unselfish menthol
「些細なことが大きな勝負を決めることがあるんだ」
あるとき宮本が呟くように言った。
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バレンタイン1週間ほど前、ミス青葉の友人で料理クラブのお姉さま方に私は拉致された。
あの「お試し期間」が終わった翌週の数日間は体育館で宮本の部活を見学しながら待っていたのだけれども、周囲の様子に居た堪れなくなってしまった。
だってみんなバスケのルールとか部員の様子とかにすごい詳しくて
「あっ昨日とフォーメンションが違う」
なんて声が聞こえると、えぇっそうなの?とか思ってしまう。
それにまだ宮本を諦めきれない女子達の視線も痛くて・・・
その後は教室か図書室なんかで待っていることがほとんどだった。
その日はちょうど教室で音楽を聴きながら宮本を待っていたんだけど、ミス青葉に負けず劣らずの美形揃いのお姉さま達は「宮本くんには連絡してあるから」と言って私を調理実習室へ連れて行った。
そこには何故か千佳もいて、他にも見知った女子が何人か、みんなエプロンをつけていた。
黒板を見たら「バレンタインスイーツ講座」と書いてあり、その下に「特別ゲスト1-3藍沢奈穂さん」と見覚えのあるミス青葉の筆跡で書かれていた。
「奈穂!お互い初バレンタインだからね。頑張ろうね。」
確かに千佳も神保くんと付き合うようになってからの初めてバレンタインだ。千佳なら気合いが入ってしまうだろう。
そうか、私も何かしないといけないのかなぁ~
買ってきたのを渡すじゃダメかな?けっこう美味しいのとか季節限定とかあるんだよ。
ちらりとお姉さまを見たら、私の心の声を聞いたのか「きっと宮本くん喜ぶわよ」とまとめられてしまった。
その日から3日間ほど、バレンタインにお勧めのスイーツの作り方を教わった。
その中でも一番簡単なヤツを家で一人で作ってラッピングした。
まぁ結構楽しかったかな。
バレンタインデー当日、登校してびっくりした。
いかにもプレゼント持ってきましたって感じで、みんな大きくて可愛いラッピングバックを携えているんだもん。
私は鞄に入る小さいものだから一見するとなにも持っていないように見える。
教室に入るとみんなが「あれ?」って感じで私の手元を見ていたのも分かった。
「なんで手ぶらなのよ~」という視線を受けながらいる教室はなんだか針のムシロだったし、千佳までが「何やってるの~」とかお冠だった。
「ちゃんと持って来たよ~」と鞄の中を見せたら無言になって席に戻ってしまった。
バスケ部はほとんど毎日練習があって、汗をいっぱいかくからユニフォームは毎日持ち帰り、宮本はいつも学生鞄と部活のユニフォームや荷物が入った大きなスポーツバックを持っているから、小さい方がかさばらなくていいかなとトリュフチョコを3つほど入れただけだった。
それが、どうしてか周囲には納得がいかなかったらしい。
昼休みは急なバスケ部のミーティングでお昼は別々になってしまったけど、放課後はいつも通り、バスケ部は活動があるので、午後の授業が始まる直前にサッと渡してしまおうと私はバスケ部の部室へ向かった。
バスケ部の部室に近づいたところで2学期隣りの席だった佐藤くんとすれ違った。佐藤くんも宮本と同じバスケ部なので、彼が部室から出て来ているということはミーティングが終わっていることだと思った。
佐藤くんの方も私に気がついてくれて「宮本まだ部室だよ」と教えてくれた。
「ありがとう」私は少し急いだ。
バスケ部の扉が見えたところで扉の前に立つ宮本と宮本にプレゼント渡している女の子がいた。
「宮本くんこれ受け取って下さい。」
女の子の必死さが伝わってきて胸が苦しくなった。
宮本が何かを言いかけた時私がいることに気がついて。
「奈穂・・・」
宮本の声に女の子がこっちを振り向いた。ものすごく切なそうな表情をしていた。
しまった!
自分がものすごい邪魔ものに感じて急いで回れ右をして走り出した。
「奈穂っ!」
宮本が叫んだけど私は一目散に逃げ出した。
でもさぁ、宮本の方が私より身長が高いから脚も長い、それに走るのだって当たり前に速い、そうなると追いつかれるのは簡単なことだった。
部室棟のから本校舎にもどる間の校舎裏でいともあっけなく捕獲されてしまった。
「なんで逃げるの?」
逃がさないぞと言わんばかりに宮本は私を後ろから抱き込むように拘束している。
誰かに見られたらすんごい恥ずかしいんですけど・・・と思っていたら5時限目の本鈴が鳴っていた。
「・・・・だって・・・」
あの子の気持ちの方が大きいように見えちゃって、とは言えない。
いや、それより5時限目始まってるから教室戻ろうよ。と言いたかったが、この状況で戻るとまたクラスメートの好奇の視線が・・・・
前門の虎、後門の狼
あなたならどうしますか???
「さっきみたいなのはちゃんと断ってるよ」
あれ1件ではなかったのか。やっぱ私なんかに負ける気はないってことなんだろうなぁ。
それに耳に息かけるようにしゃべんないで欲しいよぉ。
黙っているのが良くないのか宮本の拘束がなんだか強くなっている気がして・・・
「宮本・・・教室、戻ろう、授業・・・」
「いやだ」
なんでよぉ
「ちょうだい」
「な、何をかな?」
とぼけてみた。
抱きしめられて暑いはずなのになんだか冷や汗が出てきている気がする。
「決まってるでしょ。先週舞鶴先輩達が奈穂が講習会に出るって聞いて、ものすごく期待して待っていたんだから!」
「いや、だって今は・・・」
どう見ても持ってないでしょと言おうと思ったら
「入江が言ってた。俺がいつもでかいバック持っているの知ってるから絶対小さくしてポケットかどっかに入れてこそっと渡してくるだろうって」
千佳のヤツ、予想通りの展開で呆れてたってこと?バレンタイン前に宮本と話をしているってことはアノ話しもしちゃってるのか?
「ほんとうにちっちゃいよ」
一応確認しておこう。
「大事なのは大きさじゃないでしょ」
また、耳に息が、それはちょっとぉ。体をビクビクさせたら宮本の拘束が少し緩んだ。諦め半分でスカートのポケットからトリュフボックスを出した。
後ろに向きを変えた時宮本が少しだけ下がった。両手で持った小さなトリュフボックスを宮本の正面に差し出した。
「ありがとう」
ふ―――っ、一仕事終了。
さっきの冷や汗もいい汗になったかな?
それしても宮本と付き合うようになってからいつも思っていたんだけど、宮本ってどうして私と付き合いたいって、好きって思う様になったんだろう。
そんなことを考えながら宮本をじっと見ていたら、その場に座り込み受け取ったばかりのトリュフボックスのリボンを解き始めた。
私はその様子を立ったまま見続けた。
箱を開けて中に入っているうちの1個を一口で食べる宮本。なんかその勢いだとすぐに箱が空になりそうなんですが・・・
「去年はのど飴で今年はチョコレートか、悪くないね」
?????
はい?
私は宮本の言っている意味が分からずに首を思いっきり横に傾けた。肩がコキって鳴った。
「まぁ去年はバレンタインってわけじゃなかったけどね」
なんのことですかぁ。
でも宮本がちょっと自分の世界に入っちゃってる感じで、うんと、どうしよう。
「覚えてない?」
宮本がちょっと切なそうな表情でこっちを見上げた。
きょ、去年の今頃?去年の今頃は青葉の入試じゃない。バレンタインどころじゃなかったわよ。あげたい人もいなかったってのもあったけど。
のど飴?のど飴と言えば青葉の入試の時にあっちゃんとミス青葉が厳選したという超まっずいのど飴を眠気覚ましにって持たされて、一個でギブして、そうそう隣りの席の子が咳が苦しそうだったからあげ・・・・
宮本をじっと見た。
「宮本、青葉の入試の時風邪だった?」
「風邪だった。」
あれ?
「前の日まで高熱で、熱なんて何年も出てなかったから、結構しんどくて、青葉はもう記念受験状態だったんだ。」
そう言って宮本は立ち上がってズボンの汚れを払った。
「試験会場に行けば鼻は詰まって苦しくて咳は止まんなくて、もう最悪で・・・」
宮本が私の方をじっと見た。
「隣りの席の子がくれたのど飴が激マズだったんだけど、『絶対に諦めるな』って喝を入れてくるような味だった。試験が始まる頃には鼻が通って、鼻で息が出来るようなったら咳も止まって、上手いこと試験に集中できたんだ。
合格発表自分で見に行けなかったから、どうしかなって思っていたら、入学して同じクラスだって分かって。ずっと礼が言いたくて・・・」
「そんなことで付き合おうって言ったの?」
「いや、それはきっかけに過ぎないよ。ずっと奈穂と話しがしたくて、でもあのイヤホンで声が届かなくて・・・」
す、すみません。
「でも奈穂のこといつも観察してて、その内奈穂の隣りに立ちたいなって思って」
宮本が思い出し笑いをしている。
「2学期、奈穂、佐藤の隣りの席だったろ?いっつも佐藤を牽制してたからしまいにはあいつもキレちゃって『さっさと告白しろ!』って」
へぇ~
宮本の手がそっと私の腕を掴んだ。
なんだろうって思っていたらそのまま宮本の方へ引き寄せられて私は宮本の胸に飛び込んでしまった。
うわぁ~
顔が茹でタコみたいに熱くなる。耳元に響くのは宮本の心臓の音。
ドックンドックンって速くて苦しそう。
宮本は今どんな表情をしているだろうって顔を上げてみた。
宮本の熱っぽい潤んだ瞳が私の心臓をキュッって掴んだようだった。
黙ったままずっと宮本を見ていたら、私の上体を支えるように宮本の両腕が私の背中に回った。
心臓がドキドキドキドキして体が動かなくなった。
今自分がどんな表情をしているのか分からない。
でも宮本がものすごく優しい瞳で小さく笑った。
「好きだよ・・・・」
バリトンみたいな低い声に一瞬ピクって反応したけど視線は宮本から外すことはなかった。
「奈穂は?」
私は?
私も・・・・「好き」って言おうと思って唇を動かした瞬間宮本の顔をが近づいて唇の動きを封じられた―――――――――――
これでお終いです。
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