Episode1 それは始まりと呼ぶには早すぎる小さな物語———後編
「とりあえず晩御飯が出来るまではまだゆっくりしてた方がいいわよ」
「え、いやでも…そういえば泊まる場所とかも考えなくちゃいけないわけだし…そのあたりもヴィレインちゃ、さんに聞きに行かないと…最悪野宿も考えないといけないですし…」
「あら?まだ聞いてなかったのね、ふふっ、ミナヅキくんの今後の生活なんだけど…おばさんの家で寝泊まりしてもらうの」
「………ええぇ!?」
「おばさんねヴィレインちゃんに雇われているの、それでね『異界人炮烙措置懐柔策』の協力も頼まれててね。異界人が来たらおばさんの家に住まわせてあげるって約束になってたの。まぁ正直結構不安だったけど、ミナヅキくんが優しそうな子でホント良かったわ♪」
「あ、あはは…ありがとうございます。…って事は、ここってもしかして」
「えぇ、おばさん家よ♪勝手だったかもしれないけどお屋敷前からみんなで運んだの。だから無理しないでここでゆっくりしていても構わないわよ」
「い、いえ、何から何までありがとうございます…。それじゃあ改めて、俺は『水無月 新』って言います。これから…どのくらいお世話になるのか分からないですけど…よろしくお願いします」
「えぇ、こちらこそよろしくね♪」
軽くお互いに頭を下げるとリーヴさんは晩御飯を作ってくると言って出て行った。俺はまた横になろうかと思ったが、ふと机の上に本があるのを思い出した。この世界の文字はまだ読めないけどとりあえず挿絵でも楽しむかと思いパラパラと何冊かの本を手に取り流し読みしていく。すると一冊の本だけ俺の分かる文字が多く使われているものがあった。表紙には『この世界の生き方』と書かれていた。著書は『』。おそらく俺がこの世界に来るずっとずっと昔にこの世界で生き、この人の後世に俺と同じようにこの世界に来た異世界人のために残した本なのだろう。俺は本の内容をじっくりと読み始めた
いや、本の半分くらいの内容は辞典だった。この世界の文字というか単語を俺の世界の文字に翻訳してるものだった。まぁこの本のおかげでしばらくはここにある本が読めそうなので助かったが…残りの内容は、この世界に語られている神話みたいな内容だった。
内容はだいたいこんな感じだった、この世界には神様がいてその神様が11種類の人間を作ったって話だ。11人の人種ってのはヴィレインさんから聞いた内容と一致する。んでその11種類の人間から各一人ずつ王が決められ、その選ばれた王様ってのが所謂神の使い的なものとしてその種族のリーダー的存在にならなくっちゃならないみたいだ。ただこのあたりは本人の意志や考え方で変わってくるらしいが、総じて王様には力が与えられそういった存在になりえる人物だけにしか証は現れないものらしい。
ここまではだいたいヴィレインさんから聞いたものだったが、その続きにどうやらこの世界の言語も全て神から与えられたものによるものらしい。俺がこの世界に来ても何不自由なく会話が出来るのはその力?によるものらしい。本には[統一言語]と書かれていた。その統一言語には言語の隔たりをなくすという意味があり、11人の王が集い協力し、この世界のどこかにある[神の門]を開くことによってこの世界に永遠の真なる平和が訪れる…とのことだった。…正直最後があまりにも突拍子もなさ過ぎて理解が追い付かないが、ようするに11人の王様が集まんなきゃならないのか。今3人しかいないって言ってたのに
それと神話に出てきた11の種族が挿絵付きで特徴が書いてあった。俺みたいな祖人種やヴィレインさんが教えてくれた精人種はざっくりと読み飛ばして次々と読み進める。獣のような見た目や一部特徴を持つ人種の獣人種…挿絵にも犬の頭がある人物が描かれているしきっとマートンさんが該当する人種で間違いなさそうだ。犬だけじゃなくて猫っぽい人や鹿っぽい人もいるみたいだし、どちらかと言えば獣より人っぽい感じの獣人種もいるみたいだ。次が背中に一対の翼を持つ翼人種…こっちは人相とかは違うが翼の付き方とかフィルさんにそっくりだ。ドラゴンのような見た目や一部特徴を持つ龍人種…こっちはリーヴさんが該当する種族だろうな。ただリーヴさん挿絵の人と比べてドラゴンと言うにはだいぶトカゲっぽい感じに思えたけど、その辺りは龍人種としての人相の違いなのかな。と言うか驚いたことにも失礼だったがトカゲっぽいって思うのも失礼なのかも…。龍人種も獣人種同様ドラゴンより人っぽい感じの龍人種もいるみたいだ。さらにぺらぺらと読み進めると頭に一対の角の生えた人種の鬼人種のページが目に入った。この特徴はヴィレインさんで間違いなさそうだ。これで多分今日見かけた人の特徴に当てはまる人は全部確認したと思う。後は…手や足にヒレがあり海獣の特徴を持つ水人種、虫のような見た目や一部特徴を持つ虫人種、鋭い犬歯が特徴的な月人種…これもしかして吸血鬼?3~4m程にもなる大きな体の巨人種、そして何かと話には出てきた人の姿をしていても禍々しい見た目の魔人種…この5種だけだな。
そういえば思い出したことだけど今分かっている王は祖人種と精人種の二人なのは聞いたけど、あと一人はどの人種の王なんだろうか…この本には書いてなさそうだがこの本を片手に他の本も漁ってみる事にした。
しばらく本を読み漁っていると突然きぃぃ…という小さな音が聞こえたので扉の方を見てみると、扉はちょっとだけ開いておりその隙間から小さな視線がきょろきょろしてるのが見えた。多分だけどリーヴさんの子供だろう、そう思い見返していると目と目が合ってしまい、扉はゆっくりと閉められてしまった。
しばらくするとまた扉が開いたので今度は本で顔を隠してみる事に…どうなってるのかよく分かんない。仕方なく本をずらして覗いてみると、がっつりこっちを見つめていた。しばらく見つめ合っても扉が閉まる気配はなさそうなので今度は思い切って手招きしてみる。扉が閉められる。なんなんだよ
なんか気になったから今度はこっちから開けてやろうと思い、ベットから立ち上がりゆっくり扉に近づくと、とたとたとたと焦って逃げるような音が聞こえてきた。なんだろう嫌われてるのかな俺…と諦めてベットに戻りまた本を読み漁るとまたもや扉が開く…何?怖いもの見たさ?
それならそれで思いっきりビビらせてやろうと考え、再度ベットから立ち上がる。扉に近づくとまたもや走って逃げていったのを音で確認すると俺は静かに扉からの死角になる位置で待機する。しばらくそこで待っているとやっぱり扉は開く。しかし今度はしばらくすると少ししか開かなかった扉は目一杯に開き、一歩また一歩と小さな足音が部屋の中に入ってくるのが聞こえてくる。せっかく俺の事を信頼し安心して寝泊まりできる場所を提供してくれるリーヴさんに大変申し訳ないが…俺は、過ちを犯します。胸を痛める思いをぐっと堪えて、今、一気に扉の死角から飛び出て
「うわぁ!!」
「きゃあぁぁぁぁあああ!!」
甲高い叫び声と共に扉の前に立っていた小さな女の子は走って逃げていく。と言うか一瞬しか見えていなかったけどその女の子はリーヴさんと違ってドラゴンの頭じゃなかったな…
なんて考えてるよりも今はあの子を追いかけないとと思い俺も部屋を飛び出した。部屋の外はすぐ玄関と繋がっているのか外に逃げたみたいで、俺もおそらくさっきまで履いていたのだろう靴を履いて追いかける。外は俺がぶっ倒れていた時とは異なりすっかり夕暮れと言った赤暗さが街を包んでいた。町の人はせわしなく夜に向けての準備をしていたり仕事終わりであろう男衆が談笑していたり、急に家から飛び出してきた俺を不思議そうな目で見てたりと様々だ。そんな様子を尻目に俺はリーヴさんの子供を追いかける。
「あはははは、あはははははは」
リーヴさんの子供は以外にもなのか、驚きすぎてなのか変なテンションになったというか笑い上戸で走ってるから見失うようなことはなさそうだ。そもそも当然だが俺の方が背が高いしバスケもやってた。追いつかないわけがない…が、それはそれとして勢いのままに追いついてしまってもどうしたもんかと思いつかず離れずの距離で追いかける。
するとリーヴさんの子は最初から一直線にそこに向かっていたのか、ちょっとした空き地と言うか広場にたどり着いた。しかもそこにはおそらくリーヴさんの子供と同じくらいの年頃の子供が他にも4人程集まっていた。リーヴさんの子供はその子供グループの中の女の子の一人の背中に隠れてしまった。
「おい!異界人!!」
その中でも先頭にいた一際背の大きい褐色肌の黒髪少年が荒々しく声をかけてきた。よく見ると背中には折り畳まれてはいるものの真っ黒の翼が見えた。おそらく少年は翼人種なのだろう。服装は短袖シャツにパンツといういかにも田舎のガキって格好だ。
「お、おぅ…なんだよ」
「大人たちはお前の事をこの村に入れてもいいみたいなこと言ってるけど、俺様がそーはさせねーぜ!どーせ悪い事考えてるんだろ、このラン様がお前を追い出してこの村を守ってやるんだぜ!!」
この自分の事をランと名乗ったガk…子供は俺に木刀と言うか模擬刀を突き付けた。多分そんなものでぶん殴られても大したことはないだろうが俺は咄嗟に両手を軽く上げて抵抗の意志を見せないでおく。すると今度は後ろにいた子供達も次々に反応していく
「ねぇラン君、勝手にそんなことしたらにーちゃんたちが怒るよ…」
「いーんだよエルヴァ、こいつはゲンコーハンだからな。シルクを虐めたんだしな」
「ねぇ、ホントにいじめられたの?」
「うぅん、面白かったー」
「パオラ!シルクに余計なこと聞くなよ、いいか、シルクは虐められたんだ!」
「ラン、こういうのを冤罪って言うんだぞ」
「ちげーよオルスト!追いかけ回されたのは事実だぜ」
「え?ランが連れてこいって言ったじゃん」
「シルク!!」
…なるほど、最初から俺をここに連れてくるのが目的だったってわけか…、にしても子供だから仕方ないとはいえ打ち合わせした内容がポロポロと出すぎだろ。とまぁ色々自由に騒いでいるが、リーヴさんの子供さんの名前はシルク、そしてそのシルクの前にいるのがパオラと呼ばれたマートンさんにも似たようなケモ耳…多分獣人種の女の子だろう。それからランの他にいる男の子達はエルヴァと呼ばれたスポーツ刈りみたいな髪で芋っぽい顔の奴と、オルストと呼ばれた大きな額縁眼鏡をかけている二人だ。どちらも外的特徴はなさそうだから祖人種かな?んでランというクソガキの5人組ってわけだ。
「分かった分かった、えっと…ラン君、だっけ?俺はどうすりゃこの村にいる事を納得してくれるんだ?」
「あ?えっと…じゃあ決闘だ!決闘してお前が負けたらこの村から出てってもらうぜ!」
思いついたかのように近くに置いてあった模擬刀を一本拾ってくると俺に向かって投げつける。俺はその模擬刀をキャッチするととりあえずそれっぽく構えてみる。実際に模擬刀を握ってみると子供用なのか両手で握ると柄の部分が結構ギリギリの幅しかないし、そもそも刀身自体もそんなに長くはない。ランも同様に模擬刀を構えつつも他のみんなに離れるようにハンドサインを送る。周りの全員がある程度距離を取り、俺とランの距離はじりじりと縮まっていく。
「いっくぜぇぇ!!」
突然ランが走り出して一気に距離を詰め模擬刀を大きく振りかぶった。俺は咄嗟に模擬刀を横にして受け止める。ランはとにかく乱雑に模擬刀を振るいまくっているのを俺は下がりながら模擬刀の両端を持ってとにかく受け止める。大振りだし一発一発が大したことのない攻撃なお陰で何とかしのげる。剣道部じゃなくてバスケ部だったけど何とかなってマジで助かった…
「ちょっとラン、全然ダメじゃない」
「うるせーぞパオラ!俺はこの村で1番つえーんだぞ!俺に勝ってから言えっての!!」
外野の野次に反応している時ですら闇雲に撃ってきて正直反撃のしどころが分からない…。仕方がないからここは捨て身覚悟でランの攻撃を防がずにこちらからも一撃を叩き込む。ボスンッ!と何とも言えない音が響き、俺もランも模擬刀が顔面にクリーンヒットした。思った以上にめっちゃ痛かった…お互いの顔に真っ赤な縦線が出来た。
「ってー!てめぇ、やりやがったな!!」
「いっっ…お前だってやったじゃねーか!お互い一発ずつだろ!」
「うるせぇうるせぇ!!ぜってぇボコボコにしてやる!!」
そういうとランは顔を片手で抑えながら後ろに下がり、背中に折り畳まれていた黒い翼を目一杯に広げ、そのままゆっくりと力強く羽ばたき始める。するとゆっくりとランの身体が空に飛び上がり…ってまさか
「うおりゃあああぁぁぁ!」
「ちょ…ま!嘘だろ!!」
なんとそのまま空から俺に向かって襲い掛かってきた。俺はまたも攻撃を受け止めるが、防がれた瞬間ランはまた空中に飛び上がり距離を取ってきた。そこから旋回しまた俺に空襲してくる…空中から何度もヒット&アウェイするせいで俺には全く反撃することが出来なかった。
「おい!空飛ぶなんて卑怯だぞ!!」
「へっへーんだ!戦いに卑怯とかねーよーだ、ここまでおいで~」
そう言うと空中で俺に尻を向けて煽ってきた。イラっとするがこっちだって黙ってやられてるわけにはいかねぇさ、ランの奴は俺の目測でだいたい2mくらいの高さくらいを維持している感じだ。まぁ冷静に考えてもそのくらいの高さを維持するだけでも普通の人間ならジャンプしたって届かないだろうしな…だがあいにく残念だったな!この世界にやってきて尚且つこの村にたどり着いたこの俺がたまたまバスケ部だったことが小僧貴様の敗因だ!!バスケ部ってのはな…当然だがやっぱりダンクシュートに憧れて無駄に部活終わり後に練習しちゃうもんなんだよなぁ~
俺はにやけ顔をグッと堪え、ランの攻撃を防ぎつつ目測をしっかりと測り…タイミングやあいつの位置調整など考慮、あとは何とかなれの精神で幾度かめのランの攻撃を捌いた直後、俺はすぐにランから大きく円を描くように外回りで距離を取り…姿勢を屈めて一気に走り出す!!俺の突然の行動にランは驚いた様子で俺の想定していた地点から遠ざかってしまった。まずい、届かないかもと思ったがもう止められない。俺はジャンプすると決めていた踏み込み地点で足に全体重をかけて…ラン目掛けてジャンプした
届かないどころの話じゃなかった。俺は今ランの真上にいた。
「うえええぇぇぇ!?」
「おああああぁぁぁぁあああ!!?」
俺もランも、それどころか見ていた子供達ですらあまりの出来事に驚き叫んでおり。てか俺はこの状況で何するつもりだったか忘れてしまい…突拍子もなくランの模擬刀を握り奪ったまま、ランを飛び越えてそのまま地面に着地した。何とか着地したはいいものの瞳孔はガン開きして心臓はバックバク、足もかくかくと震えていた。超ビビった。
「って、あ!あー!俺の模擬刀取りやがった!!おい卑怯だぞてめー!!」
驚きを先に取り戻したランの叫びに俺ははっと我に帰り、両手に模擬刀を持っている状況に気が付いた。
「は、は、はっははは!た、戦いに卑怯はねーんだろ!!はいこれでお前の試合放棄―、お前の負けー!!」
「ふざけんな!人の盗るとかズルだぞ!インチキすんな!!それに俺はまだ奥の手があるんだぜ!!」
「…は?奥の手???」
俺もその言葉に呆気にとられたが、他の子供達もきょとんとしているのでどうやら本当に隠し玉なのか…ただのハッタリな可能性もあるが、その割にランは興奮を落ち着かせてさらに高く飛び上がり空中で停滞する。すると遠目ではあるがごそごそとポケットからごっつい爪みたいなものを指サックみたいに人差し指にはめる。その様子に他の子供達がざわつく。
「ちょっ、ランそれマジックネイルじゃない!勝手に使ったらだめだって!!」
「へんだ、ばれねーうちにあとでこっそり戻しとくからいーんだよ」
もしかして親さんの私物か?なんにせよこいつの親は苦労してそうだな…ってそんな呑気な事考えている場合じゃない。勝手に使ったらだめなもので、名前がマジックネイルときた。という事は…なんて言っている間にランは空中で指を動かすとなんと宙に光る文字が浮かび上がってるのが見えた。ちょっと凄いと思いながらもこの後アイツが何するのかは察しがついた。とはいうもののランはさっきよりも高い位置にいる。俺が跳んで届くとは思えない…何も出来ないまま見続けることしかできなかった。だがランの方はあっという間に文字を書き終えたのか、両手をかざすと文字が光りを強めた。
「『敵を貫き穿て 閃光と共に走れ 雷撃よ』!!」
おそらくスペルワードと思われる言葉を叫ぶと、文字から…いや両手からか何本もの細い雷が猛スピードで降り注いできた。俺は咄嗟に手に持っていた二本の模擬刀で防ぐ。バチンと音を立てて弾かれた雷は軌道を変えて地面に突き刺さり消える。いやなんかめちゃくちゃ大したことなかったわ。物凄い衝撃に備えていたがこの雷、片手の模擬刀だけでも簡単にはじき返せてしまうくらいの威力だった。それだったらいくら来ようが防ぐのは難しくない
「きゃあぁぁ!!」
俺の後ろから悲鳴が聞こえすぐ振り向くと、なんと他の子供達の近くにまで落ちてきたのが見えた。
「危ないっ!」
俺は他の子供達を守るために走り向かい、咄嗟に体を大きく広げて体で雷を受ける。背中に2~3発の雷が命中する。痛い!痛いけどただ痛い程度の痛み。大したことはない。そんなことより俺とアイツの決闘が他の奴まで巻き込んでる以上一旦止めさせないと、なんて思ってると俺の身体の間からパオラが顔を出して叫んだ。
「ランのバカ!早く魔法止めて!!」
「………ねぇよ…」
「はぁ?何?」
「と、止まんねぇんだよ!止まれってしても、ずっと魔法が出っ放しなんだ!!」
「バカっ!バカバカバカ!!ランのバカぁ!!魔導書無しで術式書くのなんて出来っこないのに、下手くそ!!止めれないなら降りてきなさいよ!!」
「う、うるせーよ!それに…魔法使ってるせいで、頭んなかぐちゃぐちゃで…降りれねぇんだ」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!えっとすげぇヤバいのは分かるけど…どう言う事なんだ?」
子供達を守りながら少しずつ落雷の多い地点から遠ざかりながら会話を遮る形で俺は質問を投げかけた。
「えっとですね…多分だけどね、ランが書いた術式に魔法を止めるための仕組みが一つも組み込まれていないの。ブレーキがついていない状態なの。あのままだとランの魔力がなくなっちゃう」
オルスト君がざっくりとした説明をしてくれたおかげでだいぶ分かった。つまり危険な状態なのは俺たち以上にランだったみたいだ。このままじゃ本当にマズイ。何か対策を考えないと…と思っていると、俺の陰からシルクが真っ赤な鱗がびっしりの翼を広げて飛び上がった。
「シルクっ!!」
「待てっ、あぶねぇぞ!!」
シルクは降り注ぐ雷の中を飛ぶが、一発の雷が翼に命中しそのまま落下し始めた。
「ぁぁぁぁあああああ!!?」
「シルク―っ!!」
「くそっ、間に合えっ!!」
俺は降りしきる雷の中を走りすぐにシルクの落下地点まで向かい、頭から落ちてきたシルクを間一髪のところで受け止められた。他の子供達は少し離れたとこから安堵した様子みたいだ。
「くっ…大丈夫か?」
「だ、大丈夫、です。はい」
「危なかったな、心配なのはわかるけど近づいたらもっと危険だろ」
「こ、これ」
ごそごそとシルクの手に握られていた布の輪っかを手渡され、受け取ってよく見てみると輪っかの内側には細かい字がびっしりと刻まれていた。
「これ、赤ちゃん用の、ヘアバンド。魔法を使えなくするためのやつ」
「っわ、分かった。でも君じゃ危険だ…、…俺がやる。だからみんなの所に」
シルクはこくりと頷くと、手を頭の上にして魔法から頭を守るようにして他の子供達の所へ向かった。パオラともう一人の女の子はシルクを抱きとめ、オルストは傘のようなもので他の子たちを守り、エルヴァはおそらく大人達を呼びに行ったのだろう。他の子供達は多分もう大丈夫みたいだ…ランだけを除いて
「…ふぅ」
俺は呼吸を整えてもう一度ランの位置を確認する。まだ魔法が収まる様子はないがランの様子が明らかにおかしい、明らかにへばっているのが見える。このままでは体力がもちそうにない…だけどランはさっきよりも高い位置でホバリングしている。いくら頑張ろうがとてもじゃないが明らかに届きそうにもない位置だろうな。
元の世界の俺だったならな。俺はさっきと同じようにジャンプ位置を確認し助走距離を取る。さっきのジャンプで体感したが、この世界に来てから俺の身体能力が高まったのか、それともこの世界の跳躍平均が俺の世界の倍もあるのか分からないが…俺の今のジャンプで、ランの高さまで充分届くはずだ。確証はない。だが多分…いやきっと届く。なにより、あの子から任されたんだ。絶対届かせる。そう思い手渡されたヘアバンドを握りしめる。そして勢いよく駆け出して、ジャンプする!
届け、届け、届く、届くんだ届かせる届いてやる絶対届く絶対絶対絶対絶対、届け!!
俺の身体はまっすぐにランの身体めがけて上昇する。雷が何度も俺の身体に突き刺さる。いや自分から突き刺さりに行っているからさっきよりも何倍も痛い。だけどそれでも俺はランに手を伸ばす。
届けぇぇぇぇぇええええええ!!!
俺の身体はランの真下からぐんと追い抜き、同じ高さに到達すると咄嗟に片腕でランを抱きかかえ、もう片手でランの頭にヘアバンドを押し込む。するとヘアバンド越しに衝撃が走りランの手元の文字がまるで爆ぜるように消滅し、強張っていたランの身体は一気に力が抜けた。
「よかっ…」
ランの救出をしてから、俺の今の状況がやばいことに気が付いた。そう…この後どうしよう。なんの考えもなく、ランのとこまでジャンプできたのはいいが…ふと視線を下に向けると…、…わぁ、足元が遠くに見える。なんて考えた瞬間体が急降下を始めた。
「うわぁぁぁぁああああああ!!!」
考える暇もなく二人の身体は地面向けて真っ逆さま。あもう無理だ、と判断と同時にとりあえず背中を下に向けていたが、ドーンというもの凄い衝撃音と共に背中から全身に物凄い痛みが走る。ランの魔法より何倍も痛かった。だけど痛みがひどいだけで頭は打ってないし両手足それに頭や首は多分無事っぽい。どうやらジャンプ力だけでなく身体能力そのものがこっちの世界では高いみたいだ。そして腹側に抱えていたランが俺の上でぶっ倒れている。
「…おい、大丈夫か…?」
ランの声が聞こえた。弱弱しかったが声の様子から無事みたいだ
「お互いにな…」
簡単な返事を返すとランがへへッと笑った。俺も笑い返してやった。その瞬間小さな歓声と拍手が巻き起こった。いつの間にか広場の周りには数人の村人が取り囲んで俺達の様子を見ていたのだった。まぁあれだけの魔法を使った騒ぎだ、様子を見に来る人もいるだろうな。しかし少しずつ歓声が静まっていき、何事かと思い倒れたまま重たい頭を少し持ち上げて周りを見渡すと一人の女性がこちらに近づいてきているのが見えた。耳の尖った褐色肌…なんというかダークエルフっぽい風貌に感じるためおそらく精人種の少し年上の人だ。俺達の目の前に辿り着くと徐に腕を伸ばし…ランの耳を引っ張り上げた
「あんたぁ!人様に迷惑かけただけじゃなくて魔法道具勝手に持ち出して、自分でどうしようもできなくなるなんて、このアホンダラァ!!」
「いだだだだだだだだ!!やめろよかーちゃん!!!」
「今日と言う今日は許すわけないでしょ!罰としてしばらくはおやつ禁止だし自由時間も禁止、父ちゃんの仕事の手伝いと家事とたっぷり働いてもらうからね!!」
ヤダーと泣き喚きながら耳を引っ張られながら連れ去られていくラン、俺はその一部始終をただ唖然と見ていることしか出来なかった。すると今度は待ってましたとばかりに入れ違いで集まっていた村の住民たちがこぞって俺の元に駆け寄ってきた。
「おめぇさんすげぇな、あんなとこジャンプで届くなんてよぉ」
「よそんもんなのに村のために体張ってくれてありがとなぁ」
「んだ、最初見たときからおめぇさんは良いやつだってわってたさ」
「なにいってるだよく言うべ」
やんややんやとこっちの調子はお構いなしに村民同士で盛り上がる。俺は必死に作り笑いでみんなの話を流し聞いていた、なにせ背中を強打した痛みが結構響いて意識がはっきりせずまだまともに立てそうもないくらいだ。それでもなんとか立ち上がろうとしたがやはりまともに立てずに前に倒れ込もうとする。
だが俺の身体は途中で何かにもたれかかるように、いや誰かに支えられたみたいだ。俺はぼやける視界でそいつの顔を見つめる…そこには他の子達からエルヴァと呼ばれたスポーツ刈りみたいな髪で芋っぽい顔の奴が見えた…
「あ…えっと、え、エルヴァ…くん?」
「へへっ、弟とその友達を助けてくれてありがとな。俺の名前はウルヴァだ、よろしくな」
ウルヴァと名乗った男は、顔はエルヴァ君と瓜二つなのだが、年齢や身長は俺と殆ど変わらないくらいで支えてくれているだけで分かるがごつごつとした筋肉の逞しいエルヴァ君のお兄ちゃんだった。するとそんな支えられた俺の目の前にフィルさんとリーヴさん、そして他の子供達が駆け寄ってきて、フィルさんが真っ先に深々と頭を下げた。
「ありがとうミナヅキ君!うちの坊が大変迷惑ばかけたのに助けてくれて本当にありがとう!家内も子供の事で頭さいっぱいんけど本当は君に凄く感謝してんだべ」
「い、いえ…とんでもない。こっちこそ村来たばかりでこんな騒動起こしてしまって…」
あのガキフィルさんの子供だったのか、翼人種ってこと以外殆どお母さん似になったんだな…。それはともかく俺は深々と頭を下げるフィルさんに困惑してしまい、そんな様子を見たリーヴさんとウルヴァはくすくすと笑った。
「うちの子も助けてくれてありがとうミナヅキ君。ほらシルクもお兄ちゃんにありがとう、でしょ」
「ママ!あのね、ミナヅキすごかったよ、ランのとこまでジャンプしてたの、それにね、めっちゃ走るの速くてね私のとこまで追いついたの、それでねそれでね」
「ふふっ、お話は晩御飯の時にしましょうね。ウルヴァ君悪いけどうちまでミナヅキ君を送ってくれないかしら?」
「全然いいっすよ」
「ありがとうございますウルヴァさん」
「タメでいーし、呼び捨てでいいぜ」
そんなこんなで俺はウルヴァの肩を借りながら、ゆっくり歩き始める。子供達はお礼を言いながらそれぞれ帰っていく。村の大人達はまだ俺の話題で持ちきりになったままそれぞれ帰って行った。気が付けば空は夕暮れ空も徐々に暗くなっていく。俺の人生の中でたった一日がこんなにも長く感じたのはきっと初めてだっただろう。だけど、これから先ずっとこんな長い一日が毎日続く…そんな不安がありつつも、こんなにも温かい人に囲まれて、楽しい世界を、俺はこれから先生きていかなきゃならない。元の世界じゃ考えなかったこの気持ちを受け止めて…俺のこの世界での初めての一日が終わり、そしてこの世界での生活に幕が上がったのだ……———
本投稿を読んでいただきありがとうございます。SKMRでサキモリと申します。
今回でとりあえず本編Episode1が無事に終了しました。正直投稿するって時に何度も見返すと…あれ、これ面白いのか???なんて思ってしまいます…正直あまりこう言うのに触れてなかった弊害と言いますか…書いてるうちにだんだん面白いが分からなくなってきました。けどそれでもきっと面白いを届けられると信じ、そして次こそはもっと面白くなるようにと色々工夫をしていますので、Episode2ではより楽しめる内容に頑張っていきますので、次回も是非お付き合いの程宜しくお願いします。
また今回も誤字脱字、文章構成などまだまだ課題がありますのでよかったらアドバイスなどしていただければ幸いです。
次回は5/31にEpisode2の前編…を考えていましたが、少し趣向を凝らしたものを投稿しようと考えていますので、もし少しでも面白かった、続きが待ち遠しいと思えたら嬉しいです。次回もよろしくお願いします。