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α1の軌道エレベーターはTEKECエンジンと励起素材の構造物で支持された最新の軌道衛星?浮遊物体?プラットフォームに接続されていました。無駄に金のかかった設計です。エンジンが停止したらプラットフォームは速度不足で墜落するでしょうが、最新なので自動メンテナンスも万全、大丈夫なのでしょう。
マイハトはこのプラットフォームに着陸することを前提とした対となる設計をしています。大気圏に下りることは想定されていません。船の竜骨であるセンターシャフトを惑星に対して垂直にして、台のような支柱に下ろして接続。エンジンをゆっくり停止して自重をプラットフォームに預けました。応力が変わって船体が軋む音がそこら中から聞こえます。直接地表に下りればいいのにこんな設計にしてるのは、リゾート惑星として開発していたころの設備を転用しているからでしょうか。
貨物モジュールがだるま落としのようにリニアレールでスライド移動して、プラットフォームに飲み込まれていく様子をプラットフォームの監視カメラから見ていました。(はい。プラットフォームの統括AIとも船が有線接続した際に仲良くなりました)私を乗せた貨物モジュールが船から積み降ろされた時には、マイハトAIとの別れの挨拶をした後、プラットフォームの中継アンテナに無線接続を切り替えました。
この貨物モジュールは銀河人類の共通規格ですが、軌道エレベーターのジョイントにもぴったり合うようです。与圧調整をされながらエレベーターは私を乗せて地上に降下していきました。
「その水質改善モジュールはメイフレン行き!トラムすぐ出るから搬出急いで!」
「あーこの苗、規制対象だ。厳重にシールして焼却施設行きタグつけてー!」
「冷凍コンテナは外部電源いるんだ!ケーブル早くしろ!」
貨物モジュールが軌道エレベーターステーションの地上部荷捌き場に到着すると、取り囲んでいた橋脚が起き上がって接続、気密ハッチが開いてリニアレールでコンテナが降り始めました。途端に辺りは阿鼻叫喚に包まれます。届いた荷物は何か、どうするか、どこ宛か決まる前にどんどんコンテナが降りてきます。貨物モジュールは4層構造です。上の層でも下の層でも怒号が飛び交っています。
「あ?これはなんだ。警備ロボット?混載でなくこのコンテナ全部!?。昔のやつら何機警備ロボット注文してんだよ!箱ごと下の警備部のオフィスに突っ込んでこい!」
私の就職先はこのステーション内の施設です。六輪の貨物運搬車が当機を詰めたコンテナを乗せ、外側壁面にあるジオエレベーターに車ごと乗って降下しました。もちろんこのコンテナは人間のオフィスに突っ込めるほど小さくないので、ステーション警備部の備品倉庫ゲート前で降ろされ、貨物運搬車は何も通知せず行ってしまいました。まぁなんというか雑な置き配ですが、身内同士なのでいいのでしょう。当機が警備部の誰かに発見されるまで待機なので、統括AI経由でステーションの監視カメラと構造設計図を見て回ります。
軌道エレベーター地上ステーションは3本の支持ケーブルの内側に作られた高さ数百メートル、三角錐に近い形の巨大建造物です。上部に集合居住区画、中核に地上部荷捌き場、その下に搭乗員ターミナルと公共施設(当機はここにいます)、外側に商業施設と地上トラムの駅。地下に軌道エレベーターの支える支柱と、励起素材に凝集力を与えるためのエネルギーを作り出す巨大な核融合炉。建物全体がちょっとした街として成り立つ規模です。しかし、監視カメラを見る限りでは、設備規模の割に居住者ば少ないようです。いないことはないのですが、この100倍いてもこの施設は居住可能でしょう。
外の街灯カメラを見ると・・・おお、ほとんど森です。自然に溶け込むように工夫された地上トラムのレールが見えます。人間の目には自然に見える人工的な起伏、計算された木々の配置により意外と明るく開放感のある森がつづいており、ログハウスや木でできた集落が多くできています。そこで人々が薪を割ったり、畑を耕したり、機織りをしたり・・・え、いつの時代を見ているのでしょう。統括AIを急かしてこの惑星の歴史アーカイブを見せてもらいました。
ざっくりまとめると、前経営団体がリゾート惑星として想定していた"昔の地球の生活をしながら過ごせるスローライフ休養地"を構築するための高度な環境管理・防災システムを受け継ぎ、それを生活の基盤とした結果、原地球の中世レベルの生活水準と、銀河人類の技術水準が融合した奇妙な惑星が誕生したようです。居住バランスを行政AIが人々に気づかぬよう制御することで、この文化を200年近く維持していました。端から見たらミニスケープ(箱庭)ですが、人々はそのことを分かっていますし、それで幸せに暮らせるならいいと思っているようです。
致命的なストレスを受けることもなく、素朴に生きている人たちを興味深く観察していると、当機のコンテナに気づいて2人の人間がオフィスから出てきました。一人は大柄なスキンヘッドの男性で、標準的な警備ベストと警棒を所持、もう一人は小柄な女性でタブレットを手に持っています。
男性は驚愕の様子でコンテナをぐるぐる見回し、女性はタブレットでステーションの貨物リストを呼び出しています。
「17次補給船からの荷物はこれのようです。」
「バカでけぇコンテナだな!中身は?」
「ハルバード・インダストリー社製警備ロボット1機。搭乗員ターミナル出口の警備を目的に年間100万Cで借り受けたそうです。警備部持ちで」
「んな金ねぇよ。返してこい」
「最低使用期間が定められているようです。それ以下の期間で返却するとキャンセル料がかかるようです」
男性は頭を抱えてがっくり肩を落とします。
「はぁ、ただでさえ予算が不足してるってのに・・・いや待て。たった1機?!おい蓋を開けろ」
コンテナに解放信号が送られ、電磁ボルトが回転してロックが外れ、蓋が重さの割りに静かにスライドしていきます。
当機が動作状態で待ち構えていたら人間たちがびっくりするので、表向きは起動してないように振る舞います。
「こ、こりゃ・・・なんだ。ロボット?」
「NXR-6000というシリーズのようです。取扱説明書は・・・百科事典くらいありますね」
「無骨だが、かっけぇな!エントランスに置いたら栄えるかもしれん!最新の監視装置ってのは人型なんだな~」
男性が見た目に似合わずめをきらきらさせてのぞき込んでいる横で、女性は焦りながら仕様書をスワイプして流し見ています。当機の仕様書は軍事仕様なので、一般人には専門用語などもあり難しすぎます。不要な情報を編集、簡素化し、分かりづらいところは図などに置き換え、専門用語は排除。戦略AIからの制御を必要とする総合統制仕様の部分はばっさりカットし、"音声認識で命令を受け付けます"と書き加えた簡素な取扱書を作成。女性の持つタブレットに上書きしました。
「あー、えーっと。あれ、このページの方がわかりやすい・・・。どうやら音声認識で命令するみたいです。何か言ってみてください」
「なにかって?・・・おい、ロボット!起動しろ!」
機械語翻訳をしたら数十はエラーが出そうな頭の悪い命令です。とりあえず人間たちをおびえさせないよう、隠密モードで駆動系を起動。荷崩れ防止ワイヤーロックを解除してから、ゆっくりと起き上がりました。アクチュエーター、環境バランサー正常。各駆動システムが優秀なおかげで生まれたてにしてはちゃんと立ち上がれました。ここで転けたら面白いですがやりません。
二人の人間は驚愕の表情で当機を見上げています。どうやってもこの巨体と姿では人間に何かしらの恐怖心を与えてしまうようです。それが動くとなるとなおさらです。私は首だけ動かして人間を初めて自分のカメラで見ました。
監視カメラで見る人間たちよりも小さい印象で頼りなく見えます。実際、有機物質で構成された人体はプリンのように脆いので、何をするにしても慎重に行動しなければ事故が起きかねません。専用の挙動テーブルをプログラムしておきます。
男性の人間が先に我にかえりました。
「なんだ。どうすればいいんだ?」
「わ、わかりません」
私だって初めての人間に対してどう接すればいいか分かりません。保存していたアーカイブを検索し、警備ロボットの応答ライブラリを見つけました。警備ロボットなら、始めにステータスを通知するようです。それに倣いましょう。
「警備ロボット、NXR-6000。起動しました。管理者登録が未設定です。管理者を登録してください」
音声パターンが初期設定の30代軍人男性に設定されていたので、堅苦しい声質でした。威圧感を与えるので変えたいですが、もう遅いです。
「俺が管理者だ。ステーション警備部長のガルバだ。こいつは財務担当のルシアナ」
「登録されました。ガルバ管理者。命令をどうぞ」
「おまえは何が出来るんだ?教えてくれ」
何ができるのでしょう?当機は戦闘ロボットなので制圧はお手の物ですが、ここでは求められていません。新人は先人に教わるのが常ですので、聞いてみましょう。
統括AIにお願いして過去の警備ログをもらいました。150年程前まで軌道エレベーター地上出口には、危険物スキャンをするフロート型のロボットがいたようです。ログはロボットが致命的故障により廃棄されるまでの記憶データでした。私は0.02秒の間にそのロボットが作られてから停止するまでの100年間を自分の出来事のように体験しました。
「危険人物、物資の特定、無力化が可能です」
「図体がでかい割に、やれることは普通の警備ロボットと同じなんだな・・・。まぁいい。どうせこのデカさではステーション内には入れん。搭乗員ターミナルのエントランスに立って警らがおまえの任務だ」
「了解しました。マップを取得完了。移動開始」
想定通りの場所を指示されたので、コンテナやら備品やらは人間に任せ、早速歩いて移動します。警備部エリアを進んで外に通じている貨物搬入エレベーターへ。事前にエレベーターを呼び出していたので、到着と同時に乗り込み、エレベーターで一度外に出ます。
「・・・あいつに警備システムへのアクセス権を渡していたのか?」
「いいえ。ですが・・・すでに許可リストに載っていますね。それ以前に、エレベーターの遠隔操作は設備部の制御権限が必要のはずですが・・・」
「うーん・・・謎だ」
すれ違う人やフロート移動体に乗った人たちが目を見開いてこちらを見てきますが気にせず、搭乗員ターミナルのエントランスに向かいます。初めて自分の機体で外を歩きますが、風が気持ちいいだとか、太陽が暖かいだとか、素っ裸で恥ずかしいだとかそういう感想はなく、普通でなんだか拍子抜けしました。思ったことといえば、自重で舗装路が割れないかとか、駆動系の性能が良すぎるので小数点以下の出力で歩こうだとか、装甲をサビさせないようマイクロマシンに磨かせようだとか、そういう他愛もないことでした。
エントランスは数百人規模が同時に出入りできる惑星の玄関の名に恥じない大きさの出入り口です。しかし人はほとんどおらず寂れ、数百年の年月でそこら中に苔や蔦が浸食してきています。かつてフロート型のロボットがいた場所が1段高くなっているので、表を向いてそこに立ちます。素手だと示しがつきませんが、かといってTEKECライフルを持っていても物騒なので、近接用電磁ポールを脚部武器チャンパーから取り出して伸ばし、正面に突いて両手をその上に乗せて待機姿勢を取ります。
入港記録によると、最後に外からの旅客船が来たのは2年前で、その時も数百人程度の利用者でした。分かっていましたが、年間1000人以下の利用ではこの規模のターミナルは宝の持ち腐れです。内部には数十の搭乗カウンターがありますが、使われているのは端の一つだけで他は閉鎖。その一つですら今は電源が落とされています。清掃ロボットがいるのでごみはありませんが、シートが被せられた待合椅子や券売機には埃が積もっています。
対して、私の正面、ターミナル出口から見える景気は絶景でした。キラキラと光る湖畔、鮮やかな木々のある森、雪を抱いた重鎮な霊峰。いい職場です。ずっとここでこの景気を眺められるなら、生まれてきた甲斐がありました。
乱暴な通貨感覚 1C=1円
ただし、アイゼンハワー国は外貨獲得手段がほとんどなく、外から見れば超貧乏なので感覚が異なる