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国王との夜 その1

「おお、来てくれたかメリザンド」


 王は、至極紳士的に出迎えてくれた。彼もメリザンド同様に、就寝間際というような簡素な格好をしている。

 屋敷で一等豪華な客間は、おそらくこの日のために整えられたものだろう。二間続きになっていて、手前が応接間、奥が寝所になっている。


 絹の寝間着に、毛織物のショールを羽織ったメリザンドは、こわごわ王のあとに続いた。

 顔を上げれば、目の前には王のたくましい背中。ほんのわずかな癖もない、真っ直ぐな射干玉(ぬばたま)の髪が、夜着の上をさらさらと流れている。


 真っ先に寝台へ導かれるものだと覚悟していたが、王はメリザンドをソファへと座らせた。そして彼自身は、対面の椅子に腰かける。


「今さらだが……驚かせて本当にすまなかったな」


 王が真摯な謝罪の言葉をくれたことは、とても意外だった。予期せぬ優しさを向けられて、メリザンドはようやく彼の顔を真正面から見つめることができた。

 おそらく今の彼は、王としての仮面をかぶっていない。ただ一人の男として、メリザンドに(いたわ)りの目を向けてくれている。


「い、いいえ……事情を知らなかったとはいえ、失礼をいたしました」

「お前はなにも悪くない」


 王は秀麗な顔で柔らかく笑う。戸惑うメリザンドを見て、さらに目を細めた。


「恐ろしくはないか? 無理をしてはいないか?」

「……は、はい」


 おずおずと首肯(しゅこう)すると、王はふっと吐息をこぼす。


「ようやくお前に会えるかと思ったら、心が(はや)ってどうしようもなかった。だが冷静になってみれば、わたしはお前の気持ちを露ほども考えてやれていなかったな」

「そんな、わたしの気持ちなんて……」

「いいや、わたしはお前の『気持ち』が欲しい。むしろ、身体よりも心が欲しい。そのためには、今宵、このままお前を部屋に帰してもいいと思っている」


 慈しみに満ちた言葉に、凍り付いていたメリザンドの心臓が、ゆっくりと鼓動を速めていく。

 それでもまだ警戒は解けない。なにせ、眼前におわす御方は、ガッリア王国の国王その人なのだから。


「わ、わたくしのような者の気持ちなど……お気になさらずとも……」


 ぎゅっとショールを握りながら言うと、王の相好に一抹の寂しさが現れた。


「へりくだる必要はない、メリザンド。わたしは今、一人の男としてお前に語りかけているのだ」


 王は真っ直ぐメリザンドの目を見て続ける。


「愛する女の前では、すべての男は等しく愚かになる。そして、たった一つの方法しか取れなくなるのだ。

 それは、真摯に愛を説くこと。教会の奴らが聖句を唱えるよりも清らかに、信徒のごとく情熱的に、女へ愛を伝えることしかできなくなる。どうかこの気持ちを受けれ入れて欲しいと、必死に祈りながら。

 そしてわたしは今、祈りながら恐れている。果たしてお前が、わたしの愛を受け入れてくれるものだろうか、と」

「陛下……」


 王の情熱的かつ切実な言葉は、慈雨のようだった。メリザンドの乾いた胸にゆっくりと染み込んでいく。潤ったメリザンドの心から生じたのは、たしかな歓喜。

 しかし、その喜びに素直に身を委ねていいものか、未だ正解が見つからない。


「国王陛下、あなたのお心、ありがたく頂戴いたします。ですがただ一つ、どうしても解せぬことがございます。あなたは、一体いつ、わたしのような身分の低い者をお見初めになったのでしょう? 場所は歌劇場だということは、リュシアンさまから聞きました」


 どうしてもこれだけははっきりさせておきたかった。毎夜劇場に集う貴族令嬢たちの中では、メリザンドはひときわ凡庸な存在だったはずだ。

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