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楽しんで頂けたら幸いです。

王族の、ひいては次期王太子としての重圧に絡めとられながらも虚勢を張り踏ん張る。身動きが取れない中で、心地良い風が吹き抜けていった。久しぶりに息が吐けた気がした。



エディは、そんな女性だった。



穏やかな眼差しの中、時折見せる屈託のない笑顔に惹かれていった。幼い頃に出会った私達は周りが見守る中、ゆっくりと絆を深めていった。成長していく過程でも彼女は適切な距離を保つものだから、もっと近寄りたい私は少し不満で仕方なかった。



不意に手を引かれ、頬に柔らかな感触がした。



顔を染めたエディが視界に入る。キスされたのだと理解すれば、思わず二人で笑い合った。その日を境に、私達の距離が縮まったのは自然な流れだろう。



それからは公務の合間を縫って、二人の時間を楽しんだ。宝石の様な瞳に一目惚れしてから、生涯を共に歩むのは彼女しかいないと感じ、必ず手に入れると決意した。


そう思って婚約の後に渡そうと、互いの瞳の色である紅玉と紫水晶を使った指輪を用意しておいた。彼女の好きなアネモネを模った…。



アネモネ…?



…いや。




エディが好きだと言っていたのはアザミのはず。野に力強く咲く花がいいとは、何て健気なのかと増々愛おしくなったのだから覚えている。



…アネモネは何処から来た?



それだけじゃない、エディの瞳は薄紅色だ。これでは青みが強すぎて、似ても似つかない。春に咲く可憐な花と同じ色を持つ彼女の瞳ならば、紅水晶に決まっている。…何故、確認した時に気付かなかったのか。


二つの指輪を元の箱に収めると、静かに抽斗の奥へと追いやり鍵を掛けた。視界に入らなくなった事で僅かに安堵したのも束の間、さざ波の様な胸騒ぎが少しずつ心を支配していく気がした。




「明日の朝に宝石商を呼べ、次期王太子妃の品を選ぶと伝えておくように」

「御意」



従事が無駄の無い動きで礼をした後、部屋から出ていく後ろ姿をぼんやりと眺めていた。その何かを忘れる様に、目の前の執務へと目を逸らした。




◇◇◇




話しを持ち掛けられた時には、既に選択肢は僅かばかりで、恐怖すると同時に思わず敵ながら感心した。



私を取り巻く全ての人々から、存在してはならない物として扱われるのに慣れてしまっていたのだから。



既に八方塞がり。



しかも背後には大軍が控えているだなんて、国家機密と同等の…いやそれ以上。あまりの事に頭が付いて行かない。あれ程、厳しい妃教育を受け、その全てを身に着けたと思っていたのに、何一つ知り得なかった内容。




…嘘かもしれない。けれどもし、これが事実なら。





間違いなく、この国は壊滅する。




目の前に浮かぶ金の双眸が虚勢をはっているだけであれば、どんなに良かったか。そこからは圧倒的な魔力を感じ、押しつぶされそうになる。残念ながら、嘘ではないと認めるしかない。



「お前さんにも安全な場所で不自由のない暮らしを約束しようじゃないか」



…貴方さえ幸せならば、自分の事はどうでもいいけれど。私が承諾すれば王国の危機を未然に防げ、大切な人達の幸せを守る事が出来る。



愛国心から…?そんな崇高なものでは無い。貴方だけは幸せであって欲しい。…いえ、儘ならない現状に足掻き疲れてしまっただけなのかもしれない。とはいえ初めから答えは決まっていたが、僅かに残った自尊の念からなのか、その場での即答は出来なかった。



「…少し考えても宜しいかしら」



「あぁ、色よい返事を待ってるよ」



金色の瞳が弧を描いて、レティシアの事を見つめていた。







力が抜けるように寝台に横になった途端、涙が溢れてきた。勿論、悲しみもある。けれど、大切な人達が変わってしまった理由が他にもあったのだと、ほんの僅か安堵した。




それと同時に何故今なのか、私でなければならなかったのかと昏い気持ちがジワリと浮上し、黒く包まれていく。感情が入り乱れ、不安定に変化する気持ちを抑えることは出来ず嗚咽を漏らした。




そして、ひとしきり泣き疲れた頃には踏ん切りが付いた。




「貴女の勝ちよ」




何もない空間に向かって呼びかけた。すると暗闇から、金色の双眸がギラリと現れた。




「素直な子は嫌いじゃないよ」



「それでは宜しく頼みます」



「あぁ、約束は守る主義でね、手を出すのは後にも先にも一つだけさ」




「そう。…私は休ませて貰うわ。とても疲れてしまっ…」



すうすうと規則正しい寝息が聞こえてきた。せめて今夜だけは不安を感じない、安らかな眠りを彼女に贈るとしよう。明日からも寝付けない日々が続くだろうから。



(あたしも焼きが回ったのかね)



小さな溜息と共に、宙に浮かぶ宝石の様な瞳が音も無く消え暗闇が訪れた。




◇◇◇




気が付けば、誰も居ない部屋の寝台に腰かけていた。そしてまだ、夜会のドレスのままだったと立ち上がる。



ドレスはレティシアの瞳に合わせた紫色。婚約者が居るにも関わらず、その色を纏う事すら許されなかった。惨めな自分にぴったりだが、流石にもう見ているだけで辛かった。



どうせ誰も居ないのだから…とレティシアは黒い靄に覆われた。すると着ていたドレスがストンと床に落ち、同時に飾り気の無い白に近い灰色のワンピースが舞い上がり、レティシアの頭からふわりと落ちて身を包んでいく。


残された床のドレスは宙を漂い、端の衣装箪笥の中に押し込まれた。



「あそこは、あまり使わない物を入れる事にしましょう。纏まったら…そうね、寄付なり出来ればいいのだけど」



律儀にもあの魔族は、レティシアの私室にあった全ての物を持って来てくれたようだ。実際はレティシアという存在を消すべく、彼女にまつわる物が集められていたのだが、どのみち今のレティシアには、こんなに沢山のドレスや宝飾品は不要だった。



「何もする事がないのだから、必要な物だけ選別してしまおうかしら」



ええ、そうしましょうと自分へ返事をしながら別の箪笥を開いた。薄灰色のすっきりとしたデザインのワンピースだけを選び、それ以外の煌びやかなドレスを箪笥へと魔法で移動させた。ルーセル殿下から贈られたドレスは彼の瞳の色である赤が多く、まるで炎のように煌きながら箪笥の扉の中へ吸い込まれて行った。



「この魔力も風変わりなだけね。結局、役に立たなかったわ」



黒い靄を纏った右手に目を向けた。珍しい魔力の色は未知のもので、それはもう色々調べられた。が、特に異常が無い為、通常の魔法と同じ扱いとされた。それでも中には忌み嫌う者や、恐れて近づかない者も居た。勿論、王太子妃にそぐわないと苦言を呈す貴族も一人では無かった。





「君でなければ駄目なんだ、レティシア」



そう微笑むルーセル殿下の言葉だけで、あの時のレティシアは救われた。二人だけの想い出が脳裏を掠めれば、温かさが甦る。それと同時に、二度と戻らない現実を目の当たりされたようで、胸の奥が悲鳴を上げた。



どれくらい経っただろう。レティシアは締め付けられるような痛みを何とか耐えると、真っすぐ前を見据えた。



「もう忘れなくては、ね」



頭を振りながら作業に意識を戻した。




大きなルビーが幾つも付いた高価なアクセサリーをドレスと同じ所へ移動していた時に、小さな赤い巾着袋がコトリと床へ転がった。見覚えのあるレティシアの頭文字が刺繍されたそれを手に取ると、中の物を取り出した。




殿下が婚約の際に贈ってくれた髪飾りは、小鳥が一輪のアネモネを咥えて羽ばたいていた。柔らかな色の金で模られ、アネモネの花びらにルビーが、中心には小さな紫水晶が使われており、幼い頃からレティシアの宝物だった。




縋るように、ぎゅっと握り締める。



「せめて、これだけは…」



最後の我儘だから…とワンピースのポケットにねじ込んだ後、それ以外の物を全て使わない物として仕舞った。最低限のドレスと日用品だけになった箪笥を眺め、小さく頷くと扉を閉めた。




◇◇◇




深い緑の中で美しい薔薇が咲き誇り、天鵞絨のように滑らかな香りが溢れる庭園に赴いたレティシアは、誰にも気付かれないように胸いっぱい深呼吸をした。



高貴でありながら、香水とは違う瑞々しい芳香を堪能すると同時に、急いで心を落ち着かせたかったのが本当の理由。



妃教育が始まって、今日で丁度四年。節目の日と重なった殿下との茶会は、ほんの僅かに緊張していた。



公の場に参加する訳でも無く、公約者同士で会う恒例の会にも関わらず、ルーセルからはドレスが届いた。光の加減で青みがかる赤い絹が、ふんだんに使われており、見るからに最高級の品だと分かった。


形は実に無装飾、けれど程よい膨らみを持つ輪廓は赤から青に表情が上品に変化する。レティシアの好みとも重なり、袖を通す時は胸が高鳴った。



側面を複雑に編み込み、残りは後ろに下した髪型が鏡に映った時、大人になった気がして。普段は辛い妃としての勉強も、今日は何だか余裕すら感じられた。




「ルーセル殿下、お招きありがとうございます。レティシアにございます」



「レティシア、待っていたよ。さぁ、堅苦しい挨拶はそれくらいにして」



レティシアを目にしたルーセルは穏やかに微笑み、静かに立ち上がりレティシアの椅子を引いてくれた。



「どうぞ、我が君」



いつもとは違う澄ました話し方に、レティシアも淑女の仮面を外して、ふふっと笑った。



「光栄ですわ、愛しの貴方」



優雅に腰かけた後、思わず二人で笑い合う。



「レティシア、今日までの努力に感謝を。そしてこれからも私の傍に居て欲しい」



「勿体ないお言葉、光栄にございます。全ては殿下と共に」



少し拗ねた様に、ルーセルから吐息が漏れた。



「今日は本当に二人だけだから。レティシアの言葉がいい」



子どものようなルーセルを見つめながら、くすくすレティシアは笑った。



「ルーセル殿下の婚約者で本当に良かった。私は国中で一番の幸せ者ね」




ルーセルの口から零れたありがとうという小さな御礼と共に、髪から僅かな感触が伝わってきた。



「私とレティシアのこれからを願って…というのは口実で、レティシアは私の妃になると見せつける為にこれを」



レティシアが頭に手をやると、ひんやりとした滑らかで緻密な手触りの髪飾りがあった。




「まぁ、きちんと見られるのは屋敷までお預けなのかしら」



レティシアに背を向け、ぼそぼそと小さな声が聞こえる。



「帰ってからのお楽しみ」



ルーセルの耳が赤い事に、その場の二人は気付かない。




「ありがとうございます、殿下」



振り返ったルーセルは口元を手で隠しながら、あぁと頷いた。何だか熱を帯びた紅い瞳と目が合った時、余りにも真っすぐな視線に、レティシア自身も顔が熱くなっていた。その場の空気を変えようとしてか、はたまた照れ隠しかは定かではないがレティシアの発した言葉は、やや自虐めいていた。



「私の黒い魔力が何なのか分かっていませんのに。もし危険と判断された場合は…」

「またその話?しない約束だよ」



遮るようにルーセルが口元に人差し指を添えた。


「えぇ、でも…」



それでも言い淀むレティシアを、ルーセルは真っすぐ見つめた。



「君でなければ駄目なんだ、レティシア」



そう微笑むルーセル殿下は、なんだか泣いているようで。



「ありがとうございます」


レティシアはそれ以上何も言えなかった。





「うあぁぁぁ」



邸に帰ったレティシアが、髪飾りを手に握り締めて蹲る。嬉しくも恥ずかしい。そしてやっぱり嬉しい。



レティシアが好きな物が模られた髪飾りは、アネモネの花の中心に紫水晶が一つ、それを取り囲む様に紅玉が配置されていた。まるで騎士が姫を守るように。



あからさま



それがレティシアを除くオランド侯爵家の総意だった。





3話で終わるので、良かったら次も見て下さい!

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