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第十話

 岩倉結城の復活宣言から数日後。同人創作サークルの部室には、四つの熱が渦巻いていた。

 それはもはや、個人の創作意欲というだけのものではなかった。一つの目標に向かって走り出す、チームとしての熱。これから始まる祭りの前の、高揚感に満ちた熱だった。


 部屋の中央に置かれたローテーブルを、四人が囲む。

 ホワイトボードをどこからか引っ張り出してきた春下静香が、マジック片手に、まるで先生のように仕切り始めた。

「はい、はーい! 第一回、夏コミ新作ゲーム企画会議を始めまーす!」

 その声は、普段のほんわかした雰囲気とは違う、プロジェクトリーダーとしての張りのある声だった。隣で神崎零が呆れたように頬杖をつき、月見里みのりは静かに、しかし興味深そうにホワイトボードを見つめている。そして結城は、その光景を少しだけ気まずく、それでいて心地よく感じていた。


「さて、議題は山積みだけど、まずは一番大事なことから決めよう! 私たちが創るゲームの、ジャンル!」

 静香が、ホワイトボードに大きく『ジャンル』と書く。

「ノベルゲームってことは決まってるけど、その中身だね。恋愛? ミステリー? それとも……」

 言いながら、静香はちらりと結城を見た。彼女が期待しているのは、やはり結城が最も得意とするであろう、甘酸っぱい青春恋愛ストーリーなのだろう。

 だが、その期待を裏切ったのは、意外にも神崎零だった。


「恋愛モノは、つまらん」

 零は、ばっさりと切り捨てた。「やるなら、もっと尖ったものがいい。人が死ぬか、世界が滅びるか、そのくらいのやつだ」

「ええーっ、零ちゃんはいっつもそればっかり!」

「みのりは、どうだ?」

 話を振られたみのりは、少しだけ考え込むと、静かに、しかしはっきりと答えた。

「……動かしていて、楽しいものがいい」

 その一言は、彼女がアニメーターであるが故の、本質的な欲求だった。キャラクターが、画面の中で生き生きと、躍動する物語。


 恋愛、サスペンス、そしてアクション。

 三者三様の意見が出揃い、議論は平行線を辿るかと思われた。その時まで、結城は黙って三人の言葉を聞いていた。彼女たちの才能を、どうすれば一つの器に、最高の形で盛り付けられるか。その設計図を、頭の中で必死に組み立てていた。

 そして、おそるおそる、手を挙げた。


「あの……」

 三人の視線が、一斉に結城に集まる。

「全部、やればいいんじゃないかな」

「「「全部?」」」

 三人の声が、綺麗にハモった。

 結城は、ごくりと唾を飲み込むと、覚悟を決めて続けた。

「特別な力を持った少年少女たちが、出会って、恋をして、世界の危機に立ち向かう。……異能力を使った、バトルものを創るのは、どうだろうか」


 異能バトル。

 その言葉に、三人の目の色が変わった。

 結城は、一人一人の顔を見ながら、言葉を続けた。

「静香先輩の描くキャラクターは、感情の機微がすごく繊細だ。だから、ただ戦うだけじゃなくて、その裏にある人間ドラマや、キャラクター同士の恋愛模様を描けば、絶対に魅力的になる」

「……!」

 静香が、息を呑む。

「零先輩の、あの劇画タッチの力強い絵。あれは、普段の立ち絵じゃなくて、必殺技を繰り出す瞬間とか、絶体絶命のピンチとか、ここぞという場面で一枚絵の『漫画シーン』として差し込めば、読者に強烈なインパクトを与えられるはずだ」

「……なるほどな」

 零が、初めて面白そうに口の端を上げた。

「そして、みのり先輩。みのり先輩の描くアニメーションは、異能バトルというジャンルなら、その才能を遺憾なく発揮できる。炎が渦を巻き、氷の剣が煌めき、キャラクターが空を舞う。そういう『動き』で、物語を語ることができる」

「……動かしたい」

 みのりが、ボソリと、しかし確かな熱を込めて呟いた。


 結城の提案は、三人の才能という、ばらばらだったパズルのピースを、完璧に繋ぎ合わせる設計図だった。

 静香は、興奮した様子でホワイトボードに向き直った。

「いいね! それ、すっごくいいよ、岩倉君! よーっし、じゃあ、役割分担を決めよう!」

 静香は、淀みない動きで、ホワイトボードにそれぞれの名前と役割を書き込んでいく。


【制作体制】

シナリオ・企画原案:岩倉結城

キャラクターデザイン・原画:春下静香(揚げたパン)

イベントCG・音楽:神崎零(0-rei)

アニメーション制作:月見里みのり(tsukimi)


「零ちゃんは音楽もできたよね?」

「まあ、DTMを少しな。SEくらいなら作ってやる」

「完璧じゃん!」


 四つの才能が、一つのチームになった瞬間だった。

 彼らの戦いの羅針盤は、確かに「夏コミ」という目的地を指し示した。

 岩倉結城の、止まっていた時間が、今、猛烈な速度で動き出す。

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