宮廷の様子
王妃逝去の訃報から数日後。離宮の客間で、メリザンドは涙を流していた。その背をプルヴェ夫人がさすってくれている。
「生まれたばかりの子を遺して逝去されるなんて、さぞ無念だったでしょう」
「そうですね……立て続けの出産で、お身体が弱っていたのかもしれません」
「おいたわしいことで……」
メリザンドはぐすりと鼻をすする。葬儀にさえ参列できない身の上が口惜しかった。
それだけでなく、王妃の喪が明けるまでの三か月間、メリザンドは王宮へ近付くことを許されない。できることと言えば、黒いものを身に着け、行動を慎んで哀悼の意を捧げることくらいだ。
「ではメリザンド、わたくしは王都へ発つ準備をします」
「ええ、よろしくお願いします」
プルヴェ夫人への『よろしく』には、さまざまな意味を込めた。
夫人が王都へ戻る第一の目的は、王妃の葬儀への参列だ。
第二目的は、宮廷の様子を探ること。それを怠ったため、事実無根の話を真に受け、それに振り回される羽目になってしまった。
「あの、夫人……。そんなに思い詰めないでくださいね」
硬い表情の夫人へ優しく語り掛けるが、曖昧な笑みを返されただけだった。おそらく彼女は、笑顔の奥で自らを責め、激しく怒っている。
メリザンドは夫人をぎゅっと抱き締め、声に甘えをにじませた。
「わたし、夫人とお別れしなくて済んで、本当に嬉しいんです」
「メリザンド……」
「だからどうか、過ぎたことを責めるより、二人の縁が続くことを喜んでください」
「……ええ、わかりました」
夫人の顔つきが穏やかなものになり、口元にはいつもの上品な笑みが浮かぶ。
「ありがとうございますメリザンド。しばしの別れになりますが、待っていてくださいね」
***
プルヴェ夫人は四日間だけ王都へ滞在したのち、馬車を飛ばして急ぎ戻ってきてくれた。
メリザンドは夫人を客間ではなく自室へと迎え入れ、茶の用意をさせたあとは人払いをする。
「葬儀の様子はいかがでしたか?」
「葬儀はしめやかに執り行われました」
淡々と告げるプルヴェ夫人の表情は硬く、メリザンドは言い知れぬ不安を覚えた。
「ええと……その」
「早すぎる死を悼む声は多く、王太子殿下をはじめ、お子さま方はみな嗚咽を漏らしておりました」
「……そう、ですか」
メリザンドは追及の言葉を飲み込んだ。『国王陛下はどのような態度だったか』とは到底聞けなかった。決して泣きはせず、淡々とした様子だったのではないだろうか。
政略結婚で結ばれた間柄は、すなわちビジネスパートナーだ。そして王妃は、その役割を十二分に果たしてから逝った。王からしてみれば、なんの文句も未練もあるまい。
悲しいが、王と王妃の間に愛情がなかったのは明らかだった。だからこそ、十年で七人というハイペースでの出産に至ったのだろう。
それを証明するように、王はメリザンドを抱くとき、子種を外へ捨てている。出産は女性の健康を損ね、ときに死を招くと重々承知しているから。
そして宮廷人たちも、かつて敵対していたエスパナ帝国出身の王妃の訃報に対しては、あっけらかんとしたものだったのではないだろうか。彼らもまた、七人もの子を残してくれた王妃の死を惜しむ理由がない。
──大帝国の皇女として生まれ、あれだけ素晴らしい人柄を備えながらも、このような虚しい末路をたどるのね。王族の婚姻とは、まことに残酷なものだわ……。
メリザンドは込み上げてきた哀憐の涙をこらえた。今はプルヴェ夫人の話を聞くため、平静さを保っておきたい。
「宮廷の様子はいかがでしたか?」
「国王陛下には厳しく叱責されました。流言飛語に惑わされ、公式寵姫の心をいたずらに悩乱せしめるとは厳罰に値する、と」
「えっ!」
あまりに恐ろしい話に、さっと血の気が引いた。
「な、な、なんてこと……。大丈夫だったのですか?」
もしプルヴェ夫人が罰せられることになったら、メリザンドは王の足にすがりついて許しを請わねばならない。
だが、メリザンドの心配をよそに、プルヴェ夫人は苦笑のようなものを浮かべている。
「ええ、今後二度とこのようなことがないよう十分留意して、引き続きあなたに仕えよとの仰せでした」
「ああ……よかった」
胸を押さえ、特大のため息を吐き出した。
「オルドリッジ卿からは謝罪されましたよ。宮廷を引っ掻き回す結果になって、迷惑をかけて申し訳がないと……わたくしに」
「あくまで『プルヴェ夫人に』ですか」
今度はメリザンドが苦笑する。やはりあの御仁は、メリザンドのことが気に入らないらしい。噂を流したのは彼ではないようだが、今後も決して味方に付いてはくれないだろう。
「ヴィクトワールさまともお会いできました。いよいよ来年の四月にホルミアへ発つそうです。宮廷にはびこる王の妾どもを駆逐し、王妃として君臨してやると意気込んでおられましたよ」
「まあ……」
予想外の話に目を見開いたが、すぐに考えを改める。それでこそヴィクトワールだ、と。
セヴラン城へ移っていったときはずいぶんと意気消沈していたようだが、気を取り直したとみえる。
若く快活な彼女が本気を出せば、容易に実現できるはずだ。
──陰ながら応援しております、ヴィクトワールさま。
プルヴェ夫人も同様の気持ちなのか、微笑ましそうに口元を緩めていた……かと思えば、その笑みが凍り付く。
「サンカン夫人などは、『バルテ夫人が王宮へ戻られる日が楽しみね』なんて白々しく笑っていましたよ。積極的に噂を吹聴していたくせに……」
相当腹に据えかねているらしく、目がまったく笑っていなかった。
──こんなに怒っている夫人、初めて見たわ。
背筋が薄ら寒くなったため、軽口を叩いて空気を和ますことにした。
「サンカン夫人に手紙を書いてあげましょうか。『あなたのピアノの音が恋しい』とかなんとか……」
「ええ、きっと小躍りして喜ぶでしょう」
「違いありませんね」
狂喜乱舞するサンカン夫人を想像すると、自然と笑みがこぼれた。プルヴェ夫人もクスクス笑っている。
だが一転して、プルヴェ夫人の表情が険しいものとなった。
「ところでメリザンド……これだけは覚悟しておいてください」




