DAY 3セカイ症候群
翌日、僕は一連の出来事を康太に話した。
そしてこれから僕はどうすべきなのかを問うてみた。そしたら。
「お前、どっぷりセカイ症候群発症してんじゃねぇか……」
ため息混じりにそんな事を言われてしまった。
「さも当然のように造語で話されても困るんだけど」
当然ながらスマホを開けどuntitledなんて曲は入っていないし、ワンタップで異世界に行けるアプリなんてものもない訳で。では、セカイ症候群とは何ぞやと。
「あ? じゃあ丁寧にお前の現状を教えてやるよ。要するに、だ。お前はそのワタノハラだかハラノワタって娘を殺さなくちゃならない。けど保身のためか無意識の恋慕か殺したくない訳だ」
「理由については保留するとして、概ねそう」
「だろ? んで、この構図って、所謂セカイ系作品の構図なんだよな。知ってんだろ? 殺さないといけないやつに恋しちゃったせいで世界滅茶苦茶になりそうですとか」
「あー」
言われてみればすごく、腑に落ちた。
セカイ系と言えば、貴方は世界を取りますか? それとも愛する一人を選びますか? 的な、そんなようなモノ。世界を取れば大事なヒロインを犠牲に日常が守られて一先ずのビターエンド、ヒロインを選べばライフラインが壊滅したり世界が滅んだりするがヒロインとは結ばれるメリーバッドエンドみたいなのをイメージすれば近いか。
……確かに、現状の構図を俯瞰すれば近しいものはある気がする。
「そういう作品は、往々にして主人公がウジウジするターンが挿入される。最初からガンぎまってる奴はごく少数だ。思い悩み視野狭窄に陥って、盲目的に正解のない二択を選ぼうとする。それがセカイ症候群だ」
「うー」
さっきから呻き声しか上げれない己の声帯が恨めしい。いや、単純に図星を突かれて痛すぎるだけか。
しかし殺してしまわないと不味いことになるのは確かだ。これは理屈ではなくもっとプリミティブな……本能由来の直感のようなもの。問題が問題足り得ないなんて事は絶対にあり得ない。それだけは断言出来る。
「で、物語では大まかに二つに分岐する。一つは二択から選んでメリーバッドで着地する。そしてもう一つは第三の選択肢を探して実行する、だ」
「それは僕も考えた。けど……」
「話は最後まで聞け。これは物語じゃない。だからそもそもジャンル自体が存在していないと換言できる」
「うん?」
「例えば、生贄じゃ無くすれば良いってだけならその女の子を犯すってのもアリなんじゃねーか?」
「は?」
思わぬ発想の飛躍の仕方に低い声が漏れる。
が、康太は気にする事なく言葉を続けた。
「ありがちだろ? 古今東西、生贄は処女じゃないと駄目とかいう制約。そういう穴を突いて生贄足り得なくしちまえば……!!」
「なるほど、処女の穴を突く……これは盲点だった。
「……ここで下ネタ突っ込めるお前の情緒どうかしてんぜ」
とは言え言わんとする事は理解出来た。
オカ研の一員ともあろうものが、仔細まで調べ尽くしていない状態で結論を出そうとするなど愚の骨頂。
彼はそう言いたいのだ。
「兎に角、この世界のジャンルがコズミックホラーだと思えばそんな風に。クトゥルフ要素のあるエロゲーだと思えばそんな風に見える。要は認知の問題だ。現状は変わらなかろうがどう捉えるかによっては話が全然変わる」
「さて、ここで質問だ。――お前は、この世界をどう見る?」
「僕は――」
部室のカーテンを開ける。
西陽が容赦なく射し込み、僕らの影を際限なく伸ばしてゆく。その様を、夕闇の先ぶれと人はいうかもしれない。
けれど僕は、この光景をこう呼びたい。
夕焼け小焼け――美しい、青春の一ページだと。
「僕は、ちょっぴりミステリアスな先輩と過ごす一夏のラブストーリーにしたい」
決然と言い放つ。ふざけていると捉えられかねないような、そんな妄言を。
でも、これが僕の今の思っていることの全てだった。
だって僕は……彼女に余りにも魅入られてしまった。あの鈴を転がしたような声音に、透き通るような白い肌に、その柔さに、そして妖しいほどに美しいその貌に。
何故僕は彼女を殺すのか。その発端は、彼女に触れたくて触れたくて、気が触れる程に彼女の温度に触れたくなったから。
「海斗……」
「康太ら僕は絶対に――」
彼女を助け出してみせるよ。