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イベール夫人のたくらみ?

 観劇のあとは、プルヴェ夫人の希望通りリンディムの観光地を巡った。

 相変わらず道が混んでいたため、夫人の要望をすべて満たすことはできなかったが、それでも彼女は十分に満足できたようだ。ニコニコと上機嫌な夫人を見ていたら、メリザンドの頬も自然と緩む。


 そして夕刻。

 馬車は、イベール夫人の指示でリンディムの中心部に位置するフェスタ地区へと向かっていた。

 目的地へ近付くにつれて、車窓から見える風景が徐々に変化していく。

 猥雑な都市の雰囲気はなりを潜め、整備された街並み、美しい建築物の数々がメリザンドの目に映った。明らかな高級街区だ。


 住宅街を抜けたあとは、ホテルやレストラン、商店の並ぶ商業地区にたどり着く。どの店も、一流であることが一目でわかる、格式高い佇まいをしていた。

 その一角にある建物の前で馬車を降り、屋内へ入る。ホテル、飲食店、遊技場が一体化した施設らしい。もちろん内装も煌びやかだ。


 だが、豪華絢爛なリュテス宮殿で、贅を尽くした生活を送ってきたメリザンドにとっては、さしたる感動を呼び起こすようなものではない。

 それでも、特段のもてなしをしようとしてくれているイベール夫人には、素直に謝意を表した。


「こんな素晴らしい場所で夕食をご馳走していただけるのですね。お気遣い、まことに感謝いたします」

「気にしないで、楽しんでちょうだい」


 と、イベール夫人は軽やかに笑う。恩に着せるような様子は微塵もなく、むしろ彼女もウキウキと浮かれているようだった。こういう場所には通い慣れているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。


 ――わたしのために奮発してくれたのかしら?


 内心で首をかしげつつ、案内人のあとに続く。


 通された部屋は個室だった。二間続きの造りで、片方は食堂、隣室は談話室のようにゆったりとくつろげる空間になっている。


「オルガ、あなたずいぶんと羽振りがいいようだけれど……」


 ひときわ豪奢な内装に圧倒されたようにプルヴェ夫人が言う。


 たしかに、とメリザンドも表情を硬くする。いくら旧友と後輩をもてなすためとはいえ、気前が良すぎるのではないだろうか。そうしても問題ないほどの金銭的余裕がイベール夫人にはあるのだろうが、その財源に関しては見当もつかない。


「んも~、二人してそんな怖い顔しちゃって。安心なさい、ちゃぁんとスポンサーがいるから」

「あなたの今のパトロンということですか?」


 険相を作るプルヴェ夫人に、イベール夫人は泰然とした笑みを返した。


「まぁ、似たようなものよ。あとで紹介するから、まずは食事にしましょ。出てくるのはお馴染みのガッリア料理だけれど、料理人の工夫が利いていて、ひと味もふた味も違った風味が楽しめるんですって」

「誰を紹介しようというのです? 聞いていませんよ」


 プルヴェ夫人の声が低くなる。メリザンドを守るように、イベール夫人との間に立ちふさがった。


 メリザンドは戸惑いつつ、プルヴェ夫人の肩越しにイベール夫人の表情をうかがう。

 彼女は、何者かにメリザンドの『正体』を明かし、この個室を用意させた。ガッリア公式寵姫という、王妃に次ぐ地位を持つ女を歓待するに相応しい、とびきり豪華な場を。

 当然、なにか見返りを求めてのことだろう。


 ――わたしを通じて、ユージェーヌさまに取り入ろうとしている?


 そんなことをしてやる気はさらさらない。ここは、踵を返して帰ってしまうのが得策だろう。メリザンドになにかあれば、お目付け役であるプルヴェ夫人が責任を問われる。


「落ち着いてちょうだい。ほら、給仕が困っているじゃない」


 イベール夫人の声につられて視線を向けると、給仕は壁に溶け込むようにして気配を消していた。『なにも見聞きしておりません』という風体を装いつつ、『準備が整い次第すぐに動きます』といわんばかりに五感を研ぎ澄ましているのがわかる。

 それでも、内心で困り果てているのは間違いないだろう。


「バルテ侯爵夫人」


 不意に、イベール夫人が改まった声を発する。


「この場を用意してくださった方は、あなたに恩を売ろうなどとこれっぽっちも考えていらっしゃいませんわ。だからどうか、その方の顔を立てて、食事を楽しみませんこと?」


 彼女の凛とした雰囲気に呑まれそうになりながら、メリザンドはわずかに眉根を寄せた。どこの誰だかわからぬ者の『顔を立てろ』だなんて、まことに滑稽な話ではないか。


「オルガ……」

「あたくしはバルテ侯爵夫人へ尋ねているの」


 口を挟もうとしたプルヴェ夫人を一蹴し、イベール夫人はまっすぐにメリザンドを見つめてくる。


「……まあ、いいでしょう」


 メリザンドは諦念の吐息と共に了承した。何者かの正体を知らぬまま帰っても悶々とした気分になるだけだ。

 このような畏まった場で狼藉を働いてくるとは到底思えないし、一か八かイベール夫人の言葉を信じてみよう。


「その、どなたかのご厚意をありがたくお受けします。……ただし、わたしの大切なプルヴェ夫人を困らせるようなことがあれば、あなたを許しませんよ」


 特段の凄みを聞かせてイベール夫人を睨みつけると、わずかに怯んだようだった。

 けれどすぐに、紅を引いた口元が笑みの形につり上がる。


「あら、かわいらしいだけのお嬢さんだとばかり思っていたけれど、それなりに宮廷で磨かれたようね」


 その物言いにカチンときたが、つんと澄ました仮面をかぶって受け流すことにした。


「それで、その御方はいついらっしゃるのですか?」

「食事が終わった頃よ。自分が同席すると、みんな緊張して料理の味がわからなくなってしまうんじゃないかって」

「……お気遣い痛み入りますこと」


 どうやらよほど身分の高い人物らしい。やはり帰りたくなったが、もう引っ込みがつかない。ここは腹をくくって、極上の料理を楽しむことに尽力しよう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 夫人は公式寵姫でなくなった後も、色々と活動しているわけですね。 メリザンドもそうなった時、果たして夫と二人で暮らしていくという事が出来るのか。 さて、どんな人が出てくるんでしょうね。
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