落ちこぼれの提案
◇
綺麗な景色に、黒が映る。静かな土地に、轟音がなる。皆の笑みが、消えるとき、家も山も、すべて、全て、燃える。
歩いていた地面が今日はもうなくて、昨日生きていた人間がもういなくて、骨さえ拾えれば上出来。跡形もなく魔物に食べられて、死体が見つからずに、永遠に息子が生きていると信じ込む夫婦すらいる。
「魔物が……来た」
誰かのつぶやきと共に、地面が崩壊する。
「誰か、誰か助けて。息子が向かったの。魔物に勝てっこないわ。息子だけはお願い。息子しかいないの」
「おい、娘はあっちの方に勤務しているんだ。魔物はどうなってる? 市民の命を助けるのが、お前らの仕事だよな?」
「嗚呼、もうダメだ。だめだ。終わりだ。早く、早く」
絶望にまみれた顔が、一つの希望を持つ。
皆が口々に、する名前。アーシュ。と
「アーシュ、アーシュ様はまだか。まだこないのか」
「どこから来るのか、アーシュ様、アーシュ様、早く来てください。神よ、アーシュ様をお与えください」
祈りを捧げるもの、泣きだすもの、現れずに怒りを爆発させるもの。
多様な人間が存在するが、ただ全員、アーシュという人間を待っていることは、間違いなかった。
「アーシュ様、アーシュ様……!!」
その祈りに、答える人間は居たのか。
魔物が食い散らかした後でも、アーシュは望まれているのか。
この燃え果てたような黒い土地の中で、誰かが、言った。
「アーシュ様が来た!!」
「おい!」
突然頭に衝撃が走り、痛みが全身を支配する。眠気から引きずり出されるように目をうっすらと開けると、それはそれは良い笑みを浮かべたフランク隊長が見えた。
「そんなに俺の話はつまらなかったか?」
「あ、いえ……あの、昨日、色々考えてたら……」
「よし、じゃあ硬」
見上げた時にはもう、フランク隊長は拳を振り上げていて。
「え、ちょ、まってください体内組織変換…ッ!」
俺は素晴らしく飛んでいったのであった。
◇
「──だな、それで魔力っていうのは無限じゃない。わかっているとは思うが、魔力というのは役に立つ反面、人を傷つける。水みたいなもんだ。適度な水は人類を潤すが、過度な水は人類を滅ぼす。そして体内には魔力があるが、それは人によってまちまち、だな。だから自分でどれくらい使うか、使い終わった後はどうなるのか、状態を知っておかなければならない。魔力が少ないなりに、戦い方っていうものはあるからな。例えば……、ロベル」
「はい」
「ロベルは魔力量が少ないから、“硬”で全身をガードしてもすぐに壊れてしまう。だからその代わり部分的に集中させる能力が他より秀でている。そしてミカエル。ミカエルは魔力量が多い。だからこそ剣に属性は纏わせられないものの、剣に魔力を組み込んで、それ以上の能力を引き出すことができる。その代わり魔力量が多いから、体内組織変換に時間がかかるし、魔力回路の正確なコントロールが難しい。と、言ったようにそれぞれ得意なことと苦手をカバーするようなやり方があるから、教え方も人それぞれだ。“硬”」
「っ!?」
瞬時に、飛んでくる拳を受けるために、目や足に魔力を貯めている暇などなく、薄い膜もすべて取っ払って右腕一つに魔力をこめ、一撃をこらえる。
「っぐ……!」
「まあ、なんとか反応したな。でも遅いな、九秒だ」
「褒めてほしいくらいですけ、どっ!?」
ぐぐぐ、とやや押し負けていた力が、急に離されて、追撃が来たので、俺は背中から地面に突っ込んだ。
「まあ、こんな感じで驕らずに頑張りなさい」
「っ……ありがとうございやしたぁ…」
ピクピクと、筋肉が痙攣しながらも、フランク隊長に挨拶をすれば、ちょっと付き合え、と首根っこを掴まれながら俺は誘拐された。
◇
「んで? わざわざ俺のありがたいお話が聞けないほど夜更かしした理由を聞かせてもらおうか?」
しっかりきっちり根に持ってらっしゃる。素晴らしいほどにねちねちと言いますね。
「……昨日、図書を読んでいまして」
「お前本なんて燃える以外に用途あんのかって言ってたじゃねぇか」
「アーシュ家の歴史はちょっと気になったから調べてみたんですよ!」
確かに昔は俺読書とか死ぬほど嫌いだったから課題図書を燃やして遊んでたけど! それでめちゃくちゃ怒られて、本は燃やすものじゃないって学びました、ちゃんと。
休憩所、というか中央の広場のテーブルを挟んで、俺とフランク隊長は仲良く座っているわけだが。
「アーシュ家ぇ……? 研修生の時の必修だろうが」
「いやぁあの時は俺が一番歴史が嫌いな時でしたので……」
「……研修生の中で唯一必修をすべて落としたの、って、まさかお前か」
ジロリ、と睨まれて、俺は視線から逃れるように縮こまる。
いやぁ、はは。と笑えばフランク隊長は机の上に乗りだしてん? と覗いてきたが俺はすぐさま椅子から立ち上がって椅子の後ろに隠れた。
「難しいですから!」
「お前ってよく……第二部隊に入れたなぁ……」
「俺もそう思いますよ」
剣や弓が使えずに、魔法のコントロールが少しうまいだけで、よく合格できたと思う。というか、実践の授業もほぼほぼさぼっていたし座学なんて出席したこともなかった。だから魔法の実技テストで奇跡的に満点を取らなければ俺は今第二部隊に居ないだろう。良くも悪くも、実力がすべての場所であると、痛感した時だった。
「んで? なんで今更アーシュ家について調べ始めた? 俺らも日々魔物についての研究は進めているが……あ、バドス良いところに来た、ちょっと座れよ」
俺の背後に手を振って、有無を言わさずにちょいちょい、と俺の隣を指させば背後の男は何を言うでもなく席に着いた。というか何故に俺の隣?
「……何かな。俺もうちょっとで会議なんだけど? というか、俺の認識違いじゃなければお前も同じ会議に出席するよな?」
「やっべめんどくせぇの今日か……。俺なんかが出ても意味ないだろ」
「一応第一部隊から二人、第二部隊から一人は出ろって言われてるでしょ。で、お前はなんでフランクに捕まってるの?」
「馬鹿言え。ありがたいお話を聞かせてやっていたんだぞ? コイツがアーシュ家とか魔物のこととか全く知らないから説明しようと思ってだな」
熱が入ったのか机を叩きながらバドスさんに必死に説明しているフランク隊長の話を、バドスさんは適当にふうん、の一言で済ませた。
「新しい情報なんて特にないよ。会議だって手詰まりだし。魔物にどうやって対抗していくかに対して、増員としか言えない馬鹿しかいないよ」
「いやコイツは既存の情報も良く知らなくてだな……。まあ、そこは良いが。」
「魔物に対して、増員ですか?」
聞き返せばバドスさんは、うん。と答えて苦い顔をした。魔物に対する手段は今のところ明確にはわかっておらず、人員を増加するしかないのだそうだ。困ったような顔で言うバドスさんはそれに苦言を呈したいんだろう。だけど会議ではあまり発言権がある方じゃないから、強く否定できないでいる、といったところか。
ため息をついてバドスさんは愚痴をこぼす。
戦場に無駄な命を送り出したくないけど、代わりの案もでない、と。
「魔物の弱点などは、わからないんですか?」
「アーシュ家の蒼い炎が有効なのだけはわかってるんだけどね。他はわからなくて。でも、巨大な魔物じゃなくて、普通の魔物だったら蒼い炎だけでも結構ビビッて近づきはしなくなるんだけど」
「……じゃあ、蒼い炎を」
「使えばいいのに、って?」
バドスさんが、俺の言葉を奪って喋ったので、それに一つ頷くとフランク隊長が疲れたような顔をした。
わかる、この顔は、言いたいことが手に取るようにわかる。アーシュ家しか蒼い炎は使えないって前言ったばかりだろ? って言いたい顔だ。ていうか今言った。やれやれ、って言いながら説明しなおした。
そう言うことじゃない、と頭を振ると、バドスさんは少し表情を変えてどういうこと? と聞いてくる。
「見せかけでも、何でもいいんですよ。本当の蒼い炎である必要はない。ただ、牽制になればいいんです。沢山の人が蒼い炎を使える、って」
「ふうん。どうやって蒼い炎を?」
「炎をまず普通に出します」
と言っても俺は出せないので、バドスさんを見上げると少し驚いたような顔をして、炎出せないの? と聞いてきた。一も二もなく頷くと微妙な顔をしながら手の上に炎を出した。その炎の近くに手をよせ、“硬”の要領で、炎全体を薄い膜で覆うように魔力を体内から引っ張っていく。囲う対象が小さいので、そこまで魔力は消費しない。
「……んで? 囲ったところで何の意味があるんだ?」
フランク隊長が疑わし気にこちらを見てくるが、気にせず、その膜の形状を段々と小さくして、炎にぴったりとくっつける。そして、炎の色を抜いて、青色をまとわせる。
「……! へぇ」
「“硬”を使った隠密の応用です。薄い膜はある程度色彩変更が可能なので」
このように、蒼い炎に見せることは、初心者でも出来るかと。そう喋り終わって炎から目を離すと、バドスさんの顔が異様に近くにあった。
「……、あの、えっと、何か……?」
恐る恐る問いかければ、バドスさんは、小さくふうん。と呟く。
「面白いこと思いつくんだね。確かにこれで蒼い炎に見せることができれば、不必要な戦闘は避けられるかもしれないし」
「あと、炎を自分で生み出せない人も」
バドスさんの手のひらで燃えている炎を右手でギュッとつかみ取って、ぼしゅり、と握って炎をつぶす。
「ロベル!」
「大丈夫です」
手を開くが火傷の一つもしていない。フランク隊長とバドスさんは至極不思議そうな顔をしていたが、俺にとっては何一つ不思議な事じゃない。
「自分で出した“硬”は、自分の中にしまうことができます。その時に囲っていたものが魔力で生み出されたものであれば、その魔力を出した人物と相当相性が悪くなければ、しまえます。俺とバドスさんはそこまで相性が良くはありませんが悪くもありません。」
だから、ほら。と言えば、左手から薄い膜で覆われた蒼い炎を出す。炎を出しっぱなしよりも、自分の手から出したほうが、魔物的には脅威なんじゃなかろうか。
それとも、もっと自由自在に炎を使えるように見せたほうが良いのか? いや、そこまで魔物に知性が……。
「お前!!」
「ぅえっ、は、はい!」
急に両肩を掴まれて、驚きで蒼い炎を消してしまった。ブレるような視界の中でバドスさんの顔を見ればほんのり緑色の髪の毛を揺らしながら、すごいすごい! と連呼している。
「本当にフランク隊長のとこの子? お前、視点がすっごく面白いね」
「お前それ俺にめっちゃ失礼ってわかってるのか?」
「犠牲を出さずに、出来るかもしれないし、誰もそんなこと考えたことなかったよ。すっげぇよ!」
「あ、ありがとうございます……?」
「ほんと! まじいっつも会議でフランクは会議のジジイ共をぶっ倒したほうが早いんじゃねえ? とか五歳児みたいなこと言うから困ってたんだよ!」
「あんだと!?」
「ていうかもう会議に出席しない? 俺が紹介するよ!」
「やめろ!」
フランク隊長に掴まれ、バドスさんから引っこ抜かれたかと思えば、バドスさんはちょっと残念そうな顔をする。
「なぁ本当に、頼むわマジで。つーかこっちの魔術部隊来ない? 歓迎するけど」
「馬鹿言うな、ロベルは第二部隊で落ちこぼれとして頑張っているんだぞ」
「誰も落ちこぼれとして頑張りたいとは思っていませんけど」
なんで驚いた顔してんだよぶっ飛ばすぞ。