誇りに思う
「今回のこと、リュシアンさまからプルヴェ夫人にお頼みになったのですか?」
雑談半分で気になっていたことを尋ねると、リュシアンは軽くかぶりを振る。
「いや、どうしたものかと手をこまねいていたら、夫人から接触があった」
やっぱり、と思いながらも、メリザンドは首を傾げずにいられない。
「いったいいつの間に……」
離宮へ越してきてから、プルヴェ夫人とは毎日一緒にいたのだが。いつどこで宮廷の内情を入手し、どうやって迅速にリュシアンへ連絡を取ったというのか。リュシアンがメリザンドの動向を見守っていたことさえ、夫人にはお見通しだったのだろうか。
「あの女性はまったく侮れない。おくゆかしい貴婦人の皮をかぶっているが、恐ろしく気が回る」
「おっしゃるとおりですわ」
リュシアンの言に、メリザンドは全力で肯定した。
「国王陛下からも厚く信頼されているようですし……」
プルヴェ夫人がメリザンドの教育や補佐を務めてくれているのも、王命あってのことだ。王妹ヴィクトワールにもずいぶん懐かれていたし、夫人の交友関係は王族にまで深く及んでいる。
「そういえば、夫人は先王妃殿下の侍女だったとお聞きしましたわ」
「ああ、先王妃時代、彼女は間諜のような役目を果たしていたようだ」
「か、間諜……」
物騒な単語に息を呑んでいると、リュシアンは微苦笑した。
「そう大仰なものではない。人受けのよい性格を以ってあちこちの派閥に入り込み、先王妃が宮廷内でうまく立ち回れるよう助力していたとのことだ」
「なるほど……その頃に構築した人間関係や情報網を、今も上手に活用していらっしゃるのでしょうね」
「だろうな」
リュシアンもいたく感心した様子でうなずいた。それから小さく嘆息する。
「プルヴェ伯爵のような凡夫にはあまりに不相応な女性だ。もっと有能で野心のある男の元へ嫁いでいれば、夫婦ともに立身出世を遂げていたことだろう」
「そうですわね……」
肯定してから、メリザンドはわずかに後悔した。プルヴェ伯爵には一度だけ晩餐会に招かれたことがある。温厚で優しそうな壮年の紳士だった。野心とは無縁の人かもしれないが、話していて心が安らいだ。
しかし……夫人とも仲睦まじそうではあったが、夫婦というより積年の友人のようだった。
彼らの間に実子はおらず、遠縁の子を養子に迎えた。プルヴェ夫人はその子の養育に関わっていない。ただそれだけ、おしゃべりな取り巻きたちから聞き及んでいる。
いろいろな事情があるのだろうが、彼女の人生にどこまで踏み込んでいいのかわからず、本人にはなにも尋ねていない。
思案に暮れていると、リュシアンが上着の内側から懐中時計を取り出した。
「夜が更ける前に退散する」
「ええ……」
「また近いうちに会おう」
とはいえ、それがいつになるかはわからない。公式寵姫の役目を解かれる日が来るとしても、少なくとも王妃の出産が済み、体調が落ち着いてからだろう。
『もう王宮には戻ってこなくていい。公式寵姫の部屋にあるお前の服や宝石は全部没収しておくから』なんてことになってくれれば、一番楽ちんなのだが。
だとしても、せめて王妃には挨拶をしておきたい。それが叶わずとも、手紙くらいは届けてもらえるだろう。
時間が迫っているらしく、リュシアンは隣室に待機しているプルヴェ夫人を呼びにいってしまった。
入室してきたプルヴェ夫人は、夫婦の話が円満に終了したことを悟ったらしく、我が事のように晴れやかな表情をしていた。
「ではわたくしはバルテ侯爵を外まで送り届けてきます。すぐに戻ってきますから、メリザンドは客室で待っていてください」
「ええ、ありがとうございます……」
深々と一礼してから夫へ視線を向けると、口元に微笑を浮かべてこちらを見ていた。緑の双眸に宿る光は、とびきり優しい。
「王宮へ戻ったら辛い思いをするだろうが、少しの我慢だ。なんにせよ、お前は立派に務めを果たした。わたしはそれを誇りに思う」
「えっあっ、はい……」
動揺に声が震えた。プルヴェ夫人が微笑ましそうにくすりと笑い、いっそう心が乱れる。
──本当に、美形って卑怯!
暴れる心臓を持て余しながら再び頭を下げ、客室へと戻った。寝間へは帰らず、長椅子に腰掛けてプルヴェ夫人を待つ。




