DAY1 調査開始
放課後、僕と康太はオカ研の部室へと足を向けた。吹奏楽部の演奏を聞き流しながら部室のドアを開けると、古い本の独特な甘い匂いと、先立が愛飲したというコーヒーの残り香が漂って来る。
オカルト研究部の部室にあるのは本棚と椅子と机。それと電気式のポットが一つのみ。オカルト研究部の張り紙が無ければ空き教室と見紛うほどの殺風景だ。
僕と康太は適当な椅子に腰を下ろすと購買で買ったエナドリを一口。
いつもだったらスマホ片手にポーカーなり課題をやっていただろうが、康太と顔を付き合わせながら「さてどうしよう」と思案する。
「その人って制服着てたのか?」
「着てた……ような気がする」
「何だそれ? 顔面の攻撃力が高過ぎて服は全然印象に残ってませんってかぁ?」
……僕は黙した。
沈黙は金。至言だと思う。
「おいおいマジかよ……」
「今日夢で見たら服を見てみるよ」
とは言ってみるが……多分顔を見て見惚れて終わってしまうような気がする。そしていつの間にかキル数が増える。お決まりの流れだ。
僕、そこまで面食いじゃなかったはずなんだけど……。
「あとは何か手掛かりになりそうなものねぇか? 何か……」
「あっ」
「何か思いついたのか!?」
そこで、天啓来たる。
「洞窟……それも海の近くの所。多分そこにヒントがある」
「あ゛ぁ? 洞窟ぅ?」
「夢の中でその人が寝てるのは決まって洞窟の中なんだ。だから、先に洞窟を調査するとはどうだろう」
少なくともこの狭いようで広い日本でどこにいるかも分からないたった一人を探すよりは余程可能性はありそうだ。
それにあの悍ましい雰囲気の場所だ。そうそう数あるものではない筈。……いや、あったらあったでオカ研的にはヨシだけれど。
閑話休題。
「面白ぇ。となるとやるべきは海の近くにあるヤバげな洞窟のピックアップか。オカ研らしくなってきたじゃねぇの!!」
「それなら、卒業した先輩達が作った全国の心霊とかパワースポットのマップが確かこの辺にーー」
ロッカーの上に置かれた段ボールの中に手を突っ込んだ。刹那。
「ーーえ?」
視界の端。ドアについた四角窓から、廊下を当然のように歩く彼女の姿が見えた。見えてしまった。
相変わらずの、息することすら忘れてしまいそうなほどの美貌。それにーー
「ウチの、制服?」
今度ははっきりと認識出来た。右腕に着ける学年ごとに色の違う特徴的な腕章は間違いなくウチの制服のそれだ。赤色が一年、青色が二年、緑が三年。彼女の着けていたのは緑色だから僕達の一つ上、三年だ。
「って、そうじゃなくて!!」
弾かれるように僕も廊下に出る。けれどやはりそこに彼女の姿はない。
ただ、気のせいとか、幻覚だとかは思わなかった。彼女は確かにそこにいた。そんな理由のない実感があった。
「海斗まさか、いたのか!?」
「うん、三年生の先輩だった。あの黒いセーラー服。ウチの学校ので間違いない」
そう言うと康太は眉を顰め、怪訝そうな顔をした。
「ちょっと待て。そりゃおかしくねぇか?」
「おかしいって何が?」
「いや、だって……今、夏真っ盛りだぜ? 冬用のセーラー服で来る奴誰もいねぇだろ」
「あ」
血の気がさぁっと引いていく。なんでそんな簡単なことに気付かなかったんだろう。
ここ数日は外気温が四十度近くまでいく酷暑が続いている。そんな中黒い冬用のセーラー服なんて自殺行為とほぼ同義だ。
なのに、彼女は汗ひとつかかずに。けれど冬服を着て。
「こりゃ、益々オカルトめいてきやがったな」
……黄昏の教室に、ヒグラシの声が響き渡る。