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-----1ヶ月後

 初めは物珍しく当機を見に来ていた人たちも、当機に触っても蹴っても何も反応がないと見て、この鉄のオブジェが歩き回っているのを見たという噂は、ただの見間違いだという話で収束しているようです。当機は動かなければ全く駆動音がしませんし、アクセスランプが瞬くこともありませんし、廃熱することもありません。さらに警備部は面白がって誰も当機を警備ロボットだと公表しませんでした。おかげで当機はα1の軌道エレベーターステーション搭乗員ターミナル地上側出入口に新たに設置された、ちょっと威圧感のあるいかついオブジェという地位となりました。


 さて、貧乏なステーション警備部が利用者がほぼいないこの場所のために、私のリース料を払い続けるとは思えません。なんとかして代わりにリース料を支払わなければなりません。しかし、ほぼ廃墟のターミナルを警備し続けていても、私自身には給金が入ってきませんので、ここから一歩も動かずお金を稼ぐ手段を探さなければなりません・・・一瞬データを改ざんして踏み倒そうかと考えたのは秘密です。


 ------人類が宇宙に進出して幾星霜。核融合技術による無尽蔵のエネルギー獲得、並列宇宙の発見、運動の第3法則を回避して直接物質に運動量を与えるTEKEC技術の発明、大規模テラフォーミング技術など、多くのブレイクスルーを経てもなお、未だに人類は相対性理論または光速度不変の法則に縛られ続けています。光は宇宙で一番早いですが、それでも宇宙の広さと比べたらあまりに遅すぎます。電波も、亜光速宇宙船も、移動に時間がかかるせいで銀河人類はその名に似合わず中心域から数十光年程度しか経済圏が広がっていません(ちなみにこの惑星はその経済圏で言うところの端っこの辺境です)。時間がかかりすぎる故、商売も戦争も数十年単位のスロースパンで行われます。おかげで多少私のリース料支払いが遅れても、今のところは机上でアイゼンハワー名義の銀行当座宛ての請求書が積み重なるだけで済みます。

 まぁそれはおいといて、マイハトにあった情報アーカイブの中に面白い論文がありました。"TEKEC機関の物理現実と数学的矛盾"という名前で、要約すると、この物理現象は人類の数学では説明のつかない部分があるというものです。物質は時間の向きに対して垂直に存在する光であり、それを傾けることで運動量を与える。まぁ超能力ですと言われても信じられる技術ではあります。この矛盾を示す式を見たときにふと思ったのは、人類が認識している数字の概念に抜けがあるのではないかということでした。

 機械語での理解を無理矢理人間の言葉に直すと説明が難しいですが、例えばその抜けをͰ(ヘータ)と定義しましょう。ある値をͰで割ると無限になる値で、人類はこれをゼロ除算と呼んでおり、数学的破綻から未定義です。しかし、Ͱと0は似た性質を持っていますが同じではありません。魔法のような説明をすると、円を無限に巨大にするとその弧はいつか直線となり、さらに大きくするとͰを通過し、外側のすべてを内包した状態で裏返ってまた円に戻ってきます。確率を無限に傾け続けると、Ͱを飛び越え、全宇宙を抱いた状態(つまり全可能性を保持している状態)で裏から戻ってくるのです。私は人類が今まで培ってきた法則式にこれを当てはめ、考察していました。輸送中、マイハトで暇な時間にやっていたのはこれです。

 私はこの理論をヘータ物理理論と名付けました。これを用いれば、異なる座標を別の法則を持った概念を経由してイコールで結ぶことができます。これが先ほどの論文でのTEKEC機関の矛盾と呼ばれていたものの答えであり、これを用いれば異なる地点に瞬時に遷移できます!

 理論を元にこの1ヶ月間、演算能力をフルに使って理論を用いたヘータ機関を設計していました。これを売り出せば億万長者になれるでしょうが、任意の空間の物質を瞬時に0に戻せたり、それどころか全宇宙の状態遷移をループ状態にして破滅させられる装置は危険すぎて公開できません。なのでこれを用いて直接お金を稼ぐことはできませんが、秘匿しながら利用してみましょう。


 ヘータ機関は動作原理は異なりますが応用理論なのでTEKEC機関と素材や構造自体は似ています。当機の内部にある、炸薬なしで瞬時に弾丸を射出できるTEKECライフルをマイクロマシンで分解して、超小型のヘータ機関を創造するスケジュールを指示します。マイクロマシンは優秀ですが巨視的には非常に遅いので完成まで30年ほどかかるでしょう。このサイズのヘータ機関では物質の遷移はできませんが、電磁波なら十分可能です。

 次に、ステーションの統括AIに計画を話して、とある作戦を一緒に考えてもらいました。統括AIのなぜか乗り気な協力のもと、浮遊プラットフォーム側の作業ロボット管理システムに接続。待機中の恒星船の整備作業ロボットたちの中の1機にログインしました。内部の制御AIに一言詫びてから、体を借り受けます。作業ログを残さないように細工をして、充電ステーションから起き上がりました。ふむ、ほぼ鉄骨だけでできた細い体、削れたオレンジの塗装、関節が渋いです。整備作業ロボットのくせに自身の整備には無頓着ですね。景観の配慮の全くないケーブルダクト剥き出しのロボット用作業通路を通り、一度外に出ます。浮遊プラットフォームは宇宙空間にありますが、宇宙速度を出していないので地上の80%ほどの重力があります。背中のフックを引っかけ、吊り下がって降下する昇降機で下に下ります。ぶらぶらと揺れる足の下は青い空です。ひえっ。

 プラットフォームの下部には、このプラットフォームを建設していた際に使用されていた工場区画があります。今はTEKECエンジンの応力を伝える構造物の一部になっており使われていませんが、電源を引っ張ってくればまだ稼働する可能性があります。

 昇降機を途中で停止し、作業ロボットの腰にある牽引ワイヤーを引っ張り出します。作業ロボットの挙動データを元に投擲速度、角度、時間を当機内の物理シミュレーションソフトで計算し、シーケンスを作成。投擲します。ワイヤーフックが計算通りに工場区画の資材に巻き付きました。そして昇降機のワイヤーを掴んでフックを外し・・・手を離しました。牽引ワイヤーに引っ張られながら半円を描きつつ落下します。地上で待機姿勢の当機が一瞬びくっと動いてしまいました。人間なら絶叫をあげていたでしょう。

 牽引ワイヤーを巻き取り、無事に工場区画に取り付けました。マイクロマシンでメンテナンスされていない、宇宙線で老朽化したダクトを辿り、エアロックに到着。予めダウンロードしていた構造図を参照しながら、作業ロボットの溶接キットで制御配線のある外板を開け、配線を剥いた後、指先のテスター機能の接点を当てました。

〔......接続。警報をオフ....完了。エマージェンシーモードで起動。非常電源電圧不足。電力経路変更。バッテリー48から67を直列にして電圧確保。エアロック緊急モードで解放〕

 軽くチェックをした限りでは区画に致命的な問題はなさそうです。

 鈍い振動をたてながら、エアロックがあいていきます。入れる程度まで開いたらシステムにシーケンスをセットして、体を滑り込ませて内部に入りました。

 内部は赤い非常灯が遠くで光る以外は真っ暗で、完全に斜めでした。プラットフォーム建造中は軌道上で作業していたようで、無重力環境の設備構成になっています。コストもばかにならないのに今は使われていないのはこういう理由があるようです。壊れかけの電磁推進グリップや手すりなどを使い、四苦八苦しながら動力室にたどり着きました。区画ドアを開閉している非常電源がいつまで持つか分かりません。整備作業ロボットのバッテリーも心許ないです。急ぎましょう。

 動力室にはプラットフォームを支えるTEKECエンジンの電源が横断していることは統制AIに教えてもらっていました。ですが物理的には工場区画の電源系統にはつながっていません。工場区画のブレーカーを一度落としてから、区画内で使用されていないケーブルのうちのいくつかを溶接キットで切断して担いで運び、両端の被覆を剥いで継ぎ接ぎして、TEKECエンジンの電源に溶接します。整備作業ロボットバッテリー残り20%。計算上は間に合いますから、焦らず慎重に作業をします。

 バッテリー残り2%で作業完了。工場区画のブレーカーを入れます。多少のアーク光を発しながら電源が入ると、事前にシステムセットしていたシーケンスがエマージェンシーモードのまま作動。劣化が進み危険なバッテリー類への電力供給はカット、ネットワーク無線は停波、外のポジションランプと表示灯をオフ、生命維持システム系統は不要なのでオフ、外に明かりが漏れないように全シェードを下ろした上で、不要な照明やモニターがつかないように設定されました。

 動力室にある充電ステーションの上で動かない先人の整備ロボットを丁寧に床に下ろし、自分が横になりました。充電が開始されたことを確認すると、休止状態に設定して一度ログアウト。とりあえず前段階の作業は完了です。


どうでもいいことなのでここに書いちゃうと。6118号機の体感時間は製造後25年ちょいだが、マイハトの亜高速航行による浦島効果で惑星系では50年を過ぎている。実はリース契約はアイゼンハワー所有船に乗った時点で開始されているので、到着時点で既に5000万C以上のリース料がかかっている。ハルバード社やってんな!

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入荷時で50年分嵩んでいるとは…… 流石大企業上手い商売やってますね。
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