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神秘の部屋のバックグラウンド、それから狂人共

納得した上野さんを廊下に残して、新木場は念入りに玄関の扉を閉めると私達に向き直ってごほんと咳をする。「ようこそ、僕の城へ」

右足スリッパ、左足靴下ではどんなに気取ろうが、格好がつく筈もない。

それなのに、兄は尊敬の眼差しで奴を見ている。いつか目が覚める日は来るのだろうか。いや、来てもらわないと困る。

そんな風に将来にうれいを感じながら私はあまり意識せずにその扉をくぐった。

最初、私は考え事をしていた為に目の端でしか部屋を見ていなかった。

ところが、なんだか視界がいつもより広く感じて、それで未来に対する憂いから思考は現在へと移行し、現実を目の当たりにしたのだ。

__いや、なんなら現実とも思えなかった。

『扉をくぐった先は__』、なんて物語ではよくあるけどまさにそう。

突然タイムスリップと一緒に地球を東に9600㎞瞬間移動したような、月並みな表現で言えば、まるで魔法のような。

玄関には例の限定もののスニーカーと一本下駄いっぽんげた(何故、一本下駄があるのか、とかそこんところを気にしてはいけない)しかない殺風景であったのに対し、一つ扉をくぐった先にはあらゆるものが視界を埋め尽くした。

部屋を取り囲む壁には隙間なく陳列されたマホガニーの重厚な本棚。

床はふかふかとしたビロードのような絨毯が敷かれ、部屋の所々に配置された読書机や座り心地のよさそうなソファー。その傍のサイドテーブル、それから場所を選ばず至る所に置かれたいくつものステンドグラスのランプが様々な模様を浮かび上がらせる。水面を通したようなゆらゆらとらめく味わい深いいろとりどりの光と影が周囲をほのかに照らしている。

私はタイのコムローイというお祭りの映像を見た時の事を思い出していた。灯篭とうろうが一つ一つ空に浮かびあがるあの幻想的な光景。それとは異なりながらも新木場亨の部屋を見た最初の感想はそれに近しい物だった。

神秘的で非日常的、それからこちらはとても静かな時間が流れている。まるで何世紀も前からこのままであったように。

視界が広がったと思ったのはどうやら、吹き抜けの影響で天井が高くなっているかららしかった。

2階部分には回廊かいろうが見え、それらの壁にも1階同様本棚が四方を囲んでいる。濡れたような彩合いろあいの木造階段、優美ゆうびな細工のほどこされた回廊の手すり、幾つもの本棚に仕舞われる無数の本達、、、ん?

「ちょっと待って!何で二階があるの??」

私と同様、兄もそれから新木場も陶酔とうすいした表情を浮かべて見入っていたが、私の声で二人も集合住宅504号室に戻ってきた。

そう、ここは兄の部屋と同じ間取りのマンションの一室の筈なのだ。

だが、目の前に広がる光景はとてもそうは思えない。だって天井があんなに高い、、、。

「そりゃ、天井を、上の部屋からすると床をぶち破いて作ったからさ」

何てことないように言う男に唖然あぜんとなる。

「さすが!!先生!!!」兄は私よりも順応性が高いらしい。

新木場は私の表情を見て「心外だなぁ」と言った。

「もちろん家賃は二部屋分払っているよ、、、たまに間に合わないけど」

「そういうことじゃない!そういうことじゃないの!!

もう何からどこを突っ込めばいいのか分からない」

混乱する私の肩に私の優しい兄がポンと手を置いた。

「落ち着いて、あやか。

最近じゃリノベーションと言って、マンションでも住民が工事をして元の部屋よりも価値を高めることを推奨されているところもあるんだよ」

「そうそう、いまどき普通普通」と新木場。

新木場は腹が立つけど、兄がそう言うならと私は胸中にある疑問の数々に見ないふりをした。

「でも先生、なんで上野さんを入れるのを嫌がったんですか?」

「そりゃ、彼女の勢いじゃ僕の大事なコレクション__ステンドグラスのランプたちの事らしい__を壊しかねないだろう」

「まあ、確かにそうですね」

「それに万が一、この部屋の事を管理人さんに告げ口されたらたまったもんじゃない。

君たちもこの部屋の事は他言無用でよろしく頼むよ」

「分かりました!先生」

「さて、それじゃあ迷子の浅草くんとやらでも探してもらおうかな。と言ってもそんな人いるはずがないけどね」

二人は楽しそうに会話をしながら、本棚の間、正しくは本棚の陰で隠れた隣の部屋に行くドアへと姿を消した。


__不思議の国のアリス

アリスは狂ったお茶会に招待され、そこで狂ったウサギと帽子屋とネズミに出会う。

でも、本当にそうなのだろうか?

最初から全員狂っていたのだろうか?

そうじゃなくて、腐ったリンゴが周りのリンゴも道連れにするように1人の奇人の奇行で普通であった筈の周りの面々をも狂わせたのではあるまいか。

そう思ったのは、楽しげな2人の様子と私があのマッドティーパーティーの3人衆のように思えたからだ(正確には1人と2匹だけど)

急に私はゾッとした。

もしかしたら私は自分が気づかない内にあの男の奇行に慣れ、兄がそうなったように自分も同じようにおかしな行為をしているのではなかろうか。

__ああ!アリス!

アリスは一体いつ私達の下へ現れるのか。

私があの男のような非常識の塊になる前に__非常識が常識の人間になる前に来てくれるのだろうか。

、、、とは言え、まだ常識の世界からの使者は現れないようだから、私は自分なりの精一杯の常識で叫びながら2人の後を追った。

「待って!無許可?無許可なの、これ!?」

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