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友との別れ


バドス・モンドは訓練場から少し外れた場所に転がっている人間を見つけて、魔術部隊の仲間に訓練から外れることを告げ、休憩とばかりにそこにある小屋の壁に体を預け転がっている人間に話しかける。


「随分派手にやられたようだが、どこで遊んでいたんだ?」


「魔物退治っていう第一部隊の仕事をこなしてやったんだよ」


 フランク・ルーベの服には確かに黒い血が飛び散っており、顔には強く疲労が表れていた。はは、と力なく笑うフランク・ルーベに肩の力が抜ける。フランク・ルーベと同じように草むらに座り込んだバドス・モンドはフランク・ルーベが地面に視線を落としていることに気が付く。普段は飄々とバドス・モンドの説教もかわしているのに、今回は何かを思案している顔であった。それを問えばフランク・ルーベは軽い笑みを浮かべたまま口を開く。


「今日本当はサボるつもりだったんだが……。行きつけの店に行く前にこの前の魔物で犠牲が一人出ただろ。ソイツの親のところに行って、報告した。信じられないって言いながら泣いてた。もう高齢なこともあって、自分たちが死んでも心配せず暮らせるようにって結構な額を貯蓄していたみたいだ」


「フランクが報告しに行ったのが間違いだったんじゃないのか? まさか目の前で金を受け取ってこなかっただろうな」


「馬鹿言え。あんな重たい金受け取れるかよ」


 本部に所属している人間は、第一部隊ほどの危険性はないが、誰だって死ぬ場面に直面する可能性がある。その中で、親や保護者に報告しにいくと、息子のためにためていた金や、逆に本部に属していた人間が貯めていた家族のための金を渡しに行くことがある。


 泣きながら恨み言を言われることはしょっちゅうだが、息子のために貯めていた金をどうぞ使ってくださいと、たまに渡してくるときがあり、死んだ人間と関係が近かったら受け取り、ソイツが好きだったものを買い集めたり服を買ったりするが、基本受け取らない。無意識に、重ね合わせているからだ。本部の人間というだけで息子と重ね合わせ、使ってもらえるなら本望と、言ってくるのだ。


「それならいいけど……。で、なんで魔物が出た?」


そう聞いた瞬間に、フランク・ルーベは顔色を変える。目の中には仄暗い色が渦巻いており、濁った目が瞼に隠されてゆく。


「信じられない、信じられないと泣いていた。親が、どうして息子じゃなければならなかったのだと、嘆いた瞬間に咆哮が聞こえたんだ。今まで気配すらなかった場所に魔物が現れたんだ。……なあ、魔物がどこから来るかって研究、お前んところでやってたよな?」


確かに魔術部隊ではその研究を進めていたが、バドス・モンドは簡単に応えられなかった。一つ頭を縦に動かすことが精一杯だった。研究は年々進んでいる。だが最高機密なので、報告はポール大佐にしかしていない。第一部隊はおろか第二部隊にその話すら行くはずがないので、フランク・ルーベは自分自身で仮説を立てたということになる。


しかも最近会議の書類と共にバドス・モンドの仮定を一つ報告したところだった。その仮定があまりにも今のフランク・ルーベの報告と一致していて、バドス・モンドは喉が焼けるように熱くなるのを感じて、唾をやっとの思いで嚥下した後に、痺れる舌先を動かした。


「……ポール大佐の発言から、俺は仮説を立てたんだ。ポール大佐は魔物と人間は対だと言う。誰も魔物が生まれるところを見たことがない。それに、魔物の子どもを見たことがないんだ。どこからともなく現れる」


「だが、何もないところからは生まれはしない。どこかで生まれてはいる。それが、誰にも見えない場所なんだ」


 フランク・ルーベの恐ろしいほどの鋭い考察に、バドス・モンドは思わず息を止める。ただの直感か、それとも今日の出来事があり、そこから導き出した単なる答えなのか。


「それが、心の中だと、俺は仮定した」


 その一言は消えてしまいそうなほど小さな音だったがフランク・ルーベには十分に届いていただろう。詰めていた息を吐いて、バドス・モンドは髪をかき混ぜた。


「心の中の憎しみが、魔物になる。……で、合ってるか?」


「フランク、誰にも言うなよ……。これはまだ俺とポール大佐しか知らない情報……というか、まだ仮説なんだ」


「わかってる、わかってるよ。俺だって信じたくねぇ。人間から魔物が生まれて、なんてのが事実になったら俺達は誰を恨めばいいのかわからなくなるだろ」


「……もし、その仮説が事実だった場合、恨まれるのは魔物じゃなくて……」


「もしかしたら、アーシュ様になるんじゃねぇの。よくわかんねぇけど、魔物を恨んじゃいけないってなったら、英雄を恨むしかないだろ」


「……アーシュ様なんて、見つからなければいいのにな」


 もしかして現れなければ、平和が訪れるのではないかと、バドス・モンドは夢を見ていた。それくらい研究は行き詰っており、馬鹿みたいな仮説を立てるしかないのだ。信じたくない仮説から提唱していくのが、一番ダメージが少ないと、無意識に考えていた。


「なんで? 俺はアーシュ様を見つけるね。いつだってアーシュ様の味方を俺はしてやるよ。巨大な魔物を倒せるのはアーシュ様だけなのに、なんで恨まれ、周りから非難されなきゃいけないんだよ。そんなのはお門違いだってことを教えてやるぜ」


「悲しみを生むだけかもしれないんだぞ」


「ソイツにしかできないことだったら、どんなに嘆いたってやらなくちゃいけない。それがソイツの天命だ」


ヘラリ、と笑ったフランク・ルーベの足元は黒い魔物の血と共に、赤い血も流れ出ていた。それを見つけたバドス・モンドはまずは治療だ、とフランク・ルーベの肘を掴んで立たせる。


「魔物に後れを取るな」


「無茶言うなよ。……アイツの両親の恨みかと思ったら体が鈍ったんだ」


「受けてやる義理はない」


「お前の方がよっぽど冷酷だよな」


「まだ仮説だ。信じるには材料が足りない。仮説の状態のものは、ないものとして行動しろ」


「……事実になったらどうするんだよ」


「俺達だけじゃなく、本部も全滅かもな。誰も魔物に攻撃出来なくなるかもしれない」


 その時は大人しく全滅を受け入れなくちゃいけないかもしれないな、という呟きはバドス・モンドを探しに来た魔術部隊の人の声でかき消された。



会議が終わった後の夜、俺はベンチに座って頭を抱えていた。ミカエルに夜外出することをとても渋られたが、すぐに帰ってくると数十回は約束して外にでた。最近自室にいてもミカエルにずっと監視されているような気がして、息苦しい。少しの動作でもミカエルがどうしたの、と聞いてくるし、なんでもないと返しても俺の体に異常がないかしつこく聞いてくる。どうしてそんなに俺に関わるの、と問いかけるとミカエルは悲しそうな顔をしてごめんね、というだけだ。


ミカエルのことでも問題を抱えているのにポール大佐も問題だ。ポール大佐に上手く使われたっていうのもあるが、どうやら自分の魔力の回路がどこかおかしかったから直した、と言われても、自分の中で違和感しかない。


「アーシュ隊長と戦うときは違和感あっても、無理矢理いけたんだけどな……」


右手に魔力を集中させても、一向に魔力が向かう気配がない。というかむしろ、自分自身が弱くなったとさえ感じる。それほどまでに、魔力を感じられなくなってしまったのだ。ポール大佐は魔力が多くなったとか少なくなったとか言ってなかったからそこは代わってないんだろうけど。何より、魔力が回路を通っている気がしない。やり方を忘れてしまったほどに、魔力が適当なところに流れてしまう感覚がたまにある。


もしかして、今までの俺の魔力のやり方が全部だめになったのかもしれない、と考えたくないことが頭に浮かんで、無理矢理頭の中から吹き飛ばした。多少魔力の回路の操作が変わったなら時間の経過とともに慣れていくんだろうけど、困ったなぁ。


 右手を月明かりに照らしてみて魔力の回路が見えればいいのになあ、とかざしていると、その手の隙間から月明かり以上に輝いている銀髪と、アレクの顔があった。ベンチの後ろに立っているアレクに手を伸ばすが、簡単に弾かれ隣に乱暴に座る。


「ご機嫌良くないらしいな」


「お前には一生わからないよ」


「そうか? てっきりシルヴァ・ビゴーってやつのせいで機嫌悪いのかと思ったけど」


「……」


 シルヴァ・ビゴーの名前を出した瞬間にアレクはうつむく。ほら、と得意気に言えばギロリと睨まれて、慌てて口をつぐむ。


 俺が出ること自体アレクは驚いていたようだけど、アレクは毎回出ているようで、アーシュ隊長のサポートをしたり、会議が滞りなく出来るようにさりげない気づかいを感じた。やっぱ優秀な隊員っていうのはアレクみたいなやつのことをいうんだろうなぁ、とちょっと感心しながらも、アーシュ隊長と一緒に居るとアーシュ様の事も知れて、アレクにとってみれば一石二鳥になるのかな、とぼんやり考えた。


「今日俺が出てくると思わなかっただろ? 俺も思わなかったよ。急にバドスさんに連れていかれて……。でも、俺の考えもわからなくはないだろ? 誰だって、考えないようにしているだけで、ちょっとは気になってる。本当にアーシュ様だけしか倒せないのかって。だから試してもないのにダメだって言うシルヴァ・ビゴーはムカつくよ」


「……」


「俺は正しい事しか言ってない。まだまだ考えも足りないし実力も足りないと思うけど、上層部が全員シルヴァ・ビゴーみたいな奴だったら革命的なアイディアも通らないよ。ねえ、そう思わない? 新しい風が必要だよ。ポール大佐はちゃんと話を聞いてくれるけど、シルヴァ・ビゴーは完全に自分で指揮をとりたがってただろ、なあ、そういうことなんだよ」


「ロベル」


「何?」


 なあ、そう思うだろ、と問いかけている途中で話が止まる。アレクはずっとうつむいたまま、その銀色の髪が月明かりに照らされて光っているのか、自らで光っているのかわからないほどに眩しくて目を細めた瞬間に、アレクと目が合う。


「っ!?」


 目が合った瞬間、本当に瞬間だった。アレクの右手が俺の体の前に出てきたと思ったら、低い音と共に振動が来て、俺の体をへこませながら俺は吹き飛ぶ。ぐう、とうめき声をこぼしながらベンチから吹っ飛んだ俺が草むらに背中をつけながらアレクを見上げると、アレクは恐ろしいほどの無表情で俺を見下ろしている。


「……、なあ、俺、なんか言った? ごめんごめん、なんか気に障ること言ったんだったら謝るよ。なあ、アレク、そこまで怒らなくても、っ」


暫くの静寂の後、茶化すように俺が笑えば、俺の腹に足を置いてきて、力をこめる。ぐり、と腹に靴が食い込み呼吸がしづらくなりと痛みに耐えながらアレクを見上げると、その真っ白すぎる口は動く。


「もう友達じゃいられない、ロベル。」


 なんの感情も乗っていない声でそう告げられ、アレクは最後に俺を蹴り飛ばして闇夜の中に消えていった。友達じゃいられない、と告げられた俺は、思いのほかショックを受けており、悪態をつきながらも友人と認められ、心地よかった距離感でやれていたのに、今日でそれがすべて崩れ去ったのだと、確信した。


 何がいけなかったのだと、問いかける暇さえなかった。もう、アレクの中で俺という存在は消滅したのだと、目が雄弁に語っていた。


「……アレク」


 俺達はいい友人になると思ったんだよ。正反対だからこそ、自分を偽らないでしゃべることが出来ると思ったんだよ。


 数十分後、ミカエルが俺を探しに裏庭のベンチの方に来るまで、俺は少しも動けなかった。むしろミカエルが来ても心が衝撃を受け止められなくて、ミカエルに自室まで運んでもらったほどだった。ミカエルが昏い表情をしていたことは、俺には抱えられない問題すぎるから、そっと現実から目を離した。


 その日、寝るまでにとても時間がかかったからだろうか。この、変な夢も、いつもと違ったのは。


 何やら本部がざわついていて、周りを見渡してもルイ・カーチスはいなかった。いつも目の前かどこかにいるものだからなんとなく寂しさを感じて必要以上に辺りを見回していると、誰かが慌ただしく駆け込んできた。


「すみません、あの、アーシュを見ませんでしたかっ?」


「……? 誰だ、アーシュって」


「アーシュ=ルイ・カーチスですよ! 朝から見えなくて……ずっと探しているんですけど、どこかで見ませんでしたか?」


「アイツ、アーシュっていう名前だったのか……」


「は?」


「いや、何でもない。とにかく探しておく」


 アーシュ=ルイ・カーチス、か。通りでアーシュと呼ばれているはずだ。どこに居るかは検討がつかないが、とにかく歩き回ってみようと足を踏み出したときに、俺は気づく。


 アーシュ=ルイ・カーチス。もし、コイツが、歴代のアーシュ様だとしたら……? 俺の見ている夢は、過去ということになる。アーシュ=ルイ・カーチスはまだ幼い。だが、この本部の新しさを見て、俺は過去だと確信する。それも、俺がまだ入る頃の前の、本部。走り回る人は全員知らないし、唯一俺に付きまとってくるチビはアーシュ=ルイ・カーチスという名前。


 いつもは俺の体だが、自動的に動いているようだったが、今日は自分で動けていた。裏庭があるのだろうか、と歩いて覗きに行ってみると、今より整備されていない裏庭に、ボロボロになったベンチが目に入った。まるで吸い込まれていくかのように足が動き、ベンチに近づいていくと、ベンチの背もたれに隠れるようにして誰かがうずくまっていた。だが、その頭の色はよく見たことがある慣れ親しんだ色で、思わず口を開いた。


「……アーシュ=ルイ・カーチス?」


 呼びかけるとビクリと大きく肩を震わせて、恐る恐る、というように顔をあげて俺と目が合ったが、その目には不安がありありと表れていた。


「どうした?」


「なんで……僕の、名前」


「英雄の名前だろ」


「英雄になんて、なれません……。だって、僕は弱いんです」


 いつもなら強くなった、と自慢しているアーシュ=ルイ・カーチスの表情が暗く、自らが弱いと告げるその口は青かった。


「どうして?」


「さっき、魔物が現れました……。僕は、倒せません。期待されても、嫌です。だって……怖い、僕だって簡単に死んじゃいます。それなのに皆が僕を戦わそうとする」


 慌ただしかったのは、魔物が現れたからか、と納得しながらアーシュ=ルイ・カーチスの頭を撫でると猫のように頭を擦り付けてくる。それに少し表情を緩めながら視線が同じになるように俺はしゃがみこむ。


「いいか、今お前には二つ選択肢がある。それは、命を守るか、捨てるか、だ」


「……、守るか、捨てるか……?」


「そうだ、中途半端に逃げるなんて許さない。守ると決めたら、最後まで立ち向かえ。捨てるんだったら、何も迷うな」


「……」


 子どもに残酷な選択肢を突き付けていることは、認識できた。だが、アーシュ=ルイ・カーチスはそれ以上を、子どもとしての対応を望んでいるのではない。アーシュとして望まれているのであれば、子どもであることは言い訳にならない。


「……ただ、俺が付き合ってやる。立ち向かうんだったら一番近くにいてやるし、捨てるんだったら一緒に捨ててやる。どうだ?」


 なるべく明るい顔でそう告げればアーシュ=ルイ・カーチスは今にも泣きそうな顔で、本当ですか、と問い返してきた。一つ頷けば俺の袖を掴む。その手が、以前よりも大きくなったような気がして、俺は顔が緩む。


「……立ち向かいます。一緒に、連れてってくれるんですよね」


「もちろん」


 ぎゅ、と手を握ったのが見えた瞬間に、数人の男たちがアーシュ様、と叫びながら走ってきた。俺は草むらについていた膝の汚れを払い、立ち上がる。しっかりとアーシュ=ルイ・カーチスの手を握りながら、男たちに口を開く。


「魔物はどこだ」


「……っ、南西の方向に、巨大な魔物が一体……!」


「被害は甚大です! 今現在第一部隊全員で食い止めていますが、街に降りるのも時間の問題かと!」


「わかった。大丈夫か?」


 震えている手を強く握りしめると、アーシュ=ルイ・カーチスは凛とした声で、行きます。と宣言した。


「ルイ、行くぞ!」


「っはい!」


 思い切り笑ってみれば、アーシュ=ルイ・カーチスも驚いたようにしていたが、不安が残りながらも俺につられて下手くそな笑みを浮かべていた。


「第一部隊の状況は?」


「第一部隊の半分が重傷者になっています! グディエ隊長の指揮でなんとか食い止められている状況ですが、長くはもたないでしょう……」


「魔術部隊も全員出ているのか?」


「もちろん。ですけど、巨大な魔物には何も効きません!」


「大丈夫」


 男たちが慌ただしく話している所に、俺の声だけが響く。その一言でその場にいる全員の注目を集めた。もう一度大丈夫、と呟けば男たちは気づいたようにこちらです! と案内しようとする。


「魔物は、止めるよ」


俺の中では絶対的な確信が、あった。アーシュ=ルイ・カーチスも覚悟を決めたようで、はい。と頷いて前を見据えていた。お前は将来有望だなぁ、とどうでもいいことを考えていた。



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