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試された心


「で、お前はどうしてここにいるわけ?」


 俺が訓練をしながら振り返ると、チビの癖に俺と同じ剣を持って訓練していた。ふらふら、よろよろしながらだが、剣筋は悪くない。たまにつついてやればコケるくらい軟弱だが。


「何するんですか!」


「お前弱っちいな」


「今に強くなるんです! 魔力だって扱いが上手くいって、これから魔力を剣に送るんです!」


 見ていてください、と意気込んで手をかざしているがマッチ棒でつけたくらいの炎が現れて消えただけだった。俺がチビの魔力と自分の魔力を同調させて少し火力をいじってやれば、チビの身長くらいの炎がでて、驚きながらひっくりかえっていた。


「はは、チビめ」


「チビじゃないです! 僕はルイ・カーチスです! ちゃんとした名前があります」


「はいはい、ルイね。」


「僕はすごいんですよっ、同い年の中で一番優秀なんです」


「そりゃすごい。お前ならアーシュ様になれるかもな」


 適当に褒めて頭を撫でたつもりだったが、何に反応したのかあたふたしながら後ろに転んだ。


「やめてくださいっ! アーシュ様になるとどうなるんですか?」


「アーシュ様になるのはすっごい大変なんだぞ」


「アーシュ様になったら僕はすごいですか?」


「おーすごいすごい、もう俺尊敬しちゃうね」


「じゃ、じゃあ僕アーシュ様になりますから契約書にサインしてくださいっ!」


「子どもが馬鹿言うな」


 僕は大人です! と言い張るルイ・カーチスを無視して剣を取って裏庭で寝ようかと考える。それについて行っていいのか迷っているルイ・カーチスは俺に声をかけようとしては口を閉じ、もごもごと言葉にならない声を出していた。


「ルイ、行くぞ」


「……はいっ!」


 嬉しそうに俺の後をついてくるルイ・カーチスに少しほほ笑む。


「あ、契約書じゃなくて約束ならしてやる」


 そういって小指を絡ませたが、なぜかゆでだこになったルイ・カーチスに指を早々離されてしまった。


「け、結婚してから素肌で触れ合うべきです!」


「お前の家の教育に疑問を感じるよ俺は」



「俺は、何を見ているんだ……」


 夢のようなものを、見る。俺が意識がない時に、ふと、俺は本部にいる。目の前の景色は本部にいることに間違いないけれど、知っている人が一人もいない。そのなかで、ルイ・カーチスと名乗るチビは俺に引っ付き、俺も仕方なしに相手をしているが、ルイ・カーチスという子どもを俺は知らない。


 俺がたまに見るこの夢のようなものは何なのか。そして誰目線で、見ているのか。


 視界から見える手や髪の毛は、自分とはだいぶ違った。誰かはわからないが、俺ではないことは確かだった。でもどこか他人のような気はしなかった。


「ロベル君」


 にこにこ、と効果音が付きそうなくらい輝かしい笑みを浮かべながら近寄ってきたバドスさんに、俺は嫌な予感しかしなかった。今日はフランク隊長がいなかったから、適当にいつもの訓練が終わった後に、風呂にでも入ってさっさと寝てしまおうと考えていた矢先に、問題事が現れた気がした。お疲れ様です。と頭を軽く下げて通り過ぎようとすれば肩を掴まれる。


「やだなぁ、少しくらいお話ししようよ」


「俺疲れてるんですけど……」


「今日さ、朝からフランクの野郎が見えなくてね? 今日は数か月に一度の大切な会議でね、絶対出席しなくちゃいけないんだけど、いないっていうのはどういうことなのかな」


「俺に言われましても……」


「第一部隊からはアーシュ隊長と隊員のアレクサンド・マーク君が出るらしいんだよね。」


「はぁ……」


俺はそろそろ、という言葉を五回ほど無視されてバドスさんは大げさに悲しんでしゃべりだす。


「そもそもね? 第二部隊ならフランクみたいな馬鹿じゃなくてもいいんだよ。もっと優秀で、もっとまじめで、もっと賢い子。」


「……」


 無言で肩を掴んでいる腕を外せないかと力をこめてみても、全然手が外れない。バドスさんはにっこりと綺麗な顔を近づけて目を爛々と輝かせる。


「それってつまり、君ってこと!」


 嬉しそうな笑みを浮かべられて俺はすぐさま逃げようと背中を向けたが衝撃と共に体から力が抜け、バドスさんに抱きかかえられる。


「くっそ……あんた脱力系の何かかけたでしょ……」


「何のこと? 俺には難しくてわからないなぁ。さ、ロベル君の体に力が入らないうちに、じゃないや気が変わらないうちに会議に行こうか!」


スキップでもしそうなほどに嬉しそうなバドスさんに片手で抱きかかえられながら移動していくのを俺はもう気絶しそうな気持ちで揺さぶられていた。


 朝からフランク隊長を見なかったのはおかしいと思ったんだ。いつも訓練には飛んでくるような人なのに。会議なんてめんどくせぇから出席したくないよな、とか言いながら毎回バドスさんに引きづられて行くのをみて、あんなのでも隊長なんだなって、尊敬した俺が馬鹿だったよ!


「せめて俺を隊長にしろ!」


「わお、それは絶対に無理だと思うよ。」



「──では、これから魔物への対処法に関しましての議題に入らせていただきます。」


 バドスさんが向かい側でほくそ笑んでいる。その笑みが憎たらしくて仕方がないです。長い机に上層部たちが座っている中、俺、アーシュ隊長、アレクと並んで座っているのはとても肩身が狭い。俺の右隣はなぜかポール隊長が座っているし、反対側の隣でアーシュ隊長は俺の方を見て一度笑うと緊張しているな、と喋った。


 会議に初参戦の落ちこぼれが椅子にふんぞり返って座ってたらおかしいだろうが。と思いながらも曖昧に笑みを返し、俺はフランク隊長の代理なわけだから空気になってやり過ごそう。と思っていたのがさっきまで。


「魔物への対処法が今まで第一部隊の隊員を増員する、という話が出ていましたが、どうやら違う意見も出てきたようなので、発言を許していただいてよろしいでしょうか」


 バドスさんが話し出し、ポール大佐が話せ、と言ったところで、バドスさんの視線が俺に移った。嘘だろ、おい、おい。まさか今ここで俺に振るなんて、言わないよな?


 ダメですできません、という意味を込めて首を横に小さく振り続けていたが、バドスさんはほほ笑んだまま、よろしくお願いします、ロベル君。と言った。


「ほう。お前が話すのか? 楽しみだ」


 バシ、と膝を叩かれ、震えを強制的に止められた。震えていたことにも気づかないなんて、と思いながら乾いた唇を舐めて一つ息をこぼす。音もないその息が、会議の中で響いたような感覚を感じ取れた。


「……魔物への対処法は蒼い炎が有効であることは、ご存知の事だと思います。そのうえで、私達は蒼い炎を偽造し、魔物を倒すのではなく、遠ざける。何も無理して戦わなくていいのです。」


「何を言うかと思えば、蒼い炎の偽造だと? ふざけたことを言うな。魔物を倒さなければいつか被害が出る。後回しにしているだけだ」


 俺がしゃべり終わる前に、強く机を叩いて、淀んだ目が俺を貫く。先ほどまで会議の中心になって進めていたシルヴァ・ビゴーだ。現役から遠のいたとは言っていたが、今でもいい噂は聞かない。


「巨大な魔物はひとまず置いておきます。ただ、魔物はいくら倒してもキリがありません。ですから、魔物に戦いたくないと、思わせて共存すればいいのです。」


「若さゆえの暴論か? 穴だらけのその意見にどう賛成しろと?」


「なぜですか? 蒼い炎は誰でも偽造できます。それに、魔物が街に寄り付かなくなれば、市民の家の修復などに回す人員が減り、本部に人が増えます。」


「本部に人が増えたとて、何になる」


「利点が二つあります。巨大な魔物についての研究が捗り、対策が出来るのではないのでしょうか。もう一つは、本部に優秀な人材が入ることで、風通しが良くなると思います。」


「嗚呼、悲しいな。誰だこの会議にあの気が狂った若造を呼んだのは。可哀想だ、本部の指示さえ信じられず魔物すら倒さなくていいと鳴く。我々を破滅に追い込むために降りてきた魔物か?」


「いや、俺はこのままでは変わらないと言っているんです! 魔物が出れば市民が傷つき、隊員が死ぬ。その未来を変えられないのかと考え、こうして話しているんです!」


「否、我々が立ち向かっているからこそこれほどの被害で済んでいる。市民が死んでも、感謝されるだろう? その時市民は何という? これほどの被害で良かったと、口を揃えるのだ。貴様のその案を飲むメリットがない。」


「第一部隊は、死にたくて戦っているわけではないんです! 皆心の奥では思っています。死ななければ、被害が出なければ。でも、そうやって口に出してしまうとそこで命を失ってしまった人に失礼だから、この命の犠牲があってこそ助かったのだと、信じるしかないんです!」


 立ち上がって同意を求めるようにアレクを見ると、アレクはうつむいたまま、ただ小さく震えていた。その隣でアーシュ隊長は目を瞑って、眉間に影を作りながら俺とシルヴァ・ビゴーの話に耳を傾けていた。


 議論は平行線だと、誰かが思い始めた時に、隣に座っていたポール大佐が一言口を開く。


「そこまで」


 シルヴァ・ビゴーはまだ終わってはいない、と口を開きかけたがポール大佐の威圧に負け、おずおずと席に座る。俺もおとなしく席につけば、ポール大佐は上出来だ、と一度俺のつま先を蹴る。


「双方言い分は理解できた。シルヴァ・ビゴーの言うことも、ロベル・レオナルドの言うことも、間違ってはいない。シルヴァ・ビゴーの通りで、我々が歯向かうからこそ、この被害で済んでいるという事実は変わりない」


 したり顔のシルヴァ・ビゴーを見たくなくてうつむいていたら、ポール大佐に肘を掴まれ、強制的に立たされる。


「だが今回俺は面白いほうに乗る。第一部隊全員に蒼い炎が出せるように訓練させろ。そこからの結果を見ても遅くないだろう。シルヴァ・ビゴー」


 どうだ、と聞かれて戸惑いながら頷いたシルヴァ・ビゴーを確認し、俺はポール大佐に連れ去られながら会議室を出る。ウインクしてきたバドスさんに一瞬の殺意を覚えたものの、最終的にはいい方向に転がったからいいか、と思いつつ手を振る。会議室の扉が閉まる瞬間に見えたアレクの横顔が、あまりにも顔面蒼白で、俺はずっとアレクから目を逸らせなかった。



「ポール大佐」


「なんだ」


 廊下を進んでいた時に後から追いついてきたバドスさんがポール大佐を呼び止め、俺の足も止まる。


「ご協力感謝いたします。ですがシルヴァ・ビゴーはあまり満足していない様子でしたね」


「自分の意見が通らなかったのだからな。アイツは思い通りのシナリオしか好まない。」


「どうします?」


「蒼い炎の偽造は進める。第一部隊の訓練内容に追加すること。それと、一つ山を越えたところに魔物の目撃情報が出た。そこに第一部隊を向かわせろ」


「承知いたしました」


 もういい、と手を振ればバドスさんは俺に一度ほほ笑んでから扉へと消えていった。


「……今回俺が生贄になったことは貸しにします」


 腕を軽く振ると思いのほか簡単に腕が外れ、歩みを止めるとポール大佐が振り返る。


「貸しだと? この俺に?」


「ポール大佐も思いついていたことでしょう。蒼い炎の偽造くらい。でも、ポール大佐が提案するよりも俺が提案する方が、正確な批判が聞けると、そう判断しましたよね?」


「さあ、なんのことだか」


「情報収集に使われたので、貸しです」


「……。ふむ、そういえば、俺がお前に(おおみず)を使った時に、変な魔力の通り方をしていてな。流せるようにしておいたんだが、それは気づいたか?」


「……何も変化はなかったですけど」


「そうか? 例えば口が上手くなったり、反論を思いついたり、事実に基づいた発言をできたり?」


「……まさか」


「気にするな、俺は貸しは作らない主義だ」


 感謝するだけでいいぞ、と頷き廊下を歩いていくポール大佐を睨み続けた。アンタか、アンタのせいだったのか。会議の時にやたらと舌が回ると思ったんだ! 普段ならこんなこと考えないのにやたらビゴーと対等に喋れていると思ったんだ!


 アンタのせいでビゴーに目を付けられて大変なのに。こっちは吹けば飛ぶような地位だぞ。と思いながらポール大佐の去っていった廊下に背を向けると、アーシュ隊長とアレクが歩いてきた。


「アーシュ隊長、アレク、お疲れ様です」


「先ほどは活躍したじゃないか」


「どうだか。全員が全員アーシュ隊長のような人じゃないので、言葉は難しいですね」


「お前の発言も中々に頷ける。その考えが思いつく人間は少ない。」


「アーシュ隊長も頷いてくれればビゴーももっと簡単に頷いたかもしれないのに」


「新米の雑な案に簡単に頷けるわけがない」


「手厳しいことで」


 真顔のまま話すアーシュ隊長に笑みがこぼれそうになって口角をあげれば、アレクが失礼します。と小さな声でつぶやいて早々に立ち去ってしまった。俺はさっきの会議中も様子がおかしかったし、追いかけようかと思ったが、アーシュ隊長にやめておけ、と言われて自室に戻るように命令された。



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