DAY2 ルルイエin隠岐
「そうだね。滅びるかもしれないし、滅びないかもしれない。結末はどっちにも転ぶと私は考えているよ」
夢での開口一番、彼女はそう言った。
「ということは、先輩はクトゥルフ神話に関連する何かしら……」
「と、決めつけるのは時期尚早ではあるけれど……甚だ不本意ながら、その推測は正解だ。丸をあげよう」
あっけらかんと冒涜的神話への関連を肯定する彼女に言葉をなくす。
その肯定は、実質的な死刑宣告だった。
いや、死刑という表現は余りにも生易しいか。何せ小説ではクトゥルフが目覚めかけただけで悪夢が伝播し、配下のカルトや神話生物が襲ってくるのだ。ならば完全な目覚めとなったら、その被害はいかほどかーーいずれにせよ、僕の考えすぎだと、そう鼻で笑ってくれた方が数万倍マシだった。
「君は星辰を知っているね? 言葉ではなく、その示すところの意味を」
「……星の位置。それが魔術的に意味のある位置に揃う時、大いなるクトゥルフが目覚める」
「ザッツライト。その通り、今度は花丸をあげようか。……星辰が揃えばトンデモ邪神たる大クトゥルフが目覚める訳だがーーあくまでそれは付随するもの。メインは別にある。さてここで三問目だ。そのメインとは何だろう。……君なら、判るだろう?」
「……ルルイエの、浮上」
ーールルイエ。悍ましき邪神クトゥルフの寝床にして水没した都市。確か、アトランティスとも同一視されていたりする架空の都市だ。
星辰が揃うとクトゥルフが目覚める理由がこれだ。寝床が浮上するから、本体も浮上してくる。
そして、浮上してきた本体が目覚め、文明に壊滅的な被害を齎す。
……僕がクトゥルフ損話をかじり始めた頃この設定を見て、ルルイエを厄介目覚まし機能付きベッドなんて揶揄したこともあったが、その設定が現実にも適応されるとなるとただただ只管に厄介というか、最悪だ。
「その通り。ラヴクラフトに曰く、南緯47度9分西経126度43分。ダーレスに曰く南緯49度51分 西経128度34分の海の底にあるとされる架空の沈没都市、それがルルイエ。だが現在の真実は違う。北緯36度12分00秒 東経133度10分これが現在の正確なルルイエの座標だ」
「……」
そこでふと、その座標に既視感を感じた。何というか、ごく最近。ピンポイントでその座標を目にしたような気がしてくる。何だったか、教科書だったか。いや、教科書に座標が記載されてることなんて滅多にない筈だし、仮にあったとしても記憶にこんなデジャヴを感じる理由が分からない。
だからもっと別の……。あ。
ああ。
「……あの」
「なんだい?」
「可能であれば是非とも否定して欲しいんですけど」
「ほう」
「その座標……もしかして隠岐諸島じゃないですか?」
「ほぅ、中々勤勉なようだね。その通り。ルルイエは隠岐諸島にある。
「……」
例えるなら、多摩川が実は三途の川でした、みたいな。これほど近場に存在してほしくないレジェンドが未だかつて存在しただろうか。いや、ない。
「何故、という顔をしているね。けれど無駄。無駄なんだよ、残念ながら。分かるだろう? 寝相が悪い人の布団はあらぬところに飛んでいくのと同じように、ルルイエもまた宿主の寝相に伴って、移動する。今回はそれが隠岐だった、という訳だ」
理解は彼方に飛び去る音がした。どうやったらそんな移動が可能になるのか。
そもそも邪神に寝相という概念が存在するのか。
しかし、考えたところで否定する材料もない。
超常減少は今まさに目の前で起きていて、ラヴクラフトとダーレスの座標の差異もなんとなくそれで説明出来てしまいそうな気がしたから。
「とはいえ、この座標は今も微妙に変動しているから必ずしも正確な座標とは言い切れない。そこは留意しておいてほしい」
「……。じゃあ」
「?」
「じゃあ、先輩は一体何者なんですか。何が理由で僕に近づいて、何で毎回僕に刺殺されてるんですか」
そう問うと、先輩はニッコリと、場違いに笑みを浮かべながら。
「自分が何者、とは中々に難しい事を聞くのだね。私は御覧の通り、花も恥じらう美少女……と言ってしまえば君からの心証を損なうか。ふむ、では端的に述べるとしようーー君も半ば予想しているだろうが、私は人外だ。深き者、その末裔の末裔の傍流、そしてそのまた末裔……。まぁそんなところだ。どうだろう、この回答は、君のお気に召したかな?」