まごうことなき孤独
プルヴェ夫人は、先代王弟妃のルグラン夫人の侍女に収まったと聞いた。
ルグラン夫人にとって、公式寵姫の元腹心を懐に引き入れられたことは大いなる喜びだったようで、見せつけるようにして庭園をあるいたり、目立つ場所で茶会を開いたりしていた。
つまりプルヴェ夫人にとって、ルグラン夫人への阿りは再婚計画阻止に必要不可欠なことだったのだろう。
それを理解できるからこそ、メリザンドはこれっぽっちも悲しみを感じなかった。だが、表向きには悔しそうな表情をして、周囲に愚痴をこぼしておいた。
メリザンドの取り巻きたちも、ここぞとばかりにプルヴェ夫人の悪口大会を開いたが、さしたる欠点が思いつかなかったようで、最終的には王妃の悪口大会になっていた。
また、プルヴェ夫人の代わりにメリザンドの『相談役』に収まったサンカン夫人は、今までにないくらい得意満面な様子だった。
王女マリエルのピアノ講師役に任命されたときとは比べ物にならないほど浮かれており、朝から晩までメリザンドの世話を焼きたがった。
公式寵姫の『相談役』とはつまるところ女官長でもあり侍女頭でもあり、メリザンドの周囲に侍る者たちの統括として、その仕事は多岐にわたるが、サンカン夫人は文句ひとつ言わず、プルヴェ夫人と同じように甲斐甲斐しく働いてくれた。
メリザンドにとって、ありがたい反面、鬱陶しくもあった。
まあどうしても我慢ならないときは、ピアノを弾かせておけば大人しくしていてくれるし、メリザンドも癒されるし、そういう面ではサンカン夫人は『側近』として適任だった。
だがある日の朝、メリザンドの部屋へやってきたサンカン夫人はひどく青ざめた顔をしており、体調でも悪いのかと思わず駆け寄ってしまったほどだった。
「あの……バルテ夫人」
サンカン夫人はきょろきょろと周囲を見回し、室内に誰もいないことを確認してから、ささやくように言った。
「国王陛下と結婚なさるというのは、ほんとうなのですか?」
「……サンカン夫人」
メリザンドは驚きに目を見開き、ごくりと喉を鳴らす。
「国王陛下からお聞きに?」
「ええ……」
サンカン夫人はメリザンドと目を合わせない。視線をさまよわせたまま、弱弱しく声を発する。
「……バルテ夫人も、それをお望みなのですか?」
『虚偽』とも『本音』とも、即答することはできなかった。サンカン夫人が、どの立場でそれを問うてきているのかわからなかったから。
純粋にメリザンドの『友』として意思を確認しているのか。あるいは、陸軍佐官である夫の差し金か。他の宮廷人らと繋がっている恐れもある。
プルヴェ夫人は、『廷臣らの憎しみはメリザンドにこそ向けられる』、『暗殺の手が伸びる恐れもある』と語った。メリザンドが国を滅茶苦茶にしてまで王との結婚を望んでいるのだと廷臣らが認識すれば、彼らがどう動くか想像に難くない。
しかし、メリザンドはひとつの可能性に賭けた。サンカン夫人が『誰』の指示で、メリザンドの意思を問うてきているのかを。
「はい」
メリザンドは、はにかみながらサンカン夫人の問いを肯定した。
「あまりに分不相応なことだとはわかっていますが、国王陛下の意向に従う所存です。この国で最も偉大な御方に望まれて妻になるなど、あまりに幸福なことではありませんか」
恋する乙女のように照れ笑いを浮かべ、もじもじして見せると、サンカン夫人はありありと安堵の念をあらわにした。表情を緩め、ようやくメリザンドと視線を合わせる。
「そ、そうですわね。国王陛下にここまで強い想いを向けていただけるなんて、ほんとうにバルテ夫人は幸福な御方……。じつに羨ましいかぎりです」
「サンカン夫人、わたしたちが望む未来をつかみ取れるよう、ぜひご協力ください。そうすればきっとあなたにも、『良いこと』がありますわ」
にこやかに笑ってサンカン夫人の手を握ると、彼女もまた顔中に喜色を浮かべた。
「ええ、国王陛下とバルテ夫人の幸福ため、尽力しますわ」
「よろしくお願いしますね」
――たぶん、これでよかったのでしょう。
メリザンドはサンカン夫人に悟られない程度に小さなため息をついた。
この様子からすると、サンカン夫人が件の質問をしてきたのは、ほぼ間違いなく王の指示だ。
王は、色恋に浮かれているようで隙が無い。この数年の付き合いで、何度もそれを実感してきた。
しかし、王がサンカン夫人に再婚計画のことを話してしまうなんて、実に意外だった。
――なにか、弱みを握られたのかしらね。
心中で冷ややかにそう推察する。サンカン夫人自身か、あるいは夫、親族あたりがなにかをやらかしたとみるのが自然だろう。それを赦す見返りとして、サンカン夫人は国王の走狗になった。
もともとメリザンドはサンカン夫人にさしたる信頼を寄せてはいなかったが、今後はほんのわずかな隙も見せないほうがよいだろう。
ふと、強い寂寥感に襲われた。メリザンドはガッリア宮廷において、まごうことなき『独り』になってしまったのだ、と。




