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チラ見の彼女 

掲載日:2021/11/21

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふむむ……いよいよ、ここの店にも立ち読み禁止の波がやってきたかあ。

 そりゃ、このご時世、他人がべたべた触ったものを触るのは、危なっかしいもんね。自分だって、どんな菌をひっつけて立ち読みし、その場を去っていくか分かったもんじゃない。


 そう考えると、少し前までの古本屋とか、なかなかやばーい環境だったかもね。いや古本屋に限らず、大衆が同じ道具やスペースを共有する場とか、同じことがいえるかな。

 有象無象どころか、親の触ったものにさえ鳥肌が立つほど嫌悪を覚える時期、君にはなかった? 一過性のものだったかもしれないけれど、それらを上回って立ち読みや体験とかに足を運ばせるとは、人間の欲って恐ろしいパワーがあると思うよ。


 そうして、リスクある行動をとるからこそ忍び込んでくるものがいるし、そいつらにとってのはけ口になるのかもね。人間の「スキ」って奴はさ。

 僕が昔に体験した話なんだけど、聞いてみないかい?



 僕の初恋はというと、とあるアニメのキャラクターだった。

 どこに惹かれたのかは、今となると説明しがたいな。でも、親戚やクラスメート、ご近所のお姉さんにも感じなかったトキメキを、胸の中に感じたんだ。

 かといって、これを表ざたにするのははばかられた。少なくとも僕らの間じゃ、二次元と三次元を問わず、女子に興味がある男子は「スケベ」とか「ヘンタイ」扱いされる空気があったからだ。

 マンガやアニメのキャラクターをあしらった文房具。その中に女キャラが混じっていれば、それだけでいかがわしい認定だ。クラスの女子とだって、事務的な連絡をのぞいて、くっちゃべっているところを見られると、あとで男同士だけのとき、さんざんからかわれた。


 オタク文化への偏見のはしりだったのかもしれない。そんな中で、同好の士を求めるなどハイリスクローリターンもいいところで、自分のお気に入りキャラへの想いは、内へ内へ秘めるよりなかった。

 そんな折、たまたま近くの本屋へ寄って、例のキャラクターが表紙を飾る本を見つけて、思わずドキリとしたんだよね。

 そのときまで知らなかったけれど、あのアニメには原作のノベルがあったんだ。それの最新巻が売り出されて、平積みされていたというわけだ。


 全年齢向けにもかかわらず、どぎまぎする僕は、棚の近くにある別のコーナーで、適当な本を手に取って広げる。

 本の中身に興味はない。表紙をガン見して、それを気取られたくないんだ。

 適当に顔を紙面へ向けながら、ちらちらと僕は棚に積まれた表紙へ目を向ける。まるっきりエロ本やエロビデオを前に、葛藤するヘタレのごとき様相だ。


「そんなに関心があるなら、とっとと買って、手元へ置いとけ」と、5年後の僕なら突き放していただろうな。

 けれどクラスでの仕打ちを目の当たりにしている僕には、とてもそんな度胸はない。これまで見ていたアニメやマンガでも、登場人物の隠したがっている趣味は、思わぬ瞬間にバレるものだ。

 もしも僕が本を手に取ったら最後、その瞬間にもクラスの誰かがたまたま通りかかり、その光景を視界におさめてしまうんだ。そうして翌日から、落ち着かない日々がスタートする……。


 そんなことを考えながら、もう何分ほどが過ぎただろうか。

 新たに本屋へ入ってきた人影を見て、つい僕は開いた本へ視線を戻してしまう。

 クラスの子ではなかったが、近所に住むお兄さんだった。男の僕から見ても端正な顔立ちで、テレビに出ているような、美形でならすアイドルや芸能人に勝るとも劣らない。

 いくらか知った顔ではあるし、話をしたことも何度かあるけれど、そこまで深い仲というわけでもなかった。

 そしてイケメンといえば「さわやか」かつ「清潔」というのが、僕の中でのイメージ。実際、お兄さんが人付き合いしている姿はなかなか見られず、今もこうして友達のひとりも連れず、ひとりで出歩いている。


 目だけを動かしてお兄さんの動きを追うと、まっすぐに件のノベルが置いている棚へ。しかもその真ん前で足を止めてしまうじゃないか。

 完全にふさがれているわけではないのが、また厄介だ。やや半身になって、こちらが視界に入っているのではないかと疑われる、絶妙なアングル。ヘタに目をやれば、それを悟られかねない。


「表紙が目に入って友達に噂されると恥ずかしいし」といった心境だね。

 友達じゃなくお兄さんだが、交友関係が読めないのがかえって怖い。実はうちのクラスの誰かとつながっている可能性がある。

 やや視線を高めに、表紙じゃなく店の外を見やるようにして、僕はお兄さんの様子をうかがい続けた。

 お兄さんは件のノベルの一冊を手に取り、表紙を握りながらしげしげと眺めたあと、パラパラとページをめくり始めた。


 ――ま、まあお兄さんは大人だしな。そういうこと許されるもんな。


 そう勝手に結論付けて、早くどこかに行ってくれないかと念を込める僕だけど、やがておかしいことに気づく。



 お兄さんは、いっこうに本をレジへ持っていく気配を見せない。

 それどころか一冊を閉じて戻したかと思うと、今度は山のすぐ下の本を手に取り、先の一冊と同じことをしていく。そしてそれが済むと、本を戻して、更にその下の一冊へ……。

 僕の頭はクエスチョンマークでいっぱいだ。僕みたいなムッツリならともかく、あそこまでオープンスケベ――という当時の偏見――なことをしておいて、購入に至らないのはどうして?

 結局、兄さんは棚に積まれている本たちのほとんどに同じようなことをし、ようやく店を出ていった。

 ようやく望んでいたシチュエーションに戻ったというのに、僕には若干の気味悪さが残る。これ以上、長居をする気になれず、最後に表紙を短期集中で眺め、しっかり網膜へ刻んでから家へ帰ったよ。



 翌日。思いがけなく学校が早く終わり、家の鍵も開いていないだろう僕は、また本屋へ足を運んでいた。

 想像もいいけれど、やはり細部の再現が不安になる。いまいちど表紙をチラ見で補完するべく、いったんは棚の前を通りかかる。

 そのときに、見てしまった。変わらず積まれるノベルたちの山。そのうちのてっぺんを飾る一冊が、ものの見事にあのキャラの部分だけ消えてしまっていることに。


 パソコンでトリミングされたかのような、見事な空白だ。消しゴムを使ったって、こうはうまくいかないだろう。そもそも、できるかできないか以前に、そのような真似をすれば店員さんが飛んできそうだ。

 となると、あとは手汗とかだろうけれど……消しゴム以上に、ここまでうまく行くものだろうか。

 店員さんに伝えるべきだろうけれど、ビビりの僕はそれができず。結局、無事な本の表紙が見える位置から、またちらちらと視線を送るよりなかった。


 やがて例の本も、新たな本の刊行とともに場所を追いやられる。本屋へ通う回数も少なくなった僕だが、その後、少し妙な経験をした。

 あのお兄さんの住むアパートは、本屋と僕の家を結ぶ途中にあるのだけど、その横を通りかかったとき、角部屋のお兄さんの部屋から話し声が漏れてきたんだ。

 窓を開けながらも、カーテンを閉め切るという、ちぐはぐなその部屋で、お兄さんは女の人と話しているらしかった。

 彼女とかいてもおかしくないよなあ、とは思ったけれど、よくよく聞くと、女の人の声は僕の知っているものだったんだよ。


 それはアニメで何度も耳にした、あのキャラのもの。

 平積みで売られ、表紙からすっぽり消えていた、あのキャラのね。

 録画したものを流しているにしては、やけに響きがよく、お兄さんの言葉にも不自然な受け答えをしていない。まるで、本当にその場で話しているかのようだったのを覚えている。


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