一話「めんどくさがりの死神、モルテ・レノストちゃん!」
「―――ガタンッ」
そんな音と共に僕は尻もちを着く。
「クソ、失敗か」
僕の頭上には天井から吊るされたロープがゆらりゆらりと揺れている。
それは何故か―――言わずもがな、自殺に失敗したからだ。
首吊り自殺なら失敗なんて無いと思ったが、僕の予想は浅はかだったらしい。まず、どう考えても強度が足りなかった。ホームセンターで買った縄、死のうと考えているのにケチって安いものを買ったからなぁ。それに家の天井にガムテープを貼りまくっただけじゃ高校生の僕を支えられるほどの力はなかった。
―――僕は早く死にたいのに。
そんなふうに思いつつ、強打したおしりと腰を摩っていたら、目の前に一人の少女が立っていた。
「わぁ!?」
そんな情けない声を上げながらも僕はその少女の事をまじまじと見る。
肩まで伸びた白髪に、透き通るような碧眼。
身長は150cm程しかなく、普通の女の子よりも一回り小さく見える。
そんな少女は真っ直ぐと僕の事を見つめているが、どうも僕は怖くて目を合わせることが出来ない。
てか、別に容姿だけ見れば怖くないのだ。だが、少女の右手に持つ大きな鎌。
まさに死神などが使いそうな大きな鎌に俺は恐怖を覚えている。
そうして少女の瞳に俺が写り始めて1分が経過するぐらいの時に、少女は口を開く。
「悪いけど、死のうとするの辞めてもらっていいですか?」
「―――は?」
少女の開口一番の言葉に僕は動揺を隠せない。
まず、この少女は誰なのか? どうしてここにいるのか? 何故大鎌を持っているのか? そんな疑問が僕の頭の中をグルグルと回る。
「すみません。自己紹介を忘れていましたね。私の名前はモルテ、モルテ・レノスト。人間界の日本で言うところの―――死神です」
そうかそうか、この少女は死神か! それなら大鎌を持ってる理由も納得できるな!ってなるかい!
死神?こいつは何を言っているんだ?クスリでもやって頭がおかしくなっているのか、身長的に厨二病真っ盛りか少女かの2択だろう。
んまぁ、どちらにせよ頭がおかしいのは確かな事だ。
「その表情・・・・信じてませんね?」
「っな!」
「図星みたいですね。だけどまぁ良いです。基本的に人間というのは非科学的なものは信じませんしね。幽霊もUMAも―――私たち死神も、人間が独自に生み出した『空想上の物』と思ってしまうのは当たり前です。ですが実在するんですよ―――幽霊も、UMAも、私たち死神も」
こいつ・・・・相当頭がイッちゃってるらしいな。
自分の世界にのめり込みすぎてヤバいぞ。
「ぐぬぬ、その表情・・・・まだ信じていないみたいですね。なら良いです!私にだって死神と信じてもらうための秘策があります!」
そう言ってぺったんこなお胸を張る自称死神のモルテちゃん。
そうして数泊の間を開けてから口を開いた。
「相模大志。2005年12月25日生まれの16歳。高校2年生で学校では虐められている。今日は朝に上履きの中に画鋲を入れられ、放課後にはパシリにされた。幼い頃に両親は他界しており、その後は父方の祖母に育てられてたが、去年その父方の祖母が他界し今現在では両親や祖母の遺産で一人暮らしをしている」
「っな!? どうして俺のことを?」
「私はあなたに付く死神です。あなたの個人情報や過去は全てインプットしていますよ」
そうして自称死神のモルテちゃんは自分の頭を人差し指でポンポンと数回つつく。
何故あそこまで俺の事を知っているのか―――本当に死神なのか?
いやいや、俺の両親が他界している事など誰でも知っている。そのせいで俺は虐められているんだしな・・・・
「うーん。まだ信用してくれてないみたいですね。なら奥の手です! 昨日の夜21時39分、あなたはトイレでスマホを見ながら―――」
「ちょちょちょちょいまち! 信じる! 信じるから! 君は死神。僕に付いてる死神!」
「ようやく信じてくれましたか!」
あ、あっぶねぇ。あれ以上言われていたら僕の名誉に関わる事だったからな!
それにしてもこの子は本当に死神なのか・・・・?
僕からみたらまだまだ子供の女の子にしか見えないのだが・・・・
それと最初に言っていた言葉がどこか引っかかる。
―――悪いけど、死のうとするの辞めてもらっていいですか?―――
普通死神というものは俺たち人間の命を取りに来るもの。そういう認識があったが、この少女は違う。
なぜ僕に死なないで欲しいのか・・・・・
それが気になった僕はそのまま質問した。
すると、少女は「本当は言いたくないんですが―――」と前置きを置いてから言葉を放つ。
「仕事が増えるんですよ」
「え?」
「あなたが死ぬと私の仕事が増えるんです。私たち死神は命を奪って終わり。そんな簡単な仕事では無いです。殺した人間の個体番号、死因をまとめたレポートに死んだ人間を閻魔様の元へと連れて行ったりと色々大変なんです。早く殺さなきゃ閻魔様に色々とグチグチ言われますが、仕事が増える事を考えるとそれすら我慢出来ます」
「難しい話は分からないが、要するに君の仕事が増えるから僕に死なないで欲しいと?」
「はい。それと私の事はモルテと気軽にお呼びください」
はぁ・・・・
僕は何か悪い夢でも見てしまっているのだろうか?
夢じゃなくても良い。せめてこれが現実では無ければいい。お願いだから、明日になれば前にいるモルテが消えていてくれ。
そう願いながら、僕はパンクしそうな頭を休めるためにベッドに横になった。
するとモルテも俺のベッドの近くへと歩み寄ってくる。
あぁ、もし本当に俺の幻覚なのであらば、次に目が覚めた時には何もかも普通の世界に戻してください。
そう願いながら僕は目を瞑り、深い眠りに落ちるのであった。
翌日、僕はスマホのアラーム音で強制的に起こされた。
まだまだ寝てたいのになぁ・・・・なんて思いながら昨日そこにいたモルテの姿が無いことに気づき、内心ホッとする。
そりゃそうだよな。あんな事は夢であってくれなきゃ困る。
そうして俺は学校へ行く準備をするためにリビングへと向かったのだが――――
「おはようございます。朝食はあと少しで出来るので顔と歯を磨いて待っててください」
なんで・・・・・なんでこいつ《モルテ》がいるんだよ!
しかもちゃっかり朝食を作ってるし・・・・
もういいや。この事は受け止めよう。朝から頭を使いたくないしな。
どうせもう少しの人生、モルテがいようがいまいが変わらないんだ―――
そう結論付けた僕は顔を洗いに洗面所までトボトボと歩いて行くのだった。
テーブル一面に並ぶ僕が作るのはレベルが違う料理を見て僕言葉が出ない。
ご飯にサラダにスクランブルエッグや卵焼きや目玉焼き・・・・って卵料理多いな! それでも僕が作ったやつよりも何倍も美味しそうに見える。
「これ、モルテが作ったの?」
「当たり前です! こう見えても料理は得意なんですよ!」
頬を赤く染めながら僕から目を逸らし言うモルテ。何か恥ずかしいのだろうか?
「でもどうしてこんな事を?」
「ちゃんとした食事は健康の元です。あなたには死んでもらっては困るので・・・・」
あぁ、要するに僕に死なないで欲しいから健康面から見直そうと・・・・
んまぁ、タダで朝食を作ってくれるのは助かるからいいか!
「それじゃいただくね」
「美味しすぎてもほっぺた落とさないで下さいよ」
そうして僕は手を合し、「いただきます」と合唱してから近くにあった卵焼きを箸でつまんで頬張る。
「美味しい!」
「そうですか! そうですか! お口にあって良かったです!」
なんて赤面させながら笑顔で言うモルテは本当に喜んでいる様子だ。
そこまで美味しいと言われたことが嬉しかったのだろうか? でも本当に美味しいな。
そんな事を思いつつ、どんどんテーブルの料理は無くなっていき、「ごちそうさまです」と言う頃には全て綺麗に平らげていた。
「お粗末さまでした。それにしてもいい食べっぷりでしたね!」
「いやぁ、美味しくてついつい食べちゃったよ」
「お料理を褒められるのってこんなにも嬉しいんですね。初めてこんな事をしてみましたがいい気分です」
モルテは終始ニコニコとしている。これじゃパッと見死神には思えないな・・・・大鎌さえなければ!
そうして僕は立ち上がり、茶碗やお皿を水に浸してからスクールバッグを持つ。
「もう登校するのですか?朝のHRにはまだまだ時間があると思いますが・・・・」
「今日からは早めに登校しようと思ってね。昨日みたいに靴に画鋲を入れられてたらたまったもんじゃないし」
「そうですか・・・・」
どこか少し悲しそうな顔をするモルテを横目に、俺は玄関まで行き靴を履く。
さぁて、今日も憂鬱な一日が始まるな!
そんな事を思いながら僕は玄関扉を開け、冷気を全身に感じながら外に出る。
冬という事もあり、寒いなぁなんて感想が出るが僕はそれ以上に気になった事がある。
「なんで着いてきてるの!?」
俺の横をさも当然と言ったように歩くモルテ。てか、こいつの容姿は日本人とか言い難いし、大鎌を持ってるせいで歩く人がこっちを見てくるだろう。
そんなんになったらもう最悪だ。
「私はあなたに付く死神です。学校であろうとどこであろうとついて行きますよ。それに死んだら死んだで面倒なんで」
当たり前だろ?とでも言いたげな表情で俺を見てくるが、そんな常識僕は知らん。
「んまぁ、着いてくるのはいいが、見てても面白くないぞ?僕が虐められるだけだし」
「別にそんなの興味ありません。これは義務なので」
「でもよ、モルテが持ってるその大鎌。銃刀法違反だろ?どうにかならないのか?」
「あぁ、言い忘れてましたね。私はあなた以外の人間には姿が見えません。だからあなたは今一人で何も無い空間に喋ってるように他の人間から見られてますね」
あぁ、だから道行人全員に訝しめな目で見られてたわけか! 恥ずかしっ!?
え? 今まで変な視線を集めてたのはモルテじゃなかったの? マジかよ、バカ恥ずかしいじゃん!
なんて思っていると学校へと着いた。
「お前絶対校内じゃ話しかけるなよ?」
そう小さく呟いてから僕は校門を通る。
そのまま校舎に入り、上履きに履き替えるが特に異変は無い。早く来たかいがあったな!
そうして階段や廊下を歩き、教室に着くと中には誰もいない。
そりゃそうだ。朝のHRまであと50分近くあるのだから。
そんな事を考えつつ、自分の席に行くとそこには、
『死ねよ』『親無し』『捨てられた子供』
などと無造作に書かれていた。
はぁ・・・・今日はこういう系のやつか・・・・
「―――これは酷いですね」
モルテもそんなふう呟く。
でも僕にとってはいつもの事だ。別に何も感じる必要は無い。
そうして僕はその机の上に書かれた言葉を消しゴムで消していく。
「辛く・・・・ないんですか?」
モルテの小さなか細い声は俺の耳まで何とか届いた。
「辛くない―――と言えば嘘になるかな。確かに辛いよ。辛いけど、もう慣れた。それに―――」
どうせもう、僕は自殺するのだから―――
そうして僕は机の上に書かれていた言葉を全て消し、そのままHRの時間まで机に身を任せ寝るのであった。
時計の短針が12を通り過ぎた辺りでチャイムはなり、4限目の授業が終わる。
そうしてようやく昼休みだ。
「それじゃ授業はここまで」
その先生の声で僕は立ち上がり、とある場所へと向かう。
普段なら教室でぼっち飯をするが、今日は違うのだ。その理由は―――
階段を数階分上がり、着いた先は屋上。
「どうしてこんな所へ?」
そう聞いてくるモルテの言葉を無視しつつ、僕は1歩、また1歩とフェンスのある方へと向かう。
「ここに来た理由? そんなの分かってるだろ?」
―――飛び降り自殺。
僕は今日、ここから飛び降りて死ぬんだ。
親も、家族も居ないこの世界から! 僕は死んで楽になる!
「辞めてください! そんな事をしても意味はありません!」
「辞めないよ。僕はもう―――決めたから」
その途端モルテは屋上から走ってでていく。
その理由は分からないが、僕には関係ない。
でも―――最後ぐらい誰かに見ていて欲しかったな―――
そうして僕はフェンスへと手をかける。
飛び降りるのは正門のある方ではなく、人気の少ない裏門の方だ。
もし飛び下りる前にバレて警察やら消防を呼ばれては困るからな。
「ふぅ・・・・」
そう、一度大きく息を吐いてから僕は―――飛び降りた。
身体全体を襲う浮遊感と包み込むような冷気。自然と頭から落ちるものだと思っていたが、案外足からなんだな。
徐々に近づいてくる地面を見つつ、僕は目を瞑る。
これで死ねる。
ようやく僕のこの最悪な人生が―――終わるんだ。
それと同時に僕はの足は柔らかな感触に包まれる。本来ならば固くゴツゴツとしたコンクリートの地面に叩きつけられ即死するはずなのに・・・・
―――僕はまだ生きているのか?
死んでいない。確かな感触があり、呼吸もできるし脈もある。
どうして!?
そんな疑問とともに目を開けると、目の前にいたのは―――方まで伸びた白髪に綺麗な碧眼を持つモルテの姿があった。
「間に合いましたね。良かったです」
息切れをしながら大きく肩を上下に動かす彼女の姿を見て、僕は思った・・・・
なんで殺させてくれない?
「急に死のうとしないでくださいよ。ビックリするじゃないですか」
「どうして―――どうして君は僕を死なせてくれない!? 僕はもう・・・・こんな世界が嫌なんだ! 生きてて辛いんだ!」
もう―――死にたいんだよ。
そう、呟くようにして僕が言うと、モルテは小さく微笑みながら言うのだった。
「私はあなたに死んで欲しくないので―――」