Episode0Ex 神の話、そして人の話へ——— 番外編
帝国…正式名を《聖ルーマルコーランド帝国》、祖人種の王アーテュール聖帝と13人の英傑達の尽力によりムロコナル大国より残された多くの民や奴隷、兵士達を束ね、二年と言う歳月を経て建国された帝都を築き、建国当初はまだ多くの混乱や貧しさをはらんだままであったが、徐々に落ち着きや平和、豊かさを取り戻したった十年という短い年月で巨大建造物が多く立ち並ぶと共に最新の技術改革をふんだんに取り入れた近未来国家へと成長したこの年にさらに歴史に名を残すこととなる。
———1371年 6月 17日 祖精月王属三ヵ国軍事同盟———
「…セレーネ女王、セレーネ女王―?困りました、一体どこに…」
こつこつこつ…と丁寧にコンクリートのような床材で硬め綺麗に舗装された床を壁に足音を反響させながら隣島の国を纏めることとなった女性の名を叫びながら歩き回るシスター服に身を包んだ女性、マリエッタはお屋敷と言うよりもはや城とも呼べるであろう建物の中を徘徊して回っていた。
「困りました…もうすぐ同盟の本会議を始めたいと来賓方も待たせてしまってるというのに…」
「マリエッタ~」
不意に自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきたと思い、声のした中庭側へと足を進めると、中庭上空から頭に浮遊する輪っかのある白髪ストレートロングで巨乳のサイバースーツ姿の女性がゆっくりと降下してきた。
「夢見るお姫様と白馬の王子様は私が呼んでくるから、マリエッタはエルマギウス様と、それから待ちきれずに身体を動かしているちっちゃいおこちゃまたちとおっきなおこちゃまを呼んでちょ~」
「ありがとうございますペリーシャ様」
そう言い残すとペリーシャと呼ばれた女性は頭の輪っかに釣られていくようにまたゆっくりと空へと飛んで行った。それを見送ったマリエッタはすぐに中庭をぐるりと周り始めた。硬い壁に囲まれつつもまるでちょっとしたビオトープとでも思えるような自然豊か且つ丁寧に整えられた中庭を歩き続けると遠くから何やら木材同士が何度もぶつかり合うような軽く響くような音が聞こえてきた。その方向に足を進めると、そこには複数の子供達が剣の稽古をしていたり、ボールで遊んでいたりと自由に楽しんでいた。
「みんな、そろそろ式が始まるからね。中に移動してお着換えしましょう」
子供達はそれぞれにぶつくさと文句を言いながらダラダラと移動を開始した。そんな様子を眺めながらマリエッタは違和感を覚え子供達の数を数えるが
「あら、二人ほど足りないかしら…?え、えと…アインスく~ん」
「なんですかマリエッタさん」
アインスと呼ばれた子供達の中でも一番年齢が高そうな祖人種の青年がすぐに駆け寄ってきた。
「ごめんね、私じゃ子供達の把握しきれなくて…誰がいないかとか分かるかしら?」
「んと…ちょっと待ってて。俺のとこの兄弟はみんないるし…ツヴァイ、女の子でいない奴いる?」
「マーレンがうちのパパについて行ってるよ~」
「アインスの兄貴、ヴァクルの兄貴が親父さんの手伝いに行ってるぞ」
「オッケー、多分その二人です」
「ちょ、ちょっと待ってね…えっと、マレトさんの御長女さんのマーレンちゃんが、アインス君のお父さんのヴァイルハンさんのところにいて…イヴァンさんの御長男のヴァクル君はお父さんのところにいるのね。うん、大丈夫」
「父さんの場所なら俺知ってるんで、案内しますよ。子供達の事はツヴァイやドライに任せますんで」
そう言うと祖人種の背の高い男子女子二人が了解のハンドサインを送る。
「アインスの兄貴、俺もついてくぜ」
「私も、ユーカちゃんも行こ~」
そう言いながら黒い毛の犬の獣人種の男の子と、金髪の祖人種の女の子が立派な一対の角の生えた鬼人種の女の子の手を引きながら集まってきた。そんな様子にマリエッタは苦笑いしつつも子供達が中に入っていくのを見送ってから、アインスの案内で移動を開始した。
「それにしても、どうめーとか会議とかめんどくせーな~。行事ごとを子供におしつけるなってんだ」
「仕方ないだろセルジ、お前の親父さんのジュセルさんだって本当は帝都に集まりたかったんだろうけど、都市の責任者としてワルダイースから離れれないんだから、代わりにお前と腹心の部下を送ることにしたんだから」
「まぁ私達も同じなんだけど、それにしたってオルム君は…ねぇ」
「そ、そうね…」
オルムと呼んでいた少年はベネトリーニの責任者をしているカルムさんの息子だが、七大都市から来た子供達の中では最年少の5歳と言う若さで同盟会議に参加するという事なのだが、マリエッタからしてみたらスンボリから来たユージさんの娘であるユーカちゃん7歳も、アンダルハーグから来たアリーチェさんの娘であるアマービレちゃん6歳もそんな大差ないのにませてること言ってるなぁと心の中に押し留めた。
「ところで兄貴、あの話ってどうなった?」
「あぁ、まぁ…まだスタッドさんだって結婚出来ないわけでもないと思うが…スタッドさんの養子とは言わなくても、やっぱり俺かドライのどっちかはムルフィルテンジュに行ってスタッドさんのサポートくらいはすることになった」
「ふーん…それならムルフィルテンジュにも俺達の代はいるようにはなりそうだな」
なんて話ながら進んでいると不意に、どぉぉん!という轟音が鳴り響く。衝撃が響いた方に向かうとそこにはだだっ広い訓練場だった跡地が広がり、荒れまくったフィールドの中心に大剣を掲げるボロボロになった戦闘着を着たヴァイルハンと、それに相対する金髪ロングストレートに深紅の瞳、一対の鋭く長い犬歯を見せるようにして息を荒くしているある部分が非常に発育のいい女性が片手剣二刀流で対峙していた。
「そうらっっよ!!」
ヴァイルハンが大剣を大振りさせると衝撃波が走り金髪の女性に襲い掛かるが女性は剣を交差させて受け止めそのまま自分の真上を通過させるように滑らせ最低限の力で躱す。衝撃波が壁に衝突し煙が女性の姿を隠すように広がる。すると煙の中から彼女が持っていた剣だけが飛んでヴァイルハンに襲い掛かる。ヴァイルハンが剣を弾くが、弾かれた剣は空中で軌道を変えると何度もヴァイルハンに襲い掛かった。一撃一撃はとても軽くとも確実に急所を狙ってくる剣に警戒を緩めるわけにはいかなかった。数回弾いたその時、空中の剣が襲い掛かると同時にヴァイルハンの背後から彼女がもう一本の剣を構え突撃してきた。
「そいつぁ…まいったぜ!!」
すると咄嗟にヴァイルハンは持っていた大剣を手離し、なんと飛んでくる剣の刀身を手掴みで受け止め、そのまま振り返りもう片手で女性の剣を受け止めて、抗おうとする二振りの剣を力づくで握り抑えたまま飛んでいた剣の剣先を女性の方へと向けたのだ。だが女性も負けじとさらにヴァイルハンに剣を握っていない手を突き出し
「『敵を貫き穿て 閃光と共に走れ
「っ!?『魔法術式を乱せ 思考に走り
雷撃よ』』!!」」
二人がほぼ同時に呪文を唱えると二人の間から激しい雷の衝撃波が辺りに走りながらお互いに後方に大きく弾き飛んだ。
「…あ」
だがそれと同時にヴァイルハンが持っていた剣も大きく弾き飛び、先ほどまでまるで意思を持っていたかのように飛んでいたのがまるで嘘だったかのように大きく曲線をえがき…その先にはマリエッタと子供達がいたのだ
しかしそんな剣はマリエッタ達に届く前に、空中でガインッという鈍い音と共にまるで壁にぶつかったかのように静止し、そのまま勢いを失ったのかまっすぐ地面へと落ちたのだ。
「ありがとうございますキャミリー様」
「お礼なんかいらないわよ、義弟が剣を手離すからで…っしょ!」
すると突如ヴァイルハンの頭の上から眩い光の柱が降り注ぎヴァイルハンが光りに包まれる。すると上空からばさりとキャミリーが翼をはためかせながら降りてきた。
「このおバカさんがお客人様と手合わせしたいなんて馬鹿なこと言うし、子供達が来てもお構いなしに戦ってるからよ。ほんっとおバカなんだから」
「っだー、もうバカバカ言うなよキャミリー姉さん」
「…やっぱり義弟とか姉とか、やめましょうか。私の方が歳が一つ下なのに姉なんてちょっと…気持ち悪いし、…あ、すっごい痛くて大怪我しちゃうからこの光に近づいちゃダメよー」
光の柱からひょっこりと顔を出すヴァイルハン。そんなヴァイルハンに近づこうとする子供達を窘めるキャミリー、そして自分の前に落ちた剣を拾い金髪の女性に両手で丁寧に手渡すマリエッタ。
「ご苦労様でしたイングリット総督、グレート・ウィンチェストローズの代表として、そしてセレーネ女王の護衛としてご同行していただきありがとうございます。それとこの後同盟の本会議をするというのに立ち合いをお願いしてしまい…」
「なに、稽古を引き受けたのは私自身の意志だ。それと礼を言うのはこちらの方だ…月人種の王証を授かった幼いセレーネ様を保護してくださったことはこちらでも聞いている。我ら月人種には…グレート・ウィンチェストローズにはあの人が必要なのだ。セレーネ様の命とあらば私の命など安いものだ」
そう言いながら月人種の女性、イングリットは剣を受け取ると鞘に納める。するとマリエッタ達が入ってきた入り口とは別方向から、やたら背の低い精人種の少女が入ってくる。彼女こそ探していたマーレンなのだ
「ヴァイルハン様~♡かっこよかったです~♡」
ヴァイルハンが光の柱の中からどっこいしょと身体を抜き出すと、自分の名を呼ぶ少女を抱き、他の子供達ともじゃれ合いながら笑う。そんな様子を不満そうに睨みつけながら光の柱を消すキャミリー。光の柱が立っていた場所の地面は深く抉れまるで焦げ跡のようにブスブスと煙が立ち上っていた。相当な威力が見て取れる。その割にはヴァイルハンは衣類がだいぶ痛んだ程度で体へのダメージは少なく見て取れる。
「…ヴァイルハン、聖ルーマルコーランド帝国の一己最大戦力…この男の武勇伝はわが国にも轟いている。勝負には負けようが戦いには絶対負けない無敗伝説。祖人種の王に最も近かった男でアーテュール様と同じ時代に生まれていなければどうなっていたか分からない。それだけの実力のある男とまた手合わせできたことこちらとしても光栄だった」
「武勇伝だなんて、悪名の間違いだと思うのですが。それにイングリット様との戦いには負け越しているって聞いていますが。三日三晩本気で死合ったが勝敗がつかず、ヴァイルハンからの提案でボードゲームで決着をつけた話。しかもヴァイルハンが酒で泥酔しまともな判断が出来ずに負けた、と」
「…お互い真剣にやればまたさらに長引くと思い、私に花を持たせてくれたヴァイルハンの人間性…という風に解釈することにした。そうでなきゃキャミリー嬢の妹さんを含めた6人もの嫁を取れないだろうしな」
呆れたように会話するキャミリーとイングリット、マリエッタがヴァイルハンや子供達にお着換えを勧めるのを聞き二人も会議の準備に向かった。
「あとはイヴァンさんのところにいるヴァクル君と…エルマギウス様だけですね」
子供達はヴァイルハンに任せ一緒にいたメンバー達も会議の準備に向かったのを見送ってからマリエッタは一人イヴァンのいる建物の上層部にある書庫を目指していた。素朴な壁や床の造りにカーペットをしき壁掛けのランプで照らしただけの最低限の装飾な通路を歩いていると、通路にも響く程の大きな声での男同士の話し声が聞こえてきた。
「だから何度も言っているであろう!いつになったら帝都の使節団による成果があらわれるのだと!!」
「こっちも何度もおっしゃっているでしょう、ホーブへプンの文明レベルは数世紀以上も遅れている。それをたった数年で進めるなど無理が生じる、段階を踏んで文明レベルを進めるためにはまだまだ年単位での時間がかかると」
「そんなのを悠長に待っている時間など無いのだ!我が国の民度がいつまでも低いせいで一方的に搾取されてばかりなことにすら気付かない呑気なお国柄と扱われている事態を打開するための使節団なのだろう」
「だから識字普及や金銭による売買をする法整備、学院や病院の設立からインフラ整備による都市化開発を国民の意向を無視しての強制施行を行ったではないか。この時点でもう既に元のホーブへプンの文明レベルから5世紀、いや10世紀ぶんはすっ飛ばしているのだ。だがまだ都市民としての意識は根付いていない、金銭レートはおままごとのそれ、識字を使うという意味を全然理解していない。エルマギウス様、貴方が思うよりも国民たちはゆっくりなペースなのです」
「そんなことは分かっている。だが…」
「…ムロコナル大国による精人種の大量拉致の被害者返還は我々がやらなければならない責任です。一度は返還した被害者たちは大国とホーブへプンの文明の温度差からホーブへプンでの生活に戻ることが出来ず帝都に戻り住むことにしてしまった。さらに言えばホーブへプン国民たちも拉致被害をそういう風習として受け入れてしまっていた。そんな人達が帰ってきたことに現地人は困惑し、中には物の怪の類と追い返す人もいたという話だろう。文明が遅れているという事がどれだけ国際社会に取り残されることか、我々は十分理解したのだ」
「…もういい、イヴァン。今の帝都無くして我々ホーブへプンに真の平和は訪れない。引き続き支援協力を頼むぞ」
「勿論です。祖人種と精人種、二人の王から賜った命…両国のためにホーブへプンの使節団の活動強化を進めていきます」
そんな時コンコンコンという扉の音が響く、二人の会話が途切れるとマリエッタが扉を開くと部屋の中に大量の書物と、ティーセットを並べた机を中心に椅子に腰かける4人の人物…精人種の王セルマギウスと眼鏡をかけた龍人種のイヴァン、そして精人種のリトアールとイヴァンの息子の龍人種のヴァクルもいた。
「あぁ、皆さんここに集まっていたのですね。もうすぐ同盟の本会議が…」
「む、もうそんな時間だったか。すまぬな、我が長々と愚痴をこぼしていたばかりに、それに息子にはつまらぬ話だっただろう」
「いえ、父からセルマギウス様やホーブへプンの実情などはお聞きしており自分自身でも勉強していますし、少しでも自分もお力添えできるようになれば…」
「ふん、随分立派なものだな。だが…私はそんなことは期待してはおらぬ。分かっているなイヴァンの息子」
そう言うとエルマギウスは真面目そうな顔から一変、ニヤリと悪い顔を見せながらイヴァンの息子と呼んだヴァクルとその隣に座りながら机の上を片付けているリトアールを交互に見る。
「勿論です。リトアール師匠の事はお任せください、必ず幸せにしてみせます!」
「っちょ!おまっ!!師匠の息子だからってなにいいいいってっっ!!!」
「分かってますリトアールさん。仕事も手を抜きませんが僕はリトアールさんの事を一番に考えますから」
「っだ、だから!ダメだって言ってるでしょ!!歳の差だってあるんだし!!!そもそも私はそのお前の事を………とにかく!無理なものは無理なのよ!?」
「そ、そうだったのですかリトアール様…ごめんなさい、私の思い違いだったなんて…」
「違いますマリエッタさん!!いや違わないけどそういう意味とかじゃなくてそもそも私はそのあのでも違うんです!!!」
折角綺麗に片付けていた机の上が先程以上に散乱させながら顔を真っ赤に声を荒げて激しく動揺するリトアールの肩を、がっしりと掴みまっすぐ見つめるヴァクル。そんな様子を眺めてどこか楽しそうなマリエッタと、カッカッカと笑うイヴァン。
「さて、我々もさっさと会場に向かうとするか。同盟会議後に婚姻の儀という事で良かったか?」
「申し訳ありませんエルマギウス様、帝都では15歳の成人後でないと結婚は認めないこととなっておりますので…」
「ふん、些細が過ぎるだろう。せっかく我もセレーネも揃っているのだから貴様の弟子と息子の門出を盛大に祝ってやると言っているのに…、…セレーネで思い出したが、お前たちの王はいつまで腑抜けているつもりだ?」
その言葉にマリエッタの表情は少し曇るのを精人種の王は見逃さなかった。
「…申し訳ありません。ですが、その…セレーネ女王を差し置いて、そのような我儘は…」
「…王証を持つ者同士のしがらみ、とでも言いたいのか。全く…」
「そう意地悪おっしゃらないでくださいエルマギウス様、マリエッタ嬢も悩み苦しんでいますので…」
「ふん、それもこれも貴様らの王が不甲斐ないからだろ。それこそこの同盟後に軟弱な貴様らの王を無理にでも婚姻させてしまえばいいだろう。セレーネも断る事も出来んしな。ついでに貴様も準備しておけマリエッタ」
「かっかっか、エルマギウス様にはかないませんな…そうしてやれるのは同じ王証を持つ貴方様だけですから是非進言の程お願いいたしますぞ」
そう言われながらマリエッタもリトアールの片づけを手伝いをさっと済ませ、エルマギウス達5人も会議のための準備に向かったのであった。
上層部分に位置する一つの部屋、その中はボロボロの手編みのようなものが飾ってあるのが唯一の飾り気としか思えないくらいに事務的な部屋、机の上には綺麗に整頓されているとはいえ山積みになった書類が置いてある状態。そんな仕事机を背に向けた配置をしているソファーの上に一組の男女が身を寄せ合って座っていた。仕事と言うわけでも食事を楽しむわけでもなく、ただただお互いの体温を感じ合うだけの時間が永く…静かに、ゆっくりと、永く時が流れていた。
「…まだ、大事にしてくださっているのですね…」
「当然だ。君のプレゼント…捨てるわけがないだろう」
「いまならもっと上手に編めれますよ」
「あぁ」
「もっとたくさん編んであげますよ」
「そうだな」
「…私の人生の中で、誰にも知られたくない恥ずかしい事を、こうして残し続けるなんて。アーテュール様はお酷いのです」
「…すまない」
ほんの些細な会話を繰り返しては会話が途切れ沈黙が流れ、そしてまた会話する。時に笑い、時に怒り、そして静まり返りお互いの身体が寄り添う。穏やかな時間が流れる。だが時は残酷だった、そんな時間にも終わりを告げるかのように時計の鐘が鳴る。
「…もうそろそろ、行かないといけませんね…」
「あぁ、みんなが待っている。行こうセレーネ」
すっと立ち上がろうとするアーテュールの服の袖を掴み立ち上がろうとしない座ったままのセレーネ。
「分かっています…でも、まだ…こうしていたい。…ずっとこうしていたいです…」
「セレーネ…、会議が終わったら、またこうしてゆっくりすればいい。だから」
「違うのです!…ごめんなさい。我儘なのはわかっています。でも」
アーテュールは座ったままのセレーネをぎゅっと抱きしめた、彼女は小刻みに震えていた。悲しさや寂しさ…そういう感情とはまた違う。『恐怖』が伝わってきたのだ。
「私は…あの国にかえりたくありません…。あの国には、人の温かみが…生きた人間の血が通っていないのです!!あの国の人達は確かに私に優しくしてくれた…ですが!…でも…気付いてしまったのです。私がアーテュール様やみんなと共にここで過ごして知ったあの陽だまりのような温もりが、黒い闇そのものに太陽の光すらも遮られたあの国には、何も感じれなかった!!」
「…」
「…申し訳ありません、国の統率者として受け入れてもらった私がしていい発言ではございませんでした…。どうか、どうか聞かなかったことにしてください…」
アーテュールは黙ったまま首を横に振り月人種の王を抱きしめる。セレーネもまた大粒の涙をこぼしながら強く、強く祖人種の王を抱きしめた。しばらく抱き合っていると二人の邪魔をするかのようにコンコンコンとノックの音が部屋の中に転がってきた。二人はゆっくり離れると扉が開き、ペリーシャが姿を見せた。
「アーテュール聖帝、セレーネ女王、そろそろ…」
「えぇ、お迎えありがとうございますペリーシャ様。他の護衛達に口裏合わせてくださったイングリットさんにも後で謝っておかないといけませんね…もう大丈夫です。行きましょうアーテュール聖帝」
セレーネは少し身なりを整えると、先程までのようなか弱い女性のような雰囲気とはかけ離れた、凛とした気高い貴女のような毅然とした態度を露わにした。グレート・ウィンチェストローズの現女王である月人種の王 セレーネ・ドラクレシュティ・ポリティカドールとして力強い足取りで進んでいく。その後を追うようにアーテュールもまた歩き出し、ペリーシャとすれ違うように扉の前まで移動した時
「…気付けないほど、にぶちんじゃないでしょアー君」
「…あぁ」
「確かにこの同盟は帝都にとって政治的にも軍事的にも非常に大事。だけどそれは同時にセレーネの女王としての地位を盤石にするものでもあるの。同盟に締結しちゃったらもう、彼女をあの国から解放するのはほぼ不可能よ」
「…分かってる」
それだけを言い残し、アーテュールは足を進める。そんな背中をペリーシャはただ見送ることしか出来なかった。いや見送ることにしたのだった。後の決断を帝都のトップである祖人種の王、聖帝にゆだねる事として…
———1371年 6月 17日 14時 祖精月王属三ヵ国軍事同盟———
グレート・ウィンチェストローズ
代表 月人種の王 セレーネ・ドラクレシュティ・ポリティカドール
他 イングリット・ブラッドソーン含む約2万人の現役軍人
元ムロコナル大国自治領ホーブへプン及びホーブへプン島
代表 精人種の王 エルマギウス・アルベリッヒ
他 エルマギウスの勅命により集められたホーブへプン一般市民兵約100名
聖ルーマルコーランド帝国
代表 祖人種の王 アーテュール・コーランド
他 13英傑のうちの帝都在住している6人を含む兵爵約1万6千人
三国による軍事同盟をする本会議が始まった。会議は形式的にトントン拍子に進みおよそ1時間ほどで締結とする紙面によるサインが施され、無事軍事同盟が結成されたのだ。目的は二つ、獣人種の王が君臨する『ティストレイ・トシヴェ連合国家』の侵略戦争への牽制、そして…まだ実体の見えていない魔人種の王が統治しているという噂をもつ、多くの魔人種が生き住まうという通称『オズランド帝国』による魔人種軍勢の暗躍に対する対抗策。
ティストレイ・トシヴェ連合国家とムロコナル大国及び聖ルーマルコーランド帝国との戦争は今なお続き、オズランド帝国によるグレート・ウィンチェストローズに対する一方的な襲撃、そして両国から侵略をうけるホーブへプン。この同盟はそんな状況に対する反撃の糸口として三人の王が正式に協力するという意表を示したというニュースは瞬く間に三か国の国中どころか獣人種や魔人種の軍勢にも、さらに広く世界中に拡がったのだ。
かつてこの地に昔から伝わった神話…11の王のうち、かの3人の王を中心に全ての王が集うと…そんな兆しに思われた。
だがそんな兆しは8年後の同盟解消という一報と共に消える事となった。
———1379年 9月 3日———
———祖人種の王、帝都にて、月人種の王を処刑———
—グレート・ウィンチェストローズは聖ルーマルコーランド帝国を敵対国と認定—
———冷戦を開始したのであった———
本投稿を読んでいただきありがとうございます。SKMRでサキモリと申します。
前回宣言しました通り、今回は少しだけ変化球としまして今回のみの書き切りストーリーであるプロローグのおまけストーリーを書いてきました。まぁただ内容はどちらかというと本編に直接かかわるけど書く機会がない内容を埋めるみたいな感じになってますが、まぁそれでも多少は楽しめれる内容だと嬉しいと思っています。
ちなみに子供達がいっぱい出てきていますが…この子たちは、まぁ…あの人にこういう子がいるんだな…くらいで思って頂いてかまいません。
また実はEpisode1のExストーリーも製作中ですので、そちらの方もEpisode2終了後にお見せできればと考えています。
ちなみにEpisode0のキャラクター達の一部は設定資料集で詳しく書かれていますのでそちらと合わせて読んでいただければと思っています。下記のURLをお使いください。
https://syosetu.com/usernovelmanage/top/ncode/2716913/
また今回も誤字脱字、文章構成などまだまだ課題がありますのでよかったらアドバイスなどしていただければ幸いです。
次回は6/7に今度こそEpisode2の前編を投稿しようと考えていますので、もし少しでも面白かった、続きが待ち遠しいと思えたら嬉しいです。次回もよろしくお願いします。