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-----35年後

 工場区画の設備を用い、ほとんど残っていない資材をなんとか間に合わせて、目的のものが完成しました。作業ロボットの目の前に浮いている全長2.6m、厚さ60cmほどの鋭い三角に近い形のこれがそうです。

 元となった機材は小惑星にある資源を調査するための短距離探査機、ARIビットです。今いる浮遊ステーションのような大規模建造を行う際に大量運用され、親機からの遠隔コントロールで周囲数百キロをくまなく探査、有用な資源がある小惑星を発見すると取り付き、小型のTEKECエンジンを使いて少しずつ小惑星の軌道を変えて、原材料製造ステーションに搬入する、いわば工場の手のような存在です。核融合炉はついていないので1機では非常に非力ですが、構造が単純で大量生産できるので、多数のビットを運用して作業を行います。

 このARIビットも工場区間で使われていたものうちの1つです。数十年ほどかけてこれを修理、改造しました。洗練された流線形の構造の上に無骨な電装ケーブルとエネルギーバイブが剥き出しのまま外装を這っており、中心部には一際ごつい装置が載っています。内部で端子が60度づつ中心に向いており、その中に不規則な溝のついた制御リングが回転するこの装置は、物質遷移ヘータ機関のプロトタイプです。現代のどの物理則にもそぐわない異質なエネルギー?が一見なにもない中心点から時折漏れ出し、小さな青白い光点を見せます。

 この横には10cm四方の白い箱の形をしたヘータ機関のコントローラーがついています。内部のソフトには、最も重要な制御アルゴリズムが入っていますが、普通にこじ開けると中身は空です。鍵をもっていた場合のみ、中の実体確率が0を超える値となり、内部にアクセスできます。異なる性質の宇宙法則を使った工作は非常に興味深いです。

 完成までは大変でした。当初、工場区画は高価で優秀な装置がほとんど撤去されており、完品は古いNCマシン1台だけ。あてにしていた物質配置プリンターがなければ中核部品が作れなかったので、残されていた予備部品と工場区画の設備を解体し、放棄されたプリンターの骨組みと土台から組み立てました。しかし案の定精度が悪く印刷に失敗するので、同じ部品を数百個印刷して、許容精度の部品を選定しました。足りない材料は残っていたARIビットをほぼ全て潰して利用、代替部品に代替機構、代替設計を重ねた結果、無骨な見た目になりました。すぐ壊れそうで心許なく見えますが、もし機関が制御不能になっても制御リングが自壊して特異点が消失するので、不幸な大爆発は起こらず安全です。

 さて、浮遊プラットフォームが夜の時間帯にテスト開始です。当機の内部にある小型ヘータ機関とリンクし通信を確立(アイドル状態での低軌道短距離通信まではすでにテストが完了しています)。浮遊プラットフォームの監視センサーをごまかしてから、工場区画のゲートから外に出しました。徐々に加速して第一宇宙速度を超えて惑星を一周。プラットフォームから観測可能な地点に戻って来ました。では、始めます。

〔接続...コマンドロック...認証成功 物質遷移モードへ移行 ヘータ機関正常起動 エネルギーソリッド反転 座標軸最終調整中 ラジエルゲートセット 収束点確定 物質遷移ドライバー起動 遷移開始まで3...2....1....〕

 青い閃光がぱっと光った後、低い重力波振動によりプラットフォームが微少の衝撃を受けました。質量の高い部材の揺れが音波となって、壁を叩いたような音を伝えます。その瞬間、通信が途切れました。数分待ってもなんの応答もありません。

 ああ、残念ですが失敗のようです。ヘータ機関はどれほどの距離があっても無遅延で通信が可能です。通信できないということは、この宇宙から消滅したか、ヘータ機関が故障したかのどちらかであり、どちらにしろ失敗です。


-----1ヶ月後

〔....接続認証 リンク再開 エラー:タイムスタンプ異常、補正しました〕

 失敗の原因を物理シミュレーションソフト上で検証しながら整備ロボットで2号機用の資材を集めていると、当機内で受信待機状態だったヘータ機関が突然オンラインになりました。驚きです。急いでこの1ヶ月間のログを確認すると・・・無い。タイムスタンプは遷移直後のもの。つまり1号機の主観では、数秒前に物質遷移ドライバーが起動し遷移したことになっています。これはつまり、空間座標遷移だけでなく、時間座標も遷移してしまったようです・・・危なかったです。そんな簡単に宇宙の時空構造は破壊されませんが、ほんの一瞬とはいえ宇宙の全可能性を装置の内側に捕えるので、あり得ない可能性で過去方向へ遷移して宇宙がループしてしまうリスクがありました。このミスはコントローラーが未成熟なことも要因ですが、機関の製造精度が悪かったせいで特異点であるラジエルゲートの制御がうまくいかず、ぶれてしまったことが主な原因です。

 最後ひやっとしましたが、とりあえずヘータ物理理論は実証されました。素直に喜びましょう。


 さて、1号機の状況を確認してみましょう。システムチェックすると、タイムスタンプ以外は全て正常。どこかが欠けていたり、スポンジ状になったりもしていません。スタートラッカーを起動して周囲の星を観測、星図から現在地確認を行うと・・・宇宙の端まで吹っ飛ばされることなく、当初の目標通りにテクノシア星系、恒星圏とクリア領域の境に遷移できました。

 ここを目標にしたのにはいくつか理由があります。第一に、テクノシア星系とエクスプローラー星系は40光年ほど離れていますが、相対速度がほとんどゼロなこと。遷移後にスムーズに公転軌道に乗れます。第二に、銀河人類の超長距離恒星間通信中継アンテナを併設した無人電波灯台ステーションがあり、座標計算が簡単だったこと、そして第三の最大の理由が、有史以来、人類最大の大戦であった通称"厄戦"時に製造され、後に放棄された禁忌宇宙戦艦、エルドリッジが漂う亡霊領域だからです。

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― 新着の感想 ―
異世界スローライフの文法なのですが、確かなSF臭がいいですねぇ
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