Episode6Ex 1組対2組の対決、そして夜の帝都の外へ… 番外編
私には許嫁がいる。
その話を聞かされたのは私が4歳のころだった。お相手はサー・ニコラメス家の末息様、ウォン・ナルベール家の現当主である私の父とサー・ニコラメス家の当主である末息様のお父様との間で交わされた約束。とは言っても両家共に家業の後継ぎとなるわけではない、あくまで両家が関係を持つというだけに利用されていたのだが幼い私にはそのことなど理解など出来る筈はなかった。
幼い頃の私は大好きなお人形を常に抱え、部屋で一人で大人しくしている手のかからない娘だったという。その日まで外で友達と遊ぶという経験がなかった。いや、正確には一度友達と遊ぶ機会があったが、私は友達と馴染めず怖くて親に抱き付いていたという。
その日は父に連れられサー・ニコラメス家のお屋敷に連れてこられた。私はそれが自分の運命を大きく変える出来事だと知らず、車の中でぼーっと外の様子を眺めていた。自分の家よりも大きな建物、自分の家よりも広い庭…それが一体なんなのか理解できずにいた。
「さぁ、着いたぞ」
そう言われ父に車から下ろされ、お屋敷に入る。そこには数人の雇われ隷爵と思われるメイド達と、おそらく当主と思われる大きな男の人、そしてその隣には私と同じ背丈くらいの、目つきの悪そうな紫色の髪をした男の子がいた。
「おぉ…ライオネット様も随分大きくなられましたね」
「ははは、君の娘も今や立派な水人種レディではないか…ほら、ライオネット、ご挨拶を」
そうお父さんから言われたであろう少年は背中を優しく押されて前に出る。だが少年、ライオネットは不服そうにむくれている。
「…お前誰だよ」
「こらライオネット!レディにそんなこと言うんじゃない。まずは自分の名前から名乗りなさい!」
「…ライオネットだ。お前は」
「…せれいあ…」
「ふーん、どーでもいーや。ついてこいよ」
そういうと彼は唐突に私の腕を掴みどこかに連れて行ったのです。
「ライオネット!!こらっ!」
「ははは、構いませんよ。子供同士のコミュニケーションなんて我々大人には難しいですからね」
ライオネット様に無理やり連れられた私は屋敷の中をひたすら走らされ、メイド達の足元をまるで障害物のように避けて走り、おそらく彼の部屋であろう一室に連れ込まれる。私は生まれて初めてこんなにも走らされたことに驚き息苦しくなった呼吸を座り込んで整えていると、彼は私のことなどそっちのけで髪とクレヨンを持ってきたのだ
「お前、名前かける?」
私は彼の唐突な質問に困惑しながら首を横に振る。
「おれかけるぞ。すごいだろ」
そういうとクレヨンでライオネットの文字を書くと、なんとその紙を糊で服に張り付けてきたのだ。私は彼の行動が怖くなり泣き出した。
「おい泣くなよ。泣くやつ嫌い」
彼の言葉などその時の私には何も聞こえなかった。ただ泣けば親が抱っこをする。そう思っていた。だが今日はいくら泣いても彼以外は誰も居なかった。私はただわんわんと泣き続けた。しばらく泣き続け疲れてしまい、涙も枯れてくるといつの間にか私の周りにはいろんな玩具で囲まれていた。彼が私の為に置いてくれたのか、それとも私の事はそっちのけで一人で遊ぶために広げたのか分からないが…だが私が泣き止んだのに気がついた彼は徐に私に近づくと、なんと自分の服を引っ張り泣き崩れた私の顔を拭いたのだ。当然そんなことをされれば怖かっただろうが、涙が枯れ疲れた私には泣くという事をしなかった。
「うん、お前はこれ」
そういって渡された玩具を持つと今度は男の子が好きそうな遊びを私も交えて始めたのだ。私は終始いやいやと喚くがかれはそんな私にお構いなく絡んでくる。私がその遊びに慣れてきたころには彼は飽きたと言い今度は別の玩具を渡して遊ばせようとしてくる。そういったことを繰り返し足元が歩けないくらい玩具で散乱すると、今度はまた私の手を引いて部屋を出て、屋敷探索を始めたのだ。
使われていない部屋、食堂の机の下、トイレ、台所のお菓子の隠し場所、中庭の秘密基地、物置小屋、メイドの休憩室…いつも同じ部屋の光景しか見てこなかった私には、一人で遊んでこなかった私にとっては、それはとても刺激的な経験であった。私はただ戸惑うことしか出来なかったが、彼はとにかく私に色々なことを教えようとしていた。だがそんな時間は永いように思われたが以外にもあっという間に過ぎ去ってしまった。
「い゛や゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛—————っ゛!!!」
ごぅーん、と帰りの時間を伝える鐘が鳴る。私はこれまで一度も親に反抗なんてしない、いい子にしていたのが今日は違った。泣きじゃくりながら階段の取っ手の柱にしがみついて帰ろうと誘う父に全力で反抗したのだ。分からなかった。どうして自分でこんなことをしているのか、だけど一つだけこの時知ったことがある。彼といた時間が非常に充実した時間…そう、楽しかったのだ。
「うーむ、困ったな…いつもはこんな事絶対言わないのに…」
「はっはっは、それだけうちの子と楽しく過ごせたという事だ。私も鼻が高いよ」
「そう言って頂けると嬉しいですが…ほら帰るよセレイア」
「や゛————っ゛」
呆れ困り果ててしまう大人達、私は結局小一時間ののちに疲れ果てて眠ったのか後の事は覚えがないが、その日を境に私は自分の部屋にいる時間が極端に減った。お屋敷中を駆け回って使用人たちの手をやいて、何かを見つけては彼にその体験を話すのが楽しかった。彼と一緒にいる時間は年を重ねるたびにさらにエスカレートしていった。屋敷を飛び出し中庭に潜み、そして敷地外に冒険もしたことがあった。私や彼の部屋の中の玩具が減ると次第に本が増え、遊びから勉強の時間に変わるようになった。そうして私達は出会ってから1年が経過した。
5歳、それは正式に学童院への入学を始める時期としては頃合いと現在の帝国の教育風潮で言われている。私達は新しい学業向けの綺麗な服を身に着け華々しく学童院に通う事となった。貴爵クラスには同年代の女の子たちが既に仲良くグループを作っていた。私はそんなグループに加わる…なんてことはなく彼と一緒にいれればそれでいい。そう思っていた。
「わりぃ、俺みんなと遊んでくる!」
彼は違った。私だけではなかった。多くの男友達グループの中に加わって仲良くしていた。私にとって彼は全てだったのが、彼にとっての私は仲のいい友達の一人にすぎなかったのだ…。
結局私は女の子グループにもなじめず、貴爵クラスで孤立する存在になった。たまに彼が私と一緒にいてくれるがそれは彼にとっては別に他の友達がいないだけのタイミングだったからに過ぎないだけだ。そしていつしか私はただ浮いているだけの存在から、周りの女の子たちから疎ましく見える存在になった。彼は他の女の子たちにも人気があったからだ。許嫁である私が目障りだったのだ。とはいえ別に虐められることはなかったが、それでも私にとって学童院が苦痛な空間であることには変わらなかった。そんな風に感じながら半年が過ぎたあの日…事件が起きたのだ。
その日も学童院内の貴爵クラスは教室で授業をしており、隷爵クラスは外で野外活動をするといういつもと変わらない風景が行われていたが、それは唐突に私達の日常を壊したのだ。いつもと違うことが起きたのだ。
『———…大事なお知らせです。魔道具の備品が届きました。先生方は各部屋内の明かりをチェックしてください。繰り返します———』
いつも鳴らない時間に突如よく分からない放送が流れ、それを聞いた教師は黒板に自習と大きく書き残して私達を置いて教室から出て行ってしまいました。私達は当然動揺しざわついていると、本来一緒の教室に入ってくることのない隷爵の同年代たちが私達の教室に入ってきたのです。隷爵の子供達もまた状況が呑み込めず困惑していました。
「どうなってるの…?」「教室から出ちゃダメなの?」「トイレ行っていい…?」
そんな風に教室内が騒めいていると、今度は教室の照明がふっ…と消えてしまったのです。怯えたりはしない様子でもざわつきはさらに大きくなり、中にははしゃぐ子供も出てきたのです。そしてついに…一人の貴爵の女の子が私にとある一言を行ってきたのです。
「ねぇ…セレイアさん、先生呼んできてくださらない?さっき明かりがどうとか放送言ってましたし、きっと今暗いのも先生たちが呼ばれたからじゃないかしら?」
それは本来異様な事だった。今この場には貴爵と隷爵そのどちらの立場がいる状況だった。勿論隷爵とはその存在が国の所有物を証明する身分であり、決して貴爵からの命令に逆らえず自身の尊厳を失わせる立場というわけではない。だが貴爵と隷爵では当然貴爵の方が立場が上である。ともすればまさに使いっ走りのようなことをされるのは、隷爵であって…同じ貴爵同士で行われることがおかしなことそのものなのだ。今思えばそれはこれまで積もりに積もった疎ましさや妬みから来る…イジメ、だった。そして私自身、そんな私を庇い助けてくれる友人がいなかった。いや、作ってこなかったのだ。
「…うん、分かった」
私は少しの沈黙の後、了承することとしゆっくりと教室の扉を開けた。後ろから微かにくすくすと言う笑い声がしたような気がしたが私は必死に聞こえないふりをした。
廊下は妙に静まり返り不気味だった。どこからともなく感じるただならぬ雰囲気に恐怖を感じながら廊下を突き進んだ。きっと職員室かもしくは先ほど放送があったから放送室には誰かいる。そう思いながら真っすぐ突き進んだ…次の瞬間、私の目の前は真っ暗になった。
目の前が見えなくなったかと思えばいきなり誰かに捕まれたような感覚と、身体が宙に浮いているような浮遊感に襲われ、どこかの部屋に連れ込まれたような気がした。そして私の身体を掴む手は大きく、そしてどことなく嫌悪感を抱かせるような、気分が悪くなるような手だった。
「ぐっふふふ~、つーかまーえた~♪」
誰か知らない男の声が聞こえてきたと思うと、今度は目に光が差し込んだ。目の前を覆っていた手がどけられ光が目に差し込んだのだ。はっきり見えてくるようになるとそこには、…見たことのない小太りの中年男性が気持ちの悪い表情で私を見つめてきていたのだ。私はようやく今この状況の重大さに気付いたのだ。
「おっとぉ~、声を出しちゃだめだお~。ぼ、ぼ、ぼきゅの催眠スキルで、助けを、よ、呼べないようにするんだから」
私はその大男の言っている意味が解らなかった。恐怖から声が出せなくなり、ガタガタと震えることしか出来なかった。
「ふひひ~、さて、次は…ぼきゅのことを、だぁーい好きになるように…催眠掛けてあげるね~」
さらに大男の手が迫る。私は咄嗟に目をつぶり、どうして自分がこんな目に…と強く後悔した。
「…ほぎゅっ!!」
突如大男が私のすぐ隣に倒れ込んだ。その時男がいた場所には…ライオネットが掃除用具を持って立っていたのだ。
「おいっ!セレイアを離せキモジジィ!!」
「ふっ、ふっ、ふうぅ~…な、な、なにするんだクソガキ…こいつがどーなってもいいのか!!」
その大男は私を羽交い絞めにしたまま彼を強く睨みつけた。彼は掃除用具を大男に構えたままじっと睨みつける。
「うるさい!セレイアを離さないと許さないぞ!!セレイアは僕が守るんだ!!」
「ふひっ、お、お、お前なんかに許してもらう必要なんかないんだよ。この、異世界転生で、手に入れたチートスキルがあれば、こ、怖くなんか…お前なんか、どっかいってろ!催眠スキル!」
私の耳元で騒ぎたてる大男に私は最後の力を振り絞って、大男の腕に咬みついた。大男の言葉が悲鳴に変わった瞬間、彼は掃除道具で大男の急所を思いっきり一突きした。余りの痛さに悶絶したか大男はついに私を開放したのだ。私は大男の腕の高さから床に叩きつけられ、すぐには立つことが出来なかった。
「しっかりしろセレイア!!早く逃げるぞ!!」
「いてぇ…いてぇよチクショー!!ぶっ潰してやるよクソガキィ!!!」
大男はすぐさま立ち上がると彼を思いっきり殴り飛ばし、そして…大男の後ろ姿からしか見えなかったが、彼に馬乗りになって何度も何度も殴打したのだ。
「ふっざけやがって…俺は異世界転生したってのに、ここでもどいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって!お、おれの、俺のステータスは、最強で、チートスキルで無双してハーレムするはずなのに、なんでどいつもこいつも、俺の事を好きにならねぇんだよぉ!!こんな世界は間違ってる、こんなクソ世界いいいいいいぃぃぃぃ!!!」
私は生まれて初めて、人生で一番の恐怖を感じた。私の目の前では大男が私の全てを壊そうとしていたのだ…私はまだ動けない体で、出すことのできない声で、精一杯腕を伸ばし、叫びたかった。誰でもいい。彼を…彼を助けてほしいと…神に願った。
ズドオオオオォォォォン!!
突如として爆音が響き渡ったと思ったら、大男の上半身がプスプス…と煙を上げ真っ黒になっていた。私の願いが通じたのか、あの大男は殴る手をやめ後ろに倒れ込み動かなくなったのだ。そして廊下の扉や窓から多くの大人達が一斉に入ってきたのだ。
「犯人確保っ!!」
「被害にあった子供の保護が最優先だ!すぐ病院に!!」
大人達は部屋中を走り回りながら私達を優しく担架に乗せ連れ出そうとした。だが…彼が、大人達を振り切って…よたよたと、フラフラしながら私の元に歩いてきたのだ。
「よかった、セレイアが無事で…」
そう言い残し、屈託のない笑顔を見せた彼はそのまま倒れ込み大人達に運び出された。私は涙が止まらなかった。安堵でも、恐怖でもない。私が…私があまりにも無力故に彼を失ってしまうのではないかという罪悪感に似た自己嫌悪に涙が止まらなかった。私はただ自分の愚かさに涙していたためそのあとどうなったのか分からなかった。ただ大人達の言葉が記憶に鮮明に残った。
「やはり脱走した『異界人』…」
「例の『異界人』による犯行…」
「今後『異界人』による同様の犯行が…」
「…『異界人』…」「…『異界人』…」「…『異界人』…」「…『異界人』…」
彼が目を覚ましたのは事件から3日後、だがすぐの退院は難しいレベルの重症で、半年近い治療とリハビリが必要となった。私は動けるようになってからずっと彼のベッドの横に座り続けていた。彼のリハビリを手伝った。病院で二人だけの誕生日会が行われた。今回の1件で様々な問題が浮き彫りになり、大人達が揉めた話も聞いた。月日が流れた。同級生は進学を決めたが、私達二人は留年しもう一度1年をやり直すことを決めた…。
私達はまた学童院への入学をした。去年の事件を伏せたまま、新しく学童院に入学する仲間たちと同じ貴爵クラスに入った。父が去年を反省したのか隷爵であるグラシアスを護衛として新たに雇い学童院に通わせ、本来なら来年入学予定だったウォン・ナルベール家で雇っている隷爵一家の娘であるセビアンを前倒し入学させ、2人に私を守らせるように厳命した。
そして私自身ももう2度と、同じ過ちを繰り返す気はなかった。入学したてでまだ同じクラスにまだ友達の少なそうなプリミランテとレイフェルの2人に声をかけ、お友達グループを作った。最初はまるで二人を利用するみたいで胸が痛かったが、だけど友達を持つというのはとても大事なことだった。それは私だけでなく二人を守ってあげれることにも繋がると分かった。私は二人を大事にする親友でありたいとも思えるようになった。
そして、もう一つ…大事なことがあった。そのためにはグラシアスの協力が必要であった。彼女に誰にも言わないようにお願いして、夜…人気のない屋敷裏に連れ込んだ。
「…ホントにいーんすか?」
「構いません。…もう、あんな思いをするくらいなら。いくら傷つこうが平気ですから」
「どーだか…減給とか勘弁っすよ!」
私の命令で、グラシアスは持っていた棒で私に襲い掛かる。私も手にした同じ長さの棒で応戦するがグラシアスは3歳年上であり、体格も圧倒的にグラシアスの方がよかった。幼く小さな体ではグラシアスに勝つことなど出来ず、上から組み当てられ、力で簡単にのされてしまう。
「…っ!もう一度!!」
今度は自分から仕掛ける。再度組み合い、弾き、棒を打ち合うが私が頑張って動く範囲はグラシアスの半分の可動域で充分であり、またも打ち負ける…それでもと何度も何度も身体中にいくつもの生傷を作りながら稽古に打ち込んだ。もう2度と…
2度と、大切なあの人を失ってしまうという、あんな悔しい思いをしないために…そう心に誓って。
そうして私達は二人の護衛と二人の親友と共に学童院生活を送りながら、グラシアスにこっそりと稽古をつけてもらう日々を過ごし6~7年が経過し、そろそろ学童院を卒院する時期が近付いてくる13歳の8月、多くの同学年生達が今後の人生について貴爵と隷爵ですり合わせをしていた。勿論私達もその話題で話をしていた。
「あぁ…もうそろそろでセレイア様との学童院生活が終わってしまうなんて…私、その事実を受け入れられず病んでしまいそうですわ…」
「ま、まぁまぁ…レイフェル。別に今生の別れってわけじゃないから、いつでもお茶会出来るわよ。プリミランテもご一緒するでしょ?」
「んー…どうだろうね。私演劇騎士団に入団するから、しばらくはカンヅメかも~…あ、そっちのマニキュア取って」
「そういえばプリミランテ様も義勇兵爵の叙爵講習って参加しますか?」
「うん、この冬ね…ってか、それこそセレイアも受けないの?」
「…義勇兵爵の叙爵講習?それって受けた方がいいものですか?」
「あ、えっとねセレイア様。義勇兵爵は色んな特殊国家資格の取得出来たり隷爵の身分格上げに便利だけど…セレイア様の家業ではあまり使わないと思いますわ。私は家業で使う一部の魔道具の取扱の資格とか、運転免許を一括で取得するためだし、プリミランテ様は演劇騎士団に入団するためにまずそもそも義勇兵爵を叙爵しないといけないから。でも義勇兵爵を叙爵するのに無駄に体力付けさせられますし、それに戦闘訓練もしなければならないので、戦いの練習とかあったりしますし…あまり参加したがらないかなって…無理にお誘いするのも忍びないですし」
「そーそー、汗臭いわ学童院以上に集団生活させられるわで、ぶっちゃけだるいと思うよ」
「…そう、なら私も参加しよっかな」
しばらく沈黙ののちに二人は目を開いて私をガン見し驚いた。セレイアに至っては嬉しさから椅子を倒す勢いで立ち上がった。
「本当ですのセレイア様!…じゃなくて、えっと、いけませんセレイア様!も、もし私のためと仰るのでしたなら謝ります!!無理なさらないで…」
「別に無理なんかじゃないわレイフェル。私は私の為に参加したいの。…セビアン、合宿参加ってまだ間に合うかしら?」
私の言葉に後ろで待機してくれているセビアンとグラシアスが反応する。
「はい、12月まで間に合いますのでまだまだ問題ありません」
「ありがとう、それじゃあ参加希望の準備しないとね。二人はどうする?無理についてこなくても」
「何を馬鹿なことを、我々は貴女様の護衛ですので当然お供します」
「右に同じく」
「…ありがとう。それと…あの人にも一言声かけておいた方がいいかしら?」
「いやー、別にライオネットとかー、三馬鹿トリオにー言う必要はー全くないと思いますー。まーた調子にのるんですからー」
彼の話題となると私を取られた気になりあからさまに機嫌を悪くするレイフェルを微笑ましく思いながら慰め、私達は共に義勇兵爵の合宿に参加する形でその準備を進めながら残りの学童院生活を過ごした。
月日は流れ13月になり、私達はついに義勇兵爵の叙爵合宿に参加することとなった。私達5人に加え、彼と彼を慕ってくれる3人の隷爵達。同じ貴爵クラスにいたラフィラ嬢の10人で会場の待合室に入った。私達の先にも人がおり、後にも人が入ってきて待合室はすっかり大勢の人で埋め尽くされた。私達もお茶を飲みながら話をして他の人達もざわざわと騒いでいると、一際ギャーギャーと騒ぎふざけている集団があった。それは私達と同い年くらいの祖人種の男3人と翼人種の女性が話しているみたいだ。
「そういえば小さな村から来たと言ってましたが、という事は三人とも領爵という事で?」
「あぁ、いや…二人はそうなんだが、俺は別に爵位がなくて」
「おいミナヅキ」
「い、いい、よ…あとでバレるよりかは最初に自分から言っとくさ。お、俺は『異界人』で…
ドクンッッ
私の胸にまるで槍で貫かれたかのような痛みが走った。途端に息が出来なくなり手に持っていたカップを乱雑にカップ皿の上に置いた。体が震え動かせない。近くにいたレイフェルやセビアンが心配し身体をゆする。だが何も聞こえない。そうしているうちに私の視界もゆっくりと暗闇に飲み込まれそうに…
「言っただろうセレイア、君は僕が守ると」
何も聞こえない私の耳に彼の声が鮮明に届いた。私の視界がまたクリアに見えるようになった。そして顔を見上げた先には…彼がいた。彼の手は私の肩に当て励ましてくれたのだ。
「…あの異界人どーしあす?ぼっこぼこにします?」
「待ちたまえグラシアス君、君はセレイアの護衛だろう。それにそんなことをすれば君の方が退講処分だろう。異界人についてはしっかり調べておいたさ。任せたまえ…ガーランド!プラノ!ヨハン!作戦会議だ」
「…あの4人でいる方が心配なんすけどねぇ…」
「セレイア様!…大丈夫ですか?」
「…えぇ、もう大丈夫。ありがとう二人とも」
私は変わった。変われたと思っていた。だけどダメだった。たった一つの言葉が私の過去を呼び起こす。そして彼に救われた。結局私は彼に守られるだけの存在…そして彼は私を守ってくれる。みんなにも頼られ、勉強も、運動も、そして私を守るだけの剣の腕だって凄いのだ。彼がいれば、私はただの許嫁。それだけの存在でしかない…
そう思っていた。
彼がカリキュラムを途中で抜け出した。それは講習が始まって間もないタイミングで、彼がするはずのない唐突な行動を耳にし私は彼を探した。講習所内を走り回り、建物裏にいた彼は…とても消えてしまいそうな雰囲気だった。私は彼に手を差に伸ばそうとするが顔も合わせることもなく私の横を通り過ぎてしまった。私は咄嗟に彼に後ろから抱き付いた。
「ライオネット様!私は!わたしなら!!大丈夫です!!大丈夫ですから!!ですから…」
分かってしまった。私だけじゃなかった。あの日、心に深い傷を負ったのは、私だけじゃなかったのだ。
「俺は、負けてねぇ…負けるわけには…」
「負けていません!ライオネット様は…ライオネット様はまだ、まだ戦っているのです!!」
あの言葉に、あの男につけられた私達の傷は、今も私達を抉り続ける。そして私という存在は彼に助けられているだけではない。
「まだ、戦ってる…」
「はい、まだ、勝負は…ついていません!何度だって!何度だって!!」
「…、…あぁ、そうさ!まだ負けちゃいねぇ」
私の存在がいたから彼は傷を負ってしまった。だからこそ、私の存在は彼を奮い立たせるものである。守るべきものである。そして私の役目は、そんな彼を支える事なのだ。私が、彼を、ライオネットを、守ることなのだと。
「あぁ、そうだ。まだ負けてなんかいない。すまないセレイア。心配をかけた」
「…はい!ライオネット様」
それから私達の合宿生活は始まった。ライオネットは朝早くから暗くなる寸前まで過酷な稽古をしながらカリキュラムをこなした。たまにお供する3人と一緒に…ミナヅキと呼ばれた祖人種の男にちょっかいをかけたりもしてました。私もライオネットを陰から見守ったりしましたが、時には手作りの料理等を差し入れたり、デートに誘ったりして息抜きをさせました。そしてリベンジの日を模擬集団戦闘訓練の日に決め、私達が所属する2組のメンバー達と一緒に作戦を考え、時に1組の偵察をして…そして来たるべきその日の為に私も強くなるために更なる特訓を積みました。
そうして集団模擬戦闘訓練が始まる9日前の夕方、ついに私は初めて…あの男と、ミナヅキと話をしました。そのきっかけは偶然ライオネットが密かに稽古をしていたところをミナヅキに見られてしまい、それを見てしまった私は恐怖で震える体を必死に取り繕って、声をかけることに決めました。グラシアスやプラノ達からミナヅキについては聞いていました。あの男は決して悪い男ではないと。だけど『異界人』という言葉が私を押しつぶさんとする…。私はまともに会話が出来るか分からなかった。自分の発した言葉が分からない。だけど…ミナヅキと話さなければならなかった…過去を乗り越えるために。
「……、……俺達で決着をつけます。というか心配する必要なんかないですよ。たーだこのやり方じゃ俺は超えれないってのは言った方がいいかもな。あ、俺が見てたことは内緒にしといてください」
彼の言葉が鮮明に聞こえた。そして私はミナヅキと自然に会話が出来ていた。ミナヅキが『異界人…にも関わらず、私の中で何かが解けた…それは異界人ではなくミナヅキを一人の祖人種の男だと、区別して接することが出来たのだ。
「セレイア様、レイフェル様の歌う準備は問題ないそうです」
「セレイア様!ライオネット様の事ならおいら達に任せてくださいでゴワス」
「必ずやお守りして、そしてミナヅキの奴がぎゃふんと言うまでの全てをちゃんと見て聞いてお伝えします!」
「そして泣いて合宿から逃げ出させるっピー!」
「ふふっ、頑張ってね3人とも」
「…むしろおめーらがいない方が安心なんだが…」
「もう…グラシアスってば、意地悪言わないの」
「セレイア様!私頑張ります!!私頑張るからぁ…どうか危ない事は」
「大丈夫だよレイフェル。私が守ってあげるから」
そしてついに私達2組にとって初めての集団模擬戦闘訓練の日。各々が戦闘訓練を前に思い思いに声を掛け合い鼓舞し準備する。私も、私自身どれだけやれるようになったか、試したい気持ちでいっぱいだった。弱い自分。守られるだけの自分を変えることが出来ないと決めつけていた私。だけど、今きっと私は変われる。弱いままでいい。弱い私が…ライオネットの為に前を向いて戦うために。
戦闘が始まり、私の所属する2組Bグループはレイフェルによる歌魔法をスピーカーによって増幅させ、残る私達3人がレイフェルを守るものだった。試合開始からしばらく経つと、ついに前線をすり抜けてレイフェルに向かって走る影が2つ。
「っ、2人とも、来ましたよ!!『閉じ込める檻となれ 泡となりて 水の膜よ』」
私の掛声でグラシアスがメイスによる一撃を放つが二人は左右に交わし、セビアンの鎖による追撃を弾いて突き進む。私が氷の礫の魔法を放つが、後ろにいる男に同じ数の魔砲弾で撃ち落とされる。そして素早い男が私達をすり抜けようとしたその瞬間、事前に張っておいたバブルの魔法によって進行を妨げたのだ。
「くっそぅ…2組の歌魔法を止めさせれば一気にこっちが有利に傾くのに」
「あらあら…そんなことは当然私達も分かっていますわよ」
突撃してきたのは1組Bグループのホオズキ、そして…ミナヅキと仲が良く、そして一緒に合宿に参加をされたという、Dグループのトレイスだ。彼はミナヅキと分かり合ったこの世界の住人。どうして彼がミナヅキと分かり合ったのか…私は、彼と戦えば何かわかるのだろうか?
「…お嬢、気分が悪いならここは私らが」
「いいえ、グラシアス。むしろ良すぎるくらいよ」
グラシアスの心配をよそに1組の2人を見ると、トレイスがドでかい魔法を発動する準備を始めるのが見えたので再度氷の礫の魔法を射出する。だがそんな攻撃もホオズキの剣幕で撃ち落とされる。
「『放て打ち砕け 気功となりて 昂る精神よ』!」
トレイスから放たれた巨大な一撃がまっすぐ水のバリアに飛んでいくが、その導線上に飛び込んだグラシアスが盾で受け止める。そして攻撃直後の隙だらけなトレイスにセビアンが鎖を飛ばすが、またもホオズキが斬り落とす。今度は逆にホオズキが仕掛けようとするが、私とセビアンが睨みを利かせているためか攻めに転じれずにいる。つまりお互いに睨み合っている状況といったとこだろう。
「うーん、僕達じゃ無理そうだし、ここは一度下がって他のフォローに行こー」
「…それもそうだな」
「残念ですが、逃がすつもりもありませんわよ」
二人が撤退しようとするのを見て、即座にまた魔法を発動。まるで二人の出口を塞ぐように泡の膜が現れた。
「さぁ…残念ですがここで1組の戦力を大幅にダウンさせていただきましょうか。グラシアス、セビアン、いけますね」
「お任せくださいませ」
「当然だ」
二人の心強い応答、そして私の後ろでみんなのために歌い続けるレイフェル、そしてきっとミナヅキと真っ向から戦っているであろうライオネットの為にも…私も、戦わなければならない。いつか、私自身が対等にミナヅキと…ミナヅキだけじゃない。もっと多くの異界人達と正しく分かり合える為にも。
本投稿を読んでいただきありがとうございます。SKMRでサキモリと申します。
今回は以前にもやりました、ミナヅキ達とは異なるキャラクターの目線を描いてみました。特にライオネットに関わる大きな内容となりつつも、本編とも食い違いが起きないように注意しながら頑張ってみました。ただ最後の方はやはり本編と絡む部分がありどうしてもいい感じにまとめるのが難しかったのでもしかしたら書き直しとかもするかなと…
ですが今後もライオネットやセレイアを中心とした物語を書いていきたいと思っていますのでそっちでも楽しんでいただけたらなと考えています。
また今回も誤字脱字、文章構成などまだまだ課題がありますのでよかったらアドバイスなどしていただければ幸いです。
次回は11/15に、Episode8の前編を投稿予定です。もし少しでも面白かった、続きが待ち遠しいと思えたら嬉しいです。次回もよろしくお願いします。




