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『こうして私は事件に巻き込まれる事になったのだった。』という章

「それで、例の靴がこれですか?」

私は手にしている白いスニーカーを持ち上げて上野さんに聞いた。

場所は504号室、誘拐犯こと厄介者こと探偵こと新木場亨しんきばとおるの部屋の玄関だ。

一通り上野さんから話を聞いて私はこのままではにっちもさっちも行かない、このままでは折角の兄と過ごせる休日が無駄な事に消費されかねないと、彼女に男の部屋へ行くことを提案した。

兄が一人暮らしをしたためにただでさえ会えないというのに、バイトなんか始めたもんだから妹の私にける時間がかなり減ってしまっている。まだ小学2年生である私が午後6時のチャイムを聞きながら兄の帰りを一人待つなんてことは残念ながら許されない。

そんな状況下における一日独占権にどれほどの価値があることか。


ところが、私の仲裁ちゅうさいに対して男は床から飛び上がって__まさに蛙のような跳躍ちょうやくで__反対した。

「嫌だ!そんな危険な女を僕の城に入れるわけにはいかない!」

「そんな危険な女ですって?」

蛇の一睨ひとにらみに新木場は慌てて兄の背中に隠れる。なんてダサいこと。

「なんでそんなに嫌がるんですか?中にいないことを見せたら直ぐに疑惑が晴れるじゃないですか」

唯一の味方である兄に言われても新木場はぐぬぬと口籠くちごもったまま。

「ほら、こうやって中を見せない事が何よりの証拠じゃない」勝ち誇ったように顎を上げて新木場を睨みつける上野さん

収拾つかなくなって、新木場は彼女の猛攻を押し止めてベランダから逃亡を図ったのだろう。そして、助けてくれるであろう唯一の存在の家のベランダへと侵入した。

最近流行りのフィールドアスレチックとやらを住宅街できょうじたわけだ。

さぞスリル抜群だっただろう、なにしろ命綱なしなのだから。

__家主以外が不法侵入者を告発することはできないのだろうか、、、。

今度調べておくことを頭にメモしてから私は妥協案を提示した。

「じゃあ、私たちは?

私とお兄ちゃんが部屋の中を確認して冬樹さんがいない事を証明するのはどう?」

「、、まあ、君たちならいいけど」

「待ってよ、あなた達が嘘をつかないって保証がどこにあるの?仲間かもしれないじゃない」

上野さんの疑問は妥当だが、荒唐無稽こうとうむけいだ。

「その発言は取り下げてください。

私とあれが同じカテゴリーに含まれるなんて考えるだけで身の毛がよだつ」

上野さんに一瞬にしてたった鳥肌を見せつける。

「そ、そこまで言わなくても」やつが悲しそうな声を上げたが、私の隠しきれない本心を目の当たりにして上野さんも納得した。

「分かったわ、あなたのことを信じましょう」

そして告発者と被告発者、その検察官達は連れ立って506号室を後にすると廊下を右に今現在私たちがいる部屋へとやってきたのだ。

「ええ、そうよ。ほら、ここにサインがあるでしょ」

上野さんは細い人差し指でその黒い線を指差す。

実際それがなんと書いてあるかは分からないけど確かにペンで意図して書かれたものには違いなさそうだ。

よく手入れされているようで、傷一つ、汚れ一つ見当たらない。上野さんにそう告げると、「冬樹はそれをとても大切にしていたみたいだから、彼女だった私よりもね」と返ってきたので私は慌ててスニーカーに目を戻した。もう少し念入りの調べてみると、外側は晴れ渡った空の雲のように白く、綺麗だが、内側はほんの少し湿っている。

「そろそろ中を見てきてよ。私はちゃんとここで待ってるから」

「では、一旦玄関を閉めさせてもらいます。あなたは廊下で待っていてください」

「なんでよ、ここで待たせてくれたっていいじゃない」

「なんでも!です!じゃないと僕は一歩もここを動かないぞ!武蔵坊弁慶のごとく!!」

蛙からまた随分ずいぶん出世したものだ。

「やっぱり怪しい。私を追い出してまたベランダから逃げるつもりじゃ」

上野さんが両手を構える。キレイに塗られたベリー色のネイルが今じゃ、山姥やまんばの爪のようにおどろおどろしい。新木場は彼女の変化に機敏きびんに反応し、すぐさま兄の背中に隠れた。おい、弁慶はどうした。弁慶は。

「すいません、この男がこう言ったら絶対に譲らないんです。

そうなったら私達が恥ずかしくなるような事を平気でやり続ける。

まず手始めに幼稚園児のように駄々(だだ)をこねだします。

成人男性が床で転げまわって「いやだいやだ」をする光景なんか見たくないですよね?」

あろうことか新木場は私の言葉にはっとしたような表情を浮かべてこちらを見ると、したり顔でおもむろにしゃがみだしたので私は奴の足を__しかもスリッパだった__思い切り踏んで跳び上がらせてやった。やれって言ってんじゃないの。

上野さんは私と男の様子を見て、それとベランダから逃亡した曲げる事のできない事実、奇行の実績から私の言葉を信じたようだった。侮蔑ぶべつの目で男を見ている。

「この男が万一にも私達を巻き込んでおきながら逃げ出すなんてことがあった時には私もこれまでの鬱憤うっぷんを晴らしてそんな気力が起きないようにしますから」

小学3年生の女の子にここまで言わしめるのだ。この男の底知れなさは随一ずいいちである。もちろん悪い方に。

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