最悪の夜明け
世界は長い混沌の渦中にいた。死は隣人より近しき存在、暴力は陰よりも常に傍らにいた。
ことの発端は一つの過ち。不死の夢へと伸ばした王の腕が、掴んだそれは人の姿を留めぬ下法。夢を掴みそこねたその拳はいつしか平和を崩す破壊槌へ姿を変えた。
愚王を止めねばと各地の戦士が挙兵した。無数の屍、鉄血に立ち、遂にはその首を切り落とした。
しかし、愚王は夢を叶えていた。愚王は不死であった。切り裂かれた首から吹き出す鮮血の雨が、王の眷属に降りかかると姿形を醜き畜生へと落していった。
眷属達は巨大な蜥蜴や蝙蝠、狼等悪しき獣の姿を模して世界中へ散りゆき、いつしか我々が長年享受して来た平和は姿を消した。
民衆はその禍々しく、この世のものと思えぬ相貌を恐れ慄き、いつしか眷属は『魔物』と、そしてその頂点に座する王は『魔王』と呼ばれ、真の名を伏せることで不幸の訪れを危惧した。
そんな人々の辞書から平穏の文字が消えかけた時、2人の勇者が立ち上がった。
一人は、王が用いた下法を正しく体系化し法則とした。
一人は、万物の構成物質を記号に当てはめ学問とした。
これが剣に変わる、魔物の爪牙を砕く新たなる人類の爪牙『魔法』と『科学』の誕生である。
その後、この戦争『対魔戦争』は不死の魔王をバラしてミンチにして缶詰にし、各地に分配して封印。人類の勝利となったらしい
そんな経緯で産まれたのが現在の魔物、そして魔法に科学だそうだ。
(角ウサギなんかは原生生物。ぶっちゃけ区分が良く分からない)
戦争が技術革新のきっかけになるのはいつでもどこでも同じらしい。
そして、戦争の遺恨はどれだけ月日が流れようともそう簡単には薄れないってのも何処の世界でも共通事項だ。
1000年にも及んだ大戦も、100年程前に集結し、現在の魔物は魔王の支配から離れた独立した生物郡となっている。
しかし、それで人類の怒りが冷める筈もなく、今でも魔物は人類の激しい憎悪の対象となっている。人類の団結には共通の敵がいたほうが都合が良いのだろう。
中でも大きな問題は比較的人に近い知性を有していた魔物や、人間との混血児である所謂、亜人達との対立だ。
人間の立場から見たら気持ちも分からなくも無いが、彼らに対し未だに激しい差別が横行し一部地域では紛争も絶えないそうだ。
さて、俺はこんな世界でドラゴンを大事に大事に埋葬した。俺の目線で言えばそんな歴史知らんから許して欲しいところだがそうはいかないだろう。
受付嬢の予想だと、あの虚無僧の目的は魔法発祥の地にして、魔物差別の総本山『ネチルーブ』にある教会で俺を異端尋問にかける事だという
恐ろしいね。この時代の文化水準的には射殺かな?ハハッ、こっわ誰が従いてくかよ。
「……正直、来るとは思わなかった」
はい、俺が従いてくわけですね。
「主従契約の書類をくれ。後、出来れば切れ味の良いナイフも」
契約の際、この世界では血の拇印が一般的だ。ギルドの契約は要らなかった事を考えると恐らく無断で破棄されると支障が生じるものに用いられるのだろう。
因みに、血を辿って居場所を特定する魔法があると受付嬢に聞いた。つまりここで血の拇印をする事は逃亡の意志がない事を示すわけだ。
だが、俺は逃げる気まんまん!!実は指の間にケッチャプを仕込ませ、これで誤魔化すって寸法なのだ。虚無僧には悪いが、せめて給料発生前には逃げるから許して欲しい。
「…………不要だ。出るぞ、手配した列車の到着時刻が近い」
え、バレてる?え、バレてない?これ?
バクバクと凄まじい音を立てる心臓を無理やりおさえつけ、北口近くの駅に向かって歩き出した虚無僧についていく。あぁ心臓に悪い。
「……先は長いあまり緊張しても仕方がないぞ」
全てを見透かすような虚無僧の見えない目線に、一挙手一投足怯えながら、俺達は駅へつき、列車に乗り込んだ。
目的地につくまで一切の会話もなくただ隣り合って座り、列車に揺られる数時間。俺は眠る事も出来ずただ上りはじめた朝日を眺め続けた。