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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

オレが「冒険に来ないでくれ」と言われた理由

作者: 晴海翼

 もう8年も前の話になる。

 気心の知れた三人の幼馴染と共に、村の外れに隠れ家を造った。

 

 勿論、子供のオレたちに立派な家なんかは造れない。

 葉っぱを敷き詰めたり、板を置いて雨風を凌いだり。そんな、ごっこ遊びの範疇。

 

 それでも。

 そこでオレたちは、漠然とした妄想。

 でも、憧れた世界へ足を踏み入れる為に色んなことをした。

 

 森で拾った木の枝を剣に見立てて、樹木へと切りかかる。

 樹木(てき)は頑丈で、よく剣の方が折られていた。「修行が足りないな」なんて、よく笑い合っていた。

 

 果実をもぎ取っては、ポーションだと言い張って頬張たりもした。

 齧った瞬間に口の中で広がる甘味が堪らない。心なしか痛みも和らいでいるような気がした。


 とはいえ、所謂ごっこ遊びだ。幼気な子供の妄想に過ぎない。

 そんな憧ればかりの日々を過ごすオレたちの隠れ家にある日、招かれざる客が現れた。


「……チッ」


 オレたちだけが知っている秘密の場所に居座るそいつは、目が合った瞬間に舌打ちをした。

 赤色のショートヘアを揺らしながら、オレたちから視線を外す。


 細身の身体を覆う服は、泥や血が付着していて清潔感からは程遠い。

 年齢はオレたちより上。多分、15か16ぐらいだったように思えた。

 大人から見れば大した差は無いかもしれないが、オレたちからすれば大きな差だ。

 ただ、態度も身なりも良いとは言い難いのに、不思議と怖いとは思わなかった。


「誰かの友達?」

「ううん」「知らない」「僕もだ」

 

 幼馴染の紅一点。ナタリアが皆の顔色を窺う。

 オレは勿論、同じく幼馴染であるジノとロックも首を横へと振った。

 招かれざる客の舌打ちが、また聴こえた。


「誰もいないと思ったんだ。邪魔をした」


 居心地が悪いと感じたのだろう。

 来訪者は思ったより高い声でそれだけ言うと徐に立ち上がり、オレたちの隠れ家から去ろうとする。

 

 しかし、その足取りは重い。

 というより、左足を引き摺ってしまっている。怪我をしているのは明白だった。


「……ケガをしているの?」


 引き留めるようにして、オレは訊いた。

 来訪者がオレを見下ろすように、鋭い眼光を飛ばす。

 思わず身体が硬直したのを、今でも鮮明に覚えている。

 

「だったら、どうした?」


 眼光こそ鋭いが、存外高い声のせいか迫力はあまり感じられなかった。

 だからなのだろうか。当時のオレが、更なる一歩を踏み込んだのは。

 

「座って。ケガしたところにバイキンが入ったら、大変だから。

 オレ、薬と包帯持ってる!」


 そう言ってオレは、鞄から傷薬と包帯を取り出した。

 薬屋(いえ)から勝手に持ち出したものだけれど、怪我をしている人に使わないなんて選択肢は存在しないだろう。

 だって、その為に存在しているのだから。

 

「じゃあぼくは水を汲んでくるよ」


 ロックはそう言うと、近くの川へと走り出した。

 流石は仲間の内で最も気が利く男なだけはある。


「地べたなんかじゃなくて、こっちに座ってもらおう」


 続いてジノが、積み上げた藁へと誘導する。

 天然のベッドはふかふかで、オレたちがよく転寝をしている場所だ。

 

「いや。世話になるつもりは――」


 子供に面倒をみられる訳にはいかないと思ったのだろうか。

 来訪者がオレやロックを引き留めようとした瞬間。


 とても大きな、腹の虫が鳴った。


 全員が顔を見合わせる中。

 気恥ずかしそうに、来訪者がぽつりと呟く。

 

「……わるい」


 僅かに頬を赤らめる姿を前にして、オレたちはぶっきらぼうな言葉遣いとは親近感を覚えた。

 くすくすと笑いながら、ナタリアが切り分けられたパンを差し出す。


「はい、これ。とてもおいしいのよ」

「いや、だから……」


 遠慮しがちな態度とは裏腹に、来訪者は生唾を呑み込む。

 わかる、すごくわかる。ナタリアの家で作られたパンは隣町から客が来る程に美味しいのだ。

 その香りを嗅いだが最後。逃れる術を、オレは知らない。


 結局、躊躇いながらも来訪者はパンを頬張った。

 ひと齧りして動きが止まったと思えば、次の瞬間には全て平らげてしまう。

 余程美味しかったのだろう。うんうん、わかる。


 そうこうしている間に、ロックが水を汲んできた。

 傷口を洗う中で少しだけ痛そうにしていたが、深いものではない。

 うちの傷薬なら、ものの数日で塞がってくれるだろう。


 ……*


「その、なんだ。ありがとう」


 治療も食事も終え、この空間にも落ち着いたのだろう。

 来訪者が、戸惑いながらも礼を言う。


「いいっていいって」


 良いことをしたと自慢げなオレたちは、横並びで胸を叩いた。

 それが面白おかしかったのか。来訪者がクスリと笑みを溢す。

 なんだか心の距離が縮まったようで、オレたちは嬉しかった。


 だからだろうか。いや、違う。当然の疑問だ。

 オレは突如現れた来訪者へ、質問を投げかける。


「どうして、オレたちの隠れ家(うち)に来たの?」


 村は小さい。皆が皆、互いの顔を知っている。

 だから、この人が村の外から来たのは明白だった。


「それは偶然だけど……」

 

 オレの問いに対して、来訪者は少しだけばつの悪そうな顔を見せた。

 ボロボロだし、怪我もしていたし、訊かない方が良かったのだろうか。

 静まり返った空気は子供といえど、居心地が悪い。

 どうしようと狼狽えていると、ジノがこの空気を変えてくれた。


「ばっか、お前。冒険者に決まってるだろ」


 腕を組みながら、ジノは力強く主張する。

 こんなド田舎に客人が。それもこんなボロボロな人間がそう訪れるはずもない。

 街からやってきた冒険者だと、鼻息を荒くしていた。


「えっ!?」「ほんと!?」


 ジノの言葉に釣られて、ナタリアとロックも眼を丸くする。

 勿論、オレも同じだ。初めて見る本物の『冒険者』という存在に、胸を躍らせた。


「……まあ」


 子供たちから向けられた、期待と尊敬の眼差しに負けたのだろうか。

 逡巡の末、来訪者は首肯する。


「ねえ、どうしてこの村に?」

「どんなトコで冒険をしてるの!?」

「魔物、やっつけた?」

「お宝見つけたりしたの!?」


 矢継ぎ早に繰り出される質問の勢いに、来訪者は圧される。

 暫く黙り込んだと思うと、赤い髪を掻き毟りながらゆっくりと口を開いた。

 オレたちを幻滅させないようにゆっくり、ひとつひとつ。丁寧に。

 

 まず、ここから馬車で一週間はかかる街からやってきたこと。

 街はずれには、いくつもの地下へと続く入口がある。

 それぞれが独立した洞窟は遺跡のようでもあり、迷路のようでもあった。

 中には大勢の魔物が闊歩している。生きて帰って来られる保証はどこにもない。

 

 この赤髪の冒険者はそんな洞窟の中で仲間と共にお宝を探し求めているという。

 いや、この人に限った話ではない。洞窟へ潜ろうとする冒険者の目的は皆同じだ。


 ――神の祝福(ブレス)


 来訪者がその単語を漏らした途端。オレたちは目を輝かせた。

 こんなド田舎でも知らない者はいない、お宝中のお宝。

 その名の通り、腕輪の形をした装飾品を身に着けた者は人智を越えた力を得られるという。

 事実、神の祝福(ブレス)を手にした者が遠く離れた地で王様になったという逸話さえ残っている。


「じゃっ、じゃあ神の祝福(ブレス)を持っているの!?」

「いいや」


 興奮するジノとは裏腹に、来訪者は首を横へ振る。

 少し躊躇いを見せたのは、余程言い辛いことだったのだろう。


「ウチの一党(パーティ)は全滅してね。こうして、独り情けなく逃げ延びて来たってわけだ。

 神の祝福(ブレス)だって、お目にかかることすら叶わなかったよ。

 アンタらが思っているような格好のいい人間なんかじゃないのさ」


 最後に「期待を裏切って悪かった」と言い残すと、来訪者はこの場を去るべく立ち上がろうとする。

 だが、オレたちの気持ちがそんなことで萎えるはずもなかった。


「そんなことないよ! カッコ悪くなんてない!」


 オレだけじゃない。ジノもロックも。ナタリアさえも、声を張り上げた。


「冒険者は命懸けなんだ、カッコいいに決まってる!」

 

 当時のオレたちはまだ子供で、冒険することの怖さを何も知らなかった。

 でも、これだけは言える。決して、格好悪くなんてないと。

 きっと洞窟は怖くて、帰って来られるかどうかも解らなくて。

 それで勇気を出して一歩を踏み出した人間の、どこが格好悪いというのだろうか。


「お兄ちゃんは、またケガが治ったら冒険に行くんでしょ!?」

「あ、ああ……」


 オレの問いに赤髪の冒険者はほんの少し眉根を寄せる。

 戸惑ったからなのか。ほんの少しだけ声を上擦らせながら、肯定をした。


「だったら、次はきっと上手く行くよ!」

「それまで、ここで休んでて」

「そうそう。冒険の話も、たくさん教えて欲しいし」

「アンタたち……」


 オレが提案するまでも無かった。

 ジノも、ナタリアも、ロックも。この人の話に、興味津々だ。

 

 こうしてオレたちは、この予期せぬ来訪者の怪我が癒えるまで、毎日手当をした。

 勿論、無報酬という訳にはいかない。たくさんの話を、してもらったのだ。


 冒険者としての心構え。

 魔物と対峙した時、どうやって戦うか。

 

 それだけではない。

 洞窟では、時折追剥のような真似をする冒険者もいる。

 そんなどうしようもない人間とどう立ち向かうか。

 オレたちが想像もしなかったことを、色々と教えてくれた。


 突如訪れた、赤髪の冒険者との出逢いは、一ヶ月にも満たない短い期間だった。

 けれど、その時間はオレたちにとって掛け替えのない時間となった。


「アンタたちなら、きっといい一党(パーティ)になれるよ。がんばんな」


 怪我の癒えたあの人は別れ際に、そう言ってくれた。

 オレたちは互いの顔を見合わせて、ニイっと笑ったのを覚えている。


 この四人で、最高の一党(パーティ)になるんだ。

 改めてそう誓った10歳の夏の出来事だった。


 ……*


 時は過ぎて、オレは18歳となった。

 2年ほど前から故郷の村を離れ、冒険者として洞窟を探索する日々を送っている。

 勿論、ジノやロック。ナタリアと一緒に。

 

 今日だって、無事に冒険から生還を果たした。

 鞄に沢山の宝を詰め込んで、懐も大分あったかくなるだろう。

 それだけじゃない。途中で負傷した冒険者を救けるというおまけつきだ。


 まだ神の祝福(ブレス)はお目に掛かっていないけれど、いつかきっと手に入れられるはず。

 そう、オレたちは順調に事を進めていた。


 ――と、思っていた。


「いやあ、今日の肉も美味いな!」


 骨付き肉にかぶりつきながら、オレは満面の笑みを浮かべる。

 冒険中は節約も必要だからか。どうしても、反動で濃い味のものが喰いたくなる。

 行きつけの酒場はそんなオレたちの要望を満たしてくれる。ここなしで、オレたちの冒険者生活は考えられない。


 けれど、皆の様子が何かおかしい。

 いつもならば、オレと同じように肉を貪るというのに。

 いや、流石にナタリアは上品に食べるけれど。


「ん? みんな、食べないのか?」


 食べないなら、もらっちまうぞ。

 そんなお決まりの文句を浮かべていたオレだったのだが、口にすることはなかった。

 ジノが口にした言葉が、あまりに衝撃的だったから。

 

「リュッケ。しばらく、お前は冒険に来ないでくれ」

「ふーん。………………って、どうしてだよ!?」


 尤も、言われた直後は意味を理解できなかった。

 能天気に肉を噛んでいる姿は、さぞかし滑稽だっただろう。

 呑み込むと同時に事の重大さを把握したオレは、食卓の天板に拳を打ち付けていた。


 冒険に来るな? つまり、解雇(クビ)ってことか?

 どうして? オレが何かしたか?

 

 じんじんと痺れる拳と、荒い鼻息を前にしてジノが目を細める。

 だけど、アイツはこともなげに続けた。

 

「どうしてもだ」

「理由になってないだろ! ロックやナタリアだって、そう思うだろう!?」


 付け入る隙を見せないジノに業を煮やしたオレは、救いの手を残る二人に求めた。

 オレからの目配せに気付いたロックとナタリアが互いの顔を見合わせる。

 二人の真一文字に結ばれた口が開かれる。よし、流れが変わる。


「……私も、ジノに賛成」「ぼくもだ」

 

 そんなオレの淡い期待は、いとも簡単に打ち砕かれた。

 まさかジノの意見に同意するなんて。


 いや、違う。

 きっと既に、根回しが終わっていたんだ。

 この場にオレの味方はいなかったんだ。

 その事実に気付いた時。挽回は難しいと頭を垂れた。


「……しばらくって、いつまで?」


 それでも、幼馴染四人で一党(パーティ)を組んできた思い入れがある。

 頭目(リーダー)であるジノが言うんだ、素直に従おうじゃないか。

 復帰の日へ向けて、準備を整えるのも悪くない。

 藁にも縋る思いで、オレは暇の帰還を問う。


 するとジノは、ロックとナタリアへ目配せをする。

 やっぱり、既に二人は知っていたんだと思うと少しだけ胸が苦しくなった。

 しばらく考えた後、ジノはオレへ告げる。


「わからない。しばらくだ」


 あ、本気で解雇(クビ)の奴だこれ。

 理由すらも判らないまま。無期限の宣告を受けたオレの心は、ぽっきりと折れてしまう。

 

 こうして15年に及ぶオレたちの友情は、あっさりとした終焉を迎えた。


 ……*

 

「……ちっくしょぉ」


 叫びたい気分だったが、そんな気力は無かった。

 浴びるように酒を飲み、空になったジョッキを叩きつける。

 酔いが回ったからか、心が折れてしまっているからか。

 気付けば頬が天板へと密着している。ひんやりとした感触が、心地よい。


「どうしてだよ……」


 地面と平行になった目線で声を漏らす。

 今までうまくやってきたつもりだった。けれど、駄目だった。

 せめて理由が知りたかったが、真相は闇の中。


 悶々とした気持ちを抱えたオレは、思考の迷宮へと入り込む。

 答えが出るはずもないと理解しても、考えずには居られないのだ。

 どうして一党(パーティ)から追い出されたのか。その理由を。

 

 思い当たる節は、やはり実力だろうか。

 ロックは心優しい見た目をしている反面、体格がかなり良い。

 いつも身体を張る姿はまさに、一党(パーティ)の盾と呼ぶに相応しいだろう。


 紅一点のナタリアは、そんなロックの後方から魔術を唱える役割だ。

 丁寧な詠唱から放たれる、研ぎ澄まされた魔術はいつも一党(パーティ)の窮地を救ってくれた。

 

 そして何より、リーダーであるジノだ。

 自慢の双剣を駆使して敵をなぎ倒す姿は、歴戦の猛者と比べても見劣りしない。

 ジノを信じているからこそロックは身体を張れるし、ナタリアは落ち着いて魔術が撃てる。

 一党(パーティ)の要を担っている、大切な存在。


 ……ここまで言って、オレは自分が情けなくなった。

 オレはロックのように屈強でもなければ、ナタリアのように魔術が得意なわけでも、ジノのように敵をなぎ倒すことも出来ない。

 何もかもが中途半端なんだ。お荷物と言われても、仕方がない。


 一応、皆に比べて劣っているのは自覚していた。

 だからだろうか。皆が「要らない」と放置しそうなものも、資金の足しになればと拾っていた。

 今思えば、二束三文で自分の動きを鈍らせるような奴は不要だったんだろうな。

 

 時には遭難した冒険者を外へ連れ出してやるべく、引き返すことを提案したりもした。

 難色を示しながらもオレの提案に乗ってくれたのは、ただ不満を口にしなかっただけか。

 

 皆が自己責任で覚悟を持っているのに、オレの考えはさぞかし甘かったんだろう。

 昔、皆で迷い込んだ冒険者の治療をしたからか。手を差し伸べなきゃって思ってただけなんだけど。

 もしかするとオレだけが子供のままで、皆は段々と大人になっていたのかもしれない。


 腹に据えかねた結果が今夜の解雇(クビ)宣言なのかもしれない。

 でも、これだってオレの想像だ。せめて、理由ぐらいはちゃんと話して欲しかった。

 だって、ずっと一緒に居たじゃないか。納得ぐらいはさせてくれよ。


「言えよ……。バカヤロォ……」

 

 八つ当たりにも近い、怒りの感情を抱く胸の内とは裏腹に、ジョッキを握る力が弱まっていく。

 浴びるように飲んだ酒の影響で、オレの意識は次第に闇の中へと沈んでいった。


 ……*


「ん……」

 

 周囲に依然として残る喧騒にたたき起こされる形で、オレは意識を取り戻す。

 頭が痛い。ついでに言うと、首も痛い。どうやら、いつの間にか寝てしまっていたようだ。

 ただ、胸の内に燻っていた気持ちは消化されていないようだ。まだ、モヤモヤしている。


 一体、どれぐらい寝てしまったのだろうか。

 起こされていないし、店じまいとも言われていないからそんなに時間は経っていないだろうけど。

 

 朦朧とする意識の中で、凡そ意味を持たない回答を求めていた時。

 オレは重大なことに気が付いた。


「ハッ!」


 慌てて自分の腰へと手をやる。小袋の中で金属が重なり合う音に、安堵した。

 一人で酒盛りをして、しかも潰れて寝てしまっていたのだ。掏られていてもおかしくはない。

 

 昨日までなら恥を忍んで一党(パーティ)の皆に金を借りることも出来ただろうが、もうそれも叶わない。

 ……違う。昨日までなら、きっと一人で自棄酒を浴びることもなかったんだ。


 否が応でも、ジノの言葉が反芻される。

 ロックやナタリアが顔を背けた瞬間が、脳裏に焼き付いて離れない。

 本当に参っているんだなと、頭を抱えたその時。


 くすくすと笑う声が、正面から聞こえる。

 視線をやった先には、一人の女剣士が頬杖をついていた。


「いや、すまない。君の様子が、なんだかおかしくてな」


 口で謝ってはいるが、彼女は依然として笑っている。

 それでも嫌味が感じられないのは、オレが彼女を知っているからだろうか。

 尤も、一方的に。という話にはなるが。


 ティア。またの名を、流星のティア。

 この街で知らない者はいない。神の祝福(ブレス)を身に着けた、凄腕の剣士だ。

 神の祝福(ブレス)により高められた身体能力から繰り出される剣技は、敵を瞬くに両断していく。

 まさに流星と呼ぶに相応しい、一流。いや、超一流の冒険者だった。

 

 尤も、彼女が有名たる所以はそれだけではない。

 実力は勿論、その美貌からも彼女の信奉者(ファン)は多い。

 腰まで伸びた赤毛は、すらりとした長身によく似合っている。

 柔らかな物腰と凛とした佇まいが一体化したその姿は、男女問わずに魅了し続けている。


 そんな超有名人が酒場で、机を挟んでオレに視線を送っている。

 寝起きだとか、酔っているだとかは関係がないまま混乱するオレに対して、彼女は優しく微笑んだ。


「ああ、安心してくれ。君が無防備に眠っていたから気に掛けていたが、財布を掏るような輩はいなかったよ」

「あ、あざす……」


 どうやらオレの荷物が荒らされていないのは、彼女が見守っていてくれたかららしい。

 誰もが知る有名人。美人女剣士が何故そんな気を回してくれたかは不明だが、有難い話だった。

 尤も、情けないことに状況が理解できず生返事でしか返せなかったのだけれど。


「なんてね。実は、君に用事があったんだよ」

「はい?」

 

 ふっと軽い笑みを浮かべながら、ティアさんは頬杖を解く。

 見るだけで魅了されそうな美しさだが、如何せん腑に落ちない。


 オレは一方的にティアさんを知っているが、向こうは知らないだろう。

 浴びるように酒を呑んでいた酔っ払いを揶揄っているようにしか見えない。

 訝しむオレをよそに、彼女は続けた。


「先ほど、君の仲間が別の店で食事をしているのを見かけてね。

 いつもは四人組だろう? 妙だと思って、聞き耳を立てさせてもらったんだ」

「そう、ですか……」


 ところがどっこい。彼女はオレたちのことを認識していたらしい。

 その事実にも驚いたが、三人が仲良く食事をしている事実を前にして更に落ち込んだ。

 

 本格的に、オレはお払い箱なんだな。

 今頃仲良く、次の冒険の計画を立てているのだろうか。

 オレも、混ざりたかったな……。


「まて、私とて普段は盗み聞きをする趣味を持ち合わせているわけではない。

 偶々。そう、目にしたから気に掛けただけなんだ!」


 大きなため息を吐くオレを前に、ティアさんが慌てて取り繕う。

 どうやら自分が幻滅されてしまたと、勘違いをしているらしい。


「そこで、だ」


 誤解を解く間すら与えられないまま、ティアさんはこほんと咳払いをする。

 何が「そこで」なのかは解らないが、彼女と話をする機会などきっと二度とないだろう。

 だってもう、冒険者としてやっていけるかすら怪しいのだから。


 だから、最後ぐらいこの飲んだくれに付き合ってもらおう。

 そんな気持ちで顔を上げたオレへ、彼女は驚くべき提案を持ちかけた。

 

「次の冒険、私たちと一緒に洞窟へ潜る気はないかい?」

「…………はい?」


 唐突かつ理解が追い付かない提案を前にして、呆気にとられる。

 一瞬にして、酔いが醒めてしまった。

 直角になるほど首を傾げるオレをよそに、テーブルの向こう側では相変わらず優しく微笑むティアさんの姿があった。


 ……*


 三日後。

 オレはティアさんに教えられた集合場所へと、顔を出した。

 鞄にいっぱいの、傷薬や食料を詰め込んで。


 仮に酔っ払いを揶揄っているだけだとしても良かった。

 彼女の言葉で、オレの気が軽くなったのは事実だから。

 例え彼女が集合場所へ現れなかったとしても、恨むつもりは毛頭ない。

 

「よし、冒険の準備は整っているようだな」


 などと言うオレの不安は杞憂に終わった。


 集合場所には、既に準備を終えたティアさんが腕を組んで待っている。

 腰に一本の剣を携え、魔術を通しやすい繊維で編まれた服を身に包んでいる。

 オレはというと、太腿まで伸びた切れ込み(スリット)へ視線が誘導されそうになるのを顔を逸らすことで耐えた。

 

「キミが、ティアに誘われたコ?」


 そんなオレの顔を、下から覗き込む女性が一人。

 彼女のことも知っている。最も、エリザという名前と凄腕の魔術師という二点のみだが。

 

「え、ええ。リュッケと言います。よろしくお願いします」

「ふーん」


 目を合わせて挨拶をしようとしたけれど、驚きのあまり反射的に目を逸らしてしまう。

 彼女の服装はなんというか、胸元がばっくりと空いている。

 上から覗き込む形になっているせいで、目の保養もとい目の毒だ。


 流星のティアとコンビを組むエリザさんもまた、超一流の魔術師だ。

 長髪という点ではティアさんと同じだが、暗い紫色をしている。

 そして、こう。なんというか、主張の激しいシルエットをしている関係で全く違う印象が与えられた。

 

 一方で、どこか遠くを見ている様子は浮世絵離れしているようにも見える。

 どことないダウナーさがそうさせるのだろうか。やはりティアさんとは、対極的な存在に見えてしまう。

 事実、オレの挨拶に対しても「そう」と軽い返事を返されたのみだった。

 ティアさんとは違った意味で、どう会話をするべきか困ってしまう。


「顔合わせも、準備も済んだことだし。洞窟へ向かおうか」

「おっけー」

「はっ、はい」


 一人満足げに頷くティアさん。

 含みを持たせてオレの様子を窺っていたにも関わらず、気にする様子のないエリザさん。

 

 足手纏いにならないだろうかと尻込みする中。

 オレはひと回り以上も大きな鞄を背負い、二人の背中を追った。


 ……*


 結論から言うと、洞窟の探索は驚くほど簡単に事が進んだ。

 ティアさん果敢にも魔物の群れへ飛び込んでいく。

 流星の二つ名に恥じない美しい太刀筋が、瞬く間に魔物達を斬り裂いていく。


 彼女は後ろを振り向くような真似はしない。

 確実に殺しきったという確信をしているからではない。

 相棒であるエリザさんを、心の底から信頼しているからだ。

 

 ティアさんの剣撃を浴びてなお、立ち上がるだけの気骨を見せる魔物たち。

 それらは全て、エリザさんの魔術によってトドメを刺される。

 洞窟内で無造作に散りばめられた屍を前に、オレは気圧されるばかりだった。


(これ、絶対にオレ要らないやつじゃん)


 つい先日、ジノに言われた言葉が胸を抉る。

 もしかすると、また解雇宣言を受けるかもしれない。

 魔物の爪や牙。毛皮を剥ぎながら、そんな不安が脳裏を過った。


 ……*

 

「心配性だな、君は」


 携帯食を口にしながら、ティアさんは苦笑した。

 隣ではエリザさんが、呆れながら彼女を見上げている。


「ティア。もしかして、説明していないの?」

「あー……。していなかったかもしれないな」


 じっと送られる視線から逃れるように顔を背けるティアさん。

 彼女はばつの悪そうな顔をしながら、ポリポリと頬を掻いていた。

 

「いいか、リュッケ君」

「は、はい」


 こほんと咳払いをしながら、ティアさんはオレをパーティへ誘った理由を語り始める。

 その理由は、彼女も身に着けている装飾品。神の祝福(ブレス)にあった。


「実はこの洞窟の地下20階に、神の祝福(ブレス)が在るという情報を入手した。

 周知される前に、私たちが確保したいと考えている」

神の祝福(ブレス)が……!?」


 彼女は簡単に言って見せるが、オレからすれば驚きどころではない。

 冒険者になって初めて、神の祝福(ブレス)が眠る洞窟へと足を踏み入れたことになるのだから。


「とはいえ、問題もあってだな」

「問題……ですか」

「ああ、既に私はこの『流星の導き』を。エリザは、『氷燕の翼』を身に着けている」


 徐にティアさんとエリザさんは袖をめくり、自身が装着している神の祝福(ブレス)をオレへ見せた。

 細く白い腕から、それぞれ黄金と純銀に輝く腕輪が姿を現す。


「でも、それの何が問題なんですか?」


 美女二人が、神の遺物を翳す。

 思わず見惚れてしまいそうな光景だが、何が問題なのかは理解できない。

 眉を顰めるオレへ補足するように、エリザさんがゆっくりと口を開いた。


神の祝福(ブレス)は、ひとり。ひとつまで」

「エリザの言う通りだ。複数の神の祝福(ブレス)を身に着けることは、神の寵愛を一身に受けようとする行為に等しい。

 我らが世界を見守る神は、そんな業突く張りを許さないということだ」

 

 どうやら神の祝福(ブレス)は、一人ひとつまでという不文律が存在するらしい。

 複数を身に着けて神の恩恵を受けようとしても、効力を発揮しないのだとか。


「だから、私たちが持っていても宝の持ち腐れというわけだ」

「はぁ……」


 肩を竦めるティアさんに、オレは生返事をすることしか出来なかった。

 身に着けられないのであれば、無理に神の祝福(ブレス)を入手する必要はない。

 それでも追い求めるのは、単純に金になるからなのか。それとも、冒険者の性なのだろうか。

 オレにとってはまだ、未知の領域だ。


「おいおい、腑抜けた返事をするな。今回の神の祝福(ブレス)は、君が身に着けることになるんだぞ」

「はいっ!?」


 活を入れるように、腕を組むティアさん。

 一方のオレは、思いもよらぬ言葉を前にして声を裏返してしまった。


「そうでなければ、君を誘ったりするわけがないだろう。

 神の祝福(ブレス)を回収して、売れば済む話だ」

「い、いや! 確かにそうかもしれませんけど! どうしてオレが!?」


 驚きと、神の祝福(ブレス)が手に入るかもしれないという期待から声を上擦らせる。

 謙遜するフリをしながらも、内心喜んでいるのはなんとも小物らしいと自分でも思う。


「この洞窟に在るとされている神の祝福(ブレス)の名前は、『天蓋の間』。

 こことは違う空間へ持ち物を収納する。……巨大な鞄のようなもの」


 木の棒で地面を描くようにしながら、エリザさんは『天蓋の間』の説明を始める。

 『天蓋の間』を装着している者は、この世界とは違う空間へ荷物を出し入れすることが出来ると言われているらしい。


 武器も、消耗品も、傷薬も、お宝さえも容易に持ち運びが出来るようになる。

 泣く泣く諦めたお宝を棄てて、後ろ髪が引かれる思いも。

 もう少し傷薬を持っておきたかったと不安になるようなこともない。


 恐らくは、深く洞窟へ潜るにつれてその効果を実感するだろう。

 冒険者にとって、夢のような道具だと素直に感じた。


「『天蓋の間』があれば、君のその大きな鞄も不要ということだな」

「なるほど……」


 「凄いだろう」と、ティアさんは何度も頭を上下に動かす。

 確かに凄いことには違いないのだが、オレはほんの少しだけ複雑な気持ちに陥った。


「つまり。オレの役割は、ありったけの宝を持ち帰ればいいってことですね」


 直後。空気が凍り付いたのを感じ取ってしまった。

 ティアさんとエリザさんが揃って、口を真一文字に結ぶ。

 送られてくる視線は、明らかに呆れているそれだ。


 後悔をしても、もう遅い。

 言葉を選んだつもりだったけれど、心の内が見透かされてしまっている。


 そう、オレは話を聞いた直後に思い浮かべてしまったのだ。

 要するに「荷物持ち」として、一党(パーティ)に加えたいのだと。


 考えるまでもなく、当然だ。

 ティアさんもエリザさんは超一流の剣士と魔術師だ。

 事実、戦闘でオレが出る幕なんてなかったじゃないか。


 彼女たちに足りないものがあるとすれば、積載要領(キャパシティ)ぐらい。

 たまたま一党(パーティ)を解雇されたヤツを見つけたから、丁度いい荷物持ちに使ってやろう。

 そんな理由で選ばれただけ。彼女たちからすれば、オレも荷物なのだ。

 突き付けられた現実に、心が折れそうになった。


「待て待て。君は何か、勘違いをしていないか?」

「え?」


 だが、そんなマイナス思考に沈んでいくオレをティアさんが引き上げようとしてくれる。

 ぽかんと情けなく口を開けたままのオレへ諭すように、彼女は続けた。


「君は自分が荷物持ちとして選ばれたと思っているだろう」

「違うんですか?」

「全く違わないとは言わないが……」


 違わないのかい! とツッコむ元気はなかった。

 その反応がダイレクトに現れたのだろう。また表情に影を落とすオレを見て、ティアさんが慌てながら補足する。

 隣でエリザさんが「ばか」と呟いていたのだけは、きちんと鼓膜が捉えていた。


「この神の祝福(ブレス)は、君に相応しい。そう思ったから、私は君を誘ったんだ」


 つまり、超一流の荷物持ちを目指せということだろうか。

 などと考える間もなく、ティアさんは話を続けた。


「私は君たちをの一党を見て来た。自分たちが生還するだけではない、洞窟内で遭難した者までも共に生還させた。

 その行動は強い勇気と決断力が必要だ。賞賛されるべき行動だと、私は考えている」


 ティアさんは強く拳を握り締め、オレたちの。いや、オレの古巣を熱く語り始める。

 どうやら、洞窟で行き倒れになった人間を連れ帰る様を何度か目撃されていたらしい。

 

 遭難した者の中には、他の冒険者を出し抜いて金品を奪おうとする輩も居る。

 自分だけが救かる為に、他人を魔物の群れへ放り込もうとする者も居る。

 だから基本的に、他の一党(パーティ)と深く関わることはない。

 人間の本質など、一目見ただけで判るはずもないのだから。


 それでも他者に手を伸ばすオレたちを、ティアさんは評価してくれていた。

 本音を言うと、偶々危険な目に遭遇していないだけだ。運が良かったに過ぎない。


「それでも、だ。他者へ手を差し伸べられる君たちを糾弾する理由にはならないだろう。

 君たちに感謝している人間は、思っているよりもずっと多いよ」

 

 そう伝えても、ティアさんの評価は変わらなかった。

 救った冒険者だけではない。その友人や家族も、救って見せたのだと彼女は言う。

 いくらなんでも大袈裟だと思ったが、ティアさんの圧を前にして反論は出来なかった。

 

 嘘だ。褒められて嬉しかったんだ。

 あの行いが原因で親友たちにと袂を分かつことなったかもしれないけど、認めてくれる人もいる。

 解雇(クビ)宣言を受けてから沈んでいたオレの気持ちが、少しだけ軽くなった。


「そんな君だからこそ、『天蓋の間』があればもっと多くの人に手を差し伸べられるだろう。

 どうだ、君に相応しい神の祝福(ブレス)だと思わないか?」


 そう言って差し伸べてくれる手が、とても美しく思えた。

 ティアさんはオレが、今までと変わらないオレでいることを受け入れてくれる。

 

「相応しい男になれるように……。頑張ります」


 この人の期待を裏切りたくない。

 気付けばオレは、彼女の手を取っていた。

 間近で見る彼女の笑みは、これまでで一番綺麗だと思った。


 ……*


 それから先も、やっぱりオレの出る幕はなかった。

 ティアさんとエリザさんがばったばったと敵をなぎ倒す中。

 魔物の死骸から、売れそうな部分だけを頂いていく。

 

 流石は超一流の冒険者たちだ。瞬く間に、オレたちは目的地へ到達する。

 神の祝福(ブレス)が在るとされる、地下20階へと。


 そこは摩訶不思議な空間で、明らかにこれまでの階層とは()が違っていた。

 確実に天然のものとは言い難い、整った空間。これまでとは違い、灯りを灯す必要もない。

 部屋の奥には祭壇が設けられている。その隣には、様々な動物を融合させた巨大な像が佇んでいる。


 間違いなく、神の祝福(ブレス)はここにある。

 期待に胸を膨らませる中。オレはこの空間で、信じられないものを目の当たりにする。


「……先客」


 エリザさんが、ぽつりと呟く。

 彼女が向けた視線の先には、三人の冒険者が立っていた。

 ティアさんは神妙な顔つきで、その一党(パーティ)を眺めている。


 二人の間から顔を出し、先客の姿を拝もうとする。

 直後、オレは動揺のあまり担いでいた鞄を落としてしまう。

 

「みんな……」

 

 理由は明確で、オレはその三人を知っているからだ。

 ジノ、ロック、ナタリア。今までずっと一緒だった幼馴染が、ここに居る。


「リュッケ……」


 オレの存在に気が付いたのは、最後方に居たナタリアだった。

 彼女の言葉に反応して、ジノとロックが振り返る。

 三日ぶりに顔を合わせた親友たちは、信じられないという表情をしていた。

 

 どうしてここに? と考えなかったのは、ティアさんから神の祝福(ブレス)の話を聞いていたからだろう。

 皆もいつの間にか、『天蓋の間』の情報を入手していたのだ。だから、ここにいる。

 そして、『天蓋の間』さえあれば戦力として中途半端なオレは不要だという結論に至ったのだろう。

 

 ああ、なんだ。そういうことか。

 やっぱりオレは、お荷物でしかなかったんだな。

 自嘲混じりの笑みが、自然と零れ落ちていた。


「リュッケ、どうして……」


 だけど、疑問に思わなかったのはオレだけのようだ。

 ジノが困惑をしながらオレと行動を共にしている二人。ティアさんとエリザさんを交互に見渡していた。


 向こうからすれば、当たり前か。

 お荷物で捨てた人間が、まさか超一流の冒険者に拾われているのだから。


「……どうもこうも、見たままだよ」

 

 ぶっきらぼうな態度をとりつつ、オレは吐き捨てるように呟いた。

 驚くのは解るよ。でもさ、そんな顔はやめてくれよ。

 孤独になったのはオレの方なんだ。

 差し出された救いの手を、取ってもいいじゃないか。


「そうか。そうだよな、お前の……。自由だよな」


 ジノが何か言いたそうにしていたが、オレは目を逸らした。

 一党を追い出された原因はオレにもある。だから、受け入れられる。

 でも、他人と組んでいる様をとやかく言われたくはなかったからだ。


「ジノ、でも……」

「そうだよ!」

「いいから! リュッケが選んだんだ、仕方ないだろう!」


 納得をしようとするジノとは裏腹に、ロックとナタリアには不満があるようだ。

 二人を一喝するジノだったが、言葉に若干の違和感を覚えた。


 選んだ? オレが?

 オレは選ばれなかったし、選んでもらった身だ。

 選べるような立場になかったというのに、オレが悪者なのか?

 少しだけ気分を悪くしながら、オレは踵を返す。


「いいのかい?」

「いいです」


 ティアさんの問いに、オレは鼻息を荒くしながら頷いた。

 一方。エリザさんはゆっくりと腰を下ろし、頬杖を突きながら祭壇へと進むジノたちを眺めていた。


「あの、エリザさん? ここで休憩なんてしてたら神の祝福(ブレス)、獲られちゃうんじゃ……」

「そうかもしれない。けど、横取りだなんて真似はできない」

「ああ、エリザの言う通りだ」


 剣を鞘へ納めたまま、ティアさんもその場へと留まる。

 一歩ずつ、確実に祭壇へと近付いていくジノたち。オレたちとの距離は、開いていく。


「どうして……!」

「先に辿り着いたのは彼らだ。ここで私たちが割り込めば、ただの盗賊と変わらない」


 返す言葉も無かった。ジノたちだって、苦労してこの地下20階へ辿り着いたはずなんだ。

 そうまでして手に入れたかった神の祝福(ブレス)を、強引に横取りは出来ない。

 その瞬間、オレたちは冒険者ではなくなる。


「共闘してもいいけど、神の祝福(ブレス)が目的なら絶対に揉める。見守るしかない」

「っ……」


 エリザさんの言う通りだった。

 ジノたちだって、目的は間違いなく神の祝福(ブレス)だ。

 共闘したところで、分け合えるはずもない。魔物の牙や皮とは、ワケが違うんだ。

 ここまで来て、指を咥えて見るしか出来ない自分がもどかしい。


 ……ん? 共闘?

 どういうことだと、オレはティアさんに答えを求めた。


「あの、共闘ってどういう……」

「ああ、巨像(アレ)だ。神の祝福(ブレス)は大抵、ああいった手合いによって護られている」


 ティアさんが指し示した先には、巨像がこれでもかと言わんばかりに存在を主張している。

 その存在感に気圧されながらも、ジノたちが祭壇へ足を掛けた時。

 巨像の目が、光った。


「なっ、なんだ!?」


 慌てて鞘から双剣を抜き、祭壇から離れるジノ。ロックが大盾を構え、二人の前へと出る。

 ナタリアはその後ろから杖を巨像へと向け、いつでも魔術を撃てるようにと体勢を整える。

 呆然とするオレの横で、ティアさんとエリザさんが「反応が早いな」と褒めていた。


 次の瞬間。巨像に大きな亀裂が入る。

 離れた位置で眺めていたオレでさえも緊張したのだ。ジノたちは、それ以上の警戒心を剥き出しにしているだろう。


「来るぞ……!」


 ジノがそう呟いた瞬間、巨像はその中身を露わにする。

 獅子の鬣と牙や爪に、大鷲の翼を携え、尾の代わりに三本の蛇を飼いならしている。

 こんな怪物を門番として置くなんて、神様の性格は最悪だ。そう思わずには居られなかった。


「こ、こんな魔物、初めて見たよ!」

「ど、どこから狙えば……」


 盾を構えるロックも、魔術の準備をしていたナタリアも怪物を前にして慄いている。

 そんな中。リーダーであるジノだけが、気を吐いていた。


「全部だ! コイツを倒さなくちゃ、神の祝福(ブレス)は手に入らないんだ!」

「で、でも。もう……」


 何故だろう。ナタリアは、視線をオレへと向けた。

 オレは一党から解雇されて、お荷物のはずなのに。

 

「諦めるな! きっと、上手く行くはずだ!」


 ジノの言葉も、何かが変だ。

 様々な疑念を抱くオレをよそに、ジノたちは門番との戦闘を開始する。


 相手の攻撃を受け止めるべきロックが、門番の禍々しさに慄いている。

 下手をすれば、そこで戦闘は終わっていた。


 しかし。一人気を吐いたジノが、状況を五分にまで引き戻す。

 門番が攻撃へと移る瞬間。ロックの前へと身を滑り込ませ、自慢の双剣で前脚を斬りつけたのだ。

 突然のことに対応しきれず、門番はその巨体を地面へと擦りつける。

 大きな振動が部屋全体を揺らすと同時に、ロックとナタリアは冷静さを取り戻していた。


「やるな、彼は」

「他の二人も、中々」


 ティアさんとエリザさんが、三人の戦闘を感心するように頷いた。

 ロックが凌ぎ、ジノが体勢を崩す。そしてナタリアが魔術で、確実に門番を削っていく。

 オレも外から見るのは初めてだが、こんなにも的確な連携を行っていたのかと感心してしまう。

 

 ただ、本当に自分が異物だったのだと突き付けられた気がする。

 元よりあの一党(パーティ)に、オレの居場所は無かったんだ。


 悔しさで奥歯を噛みしめる一方で、少しだけ誇らしかった。

 皆は超一流の冒険者に褒められるほどに、成長しているのだから。

 冒険者としての才能が無かったのは、オレだけだ。本当に、悔しい。


 このまま皆には、冒険者として輝かしい未来が待っている。

 オレが。オレだけが、ただの荷物持ちで終わる。

 いや、『天蓋の間』を入手できなければそれすらも怪しいか。


 もう、詰んでいるんだな。

 皆が活躍する様を、これ以上は見たくない。

 オレは次第に、眼前で繰り広げられる戦闘から目を逸らしつつあった。


 その時だ。

 ティアさんが珍しく、低い声を吐き出したのは。


「――まずい」


 何が「まずい」なのか。彼女の言葉に誘われ、オレは顔を上げる。

 するとそこには盾を破壊され、部屋の端で横たわるロックの姿があった。

 気道を確保するかのように吐き出した血で、生きていることは分かる。

 けれど、すぐには立ち上がれそうにない。


 攻撃を一身に受け止めるロックが倒れている。

 つまり、ジノとナタリアが敵の脅威に晒される立場となった。

 オレは視線をそのまま、ジノとナタリアが立っていたはずの場所へとスライドさせる。


「ナタリア……」


 そこには力任せに折られた杖と、恐怖でその場にへたり込んでいるナタリアの姿があった。

 魔術の詠唱など、とても出来るような状況ではない。ただ怯える表情で、門番を見上げているだけ。


「させない……!」


 そんな門番とナタリアの間に割って入るのは、ジノだ。

 彼は左肩から胸にかけて、大きな爪痕が刻まれている。

 自慢の双剣は、片方が砕かれてしまっているようだ。残る一本の切っ先を懸命に、門番へと突き付けていた。


「ジ、ノ……。だめ……だ……」

「ジノ! もう逃げて!」

「ダメだ!」


 ロックとナタリアが、蛮勇にも似た行動を取るリーダーへ撤退を促す。

 それでも彼は引き下がらない。引き下がれないと、己を奮い立たせた。


「おれだけ逃げるなんて、出来るわけがないだろう!」


 気を吐くジノの足は、よく見れば震えていた。

 彼も気付いているのだ。敵わないと。

 

 それでも逃げないのは、つまらない維持なんかじゃない。

 共に戦ってきた仲間を見棄てる様な真似が、出来ないから。


 ……そうだ。ジノは、そういうヤツだ。

 ジノだけじゃない。ロックも、ナタリアも、いいヤツなんだ。

 隠れ家を走り回っていたあの頃から、なにも変わっちゃいないんだ。


 気付けばオレは、いても立ってもいられなくなっていた。

 魔物の皮を剥ぐぐらいにしか使っていない。頼りないナイフを、徐に抜く。


「……ティアさん。エリザさん。すみません」


 どんな反応をするか解らなくて、怖くて、二人の顔は見られなかった。

 

「オレ、いかなきゃ……。あいつら、友達だから……」


 それだけを言い残し、オレは怪物の元へと走り出した。

 解ってる。オレがいったところで、あんな怪物に叶うはずがないことぐらい。

 でも、皆が逃げる時間は稼げるかもしれない。大事な友達が無事なら、それだけで十分だ。


 ティアさんに誘ってもらったことは嬉しかった。

 神の祝福(ブレス)が手に入るかもって思うと、心が躍った。

 こんな幸運は、二度とお目に掛かれないだろう。

 

 けど、オレにはもっと大切なものがある。

 二度とアイツらと冒険が出来ないとしても。友達ではいられるはずだ。

 だから、絶対に死んでほしくなかった。


「ああ、君はそれでいい」


 無我夢中で走っていたせいか。

 ティアさんがぽつりと呟いた言葉は、オレの耳には届いていなかった。


「ジノォォォォォッ!」

「リュッケ!? バカ、お前! なんで!?」


 傷だらけのジノの前へと飛び出したオレへ、怒号が飛ぶ。

 本当は何か言い返した方がいいんだろうけど、それどころじゃなかった。


 怖い。ひたすらに、怖い。

 間近で見ると牙も爪も、翼も尾も。何もかもが怖い。

 よくこんな怪物を前に、戦っていられるなと改めて感心をした。


 きっとオレは、この怪物が前脚を下ろすだけで死んでしまうんだろうな。

 そう確信する一方で、何としても時間を稼がなくてはならないと思った。

 

 足を傷付ければ、動きも鈍るはず。

 そんな単純な構えでナイフを天へと上げると同時に、怪物の前脚が振り下ろされる。


「リュッケ!」


 ジノか? ロックか? ナタリアかもしれない。

 いいや、皆の声だ。皆がオレの名を呼んだ。

 悪いけど、オレは返事を返せそうにない。

 数秒後に起きるであろうオレの未来を感じ取り、心の中で謝った。


「……?」

 

 けれど、その数秒後はいつまでたっても訪れない。

 代わりに訪れたのは、怪物の悲鳴と、美しく靡く赤い髪。

 

「リュッケ君。大した勇気だよ」


 そこに立っているのは、オレのここまで連れてきてくれた剣士。流星のティア。

 どことなく不敵な。というより、満足気な笑みを浮かべているのが印象的だった。

 

 彼女は一瞬で距離を詰め、振り被られていたはずの怪物の前脚を両断している。

 悲鳴と血飛沫が部屋中を埋め尽くす中。怪物は鋭い視線を、ティアさんへと送った。

 支える前脚が無い代わりにと、鋭い牙と三匹の蛇が彼女へと襲い掛かる。


「悪いが、()()()()()()

 

 しかし、ティアさんは余裕の表情を崩さない。

 袖口から見える、黄金色の腕輪が微かに輝いた。


 ここにたどり着くまでに、教えてくれた。

 彼女の持つ神の祝福(ブレス)、『流星の導き』は迫りくる脅威を()()()()()()

 自らへ迫る脅威をすり抜けるよう、一筋の流星は怪物の喉元を斬り裂いた。


「ティア、暴れすぎ。いつものことだけど」


 覇気のない声色とは裏腹に、大小さまざまな氷が怪物の肉片を包み込む。

 次の瞬間にそれらは砕け散り、後に残るのは冷気のみだった。

 エリザさんの持つ神の祝福(ブレス)。『氷燕の翼』によるものだ。


「す、すごい……」

 

 気付けば怪物は、ティアさんによって切断された頭だけとなっていた。

 オレだけでなく、皆も驚嘆の声を漏らす。

 そんな中。重力によって落下する怪物の頭が、オレの持つナイフへと突き刺さる。


「う、うわっ!」


 既に息絶えているとはいえ、強面であることには変わりない。

 情けない話だが、オレは慌てて掴んでいたナイフを投げ棄ててしまった。


「これで、門番は討伐完了だな」


 剣を鞘へと納め、オレたちの元へと近付くティアさん。

 結局、彼女に救けてもらった。独断で動いたオレは、きっと許されないだろう。


 でも、悔いはない。むしろ、心からの礼を述べなくてはならない。

 おかげで親友たちの命は、救われたのだから。

 

 いや、先に謝罪をするべきか。

 うん、そうだ。そうしよう。

 

「す――」

「すまない。リュッケ君。それに、ジノ君たちも」

「……え?」


 誠心誠意を込めて謝ろうとしたオレの言葉を遮ったのは、ティアさんだった。

 彼女は膝を折り、何故かオレたちへと謝罪の言葉を述べている。


 意味が解らないと、オレは三人の顔を見渡す。

 皆は腑に落ちない様子だったが、心当たりもある。そんな、雰囲気を醸し出していた。


「ジノ君。君の一党(パーティ)から、勝手に人を借りていた。

 これは立派な、協定違反だな」

「え? え?」


 口を噤むジノ。

 またオレだけが、状況についていけていない。

 

 確かに、他の一党(パーティ)に入っている人間を連れまわすのは冒険者としての紳士協定に反している。

 罰則こそないが、信用を失う。それは遭難でもした時に、致命傷となり得る。だから皆が皆、その取り決めを守っている。


 ティアさんは今、その不文律を破ったと言った。

 言うまでもなく、おかしな話だ。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。オレはジノたちの一党(パーティ)から解雇(クビ)されて――」

解雇(クビ)になんか、していない!」

「はえぇ……?」

 

 ジノの怒号が、空間中に響き渡る。

 オレは混乱の渦に巻き込まれながら、顔を真っ赤にするジノを眺めていた。


「いや、待ってくれよ。だってオレ、お前に『冒険に来ないでくれ』って言っただろう!?」

「『しばらく』って言ったじゃないか!」


 いや、確かに言ってたけどさ。

 それってはっきり言い辛いから、言葉を濁しただけじゃなかったのか?

 

「じゃ、じゃ、じゃあ。なんで、しばらく冒険に来ちゃいけなかったんだよ?」

「それは……」


 せめてその理由を教えてもらわないと、納得できない。

 訝しむオレに、言い淀むジノ。妙な沈黙を打ち破ったのは、ロックとナタリアだった。


「このままじゃ、リュッケが死んじゃうと思ったから……

「リュッケ。ケガをしている人を見つけたら治療しちゃうだろ?

 それだけでも大変なのに、お宝も全部持って帰ろうとするからいつも殿で。

 だから『天蓋の間』があれば、そんな心配もしなくて済むと思ったんだ」


 二人の告白を前にして、オレは言葉を失った。

 ジノへ視線を送ると、彼は小さく頷いた。どうやら、真実らしい。


 つまり皆は、オレの為に内緒で神の祝福(ブレス)を獲ってくれようとしていたのだ。

 本当のことを伝えると、オレが付いてくる。

 

 神の祝福(ブレス)があるのだから、どんな危険が待ち受けているかは解らない。

 オレがいつもの調子だと今度こそ命を落としかねないから、こっそりと向かう算段だったらしい。

 1から10まで、オレの為に動いてくれていたのだ。


「……ごめん」


 顔から火が出そうな勢いだった。

 合わせる顔がないと両手で顔を覆い隠しながら、情けない声を漏らす。

 

 そんな中。コホンという咳払いが鼓膜を揺らす。

 この仕草は何回も聞いた。ティアさんのものだ。


「まあ、そういうわけだ。ジノ君は君を一党(パーティ)から追い出していないし、私も君を一党(パーティ)へ入れる申請を出していない。

 この度は本当に、申し訳ないことをしたと思っている」

「ちょ、ちょ! 待ってください! ティアさんが謝ることなんてなにもないじゃないですか!」


 深々と頭を下げるティアさんに、オレたちは顔を上げてくれと慌てて駆け寄る。

 彼女がいたからこそ、皆が無事でいられたのだ。感謝こそすれど、謝罪される謂れはない。


「しかし、私が重大な協定(マナー)違反をしたのは事実だ。

 だから、どうかこれで手打ちにしては貰えないだろうか」


 だが、ティアさんもティアさんで自分の意思を曲げようとはしない。

 エリザさんから受け取った腕輪を徐に、オレたちの前へと差し出した。


 まるで空のような、とても透き通った色をした腕輪だった。


「これってまさか……」


 神秘的な輝きを前にして、オレたちは思わず息を呑む。

 想像の通りだと、ティアさんが頷いた。


「ああ。ここに眠っていた神の祝福(ブレス)。『天蓋の間』だ。

 受け取ってはくれないか」

「いやいやいや!」


 すっと差し出された神の祝福(ブレス)を前に、オレたちは思わず手を引っ込める。

 いくらなんでも、これは受け取れない。


「わたしたちは元々、神の祝福(ブレス)を持っている。

 宝の持ち腐れ……。だから、受け取って欲しい」


 ティアさんの手を掴み、エリザさんが更に突き出す。

 いくつかの押し問答と逡巡を重ねた後、根負けしたオレたちは『天蓋の間』を受け取った。


 ……*


「それじゃあ、今日のことは内密にしてもらえると助かる」


 洞窟を抜けた後。ティアさんは、口元に人差し指を当てながらそう言った。

 紳士協定を破ったと知られるよりは、神の祝福(ブレス)を渡す方が遥かに格安だと判断したらしい。


 けれど、妙な話だ。

 オレはジノたちの一党(パーティ)を抜けていなかった。

 だから、ティアさんとエリザさんは元々神の祝福(ブレス)を手にしても身に着ける人が居なかったのだ。


「ティアさん。もしかして――」

 

 初めからオレたちに渡す為に――。

 その可能性を口にしようとした瞬間。


 行動を読んでいたのか。

 ティアさんはオレの口元にも人差し指を当てる。


「口止め料だって、言っただろう?」


 彼女が見せる微笑みを前にして、オレはそれ以上何も言えなかった。

 結局、手を貸してくれた理由も判らないまま。オレたちは二人を見送った。

 

「リュッケ……」

「みんな……」


 残されたオレたちは、気恥ずかしそうに顔を合わせる。

 全員が全員。気を窺っているような気がした。


「ごめん、リュッケ。お前に内緒でやり遂げたくて。

 あんな言い方になって……」


 口火を切ったのは、やはりリーダーのジノだった。

 先刻のティアさんに負けず劣らず。深々と頭を下げている。

 

「リュッケ。ジノをあまり責めないであげて欲しいんだ」

「私からもお願い! ジノは、リュッケを喜ばせたかっただけなの」


 そんなジノを、ロックとナタリアがフォローする。

 大丈夫、分かっている。ううん、違うな。再確認できたんだ。

 オレの親友は、本当にいいヤツらばかりだってことが。


「オレの方こそ、早とちりしてごめん。

 他の人と冒険に出たりしたけど……。オレもまた、皆と一緒に冒険していいかな?」


 だから、やっぱりオレは皆と一緒がいい。

 力不足かもしれないけど、精一杯頑張るから。


「……当たり前だろ!」

 

 そんなオレの我儘を、皆は快く受け入れてくれた。

 オレはこの一党で、これからも冒険を続けていく。

 手を差し伸べてくれたティアさんとエリザさんと肩を並べることが出来るぐらい、立派な冒険者を目指して。


 ……*


「エリザ。今回はすまなかったな」


 帰路につきながら、ティアはエリザへ頭を下げた。

 自分より頭ひとつ高い彼女の顔を見上げながら、エリザは首を横に振る。

 

「別に構わない。ティアがあのコたちをずっと気に掛けていたのは、知っていたから」


 そう。ティアはリュッケ達が新人(ルーキー)の頃から、彼らの動向を見守っていた。

 接触こそしてこなかったが、酒場で見かける為に安堵していたのを覚えている。


 だから、今回の提案も驚きはしなかった。

 彼らがすれ違わないように、彼女なりに画策した結果なのだから。


「でも、理由ぐらいは教えて欲しい」

 

 唯一気になる点があるとすれば、どうしてそこまで入れ込むのか。

 エリザの興味は、その一点に尽きる。


「そうか、そうだな。話すのが、筋だな。

 誰にも言ったことがないから、内緒にしてくれよ?」

「わかった」


 逡巡しながらも、ティアはやがて語り始める。

 かつて、洞窟の中で負傷した冒険者から金品を奪う見窄らしい冒険者崩れの盗人が居た事を。


 その女はある日、冒険者から返り討ちに遭って命からがらとある村はずれへと逃げ込んだ。

 彼女はそこで、四人の子供と出逢ったのだ。


 自分を冒険者だと勘違いしてくれたのは、幸運だと思った。

 傷が癒えるまでの間、匿ってもらおうと口八丁で乗り切ろうとする盗人。


 だが、子供達はその話を信じ込んでいた。

 目を輝かせながら、出まかせばかりの冒険譚に耳を傾けていたのだ。

 それだけではない。事もあろうに、子供達は自分が凄い冒険者になると信じて疑わなかったのだ。


 これには女も驚いた。同時に、人生で初めて期待された。

 彼らを裏切りたくない。そう思った瞬間から、女は本当の意味で冒険者となった。


 いつか子供達が大人になって、再び顔を合わせた時。

 胸を張って逢える人間になれるよう、目一杯の努力をした。


 ティアが語ったのは、そんなチンケな盗人の話。

 エリザは彼女の話を受けて、「がんばったんだね」と頬を緩める。

 

 照れくさそうにはにかむティアの顔は、満足感に満ちたものだった。

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