クイーンズホワイト
離れのそばに造られた野草園内の東屋にて。
メリザンドはプルヴェ夫人をはじめとした、ごく親しいご婦人ら数人とささやかな茶会を楽しんでいた。
眼前では季節の花々が風に揺れている。計算された人工美で造られたガッリア式庭園とはまた違うおもむきがあり、ほっと心を落ち着けてくれる。
亡き王妃があえて異国風の庭造りにしたそうだが、当時の宮廷人らに大顰蹙を買ったという。それでも王妃は己の意思を貫き通した。
ここは彼女の小さな領地であり、彼女にここを贈った先代国王もそれを認めていた。ならばメリザンドも、故人の遺志を尊重するまでだ。
珍しい東方の茶をたしなむメリザンドたちから少し離れたところでは、総勢十一名の子供がしゃがみこんで土を掘り返していた。
衣類と顔を土で汚しながらも、表情をきらきらと輝かせている。
十一名のうち三名は、ガッリアの姫君たち。国王の次女、三女、四女。他は彼女らの乳兄弟だったり、外国の貴族の子女だったりする。
どうやら、亡き王妃の故国エスパナとその周辺諸国では『子供に土いじりをさせると頑健に育つ』という俗信があるらしく、高貴な血統の子らは故国の育児方針に従い、畑仕事の真似事をしているのだ。
ピアノを学ぶ長女マリエルは指を怪我するわけにはいかないため、メリザンドの隣で菓子をつまんでいる。
長男と次男は現在リュテス宮殿を離れているが、かつては共に土を耕したらしい。
先ほどまで、三歳になる第五王女も周囲を歩いていたが、午睡の時間になったため連れていかれてしまった。実にかわいらしく、目の保養になったのだが仕方ない。
子供たちはやがて土に種芋を埋め始めた。食用ではなく、園芸品種の芋である。時期が来れば、茎の先端に多数の白花を咲かせるだろう。
ガッリアに食用の芋を広めたのは三代前の王妃だという。王国の食糧危機を何度も救った芋に感謝の念を示すため、観賞用に品種改良し、後世へ伝えているのだとか。
そのため、今子供たちが植えている芋には『クイーンズホワイト』というたいそうな名前がついている。
やがて、作業を終えた子供たちが茶菓子を目当てに駆け寄ってくる。さしものメリザンドも、土で汚れた集団の接近にウッと身を引いてしまったが、侍女らが引き留めてくれた。
さらに、マリエル姫が声を張り上げる。
「バルテ侯爵夫人に粗相のないようになさい。お菓子を食べたければ、身綺麗にしてくるのよ」
「はーい」
返事は素直だったが、半数は渋々といった様子で離宮内へ入っていく。菓子に未練がある子もいれば、メリザンドのことが気に入らない子もいるだろう。
いつもニコニコしているメリザンドは、物事を知らない子供に舐められやすい。廷臣らの悪意よりも、子どもから向けられる嫌忌のほうがショックだったりする。
「申し訳ありませんバルテ夫人。土くれがほんのわずかでも付着している子は決して近寄らせませんので」
マリエルの顔貌は父王そっくりだが、厳格かつ柔らかさを含んだ物言いは母親の面影を感じさせる。たった十歳の少女とは到底思えない。幼くとも、父母の血を心身にしっかりと受け継いでいるのだ。
「お気遣い感謝いたします、マリエルさま」
年上の貴婦人へ接するように恭しく礼を言うと、マリエルは慣れた様子で微笑む。王妹ヴィクトワールのように『堅苦しい態度はよしてちょうだい』などとは決して口にしない。
マリエルはお互いの立場をきちんとわきまえているのだ。メリザンドに対してはとても丁寧な態度で接してくれるが、そこに阿りの色はない。
母を喪い、父も愛人にご執心。メリザンドが姫と同様の立場だったら、心細くてたまらないだろう。それでも凛として誇り高くあり、寵姫を貶めたりするようなこともない。亡き王妃によく似て、心からの尊敬に値する人物だ。ゆえにこの三年間、良好な関係を築いてこられた。
「バルテ侯爵夫人に対しては、感謝の念に堪えません」
庭園を見渡しながら、マリエルはしみじみとした様子で漏らす。
「この離れを継ぐひとは、絶対にこの庭を潰してしまうと思っておりましたので」
幼い姫は、大きな目を物悲しげに細めた。野草園には、亡き母との思い出がたくさん散りばめられているのだろう。背後に控えていた侍女が、「マリエルさま……」と痛ましそうにつぶやいた。
メリザンドは、マリエルの感傷に気づかないふりをして、当然のことのように答える。
「多くの方に同じことを言いましたが、わたしは亡き王妃殿下を敬愛していました。その意思を尊重したいと思っております。そして、ゆくゆくはマリエルさまへお譲りいたしますわ」
「ありがとうございます」
王女は口元に柔らかい笑みを浮かべた。しかし、父譲りの太い眉はしゅんと下がったまま。
「とても嬉しいですが……きっとその前に、嫁ぎ先が決まることでしょう。ここは、新しい王妃さまにお譲りなさって」
「…………はい」
しっかりと将来を見据えている。しっかりしすぎて、悲しいくらいだ。それに……。
――さすがに、『新しいお義母さま』とは言わないか……。
王女たちにとっても、新王妃の輿入れは難しい問題なのだ。きっとメリザンド以上に。
さすがにいじめられるようなことはないと思う。もしかすると、姉妹のように良好な関係を築けるかもしれない。
――わたしが仲を取り持ってみようかしら。
義理の母娘がそれを望むのなら、尽力してみる価値はある。敬愛していた王妃の忘れ形見である、気丈な姫君のためにも。
そのためには、慎重に見極めなくてはならない。新たな王妃の、為人を。




