第1章:ガラガラの舞台袖
売れないモノマネ芸人・大地。舞台では笑いも起きず、夢は遠ざかるばかり。
ある夜、SNSで自分と瓜二つの人気者を見つけ、運命が一変する。
舞台袖で、深呼吸を繰り返す。
客席から漏れるざわつきが、かえって静寂の中でよく響いた。……と言っても、ざわつきと呼べるほどの人数じゃない。客席にいるのは、たった十数人。ほとんどが出演者の知り合いか、通りすがりの客だ。
俺――高山大地は、今日もマイクを握る。
ネタを披露する前の一瞬、胸がざわつく感覚は、もう何百回も味わってきたはずなのに消えることはなかった。
「高山大地でーす!今日はよろしくお願いしまーす!」
大きめの声を張り上げて登場するが、客席からはパラパラとした拍手だけ。
その拍手の少なさに、心臓がひゅっと縮む。
俺は売れないモノマネ芸人だ。
コンビで活動しているが、相方はツッコミ専門なので、ほとんどのネタで俺が前に出る。
今日もお決まりのネタで始める。
「えー、今日のモノマネは、某国民的アイドルグループのセンター、大人気俳優・神崎蓮さんです!……どうもっ!」
声を作り、仕草を寄せ、目線を意識する。
だが、客席は静まり返っている。笑いどころで笑いは起きないし、拍手もまばらだ。
俺がネタを終えると、ステージはすぐに次の芸人へバトンタッチされる。
舞台袖に戻ると、相方の佐久間拓が肩を叩いた。
「……お疲れ。いやぁ、今日もウケなかったなぁ」
「わかってるよ……」
短く答えると、拓が苦笑した。
「なぁ、大地。もうさ、いっそキャラ変してみないか? なんかこう、ド派手なやつに」
「キャラ変って言われてもな……俺、モノマネしかできねぇし」
そう言いながら、ため息をつく。
俺は物心ついた頃から、テレビで見た芸人や俳優の真似をするのが好きだった。
それが少しウケて、いつの間にか「これを仕事にしたい」と思うようになった。
だが現実は甘くない。バイトで生計を立てながら、週末はライブハウスで細々と活動する日々だ。
「……まぁ、とりあえず今日は打ち上げ行こうぜ。気分転換になるし」
拓が気を利かせてくれたが、俺の足取りは重いままだった。
居酒屋にて
「カンパーイ!」
ライブ終わりの小さな打ち上げ。芸人仲間たちと、安居酒屋で酒をあおる。
他の芸人はそれぞれ明るく笑っているが、俺はビールジョッキを前に沈んでいた。
「……大地、今日は元気ねーな」
拓が心配そうに言う。
「いや……なんかさ、最近本当に俺、このままじゃダメなんじゃないかって思うんだよな」
「……」
言葉を詰まらせる俺を、拓はじっと見つめた。
そのとき、後ろの席から女子たちの楽しげな声が聞こえてきた。
「ねぇねぇ、この人見て!最近めっちゃバズってるんだよ!」
何気なくスマホを覗き込んだ俺の視界に、見覚えのない男の顔が映った。
いや、正確には――見覚えがありすぎた。
「……は?」
まるで、鏡に映った自分を見ているかのようだった。
目元、輪郭、髪型、何もかもが俺に瓜二つ。
ただ、その男は俺よりも洗練されていて、オーラがあった。
「この人、風間陽翔って言うんだって。歌も上手いし、顔も超イケメンで、最近SNSでめちゃくちゃ人気らしいよ」
女子の声が遠くに聞こえる。
「……大地、これ……お前じゃね?」
拓がぽかんとした表情で言った。
「いや……俺じゃねぇよ。……たぶん」
呆然と呟く俺の心臓は、ドクンドクンと激しく脈打っていた。
「……なぁ、大地」
少し間を置いて、拓が真剣な顔で口を開いた。
「だったらさ……逆にチャンスじゃねぇ?」
「チャンス?」
「その風間陽翔ってヤツのモノマネをすればいいんだよ。そっくりなんだろ?誰もが『本人か?』って驚くぜ」
目からウロコが落ちるような衝撃だった。
今までにない閃きが、頭の中を駆け巡る。
「……俺が、アイツのモノマネを……?」
「そうだよ!SNSでも『本人より似てる!』ってバズるかもな!」
拓がニヤリと笑う。
俺はその言葉に、思わず笑ってしまった。
「……面白ぇじゃねぇか」
このときの俺は、まだ知らなかった。
この出会いが、俺の人生を大きく変えてしまうことを。
つづく〜