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酒場の死闘

今回長いです

「いらっしゃい」

 強面のマスターが俺の顔を見て少し微笑んだ。別に常連って程では無いがこの店に来たのは初めてではないし、自分で言うのもあれだが俺は少し老け顔気味なのでこういった店に来ても違和感はない。


「おい、みんな!我らが白紙君が来たぞ!!」


 一人のハゲたおっさんが俺の顔を見るなり口角を吊り上げて大声を出した。白紙君。教会の調査用紙で白紙だった俺を面白がってつけられたあだ名だ。


「え、マジ!?」

「珍しいな、白紙君が2日連続で来るなんてよ!」

「昨日あんだけくれてやったのにまだ足んなかったか」

「よっしゃ今日は俺の順番だったな」


 そう言って、男女入り乱れた集団の中でも一際目立つ程の巨漢が俺に向かってズカズカと近づいてくる。


「おい白紙野郎」

 巨漢はご丁寧に腰を曲げ、俺に向かって煙草を突き出して来る。


「……火が着くのがこれだけで済むといいな今晩はBBQになるかもしれねーぞ?」

「…………御託はいい。とっとと着けろよ」


「後悔すんなよ。ハァァァァァァァ……」

 俺は全身の魔力を指先に込め、着火の準備に入る。先程まで賑やかだった店内は俺らを見つめることに集中し、物音は僅かに漏れる笑い声だけだ。ふん、今に見ていろ。


「喰らえ!!」

 そうして放たれた俺の指先の炎はまさにライター程の実に煙草の着火に丁度良いサイズだった。


「………………………」

 先程まで聞こえていた微かな笑い声さえ消え失せ店内は完全に静まりかえった。

 やがて、最初に俺に声をかけたハゲ頭がプッと笑うとそれを皮切りに店内の全員が俺の来店時の数倍の大声で笑い出した。


「今日は強者オーラで来たか!!!」

「昨日の執事風も笑ったが今日のも最高だぜ!」

「ホント幾つレパートリー揃えてんの!?!」

「お前真ん前で耐えなきゃいけない俺の事も考えろよなぁ!?」

 巨漢が俺の肩に腕を回し、グリグリと拳を頭に擦りつけてくる。手加減してくれているのは分かるがそれでもコイツのは痛い。


「いやー、笑った笑った。さぁ飲め!今日も俺らの奢りだ!」

 ハゲ頭が俺の胸に酒瓶を押し付ける。今のように、来店時に一発芸をするのが習わしになったのは半分近くこのおっさんのせいだ。


 俺が初めて来店した時には、この酒場の中心的存在なおっさん4人衆は既に出来上がっており、初めて見る新顔にはだる絡みをするのが習性だったようだ。

 その時に話した俺の調査用紙が白紙だったり、どんだけ練習しても火魔法はライターが限界だったりするのがどうもおっさん達の琴線に触れたらしく、俺は酒代を奢って貰うことになった。


 以降の来店時も毎回いて、毎回奢ろうとしてくるので流石に悪いと感じ、リーダー格らしいハゲの煙草を着けてやる際、ふざけてメイドのマネで笑わせようとしたところこれが想像以上に大ウケし、次回の来店から


「俺等を笑わせられたら奢ってやる」

というルールが完成してしまった。


「いやぁにしても、ホントお前の火球煙草に火つけんのに最適だな。今度教えてくれよ」

「才能に差があり過ぎて難しいと思うぞ」

 嘘は言っていない。普通はこのセリフを言う側が上なだけだ。


「それで?」

 ようやく巨漢に解放され、席についた俺の隣りにデブがドカッと座り込み、話しかけてくる。

「お前毎回俺達に奢られるのが悪いんで大抵連続では来ないじゃないか。何か俺らに用事があるんじゃないのか?」


 このデブは基本下ネタしか話さないクセに勘は本当に鋭い。俺は自分の来店の目的を話した。





「なる程……主従契約ねぇ……」

 珍しくおっさん達は真剣な表情を見せる。彼らが実は大きなキャラバンのトップであり、かなりのベテランだというのは酔うとすぐ自慢するので痛い程知っていた。


「…お前には受付ちゃんを助けて貰った恩がある」

 4人の中では(比較的)寡黙な髭面が口を開いた。

 おっさん達は運悪くドラゴン来襲時に別の仕事で町を留守にしており、帰って来た時には全てが終わっていた事を相当悔いていたのを知っている。

(俺がドラゴンを倒した話は全く信じて貰えていない。ドラゴンの死体は俺が埋葬してしまい残っていないので『俺が受付嬢を守っていたら飛び去った』というカバーストーリーが定着している)


「じゃあしてくれる感じ?」

 俺がこれはワンチャンあるかと期待していると巨漢に

「履歴書は?」

 と、凄まじく痛いところをつかれた。


「……履歴書も白紙君なんで……」

 俺の苦し紛れのギャグは意外にもウケ、再び酒場は笑いに包まれたがその渦も収まり始めるとハゲがピシャリと膝を叩き言い切った。


「決めた!!お前とは主従契約はしない!!」

 かなり強い語気なので固い決意なのはヒシヒシと伝わって来たがそれでも試しに食い下がってみる。


「何でだよハゲ!俺のこと大好きなクセによぉ!」

「ハゲ言うなよボケ!」


 ハゲが咳払いをし、真面目モードを作ってからもう一度口を開いた。

「……お前のことを気に入っているからこそだ」

「一度でも主従関係を結んだらそこには絶対に上下が生まれる。俺はお前とは対等な男同士でいたい。だから、しない」


 ハゲの言葉に残りのおっさん達も頷く。

「因みにキャラバンはもっと駄目だぞ。お前が相応に強くなれば別だが今のお前に何かあったら二度と旨く酒が飲めねぇ」


 参った……俺が付け入る隙が無い……ちょっと感動で泣きそう。


「姉さん方、どうです?俺何でもしますよ?」

 俺はターゲットを変えた。おっさん達の次ぐらい良く駄弁ってる女魔法使い2人組だ。

「あーアタシらは一番駄目」


 しかし即効で断られる。そうか、貴方達も俺と対等な関係でいたいと……俺……異世界に来て初めて人の温かさという物に触れられたかも…


「いや、アタシらは白紙君最初から下に見てるよ?ねぇ?」

「うん。話が面白い火打ち石だと思ってる」

 前言撤回。異世界はクソだ。女は敵だ。


「いや、待ってくださいよ。じゃあ良くないすか?俺靴磨きとかもしますよ?」

「どんだけ必死なんだこの馬鹿」


 巨漢に笑われるのを尻目に俺は頼み込む。正直ここまで来たら誰でもいいので俺を外の世界へ連れ出して欲しい。


「えっとね……あんまし言いたくないんだけどね……足りてる」

 彼女の発言に酒場の皆が頭にクエスチョンマークを浮かべる。足りてる?何がだ?


「うん……いや、ぶっちゃけるわ。金払うまでも無い奴隷が各地にメッチャいます」

「アタシら超モテるからさ」


 再び沈黙の間が流れるも、そこからは何時もの流れだ。まぁ今回は俺の慰めごっこで皆がいつも以上に盛り上がっていたが。


「気にすんなって!白紙!!お前が強くなりゃキャラバンの方は入れてやっからよ!!」

「そうそう、頑張んな!?今日はアタシらも奢ってやるからさ」

「安心しろ!お前に何があっても俺達友達だぜ!?」

 結局、知人に頼み込み作戦は失敗だ。後は受付嬢が駄目元で送ってくれたキャラバンへの願書頼みだが、それも難しいだろう。


 まぁ、いっか。この町と、皆のことは俺も好きだ。ここを出るのもそう急ぐものでもない。


 そう決まれば今日やるべき事は単純だ。

「よっっしゃ、こうなりゃアンタ達の財布軽くして復讐してやる!!マスター!それなりに高い酒いっぱい持ってきて!!飲み比べじゃい!!」

「ここで一番高いって言えないとこアタシ好きだよ」

「しかも自分は弱いから結局俺らの金で俺らが飲むだけだしな」








 気持ち悪い……飲み過ぎた……今何時だ?


 気が付いたら眠っていたようだ。皆の姿ももう無い。書き置きに恐らくハゲが書いたであろう


『金は出しといた。送ってやりたかったがお前の宿知らんかった。コートは貸してやったから許せ。後、コートはそのまま店に置いてけ』


 というものが置いてあるだけだ。ハゲ達が帰るぐらいだから2時過ぎくらいか?

 色々考えたいが、頭痛が酷すぎて殆ど何も出来ない。今出来るのは弱々しくうめき声を上げるぐらい。


 苦しみ喘ぎ、テーブルに突っ伏していると、顔の前にコトッと水の入ったコップが置かれた。目線を上げるとそこにはマスターがいた。

 置かれたコップに口をつける。口内が冷たさで少し痛い。それを飲み込むと食道から体全体に冷気が染み渡り、驚く程に視界も思考もクリアになっていくのを感じた。まさに甘露と言ったやつだ。


「すみませんマスター……こんな時間までご迷惑を……」

 俺は席を立ち、かけられていたコートをたたみ椅子に置き、帰り支度を始める。


「いえいえ、白紙君にはこの店の売上に大変貢献して頂いていますから……偶のサービスくらい何の苦労でもありません」


 出来たお人だ。俺はコップの残りも飲み干し、マスターに礼を告げた。するとマスターは微笑えみこう続けた。


「実は先程のお水は私では無く、あちらのお方からなのです」

 マスターが体を右へずらすと先程まで遮られていた空間の奥に、薄っすらと人の輪郭が見える。


 マジか。これってあのおしゃれなバーでカクテルシャーって滑らせて

「アチラのお客様からです」

 ってやつか。やだ、人生初。でもお冷でやられるのはちょっと面白過ぎないか?


 何はともあれ今一番欲しかったものを頂いたのも事実。お礼をしなければと改めて視線を奥の名も知れぬ客人に向ける。

「すみません。本当に助かりました。ありがとう御座います」


 そう告げた後、ふと疑問が浮かぶ。今はハゲ達呑兵衛が帰るような時間だ。コイツそんな時間まで一人で飲んでたのか?


「お酒好きなんですね。ごゆっくり」

 冷静に考え出すとかなりヤバい奴ではないか?そんな疑念がフツフツと湧き上がるが俺を助けてくれたのも事実。穏便に済ませここを離れる事にした。


「……酒はあまり好かない」


 なんてこった、返答があった。というか好きじゃないならこんな時間までいるなよ。マスターにも迷惑だろ。


 そんな俺の考えはまるで無視し、相手もまた席を立ちゆっくりと近づいて来た。月の逆光で顔はハッキリと見えないが、体格は俺と同じか、少し小さいか?しかし、ボロボロのマントをつけているようでシルエットも不明瞭だ。


 だんだんと俺の思考が疑問から恐怖へ塗り替えられてゆく中、その影はもう一度声を発した



「私と主従契約をしないか?」


 


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