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迷探偵、タラリアを手に入れる

504号室のあの至って何ともない普通のマンションの玄関ドアを再び開けた時には、11時半近くになっていた。無駄に広いせいで時間を食ったのが原因なのは言うまでもない。

それでも腹立たしいのに、問題は違法改築以外の収穫が何もなかったという事だ。

「どうだった!?」

私達が現れると上野さんは気がくように私に問いかけたけど、私の表情を見て悟ったらしい。

「そう、いなかったのね」

「ふははは!これで僕が誘拐犯だなんてことは口が裂けても言えまい!」

はた目から見ても落ち込んでいる彼女に新木場は鬼の首をとったぞと急に強気になる。

何という小者。兄がこの男のどこを見て「先生」などと敬称をつかうのか分からない。

「でも先生、それなら何故浅草さんの靴がここにあったのでしょう?」

「え、そ、それは、そりゃ、分からんよ!

もしかしたら宇宙人の仕業かもしれない」

「え、宇宙人!?

まいったなぁ、SFはアシモフしか知らないんだよな」

この二人は放っておこう。付き合っていたらキリがない。

私は上野さんに向き直って尋ねた。

「浅草さんを最後に見たのが3日前というのは確かですか?」

「え、ええ。正確には3日前の午後5時頃の事だけど。

それがどうかしたの?」

大事な点を確認したので、次は小者に向き直った。

「3日前から今日まで何をしていたのか言いなさい」

私の要求にきょとんとして「なんで?」と間抜け面で問いかける。

「いいから、3日前の日は何をしてどこに行ったの?」

「え、えーとそうだなぁ。

まず、朝起きるだろ?

それから今日は何を着ようかなって抽斗ひきだしの前で考えて、、、」

「そこは割愛でいいから!どこかに出かけなかった?」

「そりゃ、出かけたさ。

その日は久しぶりに夜まで雨は降らず曇りだったからね

それに僕は根っからのアウトドア派なんだ」

「で?」

「まず、勝鹿かつしか商店街に買い出しに行った。

あの商店街はいいよ。

アーケードがあるから、雨宿りができるし、歩いて8分ぐらいの短さの中に必要なものがぎゅっと凝縮されている。

肉屋にはちゃんと80円のコロッケがあって、自転車屋は空気入れのサービスがある。まあ、僕は自転車持ってないから関係ないんだけど、ああ、うん、だからその商店街にあるスーパーに買い出しに行ったんだよ。

いろんなものが一気に切れたからそこそこな量になったよ。醤油とみりん、カルダモンシードに魚醤それからハイサイペーストに燕窩えんか、ベジマイト、etc...」

ツバメの巣なんて高級食品からオーストラリアの発酵食品まで何故日本の下町の商店街にあるのか不思議でならないが、そこを突っ込むと話が長くなりそうだ。

「買い物行って終わり?」

「いや、そんなことないぞ!」なんでそんな心外だという顔をするのか

「スーパー高砂たかさごから帰ってきて__ここで新木場はスーパー高砂の良さを語ろうとしたが、さっきから脱線しすぎなので視線で先をうながした。少々無言の攻防があったが、最終的に私が勝った__買ってきた戦利品を整理した後、風呂に入ろうとしたんだ。もう五時過ぎだったし、荷物のせいで大分汗をかいた。何より連日の雨で湿気が酷いからね、さっぱりしようと思って。

ところが、いつまでたっても蛇口から出てくるのは冷たい水。しょうがなくて近くの銭湯に行くことにした」

「故障でしょうか?もしよかったら俺の家の風呂を貸しますよ」

兄の申し出に鷹揚おうように新木場は首を横に振った。

「いや、大丈夫だ。もう解決したから

どうやら、ガス代を支払ってなかったから差し止められていたらしい。もう払ったから大丈夫だよ」

「むこうさん、どうせ払い遅れるのだから早めに止めておこうという方針になったらしい。おかげで今回は遅延料金が発生しなかったよ」そんな事を言いのける男に呆れて物が言えない上野さん。

もう感覚が麻痺まひしてきている私はそんな彼女を羨ましく思いながらも言った。

「じゃあ、まずはその銭湯に行きましょう」

「何で?」

「時間がもったいないから、理由は後で説明する。

さあさあ、場所を案内して!」

新木場は戸惑ったような顔をしながらも持ち前の順応性の高さで私に従った。

多分この男なら今から風呂に入れてやるからと言われたら躊躇ためらいなくそのドラム缶に入るだろう。

場所が港の倉庫街で近くにはガラの悪いあんちゃんがコンクリートを練り回していようと一向に気に留めまい。

私たちはエレベータで5階から1階へと降りたち、新木場を先導にマンションのエントランスを抜けた。

そこへ誰かの怒鳴り声。「だれだ!ゴミを私の庭に投げ入れたのは!!」

その声の凄まじさに私達は一斉いっせいに声の主を見た。

1階の住人には地上であるアドバンテージでそれぞれ小さな庭がついている。

エントランス横に住んでいるのは管理人の葛飾かつしかさんというおじいさんだと聞いているから、恐らく額に青筋を立てて『ゴミ』を左手に怒り狂っているのはその葛飾さんなのだろう。

沸点が低いとは聞いてはいたが、それにしてもその場にいない誰かに対してこれ程怒りを爆発できるのはある意味才能じゃないだろうか。

__ところが、その私の考えには一つ間違いがあった。

「おやおや、こんな所にあったのか」

新木場はご老人の手から『ゴミ』を受け取ると__受け取るは語弊ごへいがある。新木場の様子はまるで丁度木に柿がなっていたから一つもぎって頂戴ちょうだいした。という具合だった__自身の左足にめた。

呆気にとられた葛飾さんに「いや、いい天気ですね」とおなざりな挨拶をすると新木場は晴れ晴れとした表情で堂々とその場を後にした。


1テンポ遅れて聞こえてきた葛飾さんの怒号をバックミュージックに、

こうして私と兄、上野さん、それから天から舞い降りた履き物__左足のスリッパを手に入れた迷探偵新木場亨は最初の聞き込みをするべく十葉とおば銭湯へと足を運んだのである。

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