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悪夢に魅入られた男、綿谷海斗の場合

 ――ずっと同じ女性ヒトを夢に見る。

 磯のしけった匂いのする薄暗い洞窟の中、彼女はずっとうとうとと微睡んでいる。

 その人は綺麗な人だった。とても綺麗な人だった。

 黒い髪は黒曜石のように滑らかで、それでいてガラスのように好き通っていて。肌は雪のように白く、毛穴の一つもないみたい。精巧に作られたビスクドールだと言われても信じてしまいそうになるくらいその人は――人外じみて美しい。

 だからこそ思ってしまう。その柔肌に触れたいと。いっそ狂おしいほどに。

 ……そして僕は、遂に辛抱たまらなくなって。

 触れたくて触れたくてしかたがなくなって。


「夢見るままに、待ちいたり」


 彼女の首を、両の手でへし折る。

 するとそれまでに見えていた風景が溶けるように消えてゆく。まるで夢幻のように。

 いや、これはそのものずばり、夢なのだ。

 その証拠に僕は――綿谷海斗は、毎日彼女を同じ方法で惨殺し続けているのだから。


♪ ♪ ♪


「今回もこのオチぃ……」

 ベッドの上で、僕は一人溜め息を吐いた。

 今日で彼女を殺した回数はのべ百二十八回。一日一殺。毎度のことと分かっていても最悪な目覚めだ。

 まぁなんだかんだ言っても夢の中で一キルしていようが今日は平日。当然のように学校はあるし、お腹も空く訳で。

 さっさと高校の制服に着替えるとご飯を食べにリビングに向かう。

 人よりちょっと物騒な気がしないでもないけれど、これが僕の朝のルーティンだ。


♪ ♪ ♪


 歯磨き洗顔その他諸々を手早く済ませて、自転車を漕ぐ事約十分。駐輪場に自転車停めたらさっさと電車に乗り込め乗り込め。

 スマートフォンにイヤホン付けたら始まるのは僕の至高のひととき。スクールバッグの中から文庫本を取り出すと文字列に目を這わせーー


「よっ、海斗。今日もアニソン聴きながらラヴクラフト全集か?」


 ようとした刹那、横に同じ高校の制服を着た男子生徒に声を掛けられる。


「残念。今回は暗黒神話大全。ダーレスだね」


「ほぼ同じだろ。……と言うか、毎回思うけどよくそんな取り合わせが出来るよな。そんな細かい文字追いながらアニソンとか情報量多過ぎだろ」


「それは、オカルト研究部たるもの日夜陰謀論をネットの海から攫ってこないとだから。情報処理能力、鍛えなくちゃ」


「オカ研たるものってシレっと俺を範囲に含めんなよ……」


 そういうとさも当然のようにその男子生徒は僕の隣に座るとスマホをイジりだす。ただ、そっと画面を盗み見る限り胡乱なネット記事……ではなくソシャゲのガチャ画面のようでオカルトのオの字もない。

 あ、爆死した。


「……海斗、代わりにガチャ引いてくんね? ホラ、前回も復刻の水着ガチャ限定キャラ当ててただろ? 海斗教の教祖様だろ?」


「康太、ガチャ宗教はオカルトじゃないよ」


 とかなんとか言いながらもガチャを回すあたりまぁ、僕も甘いというか、ある種醸成された関係のなし得る技というか。


「推しの限定SSRきっっっちゃぁぁぁぁ!! やっぱ持つべきは運の良い幼馴染だな!!」


「康太、静かに」


「おっと、興奮しすぎたな。悪い」


 ……彼の名前は春咲康太。同じオカルト研究部の部員にして僕の幼馴染である。

 付け加えて言うと、逆立てた金髪に三白眼に乱杭歯……とは少し違うが、敢えて言うならギザ歯。更にお耳にはバチバチにピアスをしており見た目が完全に不良だ。付き合いが長いからもう慣れたが、夜にコンビニで弁当を買いに行ったら警察呼ばれた話を聞いた時には彼には悪いが納得しかなかった。


「やっぱ海斗教はあるんだよなぁ。何か、運気アップの秘訣とかあったりするのか?」


「いや、そんなものはないけど……」


 僕はちょっとオカルトに傾倒してるくらいであとは凡庸も凡庸。変わったところなんて特に見当たらないごく普通のアーバンボーイだ。毎日美少女の首を締めて殺す夢を見るがそういう性癖はない。ないったらない。


「……うーん」


 訂正、よくよく考えたら凡庸じゃないかもしれない。


「思い当たる節、あるのか!?」


「まぁ、夢の中で一日一殺というか……毎日同じ女の人を惨殺するというか……」


「うわぁ、思った以上に猟奇的じゃねぇか」


 ……惨殺と言った辺りで急に周囲からの視線が冷たくなった気がした。

 一人ならまだしも……いや、全然まだしもじゃなかった。兎角、まだしもじゃないけど、康太と一緒だからか余計にガチ感が出てしまったらしい。


「実は今日で百二十八回目」


「一々数えてんのかよお前……にしても、同じ人をずっと夢に見るなんて、もしかして運命の人とか!?」


「運命の人を毎日殺したくはないんだけどなぁ……」


「なぁなぁその人美人!? どんな人なんだよ」


「どんなって言われても……強いて言えばーー」


 そこまで言って、視界の端にそれは映り込んだ。

 艶めく、黒い長髪の女性ヒトを。

 夢の中で何度もこの手で殺した美しいあの女性ヒトを。


「ーー嘘だ」


 茫然とする僕に向かって、不意にその人は振り返ると。


「おはよう」


 そう、一言残した。

 僕と彼女の間には距離があって、加えて電車の諸々の音もある。本来なら聞こえない。聞こえるはずがないのに。

 僕は確かに、彼女の声が聞こえた。


「なんだぁ? もしかして『来るきっと来る』ってかぁ?」


「うん、きっと来ちゃった」


「え、マジかよ。どこだどこだ!?」


 康太と共に辺りを見回す。けれど、彼女の姿はどこにもない。まるで蜃気楼のように、ふっと掻き消えてしまった。そんな事、ある筈ないのに。


「幻覚……?」


「おいおい、オカ研がそんなチンケな結論に行き着くのはつまんねぇだろ。オカ研ならやるこたぁ一つだ」


「「徹底研究と真相究明!!」」


 電車の中、声が重なる。

 小さい声で言ったつもりが、二人重なれば若干大きくなるもので。……先の一日一殺発言も相まって周囲の見る目が一層冷ややかなものになったのは言うまでもないだろう。

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