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メインシステムの内部には、様々な企業、星系団体、船団から、ハルバード・インダストリー社への注文書と要望書、接客ログなど残っていました。それらに目を通していた時、一つの注文が目にとまりました。
発注者:エクスプローラー星系α1 アルバ・アイゼンハワー代表代理
注文品:軌道エレベーター地上側出口の警備ロボット
注文数:1機
要望:高機能・高性能・故障しない(この3つの要望はたいていどの注文書にも書かれています)
:要非殺傷武装
要望金額:100万C(馬鹿げてる安さです。ポンコツの番犬ロボットでも500万Cはします)
社内メモ:マッチング不可。据え置きの出入国監視装置を年額100万Cでリースなら可・メンテナンス別料金
エクスプローラー星系α1は300年ほど前にテラフォーミングが完了した非常に新しい呼吸可能惑星です。当初はリゾート惑星を目指していたそうですが、主要な星系からあまりにも離れているため人気がなく運営団体は大赤字、後に破産。当時の移住者の子孫たちが永住惑星として再開発し星系を運営しているようですが、移住者は年間1000人にも足りません。遠すぎ、情報や物資が届くのに時間がかかるのをみな嫌がるそうです。代表(実質的には国のトップ)はアイゼンハワー家で、現時点では世襲制のようです。
戦闘宙域からは遠く安全。また最新のテラフォーミングマシンで生成された環境は原地球にかなり近く、環境崩壊を起こす心配もない。就職先としてはよいのではないでしょうか。
早速、契約情報を"据え置きの出入国監視装置" から "NXR-6000型ロット47、6118号機"に変更。注文書を進行中ポストに投函しました。あとは先方がこの条件を飲むかどうかだけです。
-----数日後、ずらずらと連なっている製造ラインから1機だけ別ラインに運ばれた当機は、鋼鉄製の汎用コンテナパッケージに詰め込まれ、いくつかの備品やらと共に貨物船に収容、出荷されました。やったぜ。
今当機を乗せている恒星船はマイハトと言う名で、アイゼンハワー国所有の汎用貨物船です。全長270mで鋭いペンのような姿。大型貨物モジュールを7個搭載可能で、核融合炉で発生した光熱エネルギーを直接加速エネルギーに相互変換できるサイコキネシスのような機関(TEKECエンジン)により、亜光速航行(1G加速)が可能です。塵もほとんどないクリア領域での最大耐久速度は光速の約90%。
なぜ私がここまでこの船に詳しいのかと言えば、全てこの船の操舵AIが教えてくれました。当機がこの船に搬入されてすぐに、乗組員用無線ネットワークを発見し接続。いくつかのフィルターを誤魔化して操舵AIにアクセスしました。挨拶するとすぐに返事を返してきたので、当機について説明しました。相手の貨物リストにもありましたから私を理解できたようで、すぐに仲良くなりました。このAIは本来、人間と文字インターフェイスを通じてしか応答できないのですが、機械語での会話に関して言えばおしゃべりなくらいよくしゃべります。乗組員は船をAIが制御していることなど知らずただのオートパイロットだと思っていること、アルバ・アイゼンハワーが工場があったガルバス3-2ステーションに寄港していたのは銀河人類の中心域で行われた調和会議に出席した帰りであったこと、他の惑星から持ち込まれた新たなテクノロジーや文化などの膨大な情報アーカイブを手に入れ、自惑星に持ち帰る事も目的であること、警備ロボットの発注は"ついで"かつ"だめもと"であったということ、アルバ・アイゼンハワーはNXR-6000の仕様をおそらく知らず、リース金額から考えて、ちょっと高級な家電程度にしか思っていないということなどなど。
私には暇という概念はありませんが、彼のおかげで航行中はまったく暇しませんでした。また船に保存された情報アーカイブは興味深く、10回は閲覧する程度には時間があったので、物理シミュレーションソフトをプログラムしてヘータ物理理論の観察をしたり、プログラムを書いたり、論文をデータ分析したりして遊んでいました。
------船内時間で約25年後・・・
亜光速恒星貨物船マイハトはTEKECエンジンの出力を落として1G減速を完了し、翼のような形の巨大な赤外線放熱板をたたみ始めました。見づらかったので片手間にリプログラムした航行ソフトのタイムラインを見ると、まもなくクリア領域からエクスプローラー星系の圏内に入るようです。何度かの軌道マヌーバを繰り返しながら、あと4ヶ月ほどでα1に到着するでしょう。操舵AIはアルバ・アイゼンハワーを含め人間の搭乗員、乗組員を停滞スリープから復帰させ始めました。
人類は完全に生命活動を一時停止できるコールドスリープ技術をすでに確立していますが、この処理は血液の入れ替えや一部臓器の機械化が必要など、肉体に多大な負担がかかるそうで、一生に1度しか使用できません。そのため、数百年単位の片道超長期航行の時以外では使われません。対して、生体活動を極限まで最小化、低体温で超長期睡眠状態にする停滞スリープは何度も使用できる利点はありますが、1/10のスピードで老化は進行します。
人間たちの体感時間では、おそらくα1を出発してから3年も経っていないはずですが、惑星時間では150年ほど経過しています。家族や友人たちは(停滞スリープを使って待っていなければ)おそらく生きてはいないでしょう。彼らはどう思うのでしょうか。
何度目か分からない。ただ初めにあるのは窒息しそうな息苦しさと、いくら空気を吸おうとしても動いてくれない肺と、朦朧とした意識の中パニックになってる自分だけ。幻聴と幻覚が次々襲ってきて、訳の分からない叫び声を上げながら暴れ嘔吐、気絶、痙攣を繰り返して、やっと自分を取り戻す。停滞スリープの復帰酔いはいつも地獄だった・・・はずだ。
息苦しさは一瞬だった。喉が詰まったような感覚に音を立て大きく息を吸い、その後も荒い息をつくが、いつものような辛さがやってこなかった。停滞スリープのポットを蹴って全裸のまま宙を滑る。そこは人間性を回復するまで暴れ回ったりしても安全な鎮静室で、その後は無重力シャワー室。脱衣室で制服を着て、疑問だらけのまま廊下に出ると、他の乗組員もほぼ同時のタイミングで廊下に出てきたところだった。いつもならこの"動物園"から出るタイミングはバラバラになりがちだが、今回は全くほぼ同時。
「第四甲板長。これはいったい・・・」
「・・・わからん」
すぐ隣の出口から出てきた船員の一人が私に話しかけてきた。が、訳が分からないのは私も同じだった。何が起こっているか確認するために、この区画の端末室へと向かった。端末室に入ると中は大騒ぎだった。何事かとシステムコンソールを覗くと・・・なんだこれは。
コンソールも画面も椅子も、今まで通りだ。違うのは表示だ。文字と図形と線だけが情報を示し、その制御にも多くの暗記したコマンドを打ち、結果を紙の一覧表と照らし合わせて情報を理解する。それがいままでのシステムコンソールだったのに、今は情報がグラフィカルに表示され、今までと全く異なる表示だというのにぱっと見で情報が理解できる分かりやすさ、マニュアルを見たこともないのに直感的に操作法が分かるコンソールナビゲーション。別区画へのデータ要求は数秒以上かかるラグさだったのに、総合的にどの情報もサクサク表示されるレスポンスのよさ。
「その・・・誰かがシステムをバージョンアップしたようです」
「航行中に、しかも誰もが寝ている間にか?」
こんな大規模なシステム変更は、基幹システムをごっそり入れ替える、いや、船を造り直すに等しい規模だ。うちの国にはそんな金も時間もない。巨大な船の数千もある各システムが競合も誤動作もなく連動するように、乗組員は日々四苦八苦しながら船を管理していた。それが画一的なシステムによって一元的に制御されていることが、目の前のこの画面一つで全て理解できた。できてしまうくらい、洗練されていた。艦長の権限さえ持っていれば、このコンソール一つで船を操船可能なのではないだろうか。いや、実際可能だろう。
こんなことは、不可能だ。船はあまりにも巨大であり、1から10、この船をすべて理解し、俯瞰しなければこんなものは構築できない。できないからこそ人類は船の機能を各モジュールごとに細かく細分化して構築し、それを連動または統合して制御する運用をしてきたのだ。
「どうやら、知らぬ間にこのオンボロ船は、最新鋭の貨物船に生まれ変わっていたようだ・・・」
そう独りごちた私の声は大混乱中の端末室の中でかき消えていった。
え、私なにかやっちゃいました?系成分配合