殺人鬼もしくはヘビが誘拐犯もしくはカエルを告発する
その時の光景はよく覚えている。
黒髪ロングの美女が均整のとれた顔を鬼の形相よろしく歪め、魔を払い病を治す鍾馗のように片手で男の胸ぐらを掴んでいる。
もう片方の手に剣がないのが不思議なくらいだ。
「先生に何をするんですか!」兄が慌てて間に入るが、彼女の耳には届かない。
「あんたが冬樹を攫った事はもう分かっているの!
さあ!観念してあいつの居場所を白状しなさい!!」
それに対して、男。
「ごぼふぉ、く、くびが」
「あ、先生の顔色がとても赤いです。なるほど、血が溜まっているんですね」冷静に観察する兄。
一体、そのスレンダーな体のどこに男一人を持ち上げる力があるのか。本当に人ならざるものなのかもしれない。「あ、今度は青くなった」
、、、ああ、もう。
「お姉さん、すいませんがその男を放してやってくれませんか」
まるで私の事が目に入っていなかった彼女は__玄関開けたの私なんだけどなぁ__小さな女の子の登場にびっくりしたように目を見開く。
驚いた拍子に手の力が緩み、どすん!、男の体が床に落下した。
苦しそうに息をする男。傍に駆け寄る兄。
「きみ、さっき僕の事真面目に助けようとしなかったな」
「ええ!?俺が先生の危機にそんなわけないじゃないですか!!
なるほど、酸素不足による幻覚作用は本当だったんですね」
恨めしそうに睨む男と兄。「なるほど、幻覚だったのか」こいつ、ちょろすぎないか。
この二人に構っているといつまでも話が進まないので、私は場の進行を担う事にした。
「お姉さん、この男が何をしたのか教えてくれませんか?」
「それから一体僕に何をするつもりなのかも!それによっちゃあ地下シェルターに逃げ込まなきゃならない」余計な茶々を入れる男を睨みつけて黙らせる。
女性の方は、第三者の介入で冷静になったようで恥ずかしそうに額の汗にハンカチを押し当てている。さっきよりかは話が通じそうだ。
私は兄に水を持ってくるように頼んだ。
「ありがとう」
受け取ったそれを彼女はぐいっと飲み込んだ。空になったそれを兄にぐいと差し出す。「おかわり」何だかようすがおかしい。
コップを持って台所の流しに向かった兄をこっそり観察していたら、なんとブランデーの瓶を傾けているではないか!
「おにいちゃん!何してるの!!」
驚く私に、兄は全く動じなかった。
「もちろん、おかわりを用意しているのさ
それに落ち着きのない人にはブランデーを処方するのは当たり前のことだよ」
「それはお兄ちゃんの読んでいる探偵小説の中の話よ。
日本人はそんなぐびぐびアルコール度数の高いものを飲まないの!」
「相手に教えずに飲み物にお酒を入れたら犯罪なのよ」と教えると兄は「世知辛い世の中になったものだ」と渋々、琥珀の液体を注ぐのを辞めた。
純度100%の水道水を持ってリビングに戻ると、彼女は椅子に浅く腰をかけ、男が少しでも逃げるそぶりをしたら飛び掛かってやろうと静かな緊張を全身に張り巡らしている。
そんな感じだから男の方も下手に立ち上がる事ができず、床にへばりついたまま終始彼女の挙動に注目している。
まさに蛇に睨まれた蛙。
その戦線に割って入って彼女におかわりを渡してあげた。
一口飲んで、不満げな物足りないような表情を浮かべてこちらを見てきたが、無視する。
「それで、この男が誘拐犯というのは一体どういう事なんでしょう?」