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険悪な雰囲気の中で

「事情を、説明していただけますか」


 メリザンドは震える声でリュシアンに詰め寄った。


 初めて足を踏み入れる、リュシアンの私室。小奇麗に片付いてはいるが、ひと月半も不在にしていたせいで、まるで生活感がない。


 部屋の(あるじ)は、難しい顔をしてソファに座っている。いや、不貞腐(ふてくさ)れているようにも思える。

 どちらにせよ、メリザンドと目を合わせようとしてくれない。その態度が、無性に悲しかった。


 久しぶりの再会、ようやく持てた二人きりの時間なのに。どうして、こんなにも険悪な空気を漂わせながら話をしなければならないのだろう。

 メリザンドはリュシアンの対面にも隣にも腰かける気になれず、ただ(かたわ)らに立っていた。


「あの御方(おかた)が国王陛下だというのは、本当なのですか……」

「……ああ」


 リュシアンはさも重苦しそうに口を開いた。


「ど、どうしてそのような尊き御方が、こんな所へ……。どうして、わたしを……」


 どうして、あんなふうに抱き締めたのだろう。まるで、長いこと離れ離れになっていた恋人を愛おしむかのように。


 抱擁の感触を思い出して、メリザンドはぞくりと震えた。

 未だ夫にさえ触れられていない、純真無垢な身体だというのに。いずれ来るそのときまで大切に守っていた貞節を、汚されたような気分だった。


 リュシアンは、それを見てなんとも思わなかったのだろうか。それとも、嫉妬に身を焦がしてくれているのだろうか。

 だからこそ今、不機嫌そうに押し黙っているのだろうか。


 メリザンドに隙があったから、他の男の接触を許してしまった。そのことを責めてくれるのなら、妻として誠心誠意許しを乞うのに……。


「単刀直入に言う、メリザンド。あの御方は、お前を寵姫にとお望みだ」

「……は?」


 リュシアンの口から流れ出た言葉に、メリザンドは己の耳を疑った。

 寵姫、すなわち愛人。


「わたしが、国王陛下の寵姫に……?」


 さっぱり理解できないが、納得がいくこともあった。

 国王は先ほどこう言った。メリザンドが身に着けているものはすべて、王自身が選んで贈ったものだと。

 女を口説く手段として、プレゼント攻撃は定石中の定石だ。顔合わせの前に、少しでも好感度を上げておきたかったのだろうが……。


 ──いえ、そんなことよりも。どうしてよりによってわたしなの? お目にかかったことなんてないはずよ。


「王太子時代、国立歌劇場でお前を見初められたのだ」


 メリザンドの困惑を察したように、リュシアンが説明を始める。


「以来、ずっとお前を所望していた。即位なされたことで、反対する者もいなくなった。そして先代の喪が明けるときを待って、いよいよお前に会いにいらしたのだ」


 そんな、とメリザンドは放心しかけた。

 たしかに、歌劇場には父に連れられて何度も足を運んだ。

 舞踏会が男女の出会いの場になるのと同じように、歌劇場もまた、年頃の娘が値踏みされる場所だとは知っていたが、よりにもよって王太子に目をつけられていたなんて。


「ただの寵姫ではない。陛下は、お前を『公式寵姫』に迎えると、すでに決定なされている。王宮では密かに準備が進められているはずだ」

「なっ……」


 悪い意味で、『夢のような話だ』と思った。遠い世界だと思っていた王宮に、自分が『公式寵姫』として召されることになるなどと。


 いや、一番の問題は、そんなことではない。

 メリザンドは、覚悟(・・)を決めて夫に問いかけた。


「リュシアンさまは、最初からすべてを承知のうえで、わたしを妻に迎えたのですか……?」

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