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結婚にまつわる真実

 尋ねずとも、もう答えはわかっていた。けれど一縷(いちる)の望みに賭けて、尋ねずにいられなかった。

 どうか、『聞かされたのはごく最近だ』と言って欲しい。

 どうか、『王命に逆らうことができなかった』と嘆いて欲しい……。


「その通りだ。わたしはなにもかもを知ったうえで、お前との婚姻を決めた」


 冷たい声が、希望を打ち砕く。


「わたしだけではなく、お前の両親も、兄弟も知っている。娘が公式寵姫になるとなれば、親族も莫大な恩恵にあずかることができるからな。もちろん、夫であるわたしも、だ」


 絶望に打ちひしがれる間もなく、残酷な現実が次々と突きつけられる。


「公式寵姫になるにあたっては、既婚者であることと、相応の身分が必要だ。ゆえに、お前を『侯爵夫人』にするための相手として、わたしが選定された」

「そう……ですか」


 メリザンドは、(うつ)ろに相槌を打った。


 ──最初から国王陛下の愛人にする腹積もりだったのなら、言ってくれればよかったのに。


 恐らく、メリザンドが『畏れ多い』と怖じ気づくことを予期して、誰も彼もがこんな重大なことを隠していたのだろう。

 万が一メリザンドが逃げ出せば、父や兄弟の出世街道は断たれ、リュシアンも王の不興を買うことになってしまうから。


 男たちの危惧は、決して杞憂ではない。

 だってメリザンドは、国王の愛人に、ましてや『公式寵姫』に相応しい女ではない。成り上がり者の血を引く、平々凡々な容姿の女だ。

 王妃を差し置いて宮廷で大きな(つら)ができるような厚顔さなんて、これっぽっちも持ち合わせていない。分不相応の贅沢だってしたくない。


 もっと早い時分からそのことを知らされていれば、嫌だ嫌だと泣いて拒絶したかもしれない。自暴自棄になり、そこらの男と駆け落ちでもしていたかもしれない。


 ──いいえ。それでも、最終的には腹を決めていたはずだわ。逃げる度胸なんてなかったと思う。


 だからこそ、最初からすべてを(つまび)らかにしてくれていたのなら……『銀の貴公子』との結婚に、夢を抱いたりなんてしなかった。


 良き妻、良き母になろうだなんて、神に誓ったりしなかった。

 帰らぬ夫を恋しく思うこともなかった。たくさんの贈り物に、心躍らせることもなかった。椿の花言葉に浮かれて、寝所に飾ることもなかった。


 ──わたしの気持ちを、返して!


 詮無いことだとわかっていても、メリザンドは心の中で子供のように泣き叫んだ。


 結婚式のとき、父や兄弟が向けてくれたとびきりの笑顔は、メリザンドを祝福するものではなかったのだ。

 敬虔な聖統教徒である母ですら、メリザンドが国王の愛人になることを黙認した。ただほんの少しだけ、娘を心配する素振(そぶ)りを見せただけ。


 ──みんな、ひどい……! 汚らわしい……!


 けれどその悲憤を、決して表には出さなかった。


 ──この男の前で泣いてたまるか!


 メリザンドのことを歯牙にもかけていない様子の、冷酷な男のために泣きたくない。

 いくら王の命令とはいえ、神の前で偽りの誓いを立てる男に、弱みを見せたくなんてない。


 メリザンドはきつく(こぶし)を握り締めた。掌中に思い切り爪を立てて、あふれそうになる感情を必死でこらえる。


「国王陛下は、お泊まりになるとおっしゃいましたね? そしてリュシアンさまは、陛下の『ご要望』に沿えるよう尽力すると」 

「……ああ」

「つまりは、そういうこと(・・・・・・)でございますね。今宵、わたしを国王陛下に差し出すおつもりだった。ゆえに、今日に至るまでわたしから距離を置き、わたしの純潔を守った」

「……察しがよくて、助かる」


 冷め切った夫の言葉に、メリザンドの心にあった彼への想いは、余すところなく凍り付いた。

 この怒りと悲しみを、国王への想いに変換するしかない。彼はメリザンドのことを、愛しいと言ってくれた。それが王者特有の気まぐれだとしても、構うものか。


「それでは、旦那さま。今から国王陛下に、誠心誠意お仕えして参ります」


 メリザンドは慇懃(いんぎん)に頭を下げながら、極めて冷酷な声音で宣言した。


 リュシアンはこちらに一瞥(いちべつ)さえくれずに答える。


「……任せた」

「ええ、任されましたとも」


 踵を返し、リュシアンの部屋を出たメリザンドは、大声で女中たちの名を呼んだ。息をひそめて成り行きを見守っていたであろう女たちは、慌てて飛び出してきた。


 そして、身支度(みじたく)を整えさせた。『初夜』を迎える花嫁に相応しい、とびきりの寝支度(ねじたく)を。

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