内やまうち 美緒みお


「……もしもし、静香? 珍しいね、あんたから電話してくるなんて。また変な壺でも買わされそうになってるの?」

 スピーカーから聞こえてきたのは、気だるげで、どこか達観したような、落ち着いた女性の声だった。

 静香は、その声に、ほとんど泣きつくように叫んだ。


「美緒ちゃん! お願い、助けて! 私たちの夏を、救ってえええ!」

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